第15話
海と言えば沖縄だが、そう考える人は世の中に数万と居る。
それに、学生の僕たちには飛行機代を捻出するのも難しい。
「だから、恵麻さんのお父さんに力を借りようと思うの」
「恵麻のお父さんって大学の教授だったよね?それが何の関係があるの?」
海に行くのに、大学教授が何の関係があるのだろうか?
何かの地主とか言うなら、話は分かるが。
「私のお父さん、研究室で島を持ってるんだ。何だったら船も持ってるよ」
「……大学教授ってすごいんだね?」
僕は大学教授がどんな仕事なのか、ほぼ全く知らない。
しかし、恵麻の話を聞く限りでは実はすごい職業なのかもしれない。
「恵麻さんのお父さんに島を使わせてもらえばタダでしょ?」
「それに他のお客さんも居ないしねぇ」
普通、旅行に行くとかなったらあれこれと下調べや準備が要るものだ。
それなのに、お父さんに頼むの一言で全てが片付いてしまった。
「そういう話をさっきしてたのよ。あんたがおじさんに見とれてる間に」
「見とれてたんじゃ無いよ!変なこと言わないでよ!!」
ファスナー全開のおじさんに見とれてた、なんて認識が広まったら困る。
咄嗟に吐いた嘘のせいで、変なイメージがついたらたまらない。
「唯っち、あんまり駆っちをいじめないであげてよ」
「別にいじめてなんていません。ただ、そんなにおじさんが気になるのかと……」
「いじめてるよ!今、全力で僕をいじめてるよ!!」
どうやら、僕がおじさんを見ていたのがよっぽど気にくわないらしい。
本当はおじさんなんて見てなかったが、今更あれは嘘だなんて言えない。
「あ、予鈴だ!じゃあ、行こっか?唯っち」
「はい……命拾いしたわね?」
唯はそう言うと、恵麻の後を追って教室から出て行った。
命拾いって、唯は時間があったら僕をどうするつもりだったのだろうか?
「駆!お前、女子二人と海に行くのか!?」
「お前、どっちを狙ってるんだよ!!?」
授業が終わったら、今度はクラスの男子から質問攻めにされた。
僕は曖昧な返事をしてはぐらかしたが、男子たちは勝手な妄想を膨らませた。
その日、一日中僕は羨望と嫉妬の視線を集める事となった。
「さてと、放課後になった」
僕はカバンに勉強道具をまとめると、唯を探すことにした。
「そういえば、恵麻も何か言おうとしてたなぁ」
椅子から立ち上がった僕は、今朝の恵麻との会話を思い出した。
彼女は僕に、何か重要な事を言いたかったのでは無いだろうか?
「どっちから探そうかな?」
一瞬、僕は唯と恵麻のどちらを先に探すべきか考えてみた。
しかしこの場合は、放課後に会おうと約束した唯を優先するべきだろう。
「恵麻は明日にでも訊こうかな?」
そう決断した僕は、カバンを背負うと教室を後にした。
僕の背中に、クラスの男子たちの刺すような視線が向けられたが無視した。
下手な事を言えば、足止めを食うと思ったからだ。
「大坪さんなら、二人とも一緒にどこかに行ったよ?」
「え?放課後に会おうって約束したのに……」
唯と恵麻のクラスの子にそう教えてもらった僕は、どうするべきか考えた。
唯と恵麻が一緒に行動しているなら、二人きりにはなれないからだ。
「あのさぁ……大坪さん。唯さんの方ね?」
「ん?唯がどうかしたの?」
唯のクラスメイトが、僕に何かを訊きたそうにしている。
この人は、唯の何が知りたいのだろうか?僕が答えられる内容だと良いのだが。
「唯さんって……LGBTQなの?」
「……う~ん、どうなんだろうね?」
僕は実は唯が『バイセクシャル』なのを知っている。
しかし僕は知らないふり、よく分からないふりをした。
折角、唯が手に入れた平穏を壊したくなかったからだ。
「じゃあ、村瀬君は唯さんの恋人なの?」
「……う~ん、どうなんだろう?」
今度の質問は、本当に自分でも良く分からなかった。
彼女が僕に対して特別な気持ちを抱いているのか違うのか、確証が無かった。
「逆に村瀬君は唯さんをどう思ってるの?」
「大切に思ってるよ。唯は僕にとって、掛け替えのない人だから」
僕は自信を持って、堂々とそう宣言して見せた。
今朝まで自覚して居なかったが、僕は彼女が好きなんだと思う。
「……そう。大坪さんは中庭にいると思うよ?」
「そう?ありがとう」
僕は一応お礼を言ったが、何か腑に落ちない気分だった。
なぜなら、さっきこの子は二人がどこかへ行ったと証言したからだ。
つまり、自分は二人がどこへ行ったのか知らないと言ったのだ。
「……どうかしたの?」
「え?いや、中庭だね?ありがとう」
しかし、僕はその事について彼女を問い詰めている時間が無かった。
時間をかけていたら、二人がどこかへ行ってしまうかもしれないからだ。
「中庭で二人は何をしてるんだろう?夏休みの相談かな?」
僕は廊下を歩きながら、そんな独り言をつぶやいていた。
しかし夏休みの相談なら、二人だけじゃ無くて僕も参加させるはずだ。
「……なんか、嫌な予感がするな」
そう思ったら、無意識のうちに足が速く動いていた。
僕が階段を降りた時、見知った人物が現れた。
「恵麻!?」
「……ああ、駆っち。どうしたの?」
うつむいていた恵麻は顔を上げると、力なく僕に返事をした。
何だろう?なんだか恵麻が落ち込んでいるように見えるけど……
「どうしたのって、二人を探してたんだよ」
「そうだったんだね?唯っちは中庭に居るよ?早く行ってあげてね?」
そう言い残すと、恵麻はそのまま僕の脇を通り抜けようとした。
やっぱり何か変だ。僕は思わず、恵麻の肩を掴んでいた。
「どうしたの恵麻?さっきから変だよ?唯と何かあったの?」
「……私の心配よりもさ、唯っちの心配をしてあげて欲しいなぁ」
恵麻はそう言うと、僕の手を払いのけて歩き去ってしまった。
僕は一瞬、恵麻を追うべきか唯の元へ向かうべきか考えた。
「唯!」
しかし僕は恵麻ではなく、唯を優先する事を選んだ。
そうしなくてはいけない。そうするべきだ。そうしたいと思ったからだ。
「唯!」
僕が中庭へ入ると、唯はすぐに見つかった。
しかし、それと同時に彼女が泣いている事に気がついた。
「……あんた……なんで来たの?」
「唯が心配で来たんだ。どうしたの?何があったの?」
僕は唯に駆け寄ろうとした。しかし、彼女に強く拒絶されてしまった。
「ダメ!来ないで!!」
僕は、咄嗟に裏庭の入り口に立ち止まった。
「どうしたの?なんでそっちに行ったらいけないの?」
「今は優しくしないで!また、甘えちゃうから!!」
唯は僕に背を向け、コンクリート製の椅子の上に座った。
彼女の肩が小刻みに震え、嗚咽がこっちまで聞こえてきた。
「どうしてそんなこと言うの?恵麻と何かあったの?」
「お願い!今は一人にして?」
唯は僕に何も答えてはくれない。やっぱり恵麻と何かあったのだろうか?
しかし、それを尋ねても今の唯は答えてはくれないだろう。
それに、今の彼女は一人になることを望んでいる。
「……分かったよ。今日の予定はキャンセルで良いね?」
「……」
唯は返事をせず、首だけ縦に振った。
こんな気分でカラオケなんて行くわけが無いのに、僕は何を確認しているのだろうか?
「もし、何かして欲しいことがあったら遠慮無く言ってね?じゃあ……」
「……ゴメンね」
僕は彼女のために、何か出来ないかとあれこれと考えを巡らせた。
しかし、今の唯は僕に優しくしないでと望んでいる。
僕は、歯がゆさと無力感を抱えたまま裏庭を後にした。
「一体、唯と恵麻の間に何があったんだろう?」
裏庭を出た僕は、駅を目指して歩きながらぼんやり考えていた。
僕が知る恵麻は、唯を傷つけるような真似はしない。
「お、駆?どうしたんだ?」
「ああ、大河内君か」
学校の校門を出た僕に、同じクラスの大河内君が声をかけてきた。
今時珍しい五分刈り頭が彼のトレードマークだ。
「良太で良いって行っただろ?で、何かあったのか?」
「……うん……ちょっとね?」
僕は良太に相談して良いものかと、迷っていた。
この件に、良太は関係ない。これは僕と唯と恵麻の問題なのだ。
「ちょっとじゃ分からねぇだろ?もしかして、大坪の事か?」
「え!?良太は何か知ってるの!!?」
全く関係ないと思っていた良太だったが、何か知っているみたいだったので驚いた。
僕は思わず、良太につかみかかっていた。
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