第13話
唯から、恵麻から、お母さんから言われた言葉がグルグル頭を回っている。
夕飯を食べているときも、お風呂に入っているときも、布団に入ってからもだ。
「あたしは恵麻さんを好きだけど、あんたも好きだからよ」
「唯っちは欲張りな女の子なんだよ?」
「答えはもう出てるんじゃ無いの?」
僕は唯の気持ちに全く気づかなかった。
いや。気づいていたけど、勘違いだと言うことにしていたのだ。
そうしておけば、傷つかなくてすむからだ。
「……でも、どうして唯は僕のノートを盗んだんだろう?」
唯は僕の秘密を盗み出し、恵麻と自分が近づく手伝いをしろと要求した。
何の意味があって、そんな事をしなくてはいけないのだろうか?
「……もしかして、僕と恵麻がくっつくのを阻止したかったんじゃ?」
唯は僕を脅した時に「あんたには悪いけど、恵麻さんは諦めて貰うわ」と言った。
つまりノートで脅すことで、僕が恵麻に近づけないようにしたのだ。
「唯は欲張りな女の子だから、僕も恵麻も欲しかった?」
唯が僕と恵麻の間に割って入るのは、僕の邪魔をしたいが為だけでは無い。
彼女は恵麻と僕の両方と接していたかったのだ。
「デートの予行練習もそのため?」
唯は僕がデートプランを提出すると、必ずそれを僕と試したがる。
それは、僕と恵麻と間接的にダブルデートをしたかったからだ。
「……なんだ、最初っから僕は恵麻と同じ扱いだったんだな」
唯がこんな事をした理由。それは僕と恵麻を同時に、同等に愛しているからだ。
彼女は男性も女性も、分け隔て無く愛せる女性だったということだ。
「それなのに僕は気づかなかったのか」
唯は最初からハッキリと、単刀直入に僕に好意を伝えていたのだ。
それなのに、僕は変な理由をあれこれとつけてそれに気づかないふりをしたのだ。
「だから唯は怒ったのか」
自分が想いを何度も伝えているのに、その人から「普通の関係」だなんて言われる。
それがどれほど無責任に、人の真心を傷つけるか僕は知ってたはずだ。
「そりゃ、恵麻も怒るよね」
そう口にした途端、罪悪感からまるで胸を引き裂かれるような痛みが走った。
唯が僕に想いを伝えている以上、僕もそれに答えなくてはいけない。
もう気づかないふりなんて出来ないし、してはいけない。
「……ただ、唯は僕と恵麻のどっちを選ぶ気なんだろう?」
唯の気持ちは分かったが、僕もどっちを選ぶかハッキリして欲しい。
まさか、恵麻と仲良く唯の恋人をする訳にもいくまい。
「唯にちゃんと確認しないといけないな」
ベッドの中で僕は明日、唯にちゃんと会って謝らなくてはいけないと決意した。
そして、彼女に僕と恵麻のどちらを選ぶのか尋ねようと思いながら目を閉じた。
「唯は僕と恵麻のどっちが好きなの?」
「何よ?藪から棒に」
僕は中学校で唯に尋ねた。どうして僕たちは中学校にいるのだろうか?
僕も唯も水着なのに中学校に居る。何か変だが、まあ良いか。
「唯っちは私が好きなんだよねぇ?」
「……恵麻?」
どこからか、恵麻が現れた。恵麻はなぜかウエディングドレスだ。
さっきからこの状況は一体、何がどうなっているのだろうか?
「そうよ?あたしは恵麻さんが好きなのよ?」
「え?じゃあ、どうして僕を好きなんて言ったの?」
唯は鈍い僕に、何度も好きだと言ってくれた。
あの言葉の数々は一体、どういう意味だったのだろうか?
「あんたは今日から、あたしたちのペットでしょ?」
「え?ペット?」
そう僕が口にした瞬間、僕は自分が犬になっていることに気がついた。
首輪もちゃんとつけられ、唯がリードを握っている。
「さあ、そりを引っ張りなさい」
「駆っち、頑張って」
「えええぇぇぇえええ!!!???」
訳が分からなかったが、僕は必死に唯と恵麻が乗ったそりを引っ張った。
しかし、そりは微塵も動かず僕の足が滑るだけだった。
「穏やかな海が~~爆炎で渦巻く~~」
唯と恵麻がそりの上で『タイフーン』を歌っている。
「はぁ……はぁ……夢か」
僕はうつ伏せの状態で目が覚めた。どうやら、変な夢を見てしまったようだ。
スマホからテンション高めの『タイフーン』の鳴り響いている。
この曲を聴いて、こんな忌々しい気分になったのは生まれて初めてだ。
「おはよう……」
「……おはよう。どうしたの?何か、寝癖がすごいよ?」
お母さんに言われて、鏡で確認すると僕の髪型は超ヤサイ人のようになっていた。
それだけ昨夜見た夢に、うなされていたのだろう。
「そろそろ切った方が良いかな?」
「そうね……切った方が涼しいし、手入れも簡単だとは思うけど?」
お母さんは、櫛で僕の後頭部をすきながら答えてくれた。
僕はおまりおしゃれに頓着しないから、いつも床屋で決まった髪型にしてもらう。
「……海に行く前に切ろうっと」
「唯ちゃんに返事する決心がついたの?」
お母さんは、櫛を塗らしては髪をすき、また塗らしては髪をすいてくれた。
僕は、一瞬目を伏せたが鏡越しにお母さんを見ながら答えた。
「うん、唯が何て言うかまだ分からないけど……」
「しかし、唯ちゃんも欲張りな女の子よね?二人同時にだもん」
お母さんは、少し呆れた様子で僕にそう同意を求めてきた。
確かに、二人同時に攻略するなんてラノベの主人公のようだ。
「唯は昔から欲しいものはなんとかして手に入れるタイプだったからね」
「そうだったわね。駆、覚えてる?唯ちゃんにハンカチ取られちゃったの」
お母さんにいきなりそんな事を言われたが、僕には全く覚えが無かった。
え?少し前に唯にハンカチを貸したけど、それとは違うよね?
「え?唯にハンカチを取られた?最近貸したのは覚えてるけど……」
「中学校一年生だったと思うけど、唯ちゃんにハンカチを取られちゃったのよ」
そう言われて、僕の脳裏にかつての記憶が蘇った。
確かに僕は、唯にハンカチを奪われた経験があるのだ。
「あ~、なんか思い出してきたかも。唯とハンカチを交換した話だよね?」
「あの時、お母さん何がどうなってこうなったのか訳が分からなかったもん」
奪われたなんて言い方をしたら人聞きが悪いが、正確には交換したのだ。
女の子用のハンカチを持って帰った僕を見て、お母さんは変な顔をしていた。
「結局、あのあとハンカチが帰ってきたよね?」
「だって駆はあんなかわいいハンカチは使わないし、唯ちゃんだってそうでしょ?」
ピンクのハンカチは、僕が使うにはかわいらしすぎた。
結局、僕のお母さんと唯のお母さんが後日交換したのだ。
「あの時、唯ちゃん泣いちゃったんだってさ」
「へ~、そんなに『不滅の刃』のハンカチが欲しかったんだ……」
僕は、のんきにそんな事を考えていた。
グンダムに興味を持ったりしてたし、割と男の子っぽい趣味なのかも?
「そうじゃなくて、駆の持ち物だから欲しかったんじゃないの?」
「え?僕の持ち物?」
普通、人が使った中古のハンカチなんて欲しがる人は居ないだろう。
誰だって、どうせもらうなら新品のハンカチの方が嬉しいはずだ。
「時々居るのよ。好きな人の持ち物を欲しがる子」
「……へ~……じゃなくって、唯はその頃から僕の事が?」
唯がいつから僕を好きなのか、僕にはいまいち推測できずに居る。
しかし、お母さんの説が正しいなら彼女は中学から僕を好きと言うことになる。
「だから唯ちゃん、急に綺麗になったのね?人を好きになったから」
「中学時代って事は、僕が喧嘩した頃かな?」
あの頃の僕は、勢いに乗っていたと言うか少し身の程知らずだった。
その気になれば何でも出来るような、自分は特別な存在のような気がしていた。
「あんまり詳しくは知らないけど、駆が唯ちゃんの為に怒ったんでしょ?」
「唯の為って言うか……見てたら許せなくなったんだ」
確かに発端は、唯のラブレターが晒されたことだった。
しかし、僕はそんな事をするヤツらとそれを遠巻きに見ているヤツらに怒っていた。
「それで良いと思うわよ?誰かのために怒れるって大切な事よ?」
「学校に呼び出されても?」
僕が起こした喧嘩騒動で、お母さんは学校に呼び出された。
学校の先生から説明を聞くお母さんを見るのは、申し訳ない気分だった。
「お母さん、別に駆が悪いことしたなんて微塵も思わなかったわよ?」
「でもお母さんあの後、怒ってなかった?」
お母さんは、学校を早退した僕を連れて家に帰る途中から怒っていた。
怒鳴ったり暴れたりはしなかったが、怒りがにじみ出ているように感じられた。
「お母さんが怒ったのは、あの無能な教員たちによ」
「そうだったの?」
「結局あの人たち、唯ちゃんをいじめた子たちを見つけられなかったからね」
あの騒動の後、僕はクラスから浮いた存在になってしまった。
しかし、先生たちはそれをどうすることも出来なかった。
もちろん、唯の手紙を晒しあげた生徒を見つける事も出来なかった。
「お母さんは唯ちゃんのために怒ってあげた駆は立派だと思うよ?」
「……だから、唯は僕が好き?」
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