ep7-4 大丈夫、あたしには美幸がいる! けど……

「ご苦労様、いつものように学校であったこと、交わした会話、そういうのを教えてくれる?」


「はい、梨乃様……」


 学校へと戻ってきたあたしは、分身から報告を受ける。


「……特に変わったこともなさそうね、ありがとう。それじゃ」


 あたしが軽く礼を言うと、分身はそのまま空間に溶けるように姿を消していった。


 基本的には分身には学校では誰とも会話せずに大人しくしていろと指令をしてあるので、何か問題が起こるという可能性は少ない、そして、あたしは普段からぼっちキャラで通っているので、それに対して不信感を抱く者もまずいない。


 ……こういう時だけは、ぼっちキャラで得したと思う。


 まあ、たまに話しかけてくる物好きもいるけど……そういう時は適当にあしらっているので問題ないだろう。


 美幸と分身が話したりしたら入れ替わりに気づけたかもしれないが、例の学校では他人の振りをするという約束のおかげで、美幸はあたしに話しかけてくることはない。


 そのままあたしは教室へと向かうと扉を開く。


 数人のクラスメイトがあたしに視線を向けてきたが、すぐに興味をなくしたように視線を逸らすとお喋りを再開する。


 よしよし、誰も分身と入れ替わってたなんて気づいてないわね……。


 そんなことを考えながらあたしは自分の席に座ると、相変わらず友達に囲まれている美幸の方に視線をやる。


 元気そうね……朝は昨日のブリス丸出し騒動でへこんでたはずだけど、その気配は微塵もない。


 むしろ、普段より機嫌がよさそうに見えるぐらいだ……。


 って、あたしゃバカか、あのブリスの一件に関してはマリス様のメモリーイレイザーであたしたちアントリューズの主要メンバーとブリス当人とその相棒のピティー……そしておそらくあのマジカルカレッジ以外の頭の中からは抹消されているはず……。


 だから、美幸がへこんでいないのは当たり前なのだ。まあ、そんな事に気づかないあたりあたしもまだまだね……。


 それはともかく美幸がご機嫌なのはいいことだ、後で理由なんかを聞いてやろ。あたしが聞けば必ず、美幸は嬉しそうに話してくれるし……。


 ふふっ、それにしても、暗黒魔女マギーオプファーとしては耐え難い屈辱と孤独感に苛まれていたけど、こうして学校で美幸という親友の顔を見てると、ああ、浦城梨乃としてのあたしは決して不幸なだけのぼっちじゃないんだなと思える。


 大丈夫、美幸がいてくれる限り……マギーオプファーとしての負の感情に浦城梨乃が飲み込まれることは決してない。


 あたしはあたし、マギーオプファーはマギーオプファー。仕事(?)とプライベートの線引きはしっかりと出来ている。


 あたしの視線に気が付いたのか、美幸が小さくこちらに手を振ってくれる。


「美幸ぃ、今誰に手を振ったのぉ? まさか、あの陰キャ女じゃないよねぇ?」


「え? あはは、ちょっと虫を払っただけだよ。それはともかく、あんまり人を陰キャとか言っちゃだめだよ」


「美幸は真面目ちゃんねぇ、まあそう言うことが美幸のいいところなんだけどぉ」


「でもあいつはいいのよ、一人でいるのが好きみたいだし、性格最悪って噂だよぉ? それに中三にもなってプチピュアに夢中って話も……」


「え? あ、あはは……それはまあ人それぞれ……だよ、うん」


 取り巻きの子たちとそんな会話を交わしながら、美幸は視線でごめんねと合図を送ってくれる。


 あたしは気にするなという風に小さく手を振り返すと、そのまま視線を逸らすのだった。


 その気遣いこそがあたしは嬉しいのだ、そして、そんな美幸とあたしの間で交わされる無言のやり取りに気づくこともできない自称美幸の友達という連中への優越感があたしの心をくすぐる。


(ふふ、せいぜい友達面してなさいな。美幸が魔法少女アニメプチピュア好きという事すら知らないおバカさんたち)


 心の中で彼女たちを蔑みつつ、あたしは次の授業までの時間、美幸との無言のやり取りで心を癒すのだった。




「梨乃ちゃーん!」


 放課後、さっさと学校を後にしようとするあたしに背後から掛かる声があった。


 ゆっくり振り返ると案の定小走りでこちらに駆け寄ってくる美幸の姿が見えた。


「美幸、何度も言ってるけど、校内であたしに声を掛けるのはやめてくんない?」


 あたしが言うと、美幸はハッとしたように足を止めると、


「ご、ごめん……つい」


 と悲しげな表情を見せた。


 ズキンとあたしの胸が痛む……。


 いつもそうだ……。


 人気者の美幸とあたしが仲良くしているところを見られたら双方にとって良くないことが起こる。

 だから、美幸には校内では出来る限りあたしの存在は無視するようにと何度も言っているのだが、美幸はそれでもあたしを見かけるとこうして声をかけてくる。


 その都度こうやって注意するのだが、その際に美幸が見せる悲しげな顔を見るたびにあたしの心も痛むのだった。


「別に謝る必要はないのよ、あんたは何も悪いことはしてないんだからさ。幸いみんなこっちの事なんて見てないみたいだし、少しぐらいならあんたがあたしに話しかけていたとしても『人気者で優等生の福原美幸様が可哀想なぼっち女浦城梨乃にまで優しさを分け与えている』ぐらいにしか思われないはずだしね」


「梨乃ちゃん……」


 あたしのあまりの自虐的な言葉に美幸は悲しげな表情をさらに曇らせる。


 ヤバイ……またもこの卑屈さのせいで美幸を悲しませてしまった。


「『アミーガ』に行けばいくらでも話せるんだからわざわざ校内で人の目を気にしながら会話する必要もないでしょ?」


 あたしは努めて明るい口調でそう言った。


 他人の振りはあくまで振りで校内限定、クラスメイトの目が届かない場所に行けばお喋りでも何でも好きなだけ出来る。


 学校で話せないからといって悲しんだりする必要は何一つ無いのだとそう言ったつもりだったんだけど……。


「それは……そうだけど……わたしは本当は学校でも梨乃ちゃんと……」


 美幸はやはり悲しげな表情のまま、そんな呟きを漏らすのだった。


「それを望むにはあたしとあんたの立場が違いすぎるのよ。お姫様はスラム街の貧民と仲良くしてはいけないのよ」


「梨乃ちゃん……そんな事を言っちゃ……」


 あたしのその言葉に美幸は悲しみを通り越してどこか怒ったような様子を見せる。


 わかってる、自分でも卑屈過ぎると思うから。それに美幸は自分の事を特別視する相手を嫌っているから、この発言は美幸の逆鱗に触れるかもしれないという事も。


 そんな美幸にあたしはパタパタと手を振りながら続ける。


「勘違いしないで、今のはただの立場の違いの例え。別に地球人と宇宙人でも魔法少女と暗黒魔女でもいいのよ、要するに他人からは相容れない存在だと思われてるって話。あたし自身がそう思ってるってわけじゃないわ、あんたがただのゆるふわお姫様じゃないことをあたしは知ってるからね」


「……」


「まあ以前はあたしもそう思ってたけどね、あんたとあたしじゃ絶対合うわけがないって。だけど、そんな立場の違うはずの二人がこうして友達になれた、なかなか面白い運命でしょ?」


「それは……そう、だね……。わたしも、最初は梨乃ちゃんと友達になれるなんて夢にも思わなかったから……」


「でしょ? だから、あたしは美幸がこうして話しかけてきてくれるのはとても嬉しいのよ。でもだからこそあたしと仲良くしているところを他の生徒に見せるわけにはいかないの、今の関係を保つためにも、ね」


 あたしがそう言うと、ようやく美幸の顔に差していた暗い影が薄れていく。


 そしてさらにあたしは続けた。


「それに、あんたとあたしの仲が誰かに知られるのを嫌だと思ってるのは、なにも問題が起こりそうだからってだけが理由じゃないの」


「それってどういう……?」


 首を傾げる美幸にあたしはニッと笑みを見せる。


「ふふっ、誰も知らない秘密の関係っていうのも、実にそそられるものがあるじゃない?」


 あたしの答えに美幸はパチクリとその大きな瞳を瞬かせる、しかしすぐにとびっきりの笑顔を見せると、


「うん! 梨乃ちゃんの言う通りだね!」


 と嬉しそうに言ったのだった。


 そんな美幸にあたしはさらに続ける。


「さてと、そんなわけであたしは一足先に行かせてもらうわ。あんたは今日はどうするの? 用事がないようならあたしは『アミーガ』で待って……」


「福原美幸さん、だよね?」


 唐突に、あたしと美幸の間に割って入る声があった。


「え?」


 突然の第三者の乱入に美幸が驚いたような声を上げる。


 あたしはしまったと心の中で舌打ちをした。美幸と仲良くしているところを他の生徒に見られたのだ。


 あたしは声の主の方にゆっくりと振り向いた、そこには一人の少女の姿があった。


 ん? とあたしは首を傾げた。その少女に全くの見覚えがなかったからだ、もちろん学校の全生徒のことなど把握しているわけではないが、少なくともクラスでは見たことのない顔だった。


 その子は橙色の明るい髪を短く切りそろえたボーイッシュな印象の少女だったんだけど――


 ざわっ……


 何故かあたしの心がざわめいた、見覚えなどないはずなのにあたしは彼女に対して不快とも不安とも言えぬ感情を抱いていた。


 何故? 美幸との時間を邪魔されたから? 確かにそれはあるかも……けど、もっと、何か……。


 大嫌いな相手とすりガラス越しに向かい合っている……みたいな? 自分でも何を言ってるのかよくわからないけど、とにかくそんな不快感があるのだ。


「あ、えっと……あなたは?」


 そんなあたしの動揺をよそに美幸はその少女に問いかける。


 どうやら美幸も見覚えがないようである、あたしの知らない知り合いかとも思ったのだがどうも違うらしい。


「悪いね、お友達との時間を邪魔しちゃって」


 質問には答えずあたしにチラッと視線をやってから軽い謝罪の言葉を口にする少女。


「あ、いや、ええと、梨乃ちゃ……浦城さんはただのクラスメイトで、偶然見かけたから声をかけただけで、だから……」


 美幸はしどろもどろになりつつもあたしの教え(?)を忠実に守り、あたしと友達関係でないことを強調するようにそう言った。


「ん? そうなの? なら都合がいいや。福原さん、アタシあなたに大事な用事があるんだけど、今からいいかな?」


「え、えーと……」


 グイッと迫る少女に美幸はさらなる戸惑いの声を上げる。


「ちょっとちょっとあんた何よ、いきなり現れて! みゆ……福原さんが戸惑ってるじゃない、せめて自分が何者かぐらい名乗ったらどうなのよ?」


 見かねてあたしは二人の間に割って入ると、少女の肩を摑んで美幸から引き離す。


「おっとっと……」


 少女は慌てたような声を上げるが特に抵抗することなくあたしに身を任せた。


「ああ、そうだね。ごめんよ、やっと話が出来ると思ったら嬉しくてさぁ……」


 少女はそう言ってポリポリと頭を掻くとあたしではなく美幸の方を向き、その瞳をしっかりと見据えながら言った。


「アタシは<結城ゆうき あかり>。3年3組だよ。といっても数日前に転校してきたばかりだけど……」


「転校生……道理で……」


 見かけたことのない顔だと思った。


 思わず呟くあたしの言葉が届いているのかいないのか、灯と名乗った少女は言葉を続ける。


「大事な用事って言うのはね……福原さん、ちょっとこうアタシの瞳をジッと見つめてくれないかな?」


「え? う、うん、いいけど……」


 戸惑いながらも美幸は灯の瞳をじっと見つめる。


 二人の視線が交錯し、一瞬の静寂があたりを支配する。


 見つめ合う二人の横であたしは非常に居心地の悪い、そして何故か嫌な気分を味わっていた。


 しばし――といってもほんの数秒後、美幸が何かに気づいたようにハッとその元から大きな目をさらに大きく見開く。


「結城さん……あなた……もしかして……」


「おっと、それ以上は言ったらダメだよ? ここには彼女もいるんだから」


 と何かを言いかけた美幸を遮り灯は視線であたしを指し示してから続ける。


「あなたの思ってることは多分正解。というわけで、色々とお話したいんだけど、どうかな?」


「……」


 持って回ったような言い方をする灯に美幸は何か考え込んでいるようだ、たまにチラチラとこちらへと視線をやってくるのはおそらくあたしのことを気にしての事だろう。


 何かに気づいたことで灯と話をしたいが、あたしがさっき言いかけた「この後『アミーガ』に行こうよ」という誘いを無下にするのも悪いと思っている、今の美幸の気持ちを推測するとおそらくこんな感じだろうか?


「どうやらあたしはお邪魔みたいね、それじゃさよなら」


 沈黙に耐え切れずにあたしは言った。


 その言葉に美幸がハッとした表情を見せる。


「いいの?」


「さっき福原さんが言ってたでしょ? たまたま声を掛けられただけで別にそんなに親しくもないし、そもそもあたしは一人でいる方が好きなんだから」


 訊いてくる灯にそう答えるとあたしはくるっと彼女たちに背を向けた。


 校内においてはただのクラスメイトでしかないはずのあたしが美幸の動向を気にするのは不自然なことだ、だから陰キャぼっちの浦城梨乃らしく言外に「迷惑だったんだよね」的なニュアンスすら込めてみたりする。


 それが功を奏したか灯はふぅんとつまらなそうに呟いただけでそれ以上は食い下がってこなかった。


 美幸は何かを言いたげな表情を浮かべていたが、ここであたしを引き留めれば、校内では無関係を装うという約束を違えることになるとわかっているのか、沈黙を続けて何も言うことはなかった。


「なーんか暗そうな子だね、アタシはああいうのは苦手かな? なんか睨まれてた気もしたし……。ま、そんなことはどうでもいっか。それじゃ行こうか福原さん? いいお店があるんだ~お洒落でさぁスイーツも美味しいの、そこでじーっくりと親交を深め合おうね~」


 ゆっくり歩き出しつつチラッと肩越しに背後を伺うと、灯がそんなことを言いながら美幸の手を取るのが見えた。


 ざわざわざわざわざわざわざわ……。


 あたしの心がざわめく、同時に激しい怒りがこみ上げてくるのを感じた。


 デジャヴュ――どこかで見た光景……この後二人が指を絡ませ合ったりしたら……。


 しかし、特にそんなことは起こらず、わずかな戸惑いを見せる美幸をぐいぐいと引っ張り灯は歩き去ってしまった。


「……」


 あたしは無言のままその背中を見送りつつ、ふと全然関係ないことを考えていた。


 ああ、そうか、あたしがあの魔法少女マジカルブリスに対して怒りや憎しみとは別の妙な感情を抱いてしまうのは、似ているからだ……。


 ブリスは……美幸にそっくりなんだ……。


 魔法少女の能力によってブリスの顔の認識は出来なくなっているはずなのに、何故かあたしはそう思ってしまい、ぶるぶると頭を振った。


「なーんて、ね……」


 そう呟きつつあたしはどこかモヤモヤとした気分のままその場から立ち去るのだった……。

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