ep11-4 最悪の偶然? やってきた場所は……

「きゃっ!? なんで急にこんな突風がぁ!?」


「おおっ! すげぇ!! はは、気まぐれな風に感謝だぜ」


 アジトビルを後にしたあたしたちが疾風と化し街を駆け抜けて行く。


 ごめんなさいね、通りすがりのお姉さん、あなたのスカート捲り上げちゃって。別にわざとじゃないのよ?


 すでに遠く豆粒上の大きさになったお姉さんにあたしは心の中で謝る。


 そんな感じで、疾走すること数分、先頭を走っていたエンさんが足を止めた。


「さて、着いたぞ」


 エンさんの言葉にあたしたちは目の前の建物を見上げる。


 そこは我が阿久野あきゅうの町が誇る多目的ホール、通称『阿久野あきゅうのビッグアリーナ』と銘打たれた、コンサートやスポーツの試合などが行われる巨大な施設だ。


「ここで破壊工作ですかぁ?」


 とヴァーンズィンが尋ねるとエンさんは頷きながら答える。


「ああそうだ、今日ここで行われてる『フュテュール』っつーバンドのライブをぶっ潰すのが今回の俺たちの目的だ!」


 ん……? 『フュテュール』……? それって、確か……。


 何か忘れてる気がする、今日確かあたしは何かにイラついてたはずで、それにそのバンドが関わってたような……。


「あーーーっ!!」


 突如大声を上げたあたしにエンさんがビクッとする。


「あんだよ、オプファーいきなり大声出しやがって」


「え、い、いや、あの、ちょっと……」


 思わず睨まれて口籠ってしまう、そんなあたしにヴァーンズィンがそっと耳とに口を近づけて囁くように言った。


「センパァイ、『フュテュール』のライブって、美幸さんたちが行くって言ってたやつじゃないですかぁ?」


 そうよ、そうなのよ! 美幸があたしの誘いを蹴ってあかりと『フュテュール』のライブに出かけたこと、それが今日のあたしのイラつきの理由だったんだ。


 色んな事がありすぎてすっかり忘れてたわ……。


 まさかこんな形でここにくることになるとは……。


 でも、だけどどうしよう……ここで破壊工作を行うってことは、当然中にいるであろう美幸たちにも被害が及ぶ可能性があるわけで……。


 ちなみにあたしは灯の事は嫌いだが、それでも傷つけたいとか傷ついてもいいと思ってるわけじゃない、そこまで堕ちてはいないのだ。


「おい、何を難しい顔をしてやがんだ? まさか、怖気づいたわけじゃあねえだろうな?」


 グイッと顔を寄せてくるエンさんにあたしは思わず後ずさる。


「い、いえ、そんなことはありませんけど……」


 そう答えたもののあたしの内心は穏やかじゃない。


「クリックリッ」


 相変わらず影の薄いクリッターが小さく笑ってるけど、エンさんに余計なことを言わないでよね? ややこしいことになりかねないんだから。


「ところでエンさぁん、アントリューズって、まだ『時が来てない』とかで、大規模な破壊工作とかは自重してたと思うんですけどぉ、どうして急に?」


 ヴァーンズィンの疑問ももっともだ、今までは小さな悪事や悪戯程度のことしかしてなかったアントリューズが(この間はうっかり建物破壊したりしちゃったけど)なぜ急に大規模な破壊工作を行おうとしてるのだろうか?


「へっ、確かにアントリューズの方針とはちっとばかし外れてるがな、俺はこのライブをぶっ潰したい個人的な理由があるんだよ」


「個人的な理由……ですかぁ?」


 ヴァーンズィンもあたしも揃って首を傾げる。その『個人的な理由』とやらがなんなのか、あたしたちには想像がつかないのだ。


「お前らがそうであるように、アントリューズのメンバーは普段は一般社会に紛れて生活している。俺は表ではバンドを組んで音楽活動をしてるんだがな……」


「へぇ~、エンさんってミュージシャンだったんですかぁ」


 話し始めたエンさんの言葉を遮るように感心した声を上げるヴァーンズィン。しかしエンさんは、呆れたような表情を浮かべヴァーンズィンを睨みつける。


「あのなぁ、俺の恰好を見てわからなかったのかよ? それに俺がいつも抱えてるエレキ、あれでわからねぇか?」


「単なる趣味だと思ってましたぁ、だって、テレビでもネットでも、エンさんの事をミュージシャンとして見た事なんて一度もありませんしぃ」


「ぐっ、てめぇ……」


 ヴァーンズィンの歯に衣着せぬ物言いにエンさんは言葉を失う。まあ確かに彼女の言うことも一理ある、あたしもテレビやネットで彼の名前を見たことはない。


 なので、ミュージシャンとして本格的に活動しているなんてのはかなり驚きの情報だった。


「で、でもほら、まだデビューしたばっかりだったら、知名度がなくても仕方ないですよぉ」


 とりあえず、エンさんが怒りださないように、あたしは手を擦り合わせながらフォローを入れる。


「エンのバンドは今年で結成10周年クリよ、それだけやってても全く芽が出なかったクリ」


 しかし、あたしのせっかくのフォローをクリッターの奴がが台無しにしてくれやがった。


 エンさんの顔はみるみるうちに歪んでいく。しかし、それを押さえつけるように冷静な口調で彼は言う。


「チッ……世間の馬鹿どもはこの俺の素晴らしい音楽が理解できねぇんだよ。ここのホールの責任者もそうだった、この俺が何度も直談判しに来てやったってのに、俺たちのライブを許可しようともしなかった。だから俺は決めたんだ……このライブを滅茶苦茶にしてやるとな」


 な、なるほどね……。


 しかし、理由は判明したけど、なんて自分勝手な……いや、悪の組織の構成員としては正しいのかも知れないけどさぁ……。


「エンさんにも悲しい過去があったんですねぇ。わかります、わかりますよぉ、世間に認めらない悔しさ、ヴァーンズィンもそうでしたぁ、だからこそ誰もが自由に生きられる『幸せの国』を創造するっていうアントリューズの理想に共感したんですぅ」


 エンさんの話を聞いてヴァーンズィンはウンウンと頷いている。


 悲しい過去……なのかしらねぇ? とはいえ、あたしもエンさんやヴァーンズィンの気持ちはわからなくはない。


 あたしが今もってアントリューズから抜け出せない理由、それは当然抜ければ苦痛と死が待ってるからだけど、同時に彼らの理想に対して共鳴をしてしまっているからだ。


 例え悪でも勝てば正義になる、望んだ姿に変えられる……マリス様から言われた言葉があたしの心に深く突き刺さっていた。


 はみ出し者が自由に生きられる世界を! 勉強なんかしなくていい、魔法少女アニメが好きでも馬鹿にされない、陰キャだのぼっちだのと陰口も叩かれない、そんな理想郷を作りたい!


 そう思うあたしは確かにいる。だけど……。


「エンさぁん、先ほどのお話にヴァーンズィンはいたく感動しましたぁ、今日からエンさんのバンドのファンになりますぅ!」


 考え込むあたしを余所に、ヴァーンズィンがエンさんの手を取り目を輝かせていた。


 どうもこいつはご機嫌取りとして言ってるわけじゃなくて、本気でさっきの話に『感動』したようだ。独特の感覚をしているというかなんというか……。


「お? おお! そうか、そうかっ!! いや~嬉しいぜ」


 そんなヴァーンズィンの反応に気を良くしたのか満面の笑みを浮かべるエンさん。


「へへっ、そうだ、お前らもアントリューズのメンバーなら、この俺の音楽が理解できるかもなぁ。俺の曲、聴いてみるか?」


「聴きたいですぅ、センパイも聴きたいですよねぇ?」


 いきなり話を振られてあたしは戸惑う。


「え? あ、まあ……聴きたいか聴きたくないかと問われればそりゃぁ……」


 正直言えば興味はあった、ただあたしはロック――というか音楽全般にはあんまり造詣は深くないし、もし感想を求められたらどうしようとか思ってしまったのだ。


 音楽に関しては、あたしももしかしたらエンさんの言う『世間の馬鹿ども』側の人間かもしれないし……。


「へへっ、なら聴いてみろよ、ガキどもにゃあ刺激が強いかもしれねぇが、これはかなりの自信作だぜ?」


 あたしの考えを余所に、エンさんは音楽プレイヤーとワイヤレスイヤホンを取り出しあたしたちに渡してきた。


「オプファー、ヴァーンズィン、覚悟しとくクリよ……」


 イヤホンを装着するあたしたちに対して、ボソッとクリッターが不穏な言葉を放つ。


 それに疑問を抱くよりも前に、エンさんが音楽プレイヤーを操作して曲を流し始めた。


(うっ……な、なにこれ……)


 イヤホンから流れ出したのは、激しいギターの旋律とドラムの音、そしてそこにエンさんの歌声が乗るというロックらしい音楽だった。


 だけど、だけど……。


(ダッサぁ……)


 思わずそう口にしてしまいそうになったのを、あたしはなんとか堪えた。


 激しいだけで単調極まりない、かつどこかで聞いたようなメロディー。


 『支配からの解放』だの『自由への渇望』だの青臭い言葉が並べたてられたその実中身が全くない歌詞。


 おまけに何故か随所で絶叫される男性器や女性器の俗称――ライブの許可が下りなかった理由は多分このせいでしょ!?。


 この世のダサさを煮しめたようなどうしようもない最低の曲があたしの耳を、そして脳を蹂躙する。


「お~い? どうだ?」とエンさんが尋ねてくるけど、あたしは答える気も起きない。


 ヴァーンズィンはあちゃーって感じの表情を浮かべているし、クリッターはだからあらかじめ警告したでしょと言わんばかりだ。


「センパァイ……」


「みなまで言わないで、ヴァーンズィン。いくらあんたが物怖じしない性格でもわかってるわよね?」


「はいぃぃ……」


 あたしたちは小声で囁き合うと、一つ頷き同時にエンさんに向かって口を開く。


「「さ、最高の曲でしたぁ!!」」


「お、そうか? いや~お前らもなかなかわかるじゃねえか!」


 あたしたちの賛辞にエンさんは上機嫌で答える。


 あーあ、なんであたしこんなことやってんだろ? まるで上司に媚びへつらうサラリーマンみたいじゃん……。


 まだ社会に出てすらいないのに、サラリーマンの悲哀だけ味わってる気がするわ……。


「し、しかし許せませんねぇ、こんな素晴らしい音楽を認めず、『フュテュール』なんかを重用しているホールの責任者はぁ、さっそく中に入ってライブをぶっ潰してやりましょう」


 話を逸らしたいのか、ヴァーンズィンが拳をグッと握ってそんなことを言ってくる。


「おお、そうだな。当初の目的をすっかり忘れてたぜ」


 エンさんもそれに賛同すると、あたしたちを先導するように歩き出す。


 マズい……このままじゃ本当にエンさんはライブを潰すべく破壊工作を開始してしまう、そうなったらライブ鑑賞中の美幸たちが……。


「おい、何やってんだオプファー。置いてくぞ」


 どうしよう……? どうすればいいの……?


 しかしあたしの問いかけに答えてくれるものは誰もいない……。


 促されるまま、あたしはエンさんとヴァーンズィンの後に続いてホールの中へと入って行った……。

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