short sleeper

※注意※

この短編には一部死を連想させる表現があります。読む際にはご注意ください。


























 クラスのみんなが、私の話をしている。


そまりちゃん、かわいいね」

「髪も綺麗だし、服もきちんとしてる」

「足も細いよ。いいな」

赤峰あかみね、彼氏いんのかなー」

「それでいて成績優秀とか、本当に才女だよね。絵も上手いし、ピアノもできる」

「運動苦手って言ってたけど、言うほどじゃないよね」


 そして、みんなはその会話をこう締める。


「羨ましいな」


 私には彼氏もいるし、大体、そつなくこなせる。でも、特定の得意がなくて、特技が分からないから、それも私の悩みの種だった。

 しかも、毎日クラスメイトにそんな話をされては、なかなか誰も話しかけてこない。

 たまに罰ゲームか何かで話しかけてくる、不憫そうな男子はいる。好きな食べ物は、とか、そんな事を聞いて、そそくさと去っていく。そして、彼は男子のグループに戻って行って、途端、笑い声が起こる。


 そんな子どもっぽい彼らとは違う、かっこよくて大人っぽい人がいるから、私はいいんだ、と思っていた。

 でもある時、嫌なことを聞いてしまった。


「ねえ、知ってる?」

 そんな、名前もわからない、女子の一言から始まった。

「何? もったいぶらないで教えてよ」

「赤峰さん、彼氏いるらしいんだけどさ。ウワキしてんだって」

 彼女たちはひそひそ声で話している——いや、私に聞かれてもいいし、むしろわざと聞かせているようにも思えた。


「えー、やば。イミわかんない」

「あんな顔して、赤峰さんって男遊び激しいんだね」

 私はそこで怒鳴ってもよかった。そんな事ないって否定して、泣き出して、彼女たちを悪者にしてしまう事だってできた。

でも、そんな事をしても、その後が酷いことになるのは目に見えていた。

 そんなことはごめんだった。第一、そんな噂が流れて、別れることになったらどうすれば良いのだろう。

 そのままその噂は広がり、尾ひれがつき、ついに私は彼氏と別れた。

 そんな噂は嘘だと、私は最後まで弁明したが、彼は「距離を置きたい」と譲らなかった。


 なせ私が、あんな根も葉もない噂で、こんな目に遭わなければならないのだろう。

 そうやって私が傷ついて、泣いてしまったり、落ち込んでカウンセラーに行くことになったりするたびに、彼女たちは私に非があるとして、なんの躊躇いもなく堂々と私を非難する。

「ねえねえ、アイツ振られたんだって」

「自業自得じゃね? だってウワキしてたんだもん」

「最初から誠実になればよかったのに」

「体育祭で負けたのもアイツのせいで士気が下がったからだし

「てか足遅すぎ。全部アイツのせいって言っても過言ではない」

 私の呼称は、染ちゃんから、染になって、赤峰さんになって、赤峰になって、今では『アイツ』だった。

 初めのきっかけは誰だよ、と言いたいが、周りのみんなはあの子達の言う事を信じている。今更誰も何も、分かってくれるはずがないのだ。

 

 学校内のどこにいても、私のことをみんなが話している。ただ、今までとは全く異なる声音で。

 教室移動も、お手洗いに行くのも、行き帰りも、私は一人。それもまた、今までとは全く意味が違った。明確に私は避けられている。

 こんなことなら、「高嶺の花」と言われていた方がマシだった。


 しかし、そんな私にも味方はできた。たまに、男子が私に近づいてきて、気遣ってくれる。そうしてくれるのは嬉しかったが、正直、もう放っておいて欲しいのが本音だった。何もしなければもう何も言われない。

 僕は赤嶺さんの力になりたいとか、僕だけは味方だとか。男というものはか弱い女を助けたがる習性があるのだろうか——馬鹿にした言い方で申し訳ないけれど。


 でも、限界まで追い詰められていた私は、そうやって話してくる男子と付き合っては別れ、付き合っては別れ。

 男子が言い寄ってきて、拠り所の欲しい私はOKし、しかし男子は私のギャップに幻滅し、すぐに別れる。こういう事だった。

 全員がグルになって、私を貶めようとしているのかとも思った。だからもう、限界だった。

 集団の圧力というものはどこまでも残酷で、私は体調も崩し、学校に行けなくなった。

 家にいても、今頃みんなは休んでいる私をストレスの捌け口に悪口を言っているのだろう、と考えてしまう。


 せめて母にも、担任にも話をしたかったけれど、私の『男遊び』が意図せず現実になっていることを考えると、そうするのも苦痛だった。

 せめて、ぐっすり眠りたかった。なのに、夢でもあの子達が私を罵って罵って止まらない。

 眠れてもすぐに起きてしまう。何を食べても、戻してしまう。私はどんどんやつれて、あの頃のような髪や、服装や、成績や、何もかもを失っていた。


 私が望むのは、今は、一つだった。


 私は母に手紙を書いた。口で伝えるには私が辛すぎたし、こうやって気持ちを整理するのもスッキリすると思ったからだ。


 ただ、ゆっくり、長い、眠りにつきたかった。癇癪を起こして泣き喚きたかった。


 がたん、と椅子が倒れる音が、やけに響いた。

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