第6話
そしてあっという間に土曜日、デート当日になった。
「……まだ、朝の五時か」
その日の僕は、不思議と早起きで『タイフーン』が始まるより先に起きていた。
特にすべきことも無い僕は、布団から出ると手荷物のチェックを始めた。
「カバンヨシ!財布の中身ヨシ!寝癖もヨシ!」
一昨年買ったパーカーに袖を通した僕は、鏡に自分を映してみた。
鏡に映った僕は昨日の僕と代わり映えせず、早い話が普段の僕だった。
「……どこも変なところなんて無いよね?」
僕は自分の顔を、いろんな角度から鏡の映してみた。
別にひげのそり残しとか、鼻毛が出てるとかは無い様子だった。
「何してるんだろう?僕」
自分がいつもの普段通りで安心している反面、不安な僕がいた。
僕は一体、何を不安に思っているのだろうか?
「……アニメでも見ようかな?」
僕はスマートフォンで、サブスクリプションに接続した。
確か『金星の美魔女』をまだ途中までしか見ていなかった。
「……」
しかし十分もしないうちに、僕はスマートフォンを閉じた。
なんとなくだが、アニメに集中できない気分だった。
「ラノベでも読もうかな?」
僕は先週買ったライトノベルを手に取り、しおりが挟んであるページを開いた。
なんとなく、表紙の絵柄が気になって手に取った本だがなかなか面白い。
「……」
しかし僕は一ページめくると、そこにしおりを挟んで本を閉じてしまった。
ライトノベルの気分でも無いと思ったからだ。
「ちょっと、外にでも出るか?」
僕はこの時、自分が落ち着きを無くしているとやっと自覚した。
しかし、なぜこんなにまで落ち着きを無くしているのかは分からなかった。
「……この時間はやっぱり少し冷えるなぁ」
玄関から外に出た僕を、ひんやりとした外気が出迎えた。
その空気を肺いっぱいに吸い込むと、少しだけ落ち着くような気がした。
「……スゥ~、ハァ~~」
ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した僕は、自分が緊張しているのだと理解した。
僕は唯とのデートのことで、趣味も楽しめないくらいに頭がいっぱいなのだ。
落ち着きを取り戻した僕は顔を洗い、朝食を摂ってから駅前へと向かった。
時間はまだ九時を少し過ぎたぐらいだ。まだ待ち合わせの時間には遠い。
「……あれ?」
しかし僕は駅前の時計にたたずむ女の子を見て、間の抜けた声を出してしまった。
そこに立っていたのは、亜麻色のウェーブした髪の浅黒の女の子。唯に間違いない。
「あら?あんたこんな時間にどうしたの?」
「僕はなんだか早く起きちゃって……することも無くて……唯は?」
唯はさも不思議そうに僕に問いかけたが、早く来ているのは唯も同じだ。
彼女は何のために、一時間も早くこんなところに来たのだろうか?
「あたし?あたしはあんたを待ってたのよ?」
「え!?僕を待ってた!!?こんなに早く?」
唯は、僕が来るどれくらい前から待っているのだろうか?
待ち合わせは十時なのだから、仮に待つにしても十分くらい前で良いのでは?
「こんなに早くって、あたしもちょっと前に来たばかりよ?」
「いやいやいや!僕が約束通りに来たらどうするつもりだったのさ!?」
今回は僕がたまたま早くに来たから、唯も待たずにすんだ。
しかし、もしそうじゃなかったら彼女を一体どうするつもりだったのだろうか?
「どうするって、待つだけよ?それ以外にすることがある?」
「……本気なの?」
僕は唯にそう訊いたが、返事なんて聞くかなくても彼女が本気だと分かる。
彼女は、いつでも本気だからだ。
「でも良かったじゃない?あんたが早起きしたおかげで待たずにすんだんだから」
「……これで良かったのかな?」
唯は僕の右手首を握ると、カフェテリアとは逆方向に歩き出した。
え?今日のデートってカフェでご飯食べるだけでしょ?なんでそっちに行くの?
「唯?カフェはそっちじゃ無いよ?」
「それくらい知ってるわよ。でもあんた、こんな時間にカフェに行って何するの?」
確かに言われてみれば、唯の言うとおりだ。
カフェでランチを楽しむのに、こんな時間に行ってどうするというのだろうか?
「ほかのお店もこの時間じゃ空いてないと思うし、適当な場所に行くわ」
「この先に、小さな神社があるよ?」
僕と唯は特に目的地も無く、ブラブラと地方都市を散策することになった。
なんだか昔とあまり変わらないような気がするが、変わったことがあった。
以前は僕が手を引いていた唯が、今では僕の手を引いていると言うことだ。
「殺風景な神社ね?」
神社へと着いた唯が開口一番にはなった一言は、辛辣だった。
しかし、彼女がそう言いたくなる気持ちもよく分かる。
「ここから少し歩いたところに、アイドルで有名になった神社があるからね」
「ああ、あのやたら商売っ気のある神社ね?」
この町には、全国的に有名な神社が一つある。
夏には花火大会を開催したり、毎月何かしらの催しが開かれている神社だ。
「こんな小さくて知名度の低い神社には、参拝客なんて滅多に来ないよ」
「それもそうね。せっかくだからお参りしていきましょう」
そう言うと唯は財布を取り出し、五円玉を二枚賽銭箱に入れた。
僕は唯に続く形で五円玉を賽銭箱に投入した。
「……」
「(僕の秘密が誰にもバレませんように!!)」
僕たちは一分弱の間、手を合わせて神様にお願い事をしていた。
でも、唯はどうして五円玉を二枚入れたのだろうか?
「唯は何をお願いしてたの?」
「まあ、簡単に言えば『恋愛成就』よ。神にでもすがりたい気分なんだから」
唯の願い、それはきっと恵麻との仲が進展することだろう。
しかし僕はその願いに、叶ってほしくないなとチラリと思った。
「あんたは何をお願いしたの?」
「僕?僕は自分の秘密がバレないようにって願ったよ?」
唯は恵麻への告白に成功した暁に、僕のノートを燃やすと言っている。
本当はそれだって嫌だが、秘密をバラされる方がもっと嫌だ。
「何だ、そんなことを願ってたのね?」
「唯にとっては取るに足らないかもしれないけど、僕にとっては重大問題なんだよ?」
唯から見れば、あれは僕の妄想を書き殴っただけの代物だろう。
しかしそれが誰かに見られるのは、本人にとってはとても怖いのだ。
「いえ、あたしにも分かるわよ?秘密をバラされる怖さは」
「……え?あ、そうか」
僕は、唯がそんなことを言う理由を知っている。
彼女も、自分の秘密を不特定多数に知られた経験があるのだ。
「……ゴメン。あんなことを思い出させるつもりじゃ無かったんだ」
「分かってるわよ?だって、あの時あたしを助けたのはあんたでしょ」
あれは中学校の頃の話だ。僕が唯と恵麻から距離をとった時期だ。
いや、少し違うな。二人と距離をとるようになった原因だ。
あの頃、唯は自分のセクシュアリティをクラスの女子に暴露された。
そしてそのことで、クラスの男子からも女子からも奇異な目で見られていた。
「あの唯って『おなべ』なんだろ?」
「顔はかわいいのにな……」
クラスの男子たちが、無神経な会話をこそこそとしていた。
僕もこの頃、唯が女性を恋愛対象として好きになる女の子なのだと初めて知った。
「ちょっと駆くん、唯さんにこれ渡してくれる?」
「え?別に良いけど、どうして僕が?」
クラスの女子が消しゴムを、唯に渡すように僕に言ってきた。
見たところ普通の消しゴムのようだが、なぜ僕を経由するのだろうか?
「だって……唯さんは……」
そこまで言われて、僕にも彼女の言わんとすることが分かった。
この女子は、LGBTQの唯に近づきたくないのだ。
別に消しゴムを手渡したからと言って、唯は何かするような子では無いのに。
「……分かったよ」
僕は何か、胸の奥がモヤモヤするようなムカムカするような感じだった。
そしてそれは、日増しに大きくなっていくような気がした。
ある日のことだった。
「……なんだ?人だかりができてるぞ?」
「本当だねぇ」
教室に入ろうとした僕と恵麻の目に、生徒たちが集まっている様がうつった。
そして、その原因を知った僕は今までの人生の中で一番怒ることとなる。
『あなたのことをずっと見ていました』
生徒たちが見ていたのは唯が昔、あるクラスメイトに当てて書いた手紙だった。
平たく言えば、ラブレターだ。それが見えるように張り出してあったのだ。
「やっぱり唯さんってあっちだったんだね?」
「あんまり近づかない方が良いんじゃ無い?」
女子たちが身勝手なことを言っているのを余所に、僕は手紙を回収した。
こんなことをした犯人を、きっと突き止めてやる。そう思った。
「……怖ぇ~」
「……気持ち悪い」
しかしそれを耳にした時、僕の中で何かが切れるような気がした。
唯の手紙を見世物にした人も、それを見ている野次馬も許せなかった。
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