第5話:「自然との静かな対話」

 金曜日の朝、美月は普段より30分早く目覚めた。窓から差し込む柔らかな光が、和室の畳に淡い影を落としている。美月はゆっくりと起き上がり、深呼吸をした。今日は、近くの里山へハイキングに出かける日だ。


「自然と一体になることこそ、最高の贅沢」


 美月は、そう心の中で唱えながら、身支度を始めた。


 まず、顔を洗い、天然由来成分のみを使用したスキンケア用品で肌を整える。化粧は最小限に留め、軽くBBクリームを塗るだけにした。髪は、自然乾燥させたロングヘアを、シンプルな木製のヘアピンで一つにまとめた。


 服装は、機能的でありながらも自然に溶け込むようなデザインを選んだ。オーガニックコットンで作られたベージュのロングスリーブシャツに、深緑色のリネンパンツを合わせる。足元は、履き慣れた本革のトレッキングシューズだ。首元には、祖母から譲り受けた小さな白樺細工のペンダントをさりげなく添えた。


「おばあちゃん、今日も見守っていてくださいね」


 美月は、ペンダントに軽く触れながら、そっと呟いた。


 朝食は、自家製の玄米おにぎりと味噌汁。美月は、「自然の恵みに感謝すること」を常に心がけている。食事を終えると、美月は小さなリュックサックに必要なものを詰め始めた。


 水筒、おにぎり、タオル、そして常に持ち歩いている小さな和綴じのノート。このノートには、日々の気づきや感謝の言葉が綴られている。最後に、スマートフォンの図鑑アプリを確認し、充電も念入りにチェックした。


 玄関を出る前、美月は鏡の前に立ち、全身を確認した。そこには、自然と調和するようなシンプルで機能的な装いの、一人の女性の姿があった。美月は深呼吸をし、静かに微笑んだ。


「さあ、今日も素敵な一日になりますように」


 そう心の中で呟き、美月は柔らかな朝の光に包まれた街へと足を踏み出した。


 里山への道のりは、美月にとって日々の発見の連続だった。アスファルトの道から徐々に自然の小道へと変わっていく景色に、美月は心を躍らせる。道端に咲く野花、木々の間を駆け抜けるリスの姿、頭上を飛び交う小鳥たちの鳴き声。美月は、それらすべてを丁寧に観察し、心に刻み付けていく。


 登山道に入ると、美月は深呼吸を繰り返した。都会の喧騒から離れ、森の香りに包まれることで、心が洗われていくのを感じる。足元の落ち葉を踏みしめる音、風に揺れる木々のざわめき、遠くで聞こえる小川のせせらぎ。美月は、全身の感覚を研ぎ澄まし、自然の音に耳を傾けた。


「こんなにも豊かな音の世界が、いつもそばにあったのね」


 美月は、その気づきに心を躍らせながら、ゆっくりと山道を登っていった。


 途中、小さな湧き水を見つける。美月はペットボトルを取り出し、新鮮な水を汲んだ。冷たく透明な水が、美月の喉を潤す。


「自然の恵みに感謝します」


 美月は、そう心の中で唱えながら、水を味わった。


 登山道を進むにつれ、美月は様々な植物や昆虫に出会う。スマートフォンの図鑑アプリを使いながら、それぞれの名前や特徴を確認していく。知識を得ることで、自然への理解がさらに深まっていくのを感じた。


「知ることは、愛することの始まりなのかもしれない」


 美月は、そう思いながら、小さな発見の喜びを噛みしめた。


 山頂に近づくにつれ、景色が開けてきた。美月は、息を整えながら最後の急な坂を登りきると、そこには360度の眺望が広がっていた。遠くに街並みが見え、その向こうには海の輪郭もかすかに確認できる。


 美月は、持参したヨガマットを広げ、太陽礼拝のポーズを取った。深呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと体を動かす。風を感じ、陽の光を浴びながら行うヨガは、まるで自然と一体になったかのような感覚をもたらした。


 ヨガを終えた美月は、岩の上に腰かけ、持参したおにぎりを取り出した。シンプルな玄米おにぎりだが、この大自然の中で味わうことで特別な味わいになる。美月は、一口一口を噛みしめながら、眼下に広がる景色を堪能した。


「幸せなら一生ひとりのままでもいい」という美月の考えは、こうした自然との一体感の中で、より強固なものとなっていく。このように自然と向き合い、自己を見つめ直す時間を持てることに、美月は深い感謝の念を抱いた。


 昼食を終えた美月は、和綴じのノートを取り出し、今日の体験や気づきを記録し始めた。筆を走らせながら、美月は今日の体験を振り返る。


「今日の気づき:自然の中にいると、自分の存在がとても小さく感じられる。でも同時に、この大きな自然の一部であるという感覚も味わえる。この矛盾した感覚が、不思議と心を落ち着かせてくれる」


 美月は、そう書き記した。


 下山途中、美月は野草や鳥の声に耳を傾けた。スマートフォンの図鑑アプリで調べながら、自然に関する知識を深めていく。ふと、道端に咲く小さな白い花に目が留まった。


「あら、これは……」


 美月は、アプリで確認しながら、驚きの表情を浮かべた。それは、絶滅危惧種に指定されている希少な山野草だった。美月は、その花を大切そうに観察し、ノートにスケッチと共に記録した。


「こんな貴重な出会いができるなんて。自然はいつも驚きを与えてくれるわ」


 美月は、心の中でつぶやいた。


 夕方、自宅に戻った美月は、今日の体験を日記に記す。窓から差し込む夕陽の光が、和室を温かく照らしている。美月は、ペンを走らせながら、自然との対話を通じて得られた気づきや感動を言葭にしていく。


「自然との対話を通じて得られる気づきが、私の人生を豊かにしている」と、美月は書き記した。「幸せなら一生ひとりのままでもいい」という彼女の考えは、こうした自然との一体感の中で、より強固なものとなっていた。


 日記を終えた美月は、窓際に立ち、夕暮れの空を見上げた。街に灯りが灯り始め、新しい夜の訪れを告げている。美月の心には、静かな満足感が満ちていた。


「明日は、今日の体験を活かして、何か新しいことにチャレンジしてみようかしら」


 そう考えながら、美月は明日への期待を胸に、穏やかな夜のルーティンを始めるのだった。


 美月は、今日採取した山野草の葉を丁寧に押し花にする準備を始めた。古い百科事典の間に、薄い和紙を挟んで葉を置き、重しをのせる。この押し花は、後日、美月が製作する和紙のしおりに使われることになるだろう。


 入浴の時間、美月は湯船に浸かりながら、今日出会った希少な山野草のことを思い出していた。その可憐な姿が、美月の心に深く刻まれている。


「自然保護の活動に参加してみるのもいいかもしれない」


 美月は、そんなことを考えながら、静かに目を閉じた。湯船に浮かべたラベンダーの香りが、美月の心身をさらにリラックスさせる。


 就寝前、美月は窓を開け、夜風を感じながら深呼吸をした。星空を見上げると、今日見た山頂からの景色が蘇ってくる。美月は、自然との一体感を再び感じながら、穏やかな気持ちで眠りについた。


 明日は、今日の体験を誰かに共有しよう。そう決意しながら、美月は幸せな気持ちで目を閉じたのだった。

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