僕とあの子の間に挟まる彼女

田中 凪

第1話

「あたしと恵麻さんの間に入って欲しいの!」

 二人きりのカラオケボックスで、彼女は息がかかる距離で僕にそう提案した。

 いや、正確には提案と言うより脅迫といった方が適切だろう。

 彼女、唯は僕が恵麻に対する秘めたる想いを書き綴ったノートを持っているからだ。

「……もし、断ったら?」

「あんたのあのノートの中身を、アップロードしてやるわ」

 唯は、スマホの画面に映し出された僕のノートを見せてきた。

 そんなことをされたら、僕の人生は終わってしまう。

 学校、いや日本、いやいやこの星に僕の居場所はなくなってしまう。

「……どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ?」

「あんたは恵麻さんに詳しいみたいだからね。うってつけなのよ」

 唯は亜麻色の長い髪を手で掻き上げながら、ドリンクバーのウーロン茶を飲んだ。

 部屋の中はカラフルな光で輝いていたが、僕の目の前は真っ暗だった。

「……唯の手伝いをしたら、そのノートは返してくれるか?」

「いいえ、返さないわ。燃やしてあげる」

 僕の頼みは、あっけなく唯に却下されてしまった。

 まあ、元々ダメ元で頼んだからこうなることは覚悟の上だったが。

「……この要求を飲んで、唯が僕を解放してくれる保証は?」

「そんな物は無いわ。口約束だもの」

 唯はさも当然のように、そう言ってのけた。顔は良いのになんて女だ。

 しかし実際、彼女が言っているのは嘘じゃ無いと思う。

 この場で交わされる約束なんて、書面であっても口約束同然だ。

「……僕に、何をしろって言うのさ?」

「そんな難しいことじゃないわ。用はあたしの恋路をサポートして欲しいの」

 唯はウーロン茶を飲み干すと、空になったコップをテーブルに置いた。

 危機的状態なのにも関わらず、僕はウーロン茶を飲む彼女に一瞬目を奪われた。

「恋路って、唯と恵麻の?」

「何?女が女に恋したらおかしいとでも言うの?」

「別にそんなことを言う気は無いよ。ただ……それは……つまり……」

 僕が唯と恵麻の恋路を応援すると言うことは、僕が恵麻を諦めるということだ。

 僕は恵麻への想いをこっそりノートに描くくらい、彼女が好きだ。

「あんたには悪いけど、恵麻さんは諦めて貰うわ」

「……」

 僕の秘めたる想いは、伝える前に諦めざるを得なくなってしまった。


 僕にはこの時点で、もう唯の要求を飲む以外の選択肢は無かった。

 だが、それでも「はいそうですか」と言いたくなかった。

「言っとくけど、ノートを取り返そうとか変な考えは起こさない方が良いわよ?」

「僕の頭の中を読むのを止めてくれないかな?」

 唯には、僕の考えが筒抜けだった。彼女はエスパーか何かか?

 それとも、僕の考えがわかりやすいだけか?

「大人しくあたしの言うとおりにしといた方が身の為よ?」

「……いくつか質問しても良いかな?」

 僕には唯の脅迫から逃れる手も、毅然と対応する度胸も無い。

 だが、いくつかハッキリさせないと彼女の要求がのめない点がある。

「何かしら?変な質問はしないでね?」

「具体的に僕は何をすれば良いの?」

 唯は自分の恋路を僕に手伝えと言っているが、何をさせる気なんだろうか?

 僕が恵麻を好きなのは、唯だって百も承知の筈だ。

「ああ、そんなこと?大丈夫、変なことはさせないから。凄く簡単なことよ」

「簡単なこと?」

 僕はテーブルの上のフライドポテトをつまむと、次の言葉を待った。

 たいていのことはそつなくこなす彼女が僕に手伝わせたいこととは何だ?

「あたしと恵麻さんのデートプランを考えて欲しいの」

「デートプラン?何で僕がそんなことを?自分で考えたら?」

 僕はチキンナゲットを口に放り込むと、席を立った。

 空になってしまったメロンソーダのおかわりを取りに行くのだ。

「あら?そんなことを言って良いのかしら?」

「……」

 唯は僕にウーロン茶のコップを差し出しながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 彼女は、僕が自分の飲むと確信しているのだ。

「分かったよ。やれば良いんだろ?」

「あんたなら、きっとそう言ってくれると思ってたわ」

 僕は唯の長くて綺麗な指からコップを受け取ると、部屋から出た。

 このままカラオケボックスから逃げようかとも思ったが、意味ないので止めた。

「……はぁ~~、なんでこうなった?」

 僕はメロンソーダのボタンを押しながら、こうなった原因を考えていた。

 と、言っても原因なんて明らかなのだが。

 あれは一ヶ月くらい前のことだ。


「恵麻っ!」

「お、駆っちもこの高校に受かったの?」

 去年の冬、僕は念願叶ってこの『聖フランシーヌ学園』に受かった。

 合格者発表の日、僕は従姉にして幼なじみの恵麻に声をかけていた。

「小学校も中学も一緒で高校も一緒だなんて、私たち腐れ縁だね!?」

「クラスも一緒だったりしてね?」

 僕は冗談めかして言ったが、内心はそうなれば良いなと思っていた。

 恵麻は同い年の女の子で、僕の初恋の相手でもあるからだ。

「私たち、学校は一緒でもクラスはなかなか一緒にならないからね」

「一回だけ、中学校一年生の時になったけどね……」

 あの時は、僕と恵麻と従妹の唯の三人が同じクラスになった。

 僕にとって、あの年は僕にとって忘れられない一年となった。

「さっきから見てたら、朝から何を恵麻さんにちょっかい出してるの!?」

「唯、別にちょっかいなんて出してないよ」

 僕が恵麻と楽しく話をしていたら、亜麻色の長い髪をした女の子が近づいてきた。

 女の子は目や鼻が大きく、エキゾチックな魅力を醸し出していた。

「どうかしら?あたしには随分、鼻息が荒かったように見えるけど?」

「ただ従姉弟同士が話してただけじゃないか!?」

 唯は僕たち二人にツカツカと近づくと、そのまま間に割って入ってしまった。

 身長の高い唯に隠れて、唯より背が低い恵麻が見えにくくなってしまった。

「唯っちもこの高校に入学したんだよね!?」

「そうなんです!あたしも恵麻さんと同じ学校に入学できたんです!!」

 唯は恵麻の手を握り、声のトーンも高くなっている。

 僕は位置関係で唯のウェーブした髪と、突き出されたお尻を見ることになった。

「あたしたちは、今回も同じクラスになれますよね!?」

「恵麻っちとは幼稚園から同じクラスになるからね」

 今、唯がわざわざ『あたしたちは』と強調したのを僕は見逃さなかった。

 唯は何かにつけて、僕が恵麻と仲良くするのを妨害するのだ。

「あのさぁ……僕がここに居るのを忘れないでね?」

「忘れてなんかないわよ?ただ、今は恵麻さんとお話ししてるだけで」

 実はこんなやりとりは、初めてではない。何度もあったのだ。

 僕が恵麻と話していると、どこからか唯がやってきて僕たちの間に入る。

 そして、僕は恵麻と唯が話すのを見ているしかなくなる。

 こんなやりとりが、物心ついた時から繰り返されている


「二人ともどうかな?これから合格祝いでワックでも行かない?」

「ワックか、良いね!」

 合格発表の掲示板の前は、保護者と受験生でごった返していた。

 こんなところで、長話するのも邪魔になるし会話しづらい。

「……あの~、悪いんだけどワックはまた今度にしてくれる?」

「唯、どうしたの?」

 僕と恵麻がワックに行こうと考えていたら、唯が気まずそうにしている。

 何か、ファーストフード店ではまずい理由でもあるのだろうか?

「実は、あたし今月はピンチで……」

「ああ、そう言えば唯っち『新しいスマホ買った』って言ってたっけ?」

「そうなんです、恵麻さん」

 二人の会話から察するに、唯は新しいスマホを買ったせいで金欠なのだろう。

 確かにそんな状況では、ワックは行きたくないだろう。

「……って言うことは、誰かの家に行った方が良いかな?」

「ここから一番近い家って言ったら、駆っちの家じゃない?」

 僕の家は、この高校から電車で十五分くらいで行ける。

 恵麻や唯の家は、そこから更に歩くから一番近いのは僕の家と言える。

「そうね、久しぶりにあんたの家に行こうかしら」

「ちょっと待ってね。僕の部屋、ちょっと散らかってるから」

 高校生男子の部屋がどんなものかくらい、読者にはイメージできると思う。

 女の子に見せるには、ちょっと抵抗がある代物がいくつもある。

「……何?ついこの間まで、散らかった部屋をあたしたちに見せてたじゃない?」

「唯っち、それは小学生の時の話じゃ?」

 恵麻の言うとおり、僕が普通に自分の部屋に二人を招いていたのは小学校時代だ。

 中学に入学してからは、二人を意識するようになり部屋を見せることはなかった。

「そうだよ唯。僕も、もう高校生なんだからさ……」

「……ふ~ん、一丁前に色気づいたって訳ね?」

 唯に言われて、僕はなんだか変な居心地の悪さを感じていた。

 しかし、僕だってもう自分が男子で二人が女子なのを意識する年頃な訳で……

「唯っち、駆っちももう子供じゃないんだから」

「……そうですね。駆も男……なんですよね」

 唯には悪いが、僕にも秘密にしておきたいことの一つや二つくらいある。

 二人に見せて、嫌われたり退かれたりする秘密もある。

「お母さんに、二人を入れて良いか訊くね?」

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