第14話

 僕には、それで唯が僕を好きになる意味がイマイチピンと来なかった。

 唯は僕にとって従妹だし、幼なじみだから怒るのは当然だと思うのだが?

「そう言えば駆って恵麻ちゃんはどうしたの?」

「え?恵麻?別にどうもしないよ?」

 どうしたと訊かれても、別にどうもしないとしか答えられない。

 特に恵麻と何かあった訳ではないし、普通に接している。

「そう?だってさっきから駆、唯ちゃんの話はするけど恵麻ちゃんの話はしないよ?」

「いや、だって今は唯の話題をしてる訳だし……」

 僕は今、唯に関する話題をしているのだからそこに恵麻が現れるのはおかしい。

 唯が僕をどう思っているのかが、今の議題なのだから。

「でも、唯ちゃんの気持ちに応えるなら恵麻ちゃんとは付き合えないでしょ?」

「……え?……そう、だね……?」

 確かに言われてみれば、僕は当然のように唯の気持ちに応えようとしている。

 しかし、それは同時に恵麻に対する気持ちを諦めるという事だ。

「それって、駆の中で恵麻ちゃんから唯ちゃんに気持ちが移ったって事でしょ?」

「あれ?」

 僕はお母さんに指摘されて、初めて自分の気持ちを自覚した。

 知らぬ間に僕の想いは、恵麻から唯に向かっていたのだ。

「でもまあ、小学生の『好き』と高校生の『好き』は違うからね」

「ちょっと待って。僕が本当に好きなのは、恵麻じゃなくて唯?」

 完全に無自覚だった。僕の思い人が入れ替わっている事に。

 僕はいつの間にか、恵麻よりも唯が好きになっていたのだ。

「そうなんでしょ?だって、これから唯ちゃんに返事するんでしょ?」

「……そうだったんだ。僕、唯が好きだったんだ……」

 恐るべき鈍さだ。僕は唯の想いに鈍いばかりか、自分の気持ちにも鈍いのだ。

 自分が誰を本当に好きなのか、今やっと分かったのだ。

「駆はもうちょっと、自分の気持ちを大切にした方が良いと思うよ?」

「……」

 僕はお母さんに直してもらった寝癖を確認すると、朝食を摂ることにした。

 夏休みまで、残り少ない。

 その短い時間で、唯にちゃんと返事をしなくてはいけない。

「今日は暑いらしいから気をつけなさいね?」

「うん、分かった」

 そんな気のない返事をしながら、僕は学校で何をしようか考えていた。


 食事を済ませ、歯磨きをし、トイレに行ったら家を出る時間にすぐになった。

「行っています」

「行ってらっしゃい!駆、決めるときは決めなくちゃダメだよ?」

 僕はお母さんからエールをもらうと、駅へ向かって歩き出した。

 歩き出して五分程したら、見慣れた亜麻色の髪が見えた。

「唯、おはよう」

「……おはよう」

 唯は振り返って僕の目をやや冷たい目で見ると、すぐに前を向いてしまった。

 僕は急いで彼女の隣に並ぶと、歩きながら彼女に尋ねた。

「唯。放課後、ちょっと時間をくれないかな?」

「何よ?」

 唯は僕の方を見ないで歩き続けている。しかし、彼女が怒るのも当たり前だ。

 僕は彼女の好意に気づかずに、無神経な事を言ってしまったのだ。

「大事な話があるんだ。大事な話だから二人になりたいんだ」

「そう、分かったわ。じゃあ、放課後にカラオケにでも行きましょう?」

 僕は唯がそう言ってくれて、内心安心した。

 二人になる時間さえも作ってもらえなかったら、もう彼女の気持ちを取り戻せない。

「ありがとう!」

「お礼を言うって事は、自分がどうして怒られたのか分かったって事よね?」

「うん。僕、あの後やっと分かったんだ。どうして唯が怒ってるのか」

 いくら無自覚だったとしても、人の気持ちを傷つけたら怒られるのは当然だ。

 僕だって、好きな人からあんな風に言われたらすごく悲しいと思う。

「……そう。だったら……」

 唯がそこまで言いかけた時だった。

「唯っち!駆っち、おはよ~」

「恵麻さん。おはようございます」

 恵麻の声が聞こえた途端、唯は恵麻の方へと走って行ってしまった。

 僕、もしかしてカラオケボックスで振られたりしないよね?

 僕が恵麻に勝つなんて、無理な気がしてきた。

「駆っち?」

「え、どうしたの?恵麻」

 なんとなくボーッとしていた僕の目の前に、いつの間にか恵麻が立っていた。

「唯っちの隣を歩いてたって事は、答えが出たんだねぇ?」

 恵麻の深い黒瞳が、僕の心を見透かそうとしているように写った。


「うん。僕なりに答えを出したつもり」

「そっかそっか!これで安心だ!!」

 恵麻は僕の返事を聞くと、満足そうに微笑んだ。

 どうして恵麻は、そんな顔を僕に向けるの?恵麻と僕は恋敵なのに。

「安心?何のこと?恵麻は何の話をしてるの?」

「何って、唯っちの事に決まってるじゃ無いか。嫌だなぁ」

 どうやら僕の話題と、恵麻の話題は一致しているらしい。

 しかしそうなると、僕が答えを出すことと恵麻に何の関係があるのか分からない。

「どうして僕が答えを出したら、恵麻が安心なの?」

「どうしてって、駆っちしか信じられる人が居ないからねぇ」

 恵麻は僕を信じられる人と表現した。つまり信用していると。

 信用されるのは嬉しいが、それと恵麻に何の関係があるというのか?

「……はぁ?」

「だって、私は……」

 恵麻が何か言いかけたが、それを最後まで口にすることは出来なかった。

 唯が恵麻を大きな声で呼んだからだ。

「恵麻さーん!早く行きましょう!!?」

「駆っち、この続きは後でね?」

 恵麻はそう言うと、先を行く唯の方へと小走りで行ってしまった。

 僕も仕方なくそれを追ったが、恵麻は一体何を言おうとしたのだろうか?

「僕を信じる?何か僕にして欲しいことでもあるのかな?」

 普通、あの流れだったら僕に何か頼みごとをしてくるはずだ。

 恵麻は何か困り事があって、頼める相手が僕しか居ないと言いたかったのだろう。

「……」

 電車に乗った後、僕は唯の隣に座る恵麻を見ていた。

 恵麻は唯とあれこれと談笑していて、僕の方を見ようとはしない。

 唯が居る場所では、しにくい頼みだったのだろうか?

「あんたはどう思うのよ?」

「全然見当がつかないんだよね?思い当たる節が無いからね」

 僕は聞こえてきた唯の声に、何も考えずに答えてしまった。

 唯が何の質問をしているのかも考えずに、勝手に頭の中を答えてしまったのだ。

「はぁ?あんた、何の話をしてるのよ?」

「そうだよ、駆っちぃ。今は夏休みにどこに行きたいか訊いてるんだよぉ?」

 そこまで言われて、ようやく僕は思考の世界から戻ってこられた。


「え!?夏休み!!?あ、そうだったね!!!?」

「ボーッとして、何を考えてたのよ!?答えなさいな!!?」

 唯の表情が、急激に険しくなった。眉をつり上げて、僕にガンを飛ばしてくる。

 恵麻の事を考えていたなんて、口が裂けても言うわけには行かない。

「ち、違うよ!ただちょっとボーッとしてただけだよ!!」

「だから、その理由を答えなさいって言ってるのよ!!」

 ボーッとしていたでは、唯は納得しないようだ。

 ボーッとすると言っても、何かは考えていたはずだからだ。

「唯っち、駆っちが困ってるよ?そこまでにしてあげたら?」

「何、言ってんですか恵麻さん!?こいつ、こっちを見てたのに隠すんですよ!!?」

 恵麻が助け船を出してくれたが、唯は僕の首根っこをつかんだまま放さない。

 確かに、自分たちを見ていたくせにその理由を言わないなんて気分が悪い。

「駆っちも年頃の男の子だからねぇ……女の子には言えない事くらいあるよ」

「そんなの納得できませんよ!ほら、早く言いなさい!!」

 唯は僕を前後に激しく揺すり、自白を強要してくる。

 こうなったら、何でも良いから適当な理由をでっち上げるしか無い。

「二人を見てたんじゃ無いよ!あのおじさんを見てたんだよ!!」

「あのおじさん?どれよ?」

 僕は咄嗟に、今さっき目についた四十代くらいのおじさんを指さした。

 おじさんはポールに捕まり、スマホをいじっている。

「ほら、あそこでファスナーが開いてる……」

「あ~、本当だねぇ」

 僕がおじさんを咄嗟に選んだのは、おじさんはファスナー全開だからだ。

 ファスナーからは、おじさんの灰色のパンツが見え隠れしていた。

「あんなもの、ジロジロ見るんじゃありません!!」

「痛いっ!!」

 なんとかごまかすことには成功したが、代わりに脳天に拳骨をもらってしまった。

 おじさんには申し訳ないが、僕にも言えない秘密の一つや二つくらいある。

「まったく!人が折角夏休みの相談をしてたのに!!」

「まぁまぁ唯っち、そんなに怒らないであげて」

 その後、僕たちは教室で夏休みの過ごし方について話し合った。

 おじさんには、僕が下車する前に目立たないようにファスナーの事を教えてあげた。

「海って、どこの海に行くの?沖縄?」

「それも考えたけど沖縄はこの時期、人でごった返してるでしょ?」

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