第7話

「あれからよね?あんたがアニメとか見るようになったの」

「別に関係ないよ。昔から割と見てたよ?」

 喧嘩騒動を起こした僕はクラスの腫れ物となり、居ない者のように扱われた。

 当然、僕には中学校時代の友達なんて一人も居ない。

 そしてその孤独を埋めるようにアニメやマンガ、ライトノベルを漁っていた。

「クラスの皆、あたしなんかそっちのけであんたの話ばかりしてたわよ?」

「……知ってるよ」

 先生たちは原因が原因だから、僕を厳しく叱ることも出来なかった。

 ただ処理をうやむやにして、妙なしこりのある日常に戻っただけだった。

「何であたしと恵麻さんまで避けてたの?」

「なんとなく近づかない方が良いかなって?思ったんだよ」

 クラスから浮いた僕は、時々嫌がらせの対象になっていた。

 そんな僕と親しくしていたら、火の粉が降りかかるかもしれない。

「あたしの問題なのに、なんであんたが抱え込むの?」

「早い話がムカついたんだ。人のことを笑いものにしてる人も、それを見てる人も」

 いじめは、もちろんいじめてる人が一番悪い。

 しかしそれを黙って見て見ぬふりするのだって、いじめを黙認してるのと同じだ。

「あんた『ムカつく』なんて言葉、使うのね?」

「僕だってムカつく時くらいあるさ。あんまり使わないけど」

 僕は普段、ムカつくなんて言う乱暴な言葉は使わないようにしている。

 だが、誰だって本気で許せないことの一つや二つくらいある。

「だから、偏差値が高いあたしたちと同じ高校を選んだの?」

「あの高校なら、僕のことを知ってる人はほとんど居ないと思ったんだ」

 灰色の中学時代を送った僕が今の高校を選んだのは、家から近かったからでは無い。

 僕の出身中学のレベルでは、なかなか入学できないからだ。

「……でも、あたしが居た……と?」

「僕は唯と同じ高校でも、全然問題ないと思ってるよ」

 唯は僕がいじめに遭ったのは、自分をかばったからだと思っているのかもしれない。

 自分は僕の近くに居ない方が良いと思っているのだろう。

「……自分の秘密をネタに脅されていても?」

「それは困るけど……あれとこれは全然関係ないでしょ?」

 僕はいじめの件で唯を恨んだことなんて、一度も無い。

 自分の良心に従って行動したのだから、何を恥じることがあるだろうか?

 ただ、ノートの件に関しては僕は穏やかな気持ちでは無かった。


 そんなことを話している時だった、スマホから十時を知らせる音楽が鳴った。

 ちょっと軽く昔話をするつもりが、長々と話し込んでしまったようだ。

「……行こっか?」

「そうね。ここで話し込んでても楽しい気分になんて、なれそうにないし」

 僕と唯は鳥居の前で一礼すると、来た道を戻り始めた。

 神様もこんな湿っぽい話を聞かされて、さぞ迷惑したことだろう。

「ところで、唯はどうして五円玉を二枚入れたの?」

「一枚じゃ足りないと思ったからに決まってるでしょ?」

 僕は唯に手首を握られると、彼女に並んで歩いた。

 一枚じゃ足りないか。確かに彼女の願いには障害が多そうだ。

「まずはアニマーズに行くわよ?」

「え?アニマーズ?」

 アニマーズとは、全国展開するサブカルチャーショップのことだ。

 何で僕は唯と一緒にアニマーズに行くのだろうか?

「もっと別に行くべきところがあるんじゃ無いの?」

「あんたバカ?デートってお互いを知るためにするんでしょ?」

 つまり、唯は僕の趣味について知りたいと言うことだろう。

 自分と距離をとっている間に、僕がどう変わったのかを教えてほしいのだろう。

「だからって、アニマーズわざわざ行かなくても……」

「あたしは半端なのが嫌いなの!やるからには徹底的よ」

 そう言われて、僕は改めて思うのであった。

 この三年間で唯の見た目は大きく変わったが、中身は変わっていなかった。

「……ここがアニマーズね。思ってたのとは結構違うのね?」

「どんな店を想像してたのさ?」

 アニマーズに着くなり、僕は唯にツッコミを入れてしまった。

 だって、あまりにも失礼な発言だと思うでしょ?

「もっとこう……頭にバンダナ巻いた人とかが……」

「いつの時代のオタクのイメージ?それ?」

 どうやら唯は、一世代くらい前のアニマーズをイメージしているらしい。

 僕が知るアニマーズは、女の子がメインにやってくるお店だ。

「まあ、良いわ。入ってみましょ」

「……うん」

 僕は唯と並んでアニメーズへと、入店した。

 なんだか、今更になってデートっぽくなった気がする。


「……中も想像してたのとは、だいぶ違うわね?」

「唯ってもしかして、転生とかタイムスリップとかした?」

 アニマーズの中には、女の子向けの商品が所狭しと並びお客も女子が多い。

 僕みたいな男子は、むしろ浮いているくらいだった。

「だってあたし、こんなお店に来るの初めてなんだもん」

「にしては、アニマーズのイメージがやたら古いような気がする」

 僕は、唯に手首を握られたまま店内を物色して回った。

 店内には、イケメン風のキャラのキーホルダーやらがたくさん並んでいた。

「グンダムはあんまり置いてないみたいね?」

「グンダムだったら、アニマーズよりもグンダムベースに行くべきだよ」

 アニマーズに置いてある商品は、基本的に最近の作品とかが中心だ。

 僕が持ってるグンダムとかは、別のお店の方が品揃えが良い。

「失敗したわね。あんたもこんなお店じゃあんまり楽しくないでしょ?」

「全然じゃ無いよ?これとかは最近やってたグンダムのキャラだし」

 僕が手に取ったのは、ちょっと前まで放送してたグンダムのキャラクターグッズだ。

 さすがに、プラモデルとかは置いていないようだが……

「この女の子がグンダムに乗るの?まだ子供じゃない」

「宇宙にある学園が舞台になってるからね」

 僕はグンダムについて、唯に簡単に説明した。

 唯は僕の説明を、時折厳しいツッコミを入れながら真剣に聞いてくれた。

「……って作品なんだ」

「へぇ~、女の子同士で結婚……」

 その作品では、何の偶然か女の子同士のやりとりが中心となっていた。

 なんとなくだが、今の唯の状況に似ているような気がした。

「最近はこういうのが多いの?」

「う~ん、グンダムじゃ珍しいんじゃ無いかな?女の子同士の恋愛は」

 近年、LGBTQに対する理解や配慮が推し進められている。

 グンダムも、そんな世情を反映したようにこういう設定の作品を出した。

「そうよね?あたしが知ってるグンダムって男ばっかり出てくるし」

「……まあ、基本は男の子が見る作品だからね」

 男の子向けだから、女の子を主人公にしてはいけないという訳では無い。

 しかし、やっぱり男の子は男の子に感情移入しやすいものだ。

「……今度ちょっと見てみようかしら?」

「僕、持ってるから貸そうか?」


 僕はサブスクで見られるが、唯はサブスクには契約していないらしい。

 だから僕が持っているDVDを、貸してあげようと提案してみた。

「アニメだけじゃなくて、そのグンダムベースを見てみるって言ってるのよ」

「ああ、何だそういうことか」

 唯はアニメだけでなく、グンダムベースそのものに興味を持ったらしい。

 それがなんだか僕には、うれしいことのように感じられた。

「あんたはグンダムベースに行ったこと、ある?」

「二回くらい行ったかな?でも、それがどうかしたの?」

 なぜ唯は、僕がグンダムベースに行ったことがあるか尋ねたのだろうか?

 僕が何回行こうが、唯には直接関係ないはずだが?

「何言ってんのよ!?案内役が居た方が便利だからに決まってるでしょ!?」

「僕にグンダムベースを案内しろって言ってるの!!?」

 確かに、グンダムベースは結構大きいしコーナーが色々と分かれている。

 内部をある程度知っている人と一緒に行った方が迷わずにすむだろうけど……

「あんた、あたし一人で行けって言うの!!?」

「いや、そうじゃないけど……どうしてそんなに行きたいの?」

 唯がなぜこんなにまでグンダムベースに興味を持ったのが、いまいち分からない。

 唯は、ガッターロボとグンダムの違いも分からないのに。

「あんたがグンダムを好きだからに決まってるでしょ?」

「え?僕のために言ってるの?」

 唯がグンダムを知りたがっているのは、他でもない僕のためだった。

 彼女は、僕との共通の話題としてグンダムを選んだのだ。

「他にどんな理由があるのよ?あたし、ロボットなんて全部同じに見えるのよ?」

「全部同じに見えるのは知ってるよ?でも、どうして僕のために?」

 唯は僕では無く、恵麻と接近したいのでは?

 それがどうして僕とグンダムの話題をするのだろうか?

「あんただってあたしにとっては大切だからに決まってるでしょ?あんたバカ?」

「え~~……」

 僕には、唯の狙いが分からなくなってしまった。

 彼女は僕を利用して恵麻に近づこうとしているはずだった。

 それなのに、利用している僕のことも大切だと言っている。

「……あの二人、グンダムベースに行くんだって?」

「へ~、仲良いね?アタシはグンダムはちょっとパスかな?」

 僕と唯のやりとりを聞いていた他の客たちが、ヒソヒソと話しているのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る