第16話

「痛てて……落ち着けって!」

「あ!ゴメン」

 僕は良太を掴んでいた手を放した。僕の手があった場所は、少し赤くなっていた。

 唯と恵麻の事で僕は頭がいっぱいで、良太に酷いことをしてしまった。

「良いってこと。それだけ切羽詰まってんだろ?」

「……うん。二人とも何も僕に話してはくれないんだ」

 恵麻もなんだか落ち込んでいる様子だったし、唯は泣いていた。

 何か、ただ事では無いのは確かだが何の手がかりも無いのだ。

「俺も詳しい事は知らないんだ。偶然見ただけだからな」

「何を見たの?二人に何があったの?」

 良太は詳しくは知らないと言っているが、それでも数少ない手がかりだ。

 僕は固唾を飲んで、彼の言葉を待った。

「俺が見た時、大坪の黒髪の方が茶髪の方に何かを話してたんだ」

「恵麻が唯に?」

 良太は恵麻と唯の名前を知らないから、こんな表現になってしまう。

 しかし今、重要なのはそんな呼び方ではない。

「ああ。それで黒髪の方が頭を下げてから中庭を出ていったんだ」

「え?頭を下げた?何のために?」

 頭を下げると言うことは、何か恵麻が唯にお礼か謝罪をしたと見るべきだろう。

 この場合、お礼はあり得ないから謝罪だろう。

「さあな。で、黒髪の方が出て行った後に茶髪の方が泣き出しちゃったんだ」

「何を恵麻から言われたんだろう?」

 唯が泣いているのは、恵麻から何か言われたからだと判断して間違いないだろう。

 だが、そうなるとなぜ恵麻は唯に頭を下げたのだろうか?

「俺、どうしようかと思ってお前を探してたんだ。お前ら、いつも一緒に居るから」

「……そういう事だったのか。わざわざ、探してくれてたのか」

 良太は、泣いている唯をなんとか出来るのは僕だけだと判断したのだ。

 だから校門で僕を待っていたのだ。

「今の話で何か分かったか?」

「……うん、なんとなく分かったよ!ありがとう良太!!」

 本当はほとんど何も分からなかったが、そんな事は良太に言えない。

 そんなことを言っても、心優しい彼を余計に心配させるだけだ。

「本当か?力になれる事があったらすぐに言えよ?」

「うん!」


 僕にお礼を言うと、駅へと歩き出した。

 裏庭に戻って唯に会うべきか迷ったが、彼女に一人にしてと言われている。

「……多分、何も解決してないな。ありゃ」

 しかし良太は、駆が自分を心配させないように嘘を吐いていると察した。

 その証拠に、問題が解決したはずの駆は下を向いたまま歩いている。

「恵麻も唯も僕に何も言ってはくれない。となると……」

 僕は一人で電車に揺られながら、次のことを考えていた。

 この状況で知恵を借りられるのは、一人しか居ない。

「お母さん!相談に乗ってください!!」

「……最近の高校生って、悩みがつきないのね?」

 液晶タブレットで仕事をしていたお母さんは、しみじみそう思ったようだ。

 お母さんは、どんな高校時代を送ったのだろうか?

「そうなんだよ!だからお母さんの意見を聞かせて欲しいんだ!!」

「どうしたの?唯ちゃんに振られたの?」

「実は……」

 僕は今日あった出来事をかいつまんでお母さんに説明した。

 もちろん、良太が見た事も一緒に伝えた。

「……と言うことなんだ。どう思う?」

「なるほどなるほど。そう来たか」

 お母さんは、僕の説明で唯と恵麻に何があったのか理解できたらしい。

 この人、一体どんな人生を歩んできたのだろうか?

「教えてよ!唯と恵麻に何があったの!?」

「う~ん。とりあえず、唯ちゃんが落ち着くのを待った方が良いね」

 僕は唯と恵麻に何があったのかを訊いたのに、お母さんは何をすべきか答えた。

 仕方ないので、とりあえずお母さんの話を聞くことにした。

「恵麻は?」

「恵麻ちゃんは放って置いて良いかな?もう、終わったことだし」

「終わった?何のこと?恵麻を放ったりして、大丈夫?」

 終わったとは何の事だろうか?何が終わったのだろうか?

 恵麻だって落ち込んでいたし、ケアが必要なのでは?

「もう、駆は恵麻ちゃんにあんまり近づかない方が良いね。唯ちゃんが大事なら」

「やっぱり、恵麻が唯に何かしたの?」

 お母さんは、僕は恵麻に近づくなと言っている。恵麻ではなく唯を優先しろと。

 それはつまり、恵麻が唯に何かをして泣かせたと言うことでは無いだろうか?


「恵麻ちゃんはね、駆と唯ちゃんの為に行動したの」

「……僕と唯のために?」

 僕と唯の為に行動したのなら、どうして唯は泣いていたのだろうか?

 そして僕のためなら、なぜ僕に言えないのだろうか?

「そう、恵麻ちゃんも辛かったんだと思う。でも、そうするのが一番良いと思ったの」

「何のこと?恵麻は何をしたの?」

 察しの悪い僕は、恵麻が何をしたのかもお母さんが何を言いたいのかも分からない。

 僕は、わらをも掴む気持ちでお母さんにすがった。

「それはお母さんの口からは教えられないかな?」

「どうして教えてくれないの?」

 しかし、お母さんは核心部分を教えてはくれなかった。

 なぜ、お母さんは一番大切なところを僕に伏せるのだろうか?

「恵麻ちゃんと唯ちゃんが駆に教えてないから。お母さんは二人の意思を尊重したい」

「それって僕が知ったらいけない事なの?」

 三人は、恵麻が唯に何をしたのかを頑なに僕に秘密にしている。

 それは僕に知られたくないからだ。

「いけなくは無いけど、駆は優しすぎるからね」

「……唯も言ってた、今は優しくしないでって」

 唯は涙声で僕を拒絶した。僕は唯に結局、何もしてあげられなかった。

 彼女が望まない事を、僕はすべきでは無いからだ。

「そうだね。優しいだけじゃダメな時もあるんだよ」

「……僕は何をすれば良いの?何が出来るの?」

 こうなっては、真相を知ることは望めないだろう。

 であれば、僕はこれから何をすれば良いのだろうか?

「とりあえず、駆は唯ちゃんが立ち直るのを見守ってあげて」

「……それだけ?」

 お母さんが僕に提示したのは、ただ見ていることだった。

 泣いている唯をただ見守る。それ以外は僕にするなと。

「今、唯ちゃんは弱ってる状態だからね。今は唯ちゃんに接しちゃダメ」

「弱ってるなら、なおさら支えてあげるべきじゃ無いの?」

 恵麻が唯に何をしたのかは分からないが、唯が傷ついているのは分かる。

 そんな時に、そばに誰か居てあげるべきじゃ無いのか?

「それをしたら、唯ちゃんは自分で立ち上がれなくなっちゃう」

 しかし、お母さんは頑として僕の意見を聞き入れなかった。


 僕はそれを言われて、唯の言葉を思い出した。

 彼女は僕に、また甘えちゃうから優しくしないでと言ったのだ。

「僕はただ見てるしか出来ないの?」

「ただ見てるだけじゃないよ?唯ちゃんがいつでも頼れるようにしとくの」

 お母さんは僕に教えてくれた。

 辛い時に一番大切なのは、直接助ける事だけじゃ無くてそばに居てあげることだと。

「僕が唯のそばに居てあげて、それで唯は助かるの?」

「助かると言うより、楽になるかな?独りぼっちって辛いからね」

 お母さんは麦茶をおかわりしながら、僕に答えてくれた。

 僕には当たり前のように、家に帰ればお母さんが居てくれる。

 だから、そばに誰かが居てくれるありがたみが分かっていなかったのだ。

「分かった!僕、唯のそばに居てあげるよ」

「って言っても、ストーカー行為はダメだからね?」

 どうやら、誰かの支えになると言うのは僕が思っているより難しいようだ。

 遠すぎず、近すぎないと言うのはハードルが高い。

「……どうやってちょうど良い距離感を保つの?」

「それは駆が一番良くわかってるんじゃ無いかな?幼なじみなんだし」

 お母さんは、意地悪な笑みを浮かべると夕飯の支度を始めた。

 この先は、僕が自分で考えなくてはいけないようだ。

「……って言ってもなぁ」

 その後、僕は自分の部屋で宿題を片付けながら考えていた。

 女の子の気持ちなんて、本当に僕に分かるのだろうか?

「そもそも、恵麻と唯の間で何があったのかも分からないのに」

 唯がどうして泣いているのか、その原因も定かでは無い。

 その状況で、僕にどうしろと言うのだろうか?

「お母さんは、僕なら分かるみたいな事を言ってたけど……」

 僕の脳裏を、意地悪な顔をしたお母さんがよぎった。

 頼みの綱であるお母さんから見放されて、八方塞がりだ。

「……唯は今、何してるんだろう?」

 僕の興味は、自然と唯の今の状況に向いた。

 今も泣いているかもしれない。そう思ったら、僕はレインを起動させていた。

「今、何してる?」

 そんなメッセージをレインに送った僕は、ため息を吐いた。

 お母さんに、落ち着くまでそっとして置けって言われただろうが!?

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