第4話:「地域との絆を紡ぐ木曜日」

 木曜日の朝、美月は目覚めとともに窓を開けた。初夏の爽やかな風が、淡いラベンダー色のレースのカーテンを優しく揺らす。深呼吸をすると、近所の庭先に咲いているジャスミンの甘い香りが漂ってきた。美月は微笑みながら、今日一日の計画を心の中で確認する。


「今日は地域のコミュニティセンターでボランティア活動の日ね」


 美月は丁寧に身支度を整える。まず、天然由来成分のみを使用したスキンケア用品で肌を整える。化粧は最小限に留め、素肌の美しさを引き立てるように、ほんのりとしたチークと無色のリップクリームだけを塗った。髪は、自然乾燥させたロングヘアを、シンプルな木製のヘアピンでゆるく後ろでまとめる。


 服装は、動きやすさを考慮して選んだ。ストレッチの効いた柔らかなコットン素材のジーンズに、シンプルな白いTシャツを合わせる。Tシャツは、オーガニックコットンで作られた、肌触りの良いものだ。首元には、祖母から受け継いだ小さな真珠のペンダントをさりげなく添えた。


「人との関わりに大切なのは、外見ではなく心」という美月の信念が、このシンプルな装いに表れている。


 朝食は、自家製の玄米おにぎりと味噌汁。美月は、「健康で幸せな社会は、互いの支え合いから生まれる」と考えている。その思いを込めて、おにぎりを一つ多めに作った。


 美月は、古い籐のかごバッグに必要なものを詰める。財布、ハンカチ、リップクリーム、そして常に持ち歩いている小さな和綴じのノート。このノートには、日々の気づきや感謝の言葉が綴られている。


 玄関を出る前、美月は鏡の前に立ち、全身を確認した。そこには、知的で落ち着いた雰囲気を纏った一人の女性の姿があった。美月は深呼吸をし、静かに微笑んだ。


「さあ、今日も素敵な一日になりますように」


 そう心の中で呟き、美月は柔らかな陽光に包まれた街へと足を踏み出した。


 コミュニティセンターまでの道のりは、美月にとって日々の発見の連続だった。道端に咲く野花や、古い建物の趣深い佇まい、行き交う人々の表情。美月は、それらすべてを丁寧に観察し、心に刻み付けていく。


 コミュニティセンターに到着すると、美月は深呼吸をして心を落ち着かせた。玄関を開けると、既に何人かのボランティアスタッフが準備を始めていた。美月は穏やかな笑顔で挨拶を交わし、今日の活動内容を確認する。


御厨みくりやさん、おはようございます。今日は高齢者向けのヨガクラスの補助をお願いできますか?」


 センターのコーディネーターである田中さんが、優しく声をかけてきた。


「はい、喜んでお手伝いさせていただきます」


 美月は丁寧に答え、さっそく準備に取り掛かった。ヨガマットを並べ、室内の換気を確認し、参加者のための水やタオルを用意する。一つ一つの動作に、美月の思いやりの心が込められている。


 参加者が徐々に集まり始めると、美月は温かな笑顔で迎え入れた。高齢の方々の中には、杖をつきながらゆっくりと歩む人もいる。美月は、それぞれの pace に合わせて丁寧にサポートした。


「おはようございます。今日はゆっくりと体を動かしていきましょうね」


 美月の柔らかな声かけに、参加者たちの表情が和らいでいく。


 ヨガクラスが始まると、美月は講師のサポートをしながら、参加者一人一人に気を配った。体の硬い方には優しくポーズの補助をし、バランスを崩しそうな方にはそっと手を添える。美月の細やかな心遣いに、参加者たちは安心して体を動かすことができた。


「肩の力を抜いて、ゆっくりと呼吸を整えていきましょう」


 美月は、講師の指示に合わせて、参加者たちの横で一緒に動きを確認する。自身のヨガの経験を活かしながら、高齢者の方々に適した動きを提案することもあった。


 クラスの halfway を過ぎた頃、美月は参加者の一人が少し苦しそうな表情をしているのに気づいた。さりげなく近づき、小声で声をかける。


「大丈夫ですか? 少し休憩されますか?」


 その方は、申し訳なさそうに頷いた。美月は優しく微笑みかけ、静かに部屋の隅にある椅子まで案内した。水を差し出し、ゆっくりと休んでもらう。


「無理はしないでくださいね。体調に合わせて、できる範囲で参加してください」


 美月の言葉に、その方は安心したように微笑んだ。


 クラスが終わると、参加者たちは穏やかな表情で美月に感謝の言葉を述べた。美月は、一人一人の言葉に丁寧に耳を傾け、心を込めて応答した。


「お体に気をつけてお帰りください。また来週お会いできるのを楽しみにしています」


 参加者たちを見送った後、美月は部屋の片付けを始めた。ヨガマットを丁寧に拭き、整然と収納する。使用したタオルは洗濯機に入れ、水筒は洗って乾かす。一つ一つの作業を、感謝の気持ちを込めて行う。


「御厨さん、いつもありがとうございます。参加者の皆さんが、あなたの優しさにとても喜んでいますよ」


 田中さんが、美月に声をかけてきた。


「いえ、私こそ、このような機会をいただき感謝しています。皆さんの笑顔を見ると、私も元気をもらえるんです」


 美月は、心からの言葉で応えた。


 昼食の時間になり、美月は持参したおにぎりを取り出した。一つは自分用、もう一つは誰かと分け合うためのもの。ちょうどその時、朝休憩を取っていた参加者が、美月に近づいてきた。


「さっきは親切にしていただいて、ありがとうございました。お礼を言いたくて」


 美月は微笑んで答えた。


「お気遣いありがとうございます。よろしければ、一緒にお昼はいかがですか? おにぎりを多めに作ってきたんです」


 その方は喜んで申し出を受け入れ、二人は庭のベンチで昼食を共にした。おにぎりを分け合いながら、穏やかな会話が弾む。美月は、その方の人生経験や知恵に、深く耳を傾けた。


 午後は、子供向けの読み聞かせボランティアだった。美月は、本の世界の素晴らしさを子供たちに伝えることに喜びを感じていた。読み聞かせる本は、美月が大切に保管していた古い絵本だ。祖母から譲り受けたもので、美月自身も子供の頃に何度も読んでもらった思い出の一冊だった。


 子供たちが集まると、美月は優しい笑顔で挨拶をした。


「みんな、こんにちは。今日はとっても素敵なおはなしを持ってきたよ。一緒に楽しもうね」


 美月は、声の抑揚や表情を工夫しながら、物語に命を吹き込んでいく。子供たちは、目を輝かせて美月の言葉に聞き入った。時折、美月は子供たちに質問を投げかけ、物語への参加を促す。

コミュニティセンターの一室は、午後の柔らかな日差しに包まれていた。窓から差し込む光が、部屋の隅々まで優しく行き渡り、温かな雰囲気を醸し出している。美月は、部屋の中央に置かれた低い椅子に腰掛け、周りに集まってくる子供たちを見守っていた。


 子供たちが次々と入室してくる。小さな足音と、はしゃぐ声が部屋に響く。美月は、一人一人の子供たちの表情を丁寧に観察しながら、穏やかな笑みを浮かべていた。緊張気味な子、興奮気味な子、好奇心に満ちた眼差しの子。様々な個性が、この空間に集まってきている。


 全員が席に着いたのを確認すると、美月はゆっくりと立ち上がった。淡いクリーム色のワンピースが、彼女の優しい雰囲気をさらに引き立てる。首元には、小さな本の形をしたペンダントが輝いていた。


「みんな、こんにちは」美月の声が、静かに部屋に響く。「今日はとっても素敵なおはなしを持ってきたよ。一緒に楽しもうね」


 美月の言葉に、子供たちの目が一斉に輝きを増した。小さな体が前のめりになり、これから始まる物語への期待に胸を膨らませている様子が見て取れる。


 美月は、大切そうに本を手に取った。表紙には、色鮮やかな森の絵が描かれている。「この本は、私が子供の頃に大好きだった物語なの。今日は、みんなと一緒にこの物語の世界に旅をしていきたいと思います」


 ページをめくる音が、静寂の中で鮮明に響く。美月は、ゆっくりと朗読を始めた。彼女の声は、まるで森のせせらぎのように、子供たちの心に静かに染み入っていく。


「むかしむかし、深い森の中に、小さな村がありました」美月の声が、少し低くなる。まるで秘密を打ち明けるかのように。「その村には、不思議な力を持つ木が一本だけ生えていたのです」


 子供たちの目が、さらに大きく見開かれる。美月は、声の抑揚を巧みに操りながら、物語を進めていく。木の葉のざわめきを表現するときは、声をそよ風のように軽やかに。主人公が困難に直面するシーンでは、声に緊張感を込める。


 時折、美月は子供たちの表情を確認しながら、質問を投げかける。「さあ、みんなはどう思う? 主人公の女の子は、この不思議な木に何を願うと思う?」


 子供たちは、一瞬の沈黙の後、次々と手を挙げ始めた。


「お菓子がたくさん食べられますように!」と、丸顔の男の子が元気よく叫ぶ。

「いつも笑顔でいられますように」と、眼鏡をかけた女の子が恥ずかしそうに呟く。

「みんなが幸せになれますように」と、後ろの席の小柄な男の子が静かに答える。


 美月は、一人一人の答えに丁寧に耳を傾けた。「素晴らしいアイデアね。みんな、とても素敵な願い事を思いついたわ」美月の言葉に、子供たちの顔が誇らしげに輝く。


「では、主人公の女の子が実際に何を願ったのか、一緒に見ていきましょう」美月は、再び本のページをめくった。


 物語が佳境に入ると、部屋の空気が変わった。子供たちは息を潜め、美月の一言一句に聞き入っている。主人公が困難を乗り越えるシーンでは、小さな拍手が自然と起こった。


 そして、物語が結末に近づくにつれ、子供たちの目には様々な感情が浮かんでいた。喜び、驚き、そして少しの切なさ。美月は、その全てを受け止めながら、最後のページを読み上げた。


「こうして、村人たちは幸せに暮らしました。そして、不思議な木は今でも、誰かの願いを聞くために、静かに佇んでいるのです」美月は、静かに本を閉じた。


 一瞬の沈黙の後、部屋に大きな拍手が響いた。子供たちの顔には、満足感と興奮が入り混じっている。


 美月は、優しく微笑みながら言った。「みんな、おはなしを聞いてくれてありがとう。本にはね、もっともっとたくさんの素敵な世界が詰まっているんだよ。これからも、たくさん本を読んでね」


 子供たちは、元気よく頷いた。中には、早速次はどんな本を読もうか、友達と相談を始める子もいる。


 美月は、静かに立ち上がり、部屋を見渡した。子供たちの目の輝きに、彼女は深い喜びを感じていた。本の力が、子供たちの心に新しい世界を開いたことを、肌で感じ取っていた。


「さあ、みんなで今日の物語について、もう少しお話ししましょう」美月は、子供たちを小さな輪に集めた。「物語の中で、一番印象に残ったシーンはどこかな?」


 子供たちは、思い思いの感想を述べ始めた。美月は、それぞれの意見に丁寧に耳を傾け、時には補足の説明を加えながら、物語の理解を深めていく。


 この時間が、子供たちの心に残る大切な思い出になることを、美月は確信していた。そして、この小さな部屋で芽生えた物語への愛が、彼らの人生を豊かにする一助となることを、心から願っていた。


「みんな、おはなしを聞いてくれてありがとう。本にはね、もっともっとたくさんの素敵な世界が詰まっているんだよ。これからも、たくさん本を読んでね」


 美月の言葉に、子供たちは元気よく頷いた。


 活動が全て終わり、美月は充実感に満ちた表情でコミュニティセンターを後にした。帰り道、美月は地元の八百屋に立ち寄ることにした。明日の食材を調達するためだ。店先に並ぶ色とりどりの野菜たちが、美月の目を引く。


「いらっしゃい、美月ちゃん」と、店主の笑顔が美月を迎えた。


「こんばんは」美月は柔らかな笑顔で応える。


 美月は、旬の野菜を吟味しながら、店主との会話を楽しんだ。今が旬の夏野菜について、調理法のアドバイスをもらう。その会話の中に、地域とのつながりの温かさを感じた。


「あ、そうだ」美月は思い出したように言った。「先日、『禅とミニマリズム』って本を借りたんです。とても興味深くて」


「へえ、そりゃいいね。美月ちゃんにぴったりだ」店主は優しく微笑んだ。


 野菜を選び終えた美月は、エコバッグに丁寧に詰めていく。プラスチック袋を使わない彼女の姿勢に、店主は頷いた。


 八百屋を後にした美月は、夕焼けに染まる空を見上げた。一日の終わりを告げるように、遠くで鐘の音が聞こえる。


 アパートに近づくにつれ、美月の足取りは軽くなっていった。今日得た体験や気づきを、どのように生活に取り入れようか。そんな思いが、彼女の心を躍らせる。


 玄関に着いた美月は、鍵を取り出す前に、もう一度振り返った。夕暮れの街並みが、穏やかな光に包まれている。


「今日も、素晴らしい一日だった」


 美月は心の中でそうつぶやき、静かに扉を開けた。新しい出会い、学び、そして地域とのつながり。これらすべてが、美月の心を豊かに彩っていた。


 部屋に入った美月は、購入した野菜を丁寧に冷蔵庫に収める。その後、小さな和室の机に向かい、今日一日の出来事を和綴じのノートに記録し始めた。筆を走らせながら、美月は今日の体験を振り返る。


 高齢者のヨガクラスでの気づき、子供たちとの読み聞かせの楽しさ、八百屋での会話。それぞれの場面で感じた温かさや学びを、美月は丁寧に言葉にしていく。


「地域に貢献することで得られる充実感は何物にも代えがたい」と、美月は書き記した。「幸せなら一生ひとりのままでもいい」という彼女の考えは、こうした社会とのつながりの中で、より深い意味を持つのだと感じていた。


 記録を終えた美月は、窓際に立ち、夜の静けさに耳を傾けた。街に灯りが灯り始め、新しい夜の訪れを告げている。美月の心には、静かな満足感が満ちていた。


「明日は、今日の体験を活かして、何か新しいことにチャレンジしてみようかしら」


 そう考えながら、美月は明日への期待を胸に、穏やかな夜のルーティンを始めるのだった。

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