第8話

「……唯、出よう!」

「あっ!何すんのよ!?」

 僕はなんとなく居心地が悪くなり、唯をつれて足早に店から出た。

 そのあと、僕たちは当初の予定通りにカフェへ行き昼食を摂った。

 しかし僕が思うに、カフェへ行く前の方がしゃべってた気がする。

「色々と予定外の展開になったけど、どうだった?」

「悪くないんじゃ無い?なんとなく感覚は掴めたわ」

 カフェで食事を終えた僕たちは、予定通りに解散しようとしていた。

 本来なら駅まで送るべきだが、唯はこの近所に住んでいるからその必要は無い。

「……え~っと……」

「何よ?言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいな」

 僕は別れ際に、唯に言おうと思っていたことがあった。

 しかし、ちょっと言いにくいような言いたくないような気分だった。

「……恵麻とのデート、頑張ってね?」

「もちろんよ。あんたに協力してもらったんだから、無駄にはしないわ」

 唯と恵麻のデートがうまくいくと言うことは、僕にとって喜ばしいことでは無い。

 それは、僕自身が恵麻のことを好きだからだ。

「……そう、じゃあね」

「あっ!ちょっと、待ちなさいよ!!」

 複雑な気持ちを抱えたまま唯と分かれようとしていた僕を、唯が呼び止めた。

 今日の実験の中で、何か至らぬ点でもあっただろうか?

「どうかしたの?」

「あんた、次からは靴くらいもっと綺麗なのを履いてきなさい」

 唯が指摘してきたのは、僕のスニーカーだった。

 この靴は、去年のセールスの時に買った物でかなり使い込んだ代物だ。

「本番のつもりで予行練習しろって言うでしょ?身だしなみは基本よ?」

「……ごめんね。次からは気をつけるよ」

 そう言われると、確かに今日の唯の服装には気合いが入っていた。

 動きやすさを重視しつつ、それでもおしゃれに見えた。

 多分、この日のために髪もちゃんとセットしたんだと思う。

「それから次のデートプランは、再来週の木曜日までに出しなさいよ?」

「来週は恵麻とのデートだからだね?」

 僕はデートから帰ると、なんとも言えないモヤモヤした気分だった。

 唯と恵麻が仲良くデートする様子をイメージするのが、すごく嫌だった。


 翌々週の木曜日、僕は言われたとおり唯にデートプランを渡した。

「……これなんだけど、どうかな?」

「ん?今度は映画デート?」

 僕が唯に提案したのは近所のモールの中にある、映画館でのデートだった。

 定番と言えば定番だが、これなら恵麻と楽しい時間を過ごせると思った。

「今度の土曜に、マンガを原作にした映画が公開されるんだ」

「ふ~ん『宇崎ちゃんはからかいたい』ね」

 僕が提案した映画には、大人気の俳優やら芸能人やらが出演する。

 これなら、あまりマンガを読まない恵麻とも共通の話題が出来るはずだ。

「……何か気に入らない点でも?」

「いえ、無難な選択だとは思うわ。ただ……」

 僕のデートプランを見て、唯は何か言いたげな様子だ。

 無難過ぎただろうか?もっと攻めた内容のデートを提案すべきだったか?

「ただ?」

「これ、あんたと見ちゃったら恵麻さんと感動が共有出来ないわよね?」

「あっ!それもそうだね?」

 確かに、僕と唯が先にこの映画を見てしまったら唯はオチを知ってしまう。

 唯は僕がデートプランを提案すると、それを僕と予行練習したがるのだ。

「映画館って言う選択は良いと思うわ?でも、あんたとは別の作品を見るべきね」

「……別に僕と行かなくても良いんじゃ無いかな?映画だし」

 正直、どうして唯が僕とデートの予行練習をしたがるのかよく分からない。

 特に今回なんて映画なのだから、予行練習も無いような気がするが?

「そういう問題じゃ無いでしょ!?自分の考えたプランには責任持ちなさいよ!!」

「……ゴメン。じゃあ、僕とは何を見に行く?」

 そう言われてしまっては、僕には返す言葉が無かった。

 確かに僕が考えたプランである以上、問題ないかどうか僕が一応確認するべきだ。

「『劇場版グンダム 愛、知ってますか?』なんてどうかしら?」

「……それ、唯が見て面白いかな?僕は見たいけど」

 唯が僕に提案したのは、グンダムの劇場公開作品だった。

 僕も興味があった作品で、そのうち見ようと思っていた作品だ。

「何?詳しい人しか楽しめない映画なの?」

「そんなことは無いと思うよ?ただ、男向けの内容だよ?」

 僕はそう言ったが、結局唯は土曜日に僕と一緒にグンダムを見た。

 唯が言うには『やけに登場人物が若いわね?』だそうだ。


 僕が唯の恋路を手伝うようになって三ヶ月か四ヶ月がたった。

 僕はいくつも唯にデートプランを提案し、その予行練習に付き合った。

「駆っち、最近何してる?」

「……突然、どうしたの?」

 蝉がうるさく鳴いているある日、僕は食堂で恵麻に声をかけられた。

 恵麻と僕はクラスが違うから、あまり会うことが無い。

 まあ、それは唯もそうなのだが彼女の場合はちょっと事情が違う。

「いやぁ、春に駆っちの家に行って以来会う機会がほとんど無かったなぁって思って」

「確かにそうだね?なかなか予定が合わなかったもんね?」

 実は僕は、自分と恵麻の予定が合わない理由を知っている。

 理由は唯が週交代で僕や恵麻と会うからだ。

 僕とはデートの予行練習を、恵麻とはその本番のデートをするから会えないのだ。

「そこで、そろそろ夏休みだしさぁ。一緒にどっかに行かない?」

「え!?僕と恵麻が!!?」

 僕はその提案がうれしいと同時に、唯の怒りを買わないかと不安になった。

 僕にとって恵麻は初恋の相手だが、同時に唯の片思いの相手でもあるのだ。

「……駆っち、どうかしたの?」

「えっ!?あ、いや!何でも無いよ!!」

 食堂に備え付けられた長椅子の上で、僕は恵麻に顔をのぞき込まれてしまった。

 そんなに顔を近づけられると、心臓が……

「二人で一体、何を話してるんですか?あたしも入れてもらえます?」

「お~、唯っちぃ。ちょうど良かった、唯っちにも話したかったんだ」

「え~~、何の話ですか?」

 そう言いながら、唯はわざとらしくお尻で僕を押しのけて僕と恵麻の間に座った。

 唯は、自分の手が僕の手に乗ってるのにそんなのお構いなしだった。

「実は、夏休みに三人で海に行かないって駆っちに行ってたんだ」

「あら~、良いですわね~。三人でお出かけなんて、久しぶりですもんね?」

 唯はすっかり恵麻の方を向いて、僕なんてまるで居ないかのような扱いだ。

 まあ、唯にとって僕なんてついでみたいなもんだし。

「そうでしょ?だから二人とも補習になったりしないでね?」

「ええ、もちろんですとも!!」

 唯は力強く頷いて見せたが、実は僕は次の試験でパスできるか少し不安だった。

 デートプランを考えることに、時間を割いているのが理由の一つだ。

 恵麻は唯と約束を取り付けると、お手洗いに席を立った。


「……で?あんたはどうなの?」

「え?何が?」

 唐突に唯が僕の方を振り向いたから、僕は飲みかけの水をむせるところだった。

 どうなのとか訊かれても、何の話題をしているのかさっぱりだ。

「恵麻さんの話、聞いてたでしょ?期末試験の話に決まってるでしょ!?」

「……ああ、期末試験か。実はちょっとヤバいかもしれない」

 元々、僕にとってこの高校の授業のレベルは高い。

 中学時代のクラスメイトと会わないように、無理してこの高校へ通っているのだ。

「そんなことだと思った。期末まで時間が無いわよ?」

「……うん。そうなんだけどね」

 自分でも危機的状況なのは、重々理解している。

 しかし、今から努力してどこまで点数を稼げるだろうか?

「そう、分かったわ。じゃあ今日から放課後、あたしの家に来なさい」

「え?唯の家に!?勉強を教えてくれるってこと?」

「それ以外に無いがあるって言うのよ!?逃げるんじゃ無いわよ!?」

 唯は、なぜここまで親身になって僕の面倒を見てくれるのだろうか?

 彼女にとって恵麻と二人っきりになるのは、願ったり叶ったりでは無いのだろうか?

「何で僕にそこまで優しくしてくれるの?」

「ハァ!?あんたバカ?あんたが補習受けてたら、楽しく遊べないじゃ無い」

「……そう?」

「そうよ!何当たり前なこと、言ってんの!?」

 良く分からないが、多分僕が補習を受けてると後ろめたい気持ちになるのだろう。

 唯は僕がアニメを見ているのを、自分のせいだと思っている節がある。

 だから、僕に対してどこか罪悪感のようなものを感じているのだろう。

「今日からみっちり仕込んでやるから!遊んでる暇なんて無いわよ!?」

「仕込むって芸か何かじゃあるまいし……」

 普通、この状況だったら『教えてあげる』とか『勉強見てあげる』じゃないかな?

 仕込むなんて、唯は僕にどんな勉強のさせ方をする気だろうか?

「二人ともぉ~、お待たせぇ~」

「あ!恵麻さん!!遅いじゃ無いですか~!!!」

 恵麻の声が聞こえた途端、唯の表情が一瞬で変わり百八十度回頭した。

 僕にはどっちの顔が本当の唯の顔なのか、分からなくなってきた。

 そのあと、僕たちは昼休みが終わるまで夏休みの案をあれこれと出し合った。

 そして昼休みが終わり、午後の授業が終わり、放課後になった。

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