第19話「内なる声との対話」

 朝日が山々の稜線を染め始める頃、美月は目を覚ました。普段なら習慣的にスマートフォンを手に取るところだが、今はそれがない。代わりに、美月は深呼吸をし、朝の静けさに耳を傾けた。


 窓を開けると、清々しい朝の空気が部屋に流れ込んできた。鳥のさえずりが、自然のアラームクロックのように美月を迎え入れる。美月は、この瞬間の美しさを心に刻むように、静かに目を閉じた。


 身支度を整える美月の動作には、普段よりもゆとりがあった。時間に追われることなく、一つ一つの所作を丁寧に行う。髪をとかす音、浴衣の帯を結ぶ感触、畳を踏む足の裏の感覚。全てが新鮮に感じられた。


 朝食は、宿の中庭を眺められる小さな個室で用意されていた。和食を中心とした朝餉は、地元の食材にこだわったものばかりだ。美月は、一口一口を味わいながら、食材の持つ本来の味を感じ取っていった。


 普段なら朝食を取りながらニュースをチェックしていたが、今はただ目の前の景色に集中する。庭に咲く朝顔の色彩、苔の上を歩くカタツムリの動き、木々を揺らす風の音。美月は、これらの細やかな自然の営みに、心を奪われていった。


 食事を終えた後、美月は宿の主人に勧められた近くの山道を散策することにした。山道に足を踏み入れると、木々のざわめきと土の香りが美月を包み込む。普段はイヤホンで音楽を聴きながら歩くことが多かったが、今は自然の音だけを聞きながら歩を進める。


 途中、小さな清流に出くわした美月は、しばしその場に佇んだ。水のせせらぎ、岩に当たる音、そして時折聞こえるカジカガエルの鳴き声。これらの音が織りなす自然の交響曲に、美月は深く心を動かされた。


 ふと、美月は水面に映る自分の姿に目を留めた。そこには、都会の喧騒から解放された、穏やかな表情の自分がいた。美月は、その姿に微笑みかけた。


 山道を下りる途中、美月は野草の群生に出会った。その中に、祖母が教えてくれた薬草を見つけ、美月は嬉しさで胸が躍った。慎重に摘み取り、宿に持ち帰ることにした。


 午後は、宿で開かれている茶道教室に参加した。美月は、一つ一つの動作に込められた意味を、改めて深く考えながら、お茶を点てた。香り立つ抹茶の香りに包まれながら、美月は日本の伝統文化の奥深さを感じていた。


 夕方、美月は再び露天風呂に浸かった。湯船に身を沈めながら、今日一日の体験を振り返る。デジタル機器から離れたことで、逆に自分の内なる声がはっきりと聞こえてくるような気がした。


 夕食後、美月は持参したノートを広げた。ペンを走らせながら、今日の気づきを丁寧に書き記していく。


「デジタル機器に頼りすぎていたことに気づいた。情報の洪水の中で、自分自身の声を聴く機会を失っていたのかもしれない。自然と向き合うことで、本当の自分を取り戻せる気がする」


 美月は、そう書き記した。窓の外では、夜の帳が静かに降りていた。虫の音が、心地よい子守唄のように響いている。


 就寝前、美月は摘んできた薬草を使ってハーブティーを淹れた。その香りを楽しみながら、明日への期待を膨らませる。デジタルデトックスの旅は、まだ半ばだ。これからどんな気づきがあるのか、美月の心は静かな興奮に包まれていた。


 布団に横たわり、美月は深呼吸をした。普段は寝る前にSNSをチェックする習慣があったが、今はただ静寂に包まれている。その静けさの中で、美月は自分の心臓の鼓動を感じ取った。


 月明かりが部屋を優しく照らす中、美月は穏やかな気持ちで目を閉じた。デジタル機器から離れた生活は、美月に新たな気づきと深い安らぎをもたらしていた。

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