ep11-5 スイッチ……聞いてしまったその言葉……

「さぁて、どうやって暴れてやろうか? どうせなら思いっきり派手に行きたいところだがなぁ」


 ホール内、『フュテュール』の奏でる音楽と観客の歓声が響き渡る中、ホール上階の手すりから身を乗り出しながらエンさんが言う。


「う~ん、そうですねぇ……ここはやっぱり観客のみなさんをパニックに陥れて……」


 ヴァーンズィンもそれに答えるように物騒なことを言い出す。


 んもううううっ! なんでこの二人はこんなにも好戦的なのよ!?


 なんとか二人を止めないといけないのだけど、エンさんもヴァーンズィンも完全にやる気になっちゃってるし……。


「クリックリッ、僕にいい考えがあるクリ。オプファーの魔力を使ってあのステージ上の音楽機器をオドモンスターへと変えるクリ、そこから地獄の音楽を流せば、たちまちホールはパニックになるクリよ」


 クリッターがそんな提案をする。


 ああもうっ! なんでこいつはこうも余計なことしか言わないのよ!?


「おおっ、そりゃぁいい考えだな! よしオプファー、早速やって見せろ!」


 エンさんが目を輝かせて言う、あたしは両手を前に出しながらいやいやと首を振りつつ必死に言葉を紡ぎ出す。


「え、ええと、少しだけ待ってくれません? む、無機物をオドモンスターに変えるのは初めてなんで、魔力の集中に時間が掛かるというか……」


「ああ? そんなの待ってられっかよ。いいから早くやれ、オプファー」


 エンさんが苛立ったように言う。しかしここで引き下がるわけにはいかない! なんとかして時間を稼ぐのよ!!


「で、でもぉ……もし失敗しちゃったら大変な事にぃ……」


「へへっ、大変な事か。面白れぇじゃねぇか、大変な事にしてやれよ!」


 うぎあああ! どうすればいいってのよぉぉぉ!! 誰か助けてよぉぉぉ!!


 心の中で叫び声を上げながら周囲に視線を巡らせてみても、どうしようもない、視界に入ってくるのはステージ上でさわやかな汗を流しながら曲を演奏する『フュテュール』のみなさんとそれに酔いしれる観客たち。そして、その最前列で興奮したように手を握り合いながらなにやら言葉を交わしている二人の少女の姿だけ……。


 ん? さらに動かしかけた視線が引き戻される。


 あれは……あれは……あれは……!


「美幸……」


 呟きが、言葉となって口から発せられた。


 たぶん小さすぎて、エンさんやヴァーンズィン、クリッターには聞こえなかっただろうけど……。


 来てるのはわかってた……だからこそ、エンさんたちの破壊工作を止めようとしていたのだから。


 まさか最前列にいるとは思わなかったけど、姿を見かける可能性を考えていなかったわけじゃない。


 だから、あたしが衝撃を受けたのはそれ自体にじゃない、あたしの心が激しく揺さぶられたのは、彼女の手が隣にいるあかりのそれとしっかりと繋がっていたから……。


 無意識に働かせた暗黒魔女としての超感覚によって、こんな会話が聞こえてきてしまったから――


「灯ちゃん、凄い、凄いね! わたしロックバンドのライブって初めて来たんだけど、こんなに興奮するものだったなんて、思ってもみなかったよ! それに、『フュテュール』の曲って本当に素敵で……わたし、すっかり大ファンになっちゃった!」


「でしょ! 何しろアタシ一押しのバンドだもん、当然よ!」


「えへ、灯ちゃんはわたしに今まで知らなかったことを教えてくれる、わたしに幸せをくれる! 灯ちゃん、わたし、あなたと友達になってよかった。わたし、灯ちゃんのことが、だーい好きだよ!」


「あはっ! アタシも大好きだよ、美幸の事!」


(なにこれ……?)


 あたしの心が黒く染まる。どす黒い感情があたしを支配していくのがわかる。


 わかってる、わかってるんだ、美幸はただ純粋で素直なだけ、しかも、ライブ会場という一種独特な空間で、テンションが上がりすぎてつい言ってしまっただけ。


 それはわかってる……だけど!


「ダークスティック……」


 ボソッと呟くとともに腕を振ると、手の中に愛用のステッキが出現した。


 あたしはニタッと笑うと、それを高々と掲げ叫んだ。


「オドエネルギー照射ぁ! 覚醒せよ! オドモンスターぁぁぁぁぁ!」


 カッとダークスティックが輝き、そこから放たれた真っ黒い――いつもより『黒』が濃い気がする――光がステージ上の音楽機器へと照射される。


 光はそのままステージ上の音楽機器を包み込み……そして次の瞬間にはその形を大きく変えていく。


「なんだ、今の光は……って、う、うわわわっ!?」


 自分たちの背後での異変を察し振り返った『フュテュール』のメンバーが驚愕の声を上げる。


 それもそのはず、彼らの視線の先にあるステージ上に置かれた楽器やアンプなどの機材がみるみる内に巨大化、人型を形成していくのだから……。


「きゃああああっ!?」


「うおおおおおっ!?」


「なんだよこれは、ライブの演出の一環かぁ!?」


 観客の悲鳴が響き渡る中、音楽機器オドモンスターはついにその威容をホール全体へと誇示する。


「さあ、オドモンスター『フキョウワオーン』! 響かせて、この場に地獄の音楽を響かせて!!」


「キャー! センパイ、流石、カッコいいですぅ♡」


「ほう、やるじゃねぇか、暗黒パワーをビンビンに感じるぜぇ」


「オプファーのネーミングセンスは相変わらずクリね~。しかしなんで急にやる気になったクリ? まあいいクリけど」


 ヴァーンズィンやエンさん、クリッターがなんか言ってるけどもうあたしの耳には届いていなかった。


「こんな場所も、『フュテュール』も、何もかもぶっ潰れちゃえばいいのよぉぉぉ!! あひゃ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 高笑いを上げるあたしの顔は完全なる悪の魔女、暗黒魔女マギーオプファーそのものだった……。

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