第3話

「それとかグンダムじゃないよ?」

「え?グンダムでしょ?この顔はどう見ても」

 唯は、フッケバインをまじまじと見ながら僕に同意を求めてきた。

 確かにフッケバインとグンダムの違いはわかりにくいから、仕方ないけど。

「よく似てるけど、違う作品に登場するんだ」

「……変なの。これはグンダムでしょ?」

 唯はフッケバインを体育座りで本棚に置くと、その隣のロボットを手に取った。

 いやいやいや、それもグンダムじゃないよ!?

「違うよ!?それはアームド・コアだよ!!?」

「グンダムに出てくる敵のロボットでしょ?」

 唯はどこを見て、それをグンダムだと思っているのだろうか。

 全然、グンダムに出てきそうなデザインしてないじゃないか!?

「全く関係ないよっ!しかもそれ、主人公機だよっ!!?」

「……人型のロボットって色々あるのね?」

 唯はアームド・コアを四つん這いにして本棚に戻した。

 何でさっきから彼女は、ロボットのポージングを変えるの?

「まあ、いろんな会社がロボットを出すからね。僕もよくわからない時がある」

「オタクでさえ違いがわからない商品が世の中にあるの?それ、意味あるの?」

 唯は、僕の本棚に飾られたコレクションのポージングを変えながら僕に尋ねた。

 できれば、もっと格好良いポーズにしてくれないかな?

「唯っち、ロボットに興味があるの?知らなかったぁ~」

「別にロボットそのものには興味ないです。駆が集めてるから訊いてるだけです」

 結局、唯は僕の本棚に飾られたロボットを全て変なポーズにしてしまった。

 その間、彼女はこのロボットは何の作品に出るのかとか訊いてきた。

 興味ないとか言ってるけど、本当は気になってるんじゃ?

「気になるんだったら、今度何か貸してあげようか?」

「そうねぇ……じゃあ、あんまり長くなくて難しくないヤツはある?」

 僕は唯のその返事を聞いて、少しうれしかった。

 女の子は、この手のジャンルには全く興味がないと思っていたからだ。

「え~っと、それじゃ『ポケットの中の紛争』はどうかな?」

「お~、駆っちやる気満々だねぇ?」

 その後、僕たちは三人で他愛のない会話をしていた。

 でも僕はこの時、気づいていなかったのだ。

 唯が僕の目を盗んで、僕の部屋から『あるもの』を盗み出したことに。


 僕が『ある物』がなくなっていると気づいたのは、恵麻と唯が帰ってからだ。

「あれ~……無いぞ~~」

 その日の夜、僕は自分の部屋をであっちへこっちへとウロウロしていた。

 僕が探していたのは『ノート』だった。

「どこかに間違えて片付けたかなぁ……?」

 しかし、ただのノートではない。そこには、僕の重大な秘密が書かれていた。

 僕はそのノートに恵麻に対する想いを日々、書きためていたのだ。

「もしかして、お母さんが捨てたとか?」

 お母さんは僕の部屋があまりに散らかっていると、勝手に片付けるときがある。

 先月、僕の机の上に『お宝』が並べられていたときは死ぬほど恥ずかしかった。

「お母さん、最近僕の部屋を片付けた?」

「い~や、そろそろ片付けようかとは思ってたけど……」

 しかし、お母さんは僕のノートなんて知らないと言っている。

 と言うことは、昼間に『お宝』を隠した時にどこかへやってしまったのだろう。

「くっそ~~……」

 僕は段ボール箱の中や、机の上に積み重ねられた教科書の山を探して回った。

 お宝と一緒に、段ボール箱に入れたと考えたのだ。

「駆~!ご飯よ~~!!」

 しかし結局、夕飯の時間になってもノートは見つからなかった。

 だが部屋の外に出した記憶が無いから、必ず部屋の中にあるはずなのだ。

「唯ちゃん、随分機嫌が良かったけど駆が何かしたの?」

「何かしたとか人聞きの悪いこと言わないでよ!DVDを貸しただけだよ!!」

 夕飯を食べながら、僕はノートを仕舞いそうな場所を考えていた。

 まさか、DVDと一緒に唯に渡した……そんな訳ないか。

「DVDの中身、ちゃんと確認した?」

「え?どういうこと?」

 お母さんに尋ねられて、僕は現実世界へと戻ってきた。

 中身を確認するって、何のこと?

「時々、中身入れ替えたまましまってるから下手したら……」

「……大丈夫だよ!!きっと……」

 そうは言ったが、実はあんまり自信が無かった。

 もしお母さんの言ったとおり、中身が変なDVDと入れ替わってたら……

 お母さんが妙なことを言ったせいで、僕は気が気では無かった。

 唯になんと言って確認すれば、良いだろうか?


 お風呂から上がって、僕は速攻で唯にレインを飛ばした。

 もちろん、恵麻に見られないように二人だけのグループでだ。

「今日貸したDVDもう見た?」

 僕はそれだけメッセージを飛ばすと、食い入るように画面を見ていた。

 既読がつくのを心待ちにするなんて、恋人でも相手にしているかのようだった。

「……あっ!」

 僕が画面とにらめっこすること五分、ようやく既読がついた。

 あとは唯からレインの返信を待つだけだ。

「……」

 しかし

「……何してるんだろ?唯」

 既読はついたのに、唯から返信がなかなか来ないのだ。

 もしかして、本当に変なDVDが入っていて返信に困ってるとか?

 そんなことになったら、僕の人生は終わりだ。

「どうする?もう一言、送るか?」

 画面に表示される『既読』の文字を祈るような気持ちで僕は見ていた。

 時計を見ると、かれこれ二十分は返信が無いままだ。

 明日、唯の家に行って確かめた方が良いだろうか?

「……来たっ!」

 そう考え始めていた時、ようやく唯から返信があった。

「このゴックとか言うロボット、カエルみたいでかわいいわね」

 唯の返信を見た僕は、全身から力が抜けるのを感じた。

 彼女がいつまでも返信しなかったのは、僕のDVDを見ていたからだ。

 唯は僕がDVDの感想を求めていると勘違いし、急いで見てくれたのだ。

「ごめん!急かしちゃったね」

 僕は安心したと同時に、悪いことをしたなと申し訳なくなった。

 こんな夜に、女の子にロボットアニメを見るように強制したのだ。

「別に良いわよ」

 唯の返信を確認した僕は、どっと疲れた気がしてベッドに横になった。

 気を張っていた反動で、急激に睡魔が襲ってきた。

「……明日、唯にちゃんと謝ろう」

 僕はノートのことなんか忘れて、心地よい夢の世界へと落ちていった。

 だがこの時、唯の企みが着々と動き出していた。

 僕の人生は、唯の企みによって大きく変わっていくこととなる。


 翌朝、僕はスマホから流れる音楽『タイフーン』で目を覚ました。

 この曲は僕のお気に入りで、ガッターロボのオープニングなのだ。

「……もう朝か……寒っ!」

 春はもう目の前だが、やっぱり朝は冷える。僕は羽布団の中で震えていた。

 そんな僕とは対照的に、スマホからはやたら熱い音楽が流れていた。

「……仕方ない……起きるか」

 僕は『タイフーン』を中断させると、布団から這い出した。

 部屋の中は嫌に静まりかえり、何かの前触れのようだった。

「あれ?唯からレインが来てる」

 僕がスマホを確認すると、唯からの新着レインが表示されていた。

「全部見たわよ」

 とだけ書かれたレインを見て、僕はびっくりした。

 唯は僕が寝落ちしたあとも、全六話の内容を鑑賞し続けたのだ。

「……どうしよう……」

 僕は唯に何と返信するべきか、はっきりしない頭で考えた。

 まさか、自分は寝てましたとか言うわけにも行くまい。

「駆~!起きなさ~~い!!」

「起きてるよぉっ!」

 僕はお母さんの声で一旦、返信のことを脇にどけることにした。

 やっぱりちゃんと謝るべきだと思うし、レインじゃなくて直接会うべきだと思う。

「今日、会えない?色々と話したいから」

 僕はそう唯にレインを送ると、ベッドの中から足を床に移した。

 床はひんやりと冷えていて、もう一度布団に戻りたいくらいだった。

「唯、怒るだろうなぁ……」

 僕はそう独り言を言ったが、元をたどれば自分が悪いのだ。

 自分が普段から持ち物をちゃんと管理しなかったせいで、こうなったのだ。

「駆~~~!!!」

「今行くよ!!」

 僕は冷たい床を歩いて部屋を出た。

 築三十年、中古の家には床暖房なんて装備は無いのだ。

「今日はダメ。こっちにも色々と準備があるから」

 あとでスマホを確認したら、唯からそんなレインが来ていた。

 準備って何のことだろう?ただ、会って話をするだけなのに。

 そして唯が僕と二人っきりになったのは、それから約一ヶ月後だった。

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