ep6-3 アクアさんに付き合ってると頭痛くなるわ

 あたしとアクアさんはアジトビルの屋上へとやって来た。


 ここから飛び立ち街に向かって、ブリスを誘き出すための作戦行動を取るつもりなのだけど……。


「どうしたの? 早く、早く変身してちょうだい」


 ワクワクした様子で瞳を輝かせるアクアさんに、あたしはげんなりしてしまう。


 やだなぁ、この人の前で変身するのは……。


 あの無駄にエロティックな変身シーンは、この人の中の『何か』を刺激し、そのまま襲われてしまうのではないかとあたしは危惧しているのだ。


 とはいえ、ここでウダウダと時間を潰すのもどうかと思うし、さっさと変身してブリスを誘き出すことにしよう。


「わかりましたよ……それじゃ行きますね。ダークエナジー・トランスフォーム!」


 呪文と共に腕を掲げれば、ダークトランサーが輝き変身の始まりだ。


 一応生み出された黒い光の中での出来事なので、変身途中で晒される裸体を見られる心配はない。


「んっ♡ あああんっ♡」


 とはいえ、変身の度に訪れる快感は何度経験しても慣れるものではないし、恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしいのだ!


「ああ……いいわ梨乃ちゃん……」


 そんなあたしをアクアさんはうっとりとした表情で見つめている。うう……この人絶対あたしのこと狙ってるよね? いやだなぁもう……。


「はあんっ、ああんっ♡ あああん♡」


 黒い光の中で悶えるあたしのシルエットと響き渡る喘ぎ声、そしてそれを見つめ涎を垂らすアクアさんという退廃的極まりない最低最悪の変身シーンがしばらく続いた後、ようやく変身は完了する。


 まったく、所要時間は数十秒といつもと同じはずなのに今回はやたら長く感じたわ……。


 あーあ、変身時間が0.001秒ぐらいだったらよかったのにぃ。


 しかし、あたしの受難はこれで終わりではないのだ、変身が完了したら完了したで、次は暗黒魔女マギーオプファーの変態的コスチュームがアクアさんの目の前に現れるのだから。


「はぁ……素敵よ梨乃ちゃん――いえ、オプファーちゃん、その黒いぴっちりスーツに包まれた肉体美がたまらないわ……ちょっとズラすだけで大事な所が見えちゃいそうなその衣装が、本当に素晴らしい……」


 うっとりした表情で言うアクアさんにあたしはドン引きするしかなかった。


 しかし、そんなあたしの気持ちなどお構いなしに彼女は続ける。


「ああん♡ もう我慢できない! 変身シーンだけでこんなに興奮しちゃうなんて初めてだわ!」


 そう言ってあたしに飛びついてくるとそのまま押し倒してきたのだ! いやちょっと!? そんないきなり!? ああんっ!!


 ドゴッ!


「あんっ♡」


 思わず繰り出した蹴りがアクアさんの胸部にヒットし、数メートル離れた場所まで彼女を吹き飛ばしてしまった。


 むぅ、すごいキック力……あたしに宿る害虫パワー恐るべし。これで飛び蹴りとかやれば必殺技になりそうね……。


 オプファーキーーーック! とか言って……って魔法少女らくしも暗黒魔女らしくもないわねこれは。


 男の子とか昨日遭遇したあのヒーロー好きの子あたりはそういうの好きそうだけど。


 それは置いておいてそんなパワーで上司を蹴とばしてしまった形になるけど、あたしが悪いんじゃないはず……。


「い、いきなり何するんですかアクアさん!?」


 あたしは慌てて起き上がると蹴り飛ばした彼女の方へと向き直り抗議の声を上げるのだが……。


「ああんっ♡ オプファーちゃんたら激しいんだから♡」


 などと怒るでもなく、かと言って反省した風もなくそんなことを言ってくる始末……。


 なんでこの人こんなに嬉しそうなのよ!? そんなあたしの疑問に答えてくれる者は誰もおらず、ただ彼女の気持ち悪い嬌声だけが辺りに響き渡るのだった。


「アクアさんのターゲットはとりあえずはブリスでしょぉ、浮気してるって言いつけますよ!」


 あたしはそのままアクアさんに向かって思わず叫ぶ。すると彼女は幾分冷静さを取り戻したようで、ゆっくりと立ち上がりながら言った。


「それはちょっと困るわねぇ、第一印象が大事だというのに浮気女のレッテルを貼られてしまっては、ブリスちゃんがワタシの愛を受け入れてくれる可能性が減ってしまうわ」


「そうでしょう、そうでしょう! とにかく、今日のところはブリスにターゲットを絞ってください」


 ブリス、あんたには悪いけどアクアさんの興味の矛先になってもらうわよ。


「わかったわ、ふふ、今日のところは、ね♡」


 ウインクをしてくるアクアさんにぞぞっと思わず身震いしてしまう。


 敵で憎い相手だけど、流石にこの人から付け狙われるというのはブリスが可哀相に思えてきてしまった。


 いや、同情してる場合じゃないか、明日は我が身なのだから……。


「ところで、アクアさんは変身しないんですか?」


 ふと気になったのと話題を変えたいと思ったのの二つの理由で尋ねるあたしにアクアさんは、「まあね」と答えそのまま続ける。


「ワタシたち四天王は少し特殊でね、普段のこの姿がイコール戦闘形態なのよ」


 なるほど、変身しなければ基本的には普通の小娘であるあたしとは違うってわけね、そう言えばボーデンさんも特に姿を変えることなく技を繰り出したりしてたっけ。


「あんな姿は人前に晒したくはないしね……」


 ん? 変身は出来るって事? 四天王だもん、さらに強くなれるのかもね……。しかし人前に晒したくない姿か……あたし以上に変態的、とかなんだろうか?


 ボソッと漏らされた呟きについてあたしが追及する前にアクアさんはバッと顔を上げると、


「じゃ、そろそろ行きましょう」


 と言って、さっさと空へと飛び立つのだった。


「あ、待ってくださいよ!」


 あたしも慌ててその後に続くと、アクアさんと共に街に向かうのだった。



 平日の朝、通勤・通学時間を過ぎた街はどこか閑散としていて、あたしたちが空から見下ろしても人影はまばらだ。


 これでも基本真面目なあたしは今まで学校などサボった事はないので、街のこんな様子は実に新鮮だった。


「さて、それじゃブリスちゃんを誘き出すために、ひと暴れと行きますか。というわけで、オプファーちゃん、さっそくやっちゃってちょうだい」


 ああ、やっぱりそういうことになるわけね。うう、ブリスを誘き出すためとはいえ気が引けるなぁ……。


 とはいえアクアさんに口答えするわけにもいかないし、今のあたしは暗黒魔女マギーオプファー……気持ちを切り替えて悪の女幹部らしく振舞わなきゃ。


「ええ、任せておいてください」


 あたしはそう言って頷くとダークスティックを取り出し、高らかに掲げると叫んだ。


「オドエネルギー照射! 覚醒せよ! オドモンスター!!」


 ダークスティックから放たれた黒い光が街へと降り注いでいく……すると――。


「きゃああああ!?」


「な、なんだぁ、いきなり化け物が!!」


「嘘だろ、何だよこれはぁぁぁぁ!!」


 街のあちらこちらから人々の悲鳴が聞こえてくる。


 彼らの目の前に現れたのは、あたしの力によって巨大モンスターと化したアリの群れである。


 一匹一匹が軽自動車と同じくらいの巨大さで、それが数十匹も群れをなして現れたのだからその混乱は想像に難くない。


「さあ、行きなさいオドモンスター『アリリンコ』! この街の人間どもを恐怖のどん底に突き落としてしまうのよ!!」


 我ながら何をやってるのだろうか、今のあたしはどこからどう見ても立派な悪の女幹部である。


 しかし、楽しくなってきちゃったんだから仕方ないよね! あたしは街の人々に恐怖を振りまく巨大アリモンスター『アリリンコ』を満足げに眺めていた。


 まあ、とはいえ、出来る限り人を傷つけないようには配慮してるつもりだけどね。


 彼らが吐き出す蟻酸ぎさんもせいぜい服を溶かすぐらいの威力に調整してあるし。


「いやああん! ス、スカートがぁ!」


「いやああ! なんで、なんでぇ!?」


 アリリンコが吐き出す蟻酸にスカートを溶かされパニックになる街を行くおねーさんたち、アクアさんはその様子に大興奮だが……。


「服が、服が溶けていくぞぉぉぉ!」


「なんつーモンスターなんだよ!?」


 男性にも蟻酸の被害が及び始めると、顔を思いっきり顰める。


「汚いものを見せるな下等生物! あんたらは死ね!!」


「ちょ、ちょっと待ってください! それはまずいですって!!」


 男性たちに(自分勝手に)キレて魔力弾をぶっ放そうとするアクアさんをあたしは慌てて制止する。


「なによ、オプファーちゃん? こいつらは汚物なのよ! そんな奴らに情けをかける必要なんてないわ!」


「一般人はあまり傷つけないという約束でしょ? 殺すのはもちろん、怪我を負わせるのも色々と問題がありますよ!」


「む、それは確かに……」


 あたしの説得にアクアさんは渋々といった様子で矛を収めてくれる。よかった……これで一安心だ。


「さあ、アリリンコ、もっともっと暴れるのよ! 出来れば蟻酸を掛けるのは女の子だけにしてね」


 気を取り直してあたしはモンスターに指示を与える、アクアさんを不快な気分にさせないためにもターゲットは女性に絞る方がいいだろう。


 そんなあたしの言葉が耳に入ったのか、女性陣の悲鳴が激しくなり男性陣は怒りの声を上げる。


「アントリューズってのは変態集団なのか!? 女の子の服を狙い撃ちだなんてよぉ!」


「あんな痴女みたいなカッコしてる奴が幹部やってる組織よ、まともなわけないじゃない!」


「おおっ、これはなんというパラダイス……」


 などと一部の男性陣は喜んでいるようだけど……。


「いやああ! やめてえええ!!」


 アーキコエナイキコエナ、もうあたしに出来ることは開き直るだけだ。


「アリリンコ、もっとよ! さらなる恐怖と絶望をこの街に振りまくのよ!!」


 そんなあたしの命令を受けてアリリンコがさらに激しく暴れまわると、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていくのだった。


 街のあちこちから聞こえる人々の悲鳴や絶叫……あたしはその声を聞くと胸がドキドキしてくるのを感じた。


 ああ♡ もうあたし完全に悪の女幹部になっちゃったかも♡ いやまあ最初からそうなんだけどさ♪


 しかし、やはり心の中ではそんな自分に対する嫌悪感もあるわけで……。


 ああっ、もうっ! ブリスは何をやってんのよ!?


 あんたがさっさと出てきてくれれば、こんな気分にならずにすむのに! あたしは心の中でブリスへの恨み言を呟きながら、人々の悲鳴に耳を傾ける。


「ああん♡ いいわぁ、いいわぁ♡ オプファーちゃん、闇と光の狭間で揺れるあなたの心はとっても素敵よぉん♡♡」


「あ、あはは……」


 もうアクアさんの言葉に愛想笑いしかできない。正直もう帰りたい……。


 しかし、アリリンコはまだまだ暴れたりないらしい。


 あたしの気持ちとは裏腹に彼らはさらに激しく人々を恐怖に陥れていくのだった。


 そして――そんな時だ!


「そこまでよ!」


 凛とした声が辺りに響くと、一人の少女が空から舞い降りてくるのが見えたのだ!


 金色のロングヘアー。白を基調としたドレスのような衣装、その周囲を取り巻くキラキラしたオーラ。


 かつてあたしの夢見たものを体現しているその姿は、いつだってあたしの心を激しくかき乱し、その内に黒い感情を生み出していく。


「マジカルパワーで幸せ守る! 魔法少女マジカルブリス!!」


 地面に降り立ちポーズを決めると、周囲からは歓声が巻き起こる。


 マリス様のメモリーイレイザーで昨日の丸出し騒動がなかったことになり、彼女は再び市民たちの憧れ、希望の魔法少女としての地位を取り戻したようだ。


 実に腹立たしい……まあいいけどね! 改めてブリスを貶めることができるって事でもあるんだし!!


 あたしはググッと拳を握り締め彼女の動きに注意を払うのだった。

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