文通

 私ことマイは、夏休みに入ったのにも関わらず、課題をせっせと終わらせていた。

 ……私が良い子なわけではないのだけど。

 八月のほとんど、つまり一ヶ月を使って、家族で海外旅行に行くことになったのだ。

 だから、七月の今のうちに課題をなるべく終わらせて、八月の終わりに泣くことのないようにしようと言うわけ。


 今は家には一人だけれど、あんまりサボっても課題は全く終わらないので、黙々とシャーペンを走らせる。

 中学生になって、勉強することが増えて大変だった。これからもがんばらないと、すぐに置いて行かれてしまうかもしれない——。


 そんなことを考えていたら——ドアチャイムが鳴った。それから、控えめなノックの音。

 慌ててインターホンで出る。

「はーい?」

「すみませーん……小野寺おのでらさんの家であってますでしょうか……」

「? そうですけど……今は両親はいないですよ」

 声的に大人ではないと判断した私は、とりあえずそう返事をした。

「あ、いや、そのあの、マイさんいますか……ね」

「私がマイだけど……もしかして、サヨ?」

 聞き覚えのある声だったので、聞いてみた。

 オレオレ詐欺とかだと、こう言うのはダメなんだったっけ。そう思ったけど、詐欺だったとしても、もう遅いか。


「そ、そう! 私、サヨ……ごめんね、いきなり家に来て——話したいこと……って言うかその……」

「わかったわかった。まあ、玄関開けるから家入ってよ」

 かなり挙動不審だったけれど、サヨはこういう子なのだ。


「サヨー?」

 私が玄関から顔を覗かせると——

「マイちゃん! ……その、これ」

 少し身長の伸びたサヨが、私の好きなお菓子の入った紙袋を差し出した。


「え! これ、私の好きなやつじゃん! ありがとう、わざわざ! 一緒に食べよ!」

「う、うん……!」


 サヨと話すのは久しぶりだった。

「それで、今日はどうしたの、サヨ?」

「え、えっと……マイちゃん。私、ずっと謝りたかったの」

「謝りたい? 何が?」

 サヨが私に何かしただろうか。


「私が中学受験の勉強とかでピリピリしてたのが悪いの。小五になってクラスが離れて……全然話せなくて、ずっと、なんか……こう……」

「待って、待って。私たち、なんかケンカしたっけ?」

 サヨがなんだかすごく泣きそうだったので、私は思わず口を挟んだ。


「……してないと、思うけど……同じクラスだった人に、『マイちゃんがサヨちゃんに無視されて怒ってる』、『マイちゃんは絶交するつもりだ』みたいなのを聞いて……」

「…………」

 どこのどいつだ、そんなデマを流していたのは……!

 叫びたくなったが、それよりも私はあまりのショックで固まってしまった。


「廊下ですれ違った時も手振るだけになっちゃった。それに、マイちゃんも別の友達といたから、話しかけづらくなっちゃって……」

 サヨの表情がどんどん暗くなっていく。

 私はついに言った。

「サヨ。私そんなこと言ってないしそんなこと思ってないよ。ただ、ちょっと寂しいなーって思っただけだよ。……また、遊ぼうよ。どこかで」

「……ほんと? まだ友達かな、私たち」

「そうだよ! 永遠にね」

「……えへへ」

 サヨがにこっと笑ってくれたので、私は単純に嬉しくなった。


「……そうだ! マイちゃん、私、まいちゃんに感謝したいと思ってもいたの」

「ええ?」

 サヨは色々抱えてたんだな。相談してくれてもよかったのに。


「小学校四年生の終わりに、私がいきなり『イラストレーターになる!』って言ったの、覚えてる?」

「あはは、あったね、そんなこと! いきなりどうしたのかなーって思ったけど」


 サヨはある日、私にいきなり、本当に突拍子もなく前触れもなく『イラストレーターになりたいから、イラスト教えて』と言ってきたことがあったのだ。

 その時、私は下手なりに教えたのだけど……。


「あの時、マイちゃんがイラストを教えてくれたから、私、今すごい楽しいの! 美大とか、なんか、クリエイターとかにも興味出てきて、それで、とにかく、人生変わったの!」

「は、はぁ……」

 サヨ、なんか明るくなったなぁ。吹っ切れたっていうか……垢抜けたっていうか。

「色々本当にありがとう、マイちゃん! なんか、勉強の邪魔しちゃったみたいだからもう帰るね。また話そうね! 手紙書くね!」

「う、うん! またね、サヨ! 気をつけてね——!」


 この炎天下の中、サヨは勢いよく走り去っていった。

 サヨってあんなに体力あったんだっけ。変わったなぁ。私は何も変わってないな……。


 芯がぶれないっていうのも、いいことなのかもしれないけど。

 成長っていう意味の変化をしたいよね。

 中学校が別れてしまった親友と会うのは、なんだか楽しいものだった。


 でも、そういえば、と引っかかることがあった。


 でも、私は春休みに引っ越していて、サヨには新しい住所を伝えてないはずなのに、どうやってここに来られたんだろう?

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