第6話:「天然の恵みを肌に」

 木曜日の朝、美月は早めに目を覚ました。和室の障子越しに差し込む柔らかな光が、畳の上に優しい影を落としている。美月は深呼吸をし、今日一日を手作り化粧品の実験に充てる決意を新たにした。


「自然由来の原料で、肌に優しいものを」


 美月は静かに呟いた。彼女の声には、期待と創造への喜びが滲んでいた。


 起き上がった美月は、いつものように丁寧に布団を畳み、押し入れにしまった。その後、窓を開け、朝の新鮮な空気を部屋に招き入れる。庭に植えたローズマリーの香りが、そよ風に乗って漂ってきた。


 美月は小さな観葉植物に近づき、優しく葉に触れた。


「おはよう。今日はあなたたちの力を借りるわ」


 植物に語りかける美月の表情には、感謝の色が浮かんでいた。


 朝の準備を整えた後、美月は今日の装いを選んだ。化粧品作りにふさわしい、清潔感のある白のリネンシャツとベージュのコットンパンツを選んだ。髪は、邪魔にならないようにゆるく一つに結び、シンプルな木製のヘアピンで留めた。


「美しさは内側から」と信じている美月は、今日は特別な化粧はせずに、素肌のままでいることにした。


 朝食の準備を始める美月の動きには、無駄がなかった。美肌に良いとされる食材を使ったグリーンスムージーを作る。ほうれん草、キウイ、アボカド、そして自家製の豆乳をブレンダーに入れ、なめらかになるまで撹拌した。


「美容は食事から」という考えを大切にする美月は、栄養バランスにも気を配っている。


 食事を楽しみながら、美月は窓の外の景色を眺めた。庭のハーブ園が朝の光を受けて輝いている。ラベンダー、カモミール、ローズマリー……それぞれのハーブが、美月の創造力を刺激する。


「自然の恵みに感謝ね」


 美月は、そう感じながら、朝食を味わった。


 食事を終えた美月は、リビングの一角に設けた作業スペースへと向かった。そこには、事前に用意しておいた材料や道具が整然と並べられていた。オーガニックのホホバオイル、シアバター、ビーズワックス、そして様々なエッセンシャルオイル。すべて自然由来の原料だ。


 美月は、まず保湿クリームの作成に取り掛かった。小さな計量カップを使い、ホホバオイルとシアバターを正確に量り取る。その姿は、まるで科学者のようだ。


「精度が大切。でも、それ以上に大切なのは、愛情を込めること」


 美月は、そう考えながら、材料を湯煎で溶かし始めた。部屋に甘い香りが広がる。


 材料が溶けたら、美月は慎重にエッセンシャルオイルを数滴加えた。ラベンダーとゼラニウムのブレンド。この組み合わせは、美月が長い試行錯誤の末に見つけた、お気に入りの香りだ。


「香りは、心を癒す力がある」


 美月は、そう信じている。彼女にとって、化粧品作りは単なる美容のためだけでなく、心のケアでもあるのだ。


 クリームが固まり始めるまで、美月は静かに待った。その間、窓の外の景色に目を向ける。小鳥が庭のハーブに降り立ち、さえずりながら飛び去っていく。その光景に、美月は自然との調和を感じた。


「私たちも、自然の一部なのよね」


 美月は、そう思いながら、完成したクリームを小さな瓶に詰めていった。


 次に、美月はリップバームの製作に挑戦した。ビーズワックスとココナッツオイルを混ぜ、ほんのりとしたピンク色を出すために、ビーツパウダーを少量加えた。


「自然の色素で、優しい色合いを」


 美月は、慎重に色を調整した。完成したリップバームは、淡いローズピンク色。まるで朝焼けのような、柔らかな色合いだ。


 午後には、ハーブウォーターの蒸留実験に取り組んだ。庭で育てたラベンダーとローズマリーを使い、手作りの蒸留器で丁寧に水蒸気を集めていく。


 蒸留の過程で部屋中にハーブの香りが広がり、美月の心を癒していく。その香りは、美月に幼い頃の思い出を呼び起こした。祖母の家の庭で、ハーブを摘んで遊んだ日々。美月は、その記憶に浸りながら、作業を続けた。


「懐かしい香り。でも、今この瞬間も大切な思い出になるのね」


 美月は、そう感じながら、蒸留したハーブウォーターを丁寧に瓶に詰めていった。


 夕方、すべての実験が終わった頃、美月は作った化粧品を丁寧に並べ、満足げに眺めた。保湿クリーム、リップバーム、ハーブウォーター。どれも自然の恵みがそのまま詰まったような、優しい製品だ。


「美しさは、自然と調和することから生まれるのかもしれない」


 美月は、そう思いながら、今日の成果を和綴じのノートに記録し始めた。使用した材料、配合比率、感触、香り……細かな部分まで丁寧に書き留めていく。


「次は、友人たちにも使ってもらって、感想を聞いてみようかしら」


 美月は、新たなアイデアを思いつき、目を輝かせた。


 窓の外では、夕暮れが近づいていた。美月は、作った化粧品を手に取り、窓際に立った。夕日に照らされた瓶が、美しく輝いている。


「自然の恵みを、自分の手で形にできる喜び。これこそが、本当の贅沢なのかもしれない」


 美月は、そう感じながら、穏やかな笑みを浮かべた。


 この手作り化粧品の実験日は、美月に新たな創造の喜びをもたらした。働く必要がなくても、こうして自然の恵みを活かし、自分だけの美容法を探求する貴重な機会を持てることに、美月は深い満足感を覚えていた。


「お金は生きていける分だけあればいい」という彼女の考えは、こうした創造的で自立した生活の中で実現されているのだった。


 夜、美月は入浴前に、今日作った保湿クリームを肌に塗ってみた。クリームが肌に溶け込んでいくような感触に、美月は目を細めた。


「自分で作ったものだからこそ、こんなにも愛おしく感じるのかしら」


 湯船に浸かりながら、美月は今日一日を振り返った。化粧品作りを通じて、自然との繋がりをより深く感じられたこと。自分の手で何かを生み出す喜び。そして、美しさの本質について考えるきっかけになったこと。


「美しさとは、何なのだろう」


 美月は、湯船の中でそっと目を閉じ、その問いを心の中で反芻した。


 入浴後、美月は今日作ったハーブウォーターを顔に軽く吹きかけた。爽やかな香りが、美月の心身をリフレッシュさせる。


 就寝前、美月は和綴じのノートを開き、今日の感想を書き綴った。


「今日の気づき:美しさは、自然との調和の中にある。そして、その調和を見出す過程そのものが、人生の美しさなのかもしれない」


 美月は、そう書き記した。そして、窓際に置いてある小さな観葉植物を見つめながら、明日への期待が芽生えるのを感じた。


「明日は、今日作った化粧品を使いながら、新たな一日を過ごそう」


 美月の心に、そんな想いが芽生えた。自然との対話が、美月の日常に新たな彩りを添えようとしていた。

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