記憶の残骸

「アヤちゃんいらっしゃい! 今日ごはん食べてく?」

「うん。食べてきていいよってお母さんに言ってもらった」

 アヤちゃんがわたしの家に、ここ最近やってくる。

 アヤちゃんは同じクラスで、わたしの"親友"なので、いっしょにパズルしたり、本を読んだり、とても楽しい。

 ある時は私のお姉ちゃんとおかしを作ったり、ゲームをしたりもする。宿題も、分からないところはアヤちゃんに教えてもらうのだ。

 アヤちゃんはすごく勉強ができて、いつも百点。

 『中学受験』もするらしいから、中学校は別になってしまうし、勉強で忙しくなるから、遊べるのは今のうち。

 でも、中学生になっても会って遊ぼうね、と約束している。


「りーちゃん、見て! めっちゃ、空きれい」

「ほんとだ! すごい」

 『りーちゃん』は、わたしのこと。

 そんなふうに外で遊んで笑い合って、ひとしきり遊んで、あっというまに、アヤちゃんが帰る時間になる。


「ねぇ、りーちゃん。ぼくとか、りーちゃんのお姉ちゃんとか、学校のテストとか、今日食べたおみそしるとか、そういうのが全部夢だったら、どうする?」

 アヤちゃんが不意に、わたしに話した。もしかしたら、もうすぐ帰る時間だから、まだここにいようと話しつづけているのかもしれない。

「えー? んー、どうしようかなぁ。とりあえず、そのことをアヤちゃんに話すかなぁ。夢の中のアヤちゃんが、こう言ってたよって」

「あはは。りーちゃん、ふしぎだね——怖くならないの?」

 アヤちゃんがいっしゅん、暗い顔になる。どうしたんだろう。

「んーん? そんなにかなぁ。でもなんか、"とく"した気分」

「そっか。ぼくはちょっと怖いなぁ。目が覚めたら、りーちゃんはぼくが考え出した、いない友だちだった、とかいやだな」

「たしかに、それはやだけど、わたしはここにいるし。わたしはちゃんとわたしだよ」

 あ、これ、夢なのかな、とそこで気づいてしまった。へんなふわふわした感じとか、うまく味がしないし。


「もう暗くなるから、アヤちゃん帰った方がいいんじゃない? ほら」

「え——……でもまぁ、ゆーちゃんが言うなら仕方ないかぁ」

 そう言って、アヤちゃんがカバンを持って立ち上がった。


「あ、アヤちゃん! 送ってくよ。もう暗いし、せめて——」

「いや、大丈夫。ぼくたちもそんなに子どもじゃないもん、りーちゃん」

 子どもじゃない?でも、わたしたちはまだ、小学生だ。

「家、ついたら連絡するね!」

「……うん、アヤちゃん気をつけてね! 気をつけてね——!」


 でも、何となく、アヤちゃんを一人で帰らせてはいけないと思っていたから、不安だった。

 アヤちゃんは、何かつぶやくように口を動かしていたような気がしたけれど、わからなかった。

 その日の夜、電話は来なかった。でも、学校には来ていたから大丈夫だったんだろう。でもなんだか、その日からアヤちゃんはよそよそしくて、なんとなくきょりを置くようになってしまった。


 そこで目が覚めた。昔の夢かな、と思ったけど、何のことか分からなかった。

 アヤちゃん、という名前だけが僕の頭に残っている。

 小学校の卒業アルバムを乱暴に引き出しから取り出して、急いで中身を見る。アヤなんて名前の子は、どのクラスにもいなかった。


 今なら分かる。イマジナリーフレンド。


「どうしたの、そんなところにつったって……あ、卒アルだ。懐かしいね」

 僕の姉が、後ろから覗いてきた。


「姉さん……あの、僕たちの家に、『アヤ』って子、遊びに来てたことなかった?」

「アヤ? ……うーん、あんまり珍しい名前でもないからなぁ。分かんないや」

 僕は、やっぱり不思議な気持ちで、心のモヤは晴れなかった。まだ夢を見ている気分だった。


 必死に僕は頭の中をかき回す。『アヤ』がいた、あれが、記憶なのか、ただの僕の妄想なのか。

 中学生になった今、彼女と別になって、すっかり忘れてしまったことなのか、彼女の中学受験はどうなっただとか、何もわからない。

 わからないし、思い出せないのが心地悪い。


 ——誰だっけ、彼女。

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