ep11-3 いい加減この最悪の変身シーンだけはなんとかして欲しい……

 しまった……これがあったのをすっかり忘れてたぁ……!


 アジトビルを出て行こうとしたのだけど、ふと足を止めたエンさんが発した、「てめぇら、そのままの恰好で行くつもりか?」の言葉にあたしは思わず凍り付いてしまう。


 そうなのだ、アントリューズとして出撃するのに、浦城梨乃と真殿響子のままでいいわけがない、つまり暗黒魔女の姿に変身しなければならないのだけど……。


「あ、あの……変身したいんで、す、少しでいいんで席を外してもらえませんか……?」


 あたしは恐る恐るエンさんに言う。


 しかし、彼は、「あぁ? なんでいちいちそんなことしなきゃならねぇんだよ、グダグダ言ってねぇでさっさとやれや」とにべもない。


 ああ、やっぱりね……。うう、やだなぁ、あの無駄にエロティックな変身を、しかも今回は男性であるエンさんの前でしなきゃいけないなんて……。


「キョ、キョーコ、あんたは平気なの? エンさんの前であれをやるのは……」


 こそこそっとキョーコに耳打ちすると、彼女は「えー? センパイは気にしすぎですよぉ。エンさんは男ですけどぉ、別に見られて減るもんじゃないですしぃ」と平然と言う。


 くっそ、この子がアクアさんみたいに男嫌いだったら、エンさんを殴り倒してでも変身シーンの披露を回避できたかもしれないのに……。


「おいクリッター、梨乃は何を躊躇してやがんだ? 変身することになんか問題でもあんのか?」


 あたしたちが小声で話しているのが気に入らないのか、エンさんはクリッターにそう聞く。


「それはクリねぇ、暗黒魔女の変身ってのは凄まじくエッチなんだクリ。コスチュームが装着されていくときそれの締め付けによって、変身者は性的快感を覚えるクリ。故に梨乃は躊躇しているんだクリ」


「ほう、面白れぇな、つまりあんあん鳴きながら変身するってわけか、ククッ余計に見たくなっちまったぜ」


「エンさんってば変態ですねぇ……」


 キョーコが呆れたように言う。しかしエンさんは気にした様子もなくニヤニヤと笑っている。


 ああもう! なんであたしがこんな辱めを……!


「センパイぃ、早く変身しないとぉ、時間なくなりますよぉ?」


 なんでキョーコはこんなにノリノリなのよ!? 羞恥心がないわけっ!? と思ったけど、こいつは馬鹿みたいに露出度の高い暗黒魔女のコスチュームを抵抗なく受け入れたり、平然と人前であたしに体を摺り寄せたりと一切羞恥心を見せない女だった。


「はぁ……、わかったわよ……」


 あたしはため息をつくと覚悟を決めた。


 ああもう! こうなりゃヤケだ! どうにでもなれっ!!


「じゃあ行くわよ、キョーコ」


 せめて、恥ずかしさを分散させるために、二人同時に変身しようとあたしはキョーコに声をかける。


「はぁい、センパイ」


 笑顔で答える彼女に頷き返すと、あたしたちは並び立ち同時に変身呪文を叫ぶ。


 あぁ、シチュエーションだけならまさに魔法少女アニメで主人公とその仲間が肩を並べて変身するシーンそのものなんだけどなぁ……。


「ダークエナジー・トランスフォーム」


「ダアァァァァァァァァクエナズィィィィィィィ・トラアァァァァァァァァンス、フォォォォォォォォォォォムッ!!」


 声が合わない! 相変わらずキョーコはやたらと大仰なポーズと気合の入りまくった叫びだけど、あたしは恥ずかしさが勝りどうしても小声になってしまう。


 とはいえそれでも滞りなく変身プロセスは開始される。


 首から下げているペンダント状の変身アイテム『ダークトランサー』が光り輝き、あたしたちはそれぞれ真っ黒い光に包まれる。


 外部からは中の様子はシルエットとしてしか見えないので、それだけは救いだ。


「チッ……」


 小さく舌打ちが聞こえる、むぅ、エンさんってばあたしたちの裸体が拝めると思ってたなぁ……!?


 心の中でため息を吐くが、すぐに思考が中断される。着ていた服がはじけ飛びシュルシュルと露わになった裸体に巻き付くように、黒いラバー質の衣装が着せられていくのだ。


「んあっ♡」


 さっそくやってきた刺激にあたしは思わず声を上げる。


 しかし、あんなめちゃくちゃ面積の小さいコスチュームを纏うのになぜこんな時間が掛かるのか……。


 とにかくあたしは出来る限る胸を、股間を襲う刺激に意識を向けないように努め、変身が済むのをひたすら耐えた。


 しかし、すぐにそれが無駄な努力であることを知る、やはりこれは常人に耐えられるものではないのだ。


「ああっ、んああっ、はあああんっ♡」


 変身が進むにつれてあたしの嬌声が大きくなる。それはそうだ、このコスチュームを身に着けるということはすなわち全身を愛撫されるということなのだから……。


「ひうっ、あっ、くっ♡ ああぁぁん♡♡」


 横からはキョーコの声が聞こえてきていた。


 あたしとキョーコの変身後の姿は違うが、変身プロセス自体は全く同じである。したがって同じように快楽を感じているのだ。


 キョーコの声を聞きながらふとあたしは思った、ブリスやカレッジのような魔法少女の場合、変身プロセスはどんな感じなんだろう?


 きっと、こんなエロにまみれた物ではなく、もっと可愛らしい、それこそ朝のアニメで流せるような物に違いない。


 はぁ……、あたしも魔法少女がよかったなぁ……


 変身シーンはエロティック、変身後の姿は露出狂一歩手前、仲間は邪悪妖精に変態娘、口が異常に悪いパンクロッカー風の男、しかもこれから街に出て破壊工作を行うと来たもんだ。


 泣けてくる……あたしの夢は、憧れは……どこ行っちゃったの……?


 とにかく変身は終わった。魔法少女を夢見た少女浦城梨乃は消え去り、魔法少女マジカルブリスを倒すために選ばれた暗黒魔女マギーオプファーが再びここに現れたのだ。


「おおっ、すげぇな。生で見んのは初めてだが映像で見たのとは迫力が違う。ガキだとばっかり思ってたが、なんつーエロさだよ……梨乃――おっとマギーオプファーだったな、てめぇ、実は相当に立派な胸をしてたんだな」


 エンさんがあたしの変身後の姿を見て感嘆の声を上げる。


「あ、あんまりジロジロ見ないでくださいぃ」


「しかも、それでいて純情とはねぇ。やべぇな、このままじゃ俺ロリコンに目覚めそうだぜ。18以下のガキは趣味じゃなかったはずなんだが……」


 顔を赤らめて両手で胸を隠すあたしに、エンさんは熱っぽい視線を向けてくる。


 18以下には興味ないか、なるほど、15歳のあたしは本来は守備範囲外だったってわけね、にもかかわらずそんなエンさんをロリコンに目覚めさかねないほどの破壊力がこのコスチュームにはあるわけか。


 いや、でもそれって結局あたし自身の魅力なわけでぇ。ふふっ、そうよねぇ、やっぱあたしってかなりの美少女なのよねぇ。


「エンさんエンさぁん、キョーコ――もといヴァーンズィンちゃんはどうですかぁ?」


「あぁ? 悪かねぇが、オプファー見ちまった後じゃなあ。とりあえずその頭の上のトラ耳と、ケツの尻尾は可愛らしいとは思えるが、ガキにしか見えねぇぜ」


「むぅ、ヴァーンズィンちゃんの評価は可愛らしいですかぁ。まあ、いいでしょう、オプファーセンパイに勝てないのは仕方ないですからねぇ」


 あたしはむしろ可愛らしいって評価の方が嬉しかったんだけどなぁ。いや、セクシーも嬉しいわよ? でも、魔法少女に必要なのは可愛らしさでしょ?


「さて、変身だけで時間潰し過ぎだな、ともかく行くぞオプファーにヴァーンズィン。おっと、影の薄いクリッターももちろん来るよなぁ?」


「うう、エンにまで言われてるクリ……。なんとかして目立たないと、このまま影の薄いキャラで定着してしまいそうで怖いクリ……」


 エンさんに声を掛けられ愚痴りつつも彼の後について歩き出すクリッター。


「さ、センパイ、行きましょ。ヴァーンズィンちゃんと腕など組みながら」


「どさくさに紛れてあたしにくっ付いて来るなっての」


 あたしは腕を絡めてくるヴァーンズィンからさっと離れると早足で歩き出す。


「あーん、センパイのいけずぅ」


 ヴァーンズィンは不満そうに声を上げながらあたしの後を追ってくる。


 出撃前からこの騒ぎ、先が思いやられるわ……。

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