ep7-3 負け犬はどこまで行っても負け犬なの……?
「ブリス、あいつの暗黒魔力を消し去ることはできないの?」
「難しいね……。あれだけの魔力だもん、わたしのマジカルバニッシュシュートだけで消しきれるとは思えない……」
「そうか、アタシも同じだよ。アタシの最大の必殺技マジカルバーニングクラッシュでも、あの化け物を吹っ飛ばすのは無理だろうね」
スーパーアリリンコの動きに警戒しつつ、ブリスとカレッジはそんな会話を繰り広げる。
ふふ、悩んでも無駄よ、あんたたちにはスーパーアリリンコは倒せない……。
しかし、そうほくそ笑むあたしの視線の先では、ブリスがハッと顔を上げるのが見えた。
「なら……二つの技を合わせれば、どうかな?」
「同時に技を繰り出すって事? 多分無理だね、アタシとブリスの技は性質が違うから、同時に放ったところでそれぞれ別に放つのと威力は変わらないはずだよ」
そう言ってブリスの提案に首を振るカレッジだが、ブリスは逆に静かに首を振ると言った。
「ううん、そうじゃなくて、魔力そのものを融合させるの。バニッシュシュートの魔力消去効果とバーニングクラッシュの敵を吹き飛ばす効果、二つが合わされば、相手の魔力を一気に吹っ飛ばして消去できるんじゃない?」
「なるほど、ブリスの言う事も一理あるね、それじゃあいっちょやってみようか! だけど、魔力を融合させるなんてどうやってやるつもり?」
「それはもちろん、こうやって、だよ」
カレッジの言葉に微笑むと、ブリスはそっとその手をカレッジのそれに重ねた。
なっ……!?
「な、なんか照れるね……こういうのさ」
「そんな事言ってる場合じゃないの、ほらカレッジ、もっとしっかり指と指を絡ませて……」
ななななななっ! あ、あいつら、ななな何やってんのよ!?
「う、うん……こう?」
恥ずかしそうに頬を染めるカレッジに対してブリスも顔を真っ赤にしながら言う。
「こうすることで、魔力を混ぜ合わせるの……それが『マジカルフュージョン』! 魔力融合プロセスがちょっと恥ずかしいけどね……」
そう言ってさらに強く手を握る二人。
「あ……感じる、ブリスの全てがアタシの中に流れ込んでくるのを……」
「うん、わたしもだよカレッジ。あなたの力が、心が、全てが伝わってくるのがわかる……」
「不思議だね、さっき会ったばかりのはずなのに、アタシたちはこんなにも強く繋がっている……」
「当たり前だよ! わたしたちは同じ想いを持った正義の魔法少女同士だもん! 同じ気持ちで繋がってるに決まってるよ!」
「うん、そうだねブリス……」
さらにそんな事を囁き合うその姿はまるで心の底から想いを通わせ合う親友……いや、それを通り越して恋人同士のようで……。
ブリスぅぅぅぅぅぅぅ!! 何をやってんのよぉぉぉぉ! そんなぽっと出の子と恋人繋ぎなんて……。
憎い憎い魔法少女マジカルブリス、そいつが仲間である魔法少女マジカルカレッジと手を握り指を絡ませ合っている。
本来あたしがここで抱く感情はどんなものが正しいのだろうか? 敵が大技を放とうとしていることに対する危機感だろうか? それとも、バカなことやっちゃって的な呆れだろうか?
でも、あたしはそのどちらでもない感情を強く感じていた。それは……嫉妬だ!
アクアさんがブリスを弄んでいるときにも抱いた感情、ようやくあたしはそれの正体に思い至った、なぜかあたしはブリスが他人に触れられたり、触れたりしていることに対して強い嫉妬心を抱いているのだ!
どうしてこんなことを思ってしまうのだろうか? 憎んでいるとはいえあの子は憧れてやまなかった魔法少女という夢の体現者だから、心のどこかで仲良くなりたい、触れ合いたいなんて思ってしまっているのだろうか?
でもそれならカレッジも同じじゃないのか?
だけど、少し妙なのだ、あたしはカレッジに対してはブリスに感じるような激しい何か――それは嫉妬であったり憎悪であったり羨望であったり――を感じていない。
もちろん、カレッジはついさっき出現したばかりの新魔法少女だから恨みは薄いというのはあるが、それを差し引いてもあたしは彼女に対して強い感情を抱いていなかった。
まあ、今はブリスに触れられている相手として嫉妬対象になっているが、逆に言えばさっきまではあくまでブリスのおまけ的に敵意を向けていたに過ぎない。
一体どうして……。
「よし、魔力が混ざり合ったよカレッジ!」
「ああ! それじゃあ行くよブリス!」
そんなあたしの考えを余所に二人は手を繋ぎあったままスーパーアリリンコへと向き直る。
しまった! 見た目は恋人同士の触れ合いにも似たそれだったけど、実際に二人がやっていたのは合体技のための魔力の融合作業だったということを忘れていた!
わけのわからない嫉妬だのなんだのをしている内に、二人は合体技の準備を整えてしまったのだ!
「勇気をもって進んだ先に!」
「幸せの光が待っている!」
カレッジに続きブリスが高らかに口上を述べ、最後に美しいハーモニーで技の名前を口にする。
「「デュアル・マジカルストリーム!!」」
握りあった二人の拳から放たれた二種の魔力の混ざり合った金と赤のマーブル状の光線は、真っ直ぐにスーパーアリリンコへ向かって行きそのまま直撃すると、大爆発を起こした!
「うわああああああっ!」
その衝撃に吹き飛ばされたあたしは地面をゴロゴロと転がる。そしてようやく止まったところで顔を上げるとそこには……。
「あ……」
そんな声を漏らしてしまうほど見事なまでにスーパーアリリンコは消滅していたのだった。
「やったぁ!!」
「ははっ、凄いパワーだ、これがアタシたちの合体技か!」
「そうだよカレッジ! わたしとあなたが心を一つにして、想いを重ね合わせたから出来たんだよ!」
そう言って抱き合う二人、二人とも本当に嬉しそうで……さらに共に死線を潜り抜けたことで何よりも強い絆で結ばれたように見えて……。
「う、うう……」
あたしは思わずうめき声を上げていた。それは怒りと憎しみに彩られた声だったが同時にどこか悲しみを含んだものでもあった。
なんで? なんでなの!? そんなあたしの心の中の問いかけに答える者などいるわけもなく……ただ吹き抜ける風があたしの露出過多のコスチュームを揺らすだけ。
寒い……寒いよ……防寒の魔法を使ってるはずなのに……そもそも今日はこんなに寒い日だっけ? でも、あたしは寒くて震えてるわけじゃない。それはきっとこの胸の中に渦巻く黒い感情があたしの身体を蝕んでいるせいなんだ……。
「おっと、喜びのあまりに忘れるところだった。あくまでオドモンスターを倒しただけで肝心な奴が残ってるんだったね」
言いながらカレッジはブリスを優しく自分から引き離すと、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「さあどうする? あんたご自慢のオドモンスターは消滅しちゃったよ、まだ続ける?」
問いかけられ僅かに視線を上げると、カレッジの肩越しからブリスの顔が見えた。
そこに浮かんでいるのは、勝利の喜びではなく、敗者を嘲る笑みでもなかった。
憐み……。
ブリスはあたしを憐れんでいた、憎しみを力と変え、悪の組織に与し、そして正義の力の前に敗れ去った哀れな魔女であるあたしを……。
「もうやめよう? オプファー……。わたしも、カレッジもこれ以上あなたを傷つけたくないの」
ブリスが発したそんな言葉が耳に届いた瞬間、あたしはバッと顔を上げていた。
「うっ……」
ブリスとカレッジが思わず後ずさる。おそらくあたしはそれほどに凄まじい形相をしていたのだろう。
許せなかった、モンスターを倒されたことがじゃない、憐みの目を向けられたことが、憐れまれたことが! あたしは……。
しかし、あたしは冷静な口調で口元に笑みさえ浮かべて言った。
「ふっふっふ……。認めてあげるわ、今日の敗北は、ね。だけどあたしは諦めない……魔法少女マジカルブリス、そしてマジカルカレッジ、覚えておきなさい、あたしの力の源は憎しみ……負ければ負けるだけあたしの力は増していくのよ」
「な、何を言って……」
戸惑うブリスにあたしは続ける。
「そしていずれはあんたもカレッジも……みんなまとめて始末してあげるわ! その時まで首を洗って待ってなさい!」
そう言ってあたしは二人に背を向けるとそのまま走り去ったのだった。
そんなあたしを見送る二人の魔法少女の表情は最後まで憐れみの籠ったものだった……。
走るあたしの瞳からはとめどなく涙が流れだしていた、それが何の涙だったのかすらわからぬまま、あたしはただ走るのだった……。
「ふ~、えらい目に遭ったクリ~。全く、拡散させた動画を痕跡も残さず消せなんて、アクアは相変わらず無茶言ってくれるクリ~。って、あれ?」
アントリューズのアジトビル、戻ってきたあたしの前を横切ったすべての元凶、諸悪の根源ことクソ妖精クリッターがまるで幽鬼のような表情で椅子に座り込んでいたあたしの姿を目にして立ち止まる。
「お、おいクリ? どうしたクリ?」
「あ……ああ、あんたね……」
あたしは力なく答えるとそのまま机に突っ伏した。
そんなあたしのただならぬ様子にさすがに何かを察したのかクリッターが心配そうな声を上げる。
「……何かあったクリか?」
ちっ、こんな奴にまで同情されてるようじゃ、いよいよあたしもおしまいね……。
あたしは大きくため息をつくと、事の顛末を語り始めたのだった。
「なるほどクリ~……」
あたしの説明にクリッターは腕を組みながら唸るような声を上げた後こう言ったのだ。
「魔法少女マジカルカレッジクリか。これは強敵が出現してしまったクリね~」
「カレッジ自体も脅威だけど、一番の問題はカレッジの存在によってブリスの力まで高まったって事よ。ああいうのを友情パワーって言うのかしらね……ふふ」
あたしは自嘲気味に笑う。友情パワー……たった一人で暗黒魔女をやってるあたしには縁の無い言葉だ。
「それで、どうするクリ? 諦めるクリか?」
そんなクリッターの言葉にあたしは大きく首を振ると笑みを浮かべて言った。
「冗談! 確かにあいつらは強敵だけど……でも、だからこそ倒しがいがあるってものよ!」
そう宣言するあたしの顔はきっと邪悪な笑みを浮かべていたに違いないだろう。だがそれでいいのだ、悪の組織に与する今のあたしに正義の魔法少女を倒すための力を与えてくれるならなんだっていいのだから……。
「さてと……」
あたしはゆっくりと立ち上がると、部屋の出口に向けて歩いて行く。
「どこに行くクリ?」
「学校に決まってんでしょ」
振り返りもせず言うあたしにクリッターは僅かに驚いた表情を見せる。
「今からクリか? 今日はこのまま分身に任せて、完全にサボってしまえばいいクリのに、梨乃は真面目クリね~」
「サボってこれ以上成績が下がったら、また親に泣かれるのよ……面倒臭いでしょ」
「なるほどクリ~」
そんな会話を交わしながら、あたしはアジトの出口をくぐると学校へと向かうのだった。
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