第5話

「駆っち、またねぇ~!!」

「うん、また明日ね!」

 僕と唯は恵麻に手を振り、彼女の後ろ姿を見送った。

 恵麻の家は、唯の家と少し方向が違うのだ。

「……さてと、早速あんたが考えたデートプランを聞こうかしら?」

「言っとくけど、僕もデートなんて経験無いんだからね?」

 唯は僕の右手首をつかむと、自分の家まで引っ張り始めた。

 そんなことしなくても、逃げたりなんかしないよ。

「そんなこと、知ってるわよ。でも、こんなことを頼めるのはあんたくらいなのよ」

「どうして?デートプランなんて、ネットにいくらでも情報があるでしょ?」

 どうして唯は、女の子と付き合ったことも無い僕にこんなことさせるのだろうか?

 もっとデートに詳しい人は、いくらでも居ると思うのだが?

「あんたバカ?恵麻さんとのデートなんだから恵麻さんに詳しくないとダメでしょ?」

「……ああ、そうか」

 唯がどうして僕に知恵を借りるのか、とても良くわかった。

 ネット上のデートプランなんて、所詮『当たり障りの無い無難な物』でしかない。

 よく知らない相手なら無難なプランで良いが、相手は見知った相手だ。

「さあ、着いたわよ。入りなさい」

「おじゃましまーす」

 僕は唯に促されて、古式ゆかしい雰囲気の唯の家に入った。

 ハーフでエキゾチックな雰囲気の彼女と、この家の雰囲気はギャップがあった。

「……二人は今日も仕事?」

「ええ、お父さんもお母さんも出張よ」

 僕のお母さんはイラストレイターだから、家に居ることが多い。

 しかし唯の両親は外でバリバリ仕事してるから、家に居ないことが多い。

「何ボーッとしてるの?早く来なさいよ」

「ああ、ゴメン」

 僕は脱いだ靴をそろえて置くと、家の奥へと進んだ。

 家にはかわいらしい女の子の匂いが漂っていて、ちょっとドキドキした。

「何か飲む?」

「え~っと……じゃあ、お茶で……」

 唯の部屋に通された僕は、どこか落ち着きが無くモジモジしていた。

 唯の部屋なんて、昔は何度も入ったことのある場所だ。

 それなのに、高校生になった僕には少しだけ落ち着かない空間に感じられた。


「ちょっと待ってなさい」

「……うん」

 唯は僕を置いて、お茶を入れるために部屋から出て行った。

 もしかして、これってノートを取り返すチャンスなんじゃ無いかな?

「……ここには無いか」

 唯が出て行ったのを確認した僕は、無難に本棚を探ってみた。

 しかし当たり前と言えば当たり前だが、本棚に僕のノートは無かった。

「どうする?引き出しの中でも探してみるか?」

 僕は、唯の部屋に置かれた大きな引き出しに目をつけた。

 しかし万が一、下着でも出てきたら僕はただの変態だ。

「下着って、どの辺にしまってあるんだろう?」

 しかし、引き出しは物を隠すにはうってつけの場所だ。挑戦する価値はある。

 要は、唯の下着が出てこなければ良いのだ。

「う~ん、さすがに真ん中の引き出しには入れてないだろう」

 引き出しは全部で七段ある。下着をしまうなら、一番上か下だろう。

 となれば真ん中の引き出しは、比較的安全というわけだ。

「……唯はまだ来てないよね?」

 僕は唯の足音がまだ遠くにあるのを確認して、真ん中の引き出しに手をかけた。

 まだ何もしてないのに、心臓がバクバク言っている。

「……無理だっ!やっぱりやめよう!!」

 僕は寸前のところで引き出しから手を離し、元の位置に座り直した。

 たとえ無難でも、絶対に下着が出ないという保証はどこにも無い。

「こんなことをしたら、僕は明日から前を向いて歩けなくなる」

 幼なじみの部屋に潜り込み、主の居ない間に下着を漁る変態男。

 唯にも恵麻にも、お父さんにもお母さんにも見捨てられてしまう。

「お待たせ」

「ああ、大丈夫だよ。全然、待ってないから」

 座って自責の念に駆られていたら、唯がお茶を持って戻ってきた。

 もしノートを探していたら、そのことが唯にバレていたかもしれない。

「さて、見せてもらおうかしら?あんたが考えたプランを」

「うん、これなんだけど……」

 僕は汗ばんだ手で、ルーズリーフに手書きされたデートプランをテーブルに置いた。

 といっても、ほとんどネットのデートプランを写しただけなのだが。

「……ふ~~ん」


「……どう?」

 唯は僕が持ってきた、たった一枚のルーズリーフを凝視している。

 何か至らぬ点でもあったのでは無いかと、僕は不安の心持ちだった。

 唯に満足してもらえないと、最悪僕のノートの中身が暴露されてしまうからだ。

「……悪くは無いわね。ただ、短すぎない?」

「僕もそう思ったけど、最初のデートは一時間くらいで終わるのが良いんだって」

 僕が持ってきたプランは、近所のカフェテラスでの昼食をメインにしたデートだ。

 所要時間にして、一時間から二時間程度で終わるプランだ。

「そうなの?もっと居たいと思わないの?」

「そう思うくらいが、ちょうど良いんだって」

 デートでありがちな失敗として多いのが、気合いを入れすぎることらしい。

 相手を何時間も拘束してしまい、疲れさせてしまうのだと僕は説明した。

「……なるほどね。最初は短めにして、少しずつ伸ばすのね?」

「そう、お互いに負担に感じない自然体でいられるのが良いんだって」

 僕は自分で調べたことを、唯に一つずつ説明していった。

 唯は僕の説明を真剣に聞き、所々で質問してきた。

「……と言う訳でこんな感じのプランにしてみたんだけど、どう?」

「良くわかったわ。あたしもこれで良いと思うわ」

 二十分ほどの説明の後、唯は僕の提出したプランを受け取ってくれた。

 これで僕の役目は終わりだな。僕は肩の荷が下りた気分だった。

「それじゃあ、明後日の土曜日にこのプランを試してみましょう?」

「……え?試す?」

 唯は僕のプランを試すと言ったが、どうやって試す気だろうか?

 恵麻と実際にこのプランを試すと言う意味だろうか?

「あんた、まさかこの紙切れ一枚渡してそれで終わりだと思ってないでしょうね?」

「え?それって……まさか……」

 僕はそこまで言われて、ようやく唯の言っている意味がピンときた。

 唯がデートプランを試すとは、恵麻とデートする前の予行練習をすると言う意味だ。

「土曜日に、あたしとあんたでこのプランで問題ないか確かめるのよ」

「……冗談……な訳ないよね?」

 唯の目は本気の目だ。つまり、本当に予行練習をする気なのだ。

 彼女は基本的に冗談を言うような人では無く、いつも本気の人だ。

「土曜日は予定を空けておきなさいよ?」

「……じゃあ、十時に駅前で集合ね?」


 幸い、僕の土曜日の予定は空いていた。

 正確には撮り溜めたアニメを見るつもりだったが、仕方ない。

「唯とデートか。って言っても今更な気がするけど……」

 土曜日にデートすると決まっても、僕のテンションは特に上がったりしなかった。

 なぜなら、唯と僕は物心ついた頃から親しい関係だからだ。

「お母さん、土曜日に唯と出かけることになった」

「あら、唯ちゃんと?恵麻ちゃんは一緒じゃ無いの?」

 家に帰り僕が唯とデートすると伝えても、お母さんもこんな反応しかしない。

 まあ、唯と僕が出かけるなんて珍しくもなんともないからね。

「どんな格好して行ったら良いかな?」

「う~ん、土曜日は少し暖かいらしいから今日より薄着が良いんじゃ無い?」

 そんな会話が交わされた後、僕は自分の部屋で宿題に取りかかった。

 僕はおしゃれのことを訊いたつもりだったのだが……

「デートって、どんな格好して行けば良いんだろう?」

 僕は宿題の手を止めて、そんなことをぼんやりと考えていた。

 幼なじみとのお出かけなんて、もう何度も経験したことなのに。

「唯の部屋、昔は気づかなかったけど良い匂いだったなぁ……」

 僕は土曜日のデートのことから、自然と今日の出来事について考えていた。

 唯の部屋を見たのは、実に小学校以来なのだ。

 彼女はこの数年で、ぐっと魅力的になった気がした。

「……ハッ!僕は何を考えてるんだ!?宿題しなくちゃ!!」

 僕の意識は唯の部屋から自分の部屋へと戻り、机へと向かった。

 今は唯では無く、目の前の宿題の方が何倍も大切だ。

「……でも、唯とデートか……」

 にも関わらず、僕は数分おきに唯のことを考えていた。

 そして現実に戻り、少しシャープペンシルを動かしては唯のことを考える。

 そんなことを、夕飯まで続けていた。

「駆、どうしたの?なんか上の空よ?」

「え?そう?」

 僕は食事中、お母さんにそう言われてしまった。

 見ると、お母さんはほとんど食べ終わっているのに僕は半分も食べてなかった。

「高校生らしく何か悩み事?」

「いや、そんなんじゃ無いよ」

 今の僕は、別に悩むようなことなんて無い。はずだ。

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