第4話

 僕が一年三組、唯と恵麻が一年四組に振り分けられてしばらく経過したある日。

 僕と唯は二人でカラオケボックスに来ていた。

「……どうして恵麻は一緒じゃ無いの?」

「恵麻さんには聞かれたくないからよ」

 僕の質問に対して、唯はそう答えたが意味がよくわからなかった。

 恵麻に聞かれたくないって何を?歌声を?

「そういえば、あんたから借りたDVDだけど……思ってたより面白かったわ」

「そう?どんなところが面白かった?」

 なんだ、唯は僕とロボットアニメについて語りたかったのか。

 確かにそれは、アニメを見てない恵麻が居る場所ではしにくい会話だもんね。

「思ってたほど戦うシーンが少なくて、人間ドラマがしっかりしてたわ」

「まぁ、ポケ粉は戦闘よりドラマ性に重きを置いてるからね」

 僕はテーブルの上にメロンソーダのコップとウーロン茶のコップを置いた。

 ウーロン茶は、唯に頼まれてメロンソーダのついでに持ってきた。

「でも、最後にワーニィが死んじゃうのはちょっと悲しかったわ」

「僕もあれは悲しかったけど、そうしないと反戦アニメにならないからね」

 ポケ粉は主人公に関わる人が、結構戦死してしまう。

 戦争をすれば人がたくさん死ぬ、という端的かつ明確なメッセージだ。

「今度、また別のを貸してくれる?」

「うん、喜んで!僕も唯とこんな話ができてうれしいからね」

 僕は上機嫌でメロンソーダに口をつけようとした。

 唯とこれから共通の話題ができるのだから、うれしいに決まっている。

「ありがとう。でも、今日の本命はこの話題じゃないの」

「え?じゃあ、何の話がしたいの?」

 僕はメロンソーダを一口飲み込むと、唯の表情を見た。

 その顔は真剣そのもので、今からする話は真面目な話だと物語っていた。

「あたし、あんたの部屋で『これ』を見つけたの」

「……これ?」

 唯は僕に、自分のスマホの画面を向けて見せた。

 そこに映し出されていた物を見た僕は、血の気が引いていくのを感じた。

「これ、あんたのノートでしょ?恵麻さんのことを書いた」

「……どうしてそれを……唯が……」

 僕がなくしたと思っていたノートは、唯が持っていたのだ。

 先月、唯は僕の部屋からこのノートを盗み出していたのだ。


「悪いけど、中身を見させてもらったわ。恵麻さんをあんな風に想ってたのね?」

「……あんな風なんて、まるで悪く書いてたみたいじゃないか……」

 確かにノートには恵麻本人含め、誰にも明かせない想いが綴られている。

 だが、誓って恵麻に対する不平不満や恨みつらみを書いた物では無い。

 僕がノートに書いていたのは、恵麻と僕を主役とした甘い妄想だった。

「でも、本人にはとても見せられないのも確かよね?」

「それは……そうだけど……」

 決して恵麻を悪く書いた内容では無いが、見せられるかと言ったらそれも違う。

 僕の願望を書いた小説は、唯にだって見られて良い物ではない。

「これだけ言えば、あたしの言いたいことはわかるわよね?」

「要求は何なの?僕はどうすれば良いの?」

 唯が二人きりの状況を作って僕の秘密をちらつかせたのは、僕を脅迫するためだ。

 僕に秘密を漏らされてくなかったら、言うことを聞けと言っているのだ。

「あたしと恵麻さんの間に挟まってほしいの!」

 そして、物語は冒頭のやりとりへとつながると言うわけだ。


 しかし間に挟まると言っても、普段僕と恵麻の間に挟まってるのは唯だろ?

 僕はウーロン茶を注ぎながらそんなことを考えていた。

「なんとかしてノートを取り戻せば……いや、ダメだ。意味がない」

 僕はノートを奪還すればこの状況を打破できると一瞬考えた。

 しかし唯のことだから、絶対にノートの写しを取っているに違いない。

 なんと彼女の家には、パソコンもスキャナーもあるのだ。

「どうすれば良いんだろう?」

 結局、何も思いつかないままウーロン茶とメロンソーダが注ぎ終わった。

 ウーロン茶を、ミックスジュースにでもしようかとも思ったが寸前でやめた。

 イニシアティブは、ノートを人質にしてる唯の方にあるからだ。

「……はい」

「ありがとう。駆のそういうところ、好きよ?」

 唯は微笑みとともに、僕の手からウーロン茶を受け取った。

 かわいく言われても、今の状況じゃうれしくないんだけど?

「え~っと、確認するんだけど僕は恵麻と唯のデートの手伝いをすれば良いの?」

「まあ、メインはそうよ。細かく言えばあたしが告白するまでだけど」

 唯は、僕から受け取ったウーロン茶を飲みながら今後について話した。

 これから僕は唯の恋路のために動くのか。


 とりあえず僕は、おとなしく唯の要求をのむことにした。

 今の状況では、唯に抵抗するのは得策では無いと判断したからだ。

「とりあえず、来週の日曜日までに一回目のデートプランを考えてきて」

「……一回目……」

 唯は今、一回目と言った。つまり、それに続く二回目があるということだ。

 彼女は本気で、僕をデートプラン製造機にするつもりなのだ。

「何?不満?」

「いや、ダイジョーブ。ゼンゼンヘーキ」

 本当はちっとも大丈夫でも平気でもないが、今はおとなしく従うしか無い。

 唯の機嫌を損ねて最悪の事態になるのだけは、回避しなくては。

「そう、全然平気なら良かったわ。じゃあ、よろしくね」

「うん、わかった」

 唯は僕に満面の笑みを見せながら、カラオケボックスから出ようとした。

 しかしノブをつかもうとして、彼女が慌てて僕の方へと向き直った。

「あ、そうだ!これ、返すわね?」

「え?返してくれるの!?」

 唯が返してくれる物って、まさかノート!?

 こんなにあっさりと人質を解放してくれるなんて、思ってもみなかった。

「ええ、このDVD返すわね」

「だよねぇ~……」

 僕は唯が差し出した『ポケ粉』のDVDボックスをがっかりしながら受け取った。

 当たり前だよね。唯が切り札を手放すわけがない。

「こっちの方も忘れないでね?」

「あ、うん。良さそうなのがあったら貸すよ」

 この日以来、僕にはやることが二つ増えた。

 一つは唯と恵麻のデートの手伝いをすること。

 もう一つは唯に面白そうなアニメを教えること。

「時間ですけど、どうしますか?」

「……あがりでお願いします」

 僕はカラオケ店の電話にそう答えて、カウンターまで足を運んだ。

 しかし既に精算し終わったあとで、僕は何もすることがなかった。

「……別に僕を、しもべのように使いたいって訳じゃ無いのか?」

 僕は脅されている関係上、唯に良いように使われるのだと思っていた。

 しかし、なんとなくそうでは無いのかもしれないと思った。


 それから数日が経過し、木曜日の放課後となった。

 僕は隣のクラスの唯に対して、デートプランができた旨を伝えるレインを送った。

 昼休みに直接言おうかとも思ったが、唯と恵麻が一緒だったからやめた。

「……あ、もう返信が……」

 レインを送って十分もしないうちに、唯から返信があった。

「詳しい話を聞きたいから今からあたしの家に来なさい」

 唯のレインにはそう書かれており、僕はデートプランを持って彼女の家へ向かった。

 と言っても、僕と唯は電車が同じなのだから一緒に行くと行った方が正しい。

「唯、恵麻」

「おっ!駆っち!!今から帰り?」

 僕は電車の中で、並んで座っている恵麻と唯に声をかけた。

 恵麻の隣が空いていたから、僕が座ろうとしたら唯が自分の隣の席を軽くたたいた。

「……うん、僕も今から帰りなんだ」

 僕は仕方なく、恵麻の隣ではなく唯の隣に並んで座った。

 まあ唯から見れば、恵麻の隣に僕が座るのは面白くないだろう。

「……」

 恵麻も僕が唯の隣に座るのを不思議そうに見てるし、何て言えば良いんだろう?

「そういえば、あんたは入る部活決めた?」

「え、部活?まあ、色々と考えてはいるよ?」

 唯がとっさに僕に話題を振ったので、気まずい雰囲気にならずにすんだ。

 でも、そもそも僕が恵麻の隣に座れないのは唯のせいなのだが……

「おぉ~、駆っちは何の部活に入るの?」

「まさか『アニ研』じゃないでしょうね?」

「アニ研なんてうちの学校にはないよ!!文芸部に入ろうと思うんだ」

 アニ研とは『アニメ研究会』の略称で、文字通りアニメ好きが集まる同好会だ。

 でも、アニ研なんて大学ならともかく高校には無いんじゃないかな?

「文芸部かぁ~、駆っち本読むの好きだったからねぇ……」

「書くのも大っ好きなのよね?」

「……」

 この唯のいじわるな質問に、僕はなんて答えるのが正解なのだろうか?

 素直に認めたくないし、否定するのも何か変だ。

「……時々ね」

 僕にはそう答えるだけで精一杯だった。

 そんなやりとりをしていたら、すぐに僕たちの降りる駅の名が読み上げられた。

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