第2話

 別に僕が悪いわけでもないのに、僕は逃げるように家に電話しに行った。

 この人混みの中では、電話しにくいからだ。

「……仕方ないじゃないか」

 僕はスマホの呼び出し音を聞きながら、自分に言い訳をしていた。

 僕が二人に秘密を作るのは、僕が二人を『異性』と意識しているからだ。

「もしもし?駆?どうしたの?」

「あ、お母さん?今、高校にいるんだ!」

 三十秒くらい呼び出し音が鳴ってから、お母さんが電話に出た。

 そういえば、お母さんに合否を教えないといけなかった。

「……もしかして、ダメだったとか?」

「そんなんじゃないよ!ちゃんと受かったよ!!恵麻と唯も一緒に合格したんだ!!」

 電話の向こうでお母さんは、僕が不合格になったのではと心配していた。

 でも心配しなくても、僕は春からこの高校の生徒だ。

「あら、恵麻ちゃんと唯ちゃんも一緒だったの!?良かったじゃない!!?」

「うん!それで今から二人を家につれて行っきたいんだけど、良いかな?」

 僕は電話でお母さんに端的に、ことのあらましを説明した。

 二人を家に連れて行くのは、小学校以来だから一応言っておくべきだろう。

「こっちは全然問題ないわよ?駆こそ、あの部屋に二人を入れるの?」

「だから、僕が片付けるまでの時間を稼いでほしいんだ!!」

 いくら母親でも、僕の部屋の私物を勝手にいじられるのは嫌だ。

 自分の部屋は自分で片付けたい。見られたくないものもあるし。

「なるほど、思春期男子の部屋がどんなものか女の子に見せたくないと……」

「余計なこと、言わないで!!」

 僕の部屋なんて、どちらかと言えば控えめな方だと思う。

 それでも、二人を入れる前に確認作業だけでもやっておきたかった。

「はいは~い。じゃあ、二人が退屈しないように相手しとくわね」

「お願いね!」

 僕は終話ボタンを押すと、恵麻と唯のところへ走って戻った。

 別に走らなくても良いんだけど、あんまり待たせたくなかった。

「お待たせ!お母さんは問題ないって!!」

「そう?それじゃあ、駆っちの家に行こうっか」

 僕たちは三人横に並んで、駅へと歩き出した。

 駅へ向かう間も、電車を待つ間も唯は僕と恵麻の間に入っていた。

 しかも僕が位置を変えようとすると、さりげなく唯も動いて邪魔してきた。


 電車に乗ってからも唯は僕と恵麻の間に陣取っていた。

「駆っちの家に行くの、本当に久しぶりだなぁ~」

「……まあ、本人はあまり見せたくないみたいですけどね?」

「別に見せたくないとか言ってないじゃないか!?」

 唯はなぜこんなに、僕の部屋を見たがるのだろうか?

 男子の部屋なんて、見ても面白いものではないだろうに。

「恵麻っちはどうしてそんなに駆っちの部屋に興味津々なの?」

「別に興味津々って訳じゃありません。隠そうとするのが気にくわないだけです」

 唯はそう言いながらも、僕の隣で拗ねたように頬を膨らませている。

 そんな表情をされたら、なんだか悪いことをしているような気がするじゃないか。

「そんなこと言ったって、唯にだって秘密くらいあるだろ?」

「秘密?そんなのないわよ。訊かれれば何でも答えてあげるわよ?」

 唯はさも当然のようにそんなことを言ってるが、さすがに嘘だろう。

 唯にだって僕に教えられないことの、一つや二つくらい絶対にある。

「何でも?本当に?」

「ええ、本当よ」

 唯が態度を変えないから、僕は何か答えにくいことを質問してみようと思った。

 女子が答えにくい質問ってどんな質問だろうか?

「え~っと、それじゃぁ……」

 僕は一瞬、唯の胸のサイズとか訊いたらどうなるだろうかと思った。

 こんなことを訊かれたら、恥ずかしいから普通は隠すと思う。

「……じゃあ、唯には好きな人とか居るの?」

 しかし残念ながら、僕には女子に胸について質問する度胸はなかった。

 仮に教えてもらえても、唯からも恵麻からも嫌われると思うし。

「何だ、そんなこと?あたしにも好きな人くらい居るわよ?」

「えっ!?居るの!!?ちなみに……誰?」

 僕は唯に好きな人が居ると知って、激しく動揺していた。

 別に唯に好きな人が居たって、そんなの唯の勝手だし僕には関係ないのに。

「あたしは、恵麻さんとあんたが好きよ」

「……なんだ。そういう好きか」

 唯の返答に、僕は安心したようながっかりしたような気分だった。

 恵麻と僕が好きって、それ友達とか家族が好きって言ってるのと同じじゃん。

 唯と僕と恵麻はいとこ同士だし、物心ついた頃から一緒に居る幼なじみだからだ。

 僕が大きなため息を吐いた時、僕の家の最寄り駅の名前がアナウンスされた。


 駅から歩いてまもなく、僕の玄関前に恵麻と唯は立っていた。

 しかし、僕はなかなか玄関の扉を開こうとはしなかった。

「え~っと、二人にまず言っておきたいんだけど……」

「どうかしたの?駆っち」

「早く開けなさいよ。寒いでしょ?」

 二人に急かされながらでも、僕には伝えなくてはいけないことがあった。

 それを承諾してもらえないと、僕は扉を開けられない。

「……二人は僕が呼ぶまで絶対にリビングに居てね?」

「別に心配しなくても、大丈夫だよ?」

「……」

 恵麻は僕のお願いを快く聞き入れてくれたが、唯は黙ったままだった。

 やっぱり唯は、僕が自分に対して秘密を作るのが気にくわないらしい。

「お願いね?」

 僕は念を押すと、玄関の扉を開き二人を招き入れた。

 だが、さりげなく僕は自分の部屋へと向かう階段を塞ぐ位置に立った。

「お邪魔しまーす!」

「……」

 二人は僕の言ったとおり、迷わずにリビングへと向かってくれた。

 しかし、唯は階段を塞ぐ僕の目をしばらく見ていた。

「……よしっ!」

 リビングの扉が閉まったのを確認した僕は、階段を駆け上がって自室へと向かった。

 自室の鍵を閉めた僕は、かつてない程の勢いで部屋を片付け始めた。

 こんなに集中して部屋を片付けたのは、試験前以来だ。

「小学校の時の教科書なんて出てきちゃったよ!?」

 一階からは、お母さんと恵麻が談笑しているのが聞こえてくる。

 なんか、僕の子供の頃の話をしてる気がするんだけど?

「これ、どこに隠そう?ベッドの下?いやいや、安直すぎる!!」

 僕は部屋中からかき集めた『コレクション』を隠す場所を探していた。

 みんなはこう言うのを、どこに隠してるのだろうか?

「ええい、こうなったら……!!」

 僕は、古いノートや教科書を入れていた段ボール箱の中身をひっくり返した。

 そしてその空となった段ボールにお宝を入れ、ガムテープで封をした。

 ノートと教科書は机の上に積み上げた。

 これで、なんとか二人を入れられる部屋になった……と思う。


 僕はガムテープで封をした段ボールを衣装ダンスに押し込むと、安堵の息を吐いた。

「ふぅ~。家に来るなら、もっと前に言ってほしかったなぁ……」

 僕は愚痴にも似た独り言をつぶやくと、部屋の鍵を開けた。

 突然決まったのだから仕方ないのだけど、そう言わずにいられなかった。

「二人ともお待たせ~」

「ああ、駆っち!」

「随分、遅かったわね」

 恵麻と唯、そしてお母さんはテーブルの上の一冊の本のようなものを見ていた。

 本には文章はなく、写真が所狭しと張られているように見える。

 あれってもしかして……僕が子供の頃の……

「お母さん!それ、僕のアルバムじゃっ!?」

「良いじゃない。二人は幼なじみなんだから」

 お母さんは、悪びれる様子もなく二人とアルバムを見ている。

 僕はテーブル上のアルバムをひったくると自分の脇に挟んだ。

 二人にこれ以上、恥ずかしい過去を明かされると困る。

「嫌だよ!子供の頃の思い出なんて!!」

「今でも子供でしょ?」

 お母さんは僕の文句を、全く意に介していない様子だった。

 僕は半ば強引に、恵麻と唯を部屋へと連れて行った。

 これ以上、お母さんから恥ずかしい過去を暴露されても困るだけだ。

「入って、どうぞ」

「おお~、駆っちの部屋に入るのも久しぶりだなぁ~」

「随分と焦って片付けてたみたいですけどね」

 恵麻と唯は、僕の部屋をぐるりと見回していた。

 僕は変なものが出しっぱなしになってはいないかと、ヒヤヒヤしながら見守った。

「……あんた、相変わらずこんなものが好きなのね?」

「本当だ。駆っち、昔からロボット好きだったもんね」

 唯と恵麻が発見したのは、本棚に飾られたグンダムのプラモデルだった。

 そう言われれば、子供の頃は合体ロボットで遊んでたっけ?

「どうしてかわからないけど、やっぱり好きなんだよね」

「全部、グンダムばっかりなのね」

 僕は唯が何気なく放った一言に、妙に引っかかった。

 え?グンダム以外もあるよ?唯はどこを見てグンダムばっかりだなんて言ったの?

 僕は唯が手に取っているフッケバインのプラモデルを指さした。

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