ep6-2 アントリューズ最凶? アクアさんってこんな女(ひと)
「緊急事態って何? もしかしてブリスの動画が消えたことと関係ある?」
屋上にやって来たあたしは『バイト先』――クリッターへと連絡と入れる。
『と、とんでもない事態が発生してしまったクリ! 今すぐにアジトに来るクリ!!』
慌てて様子で言ってくるクリッター。そのただならぬ雰囲気に押されつつもあたしは答える。
「今すぐって……学校を抜け出してって事? それはちょっと……」
『学校とか言ってる場合じゃないクリ! サボり扱いになるのが嫌ならイリュージョンの魔法で分身を作るクリ!!』
うーん。どうもこれは行かないと収まりがつきそうにないわね、分身にあたしの代役をさせるのはいいのだけど、『彼女』が得た知識があたしに還元されるわけじゃないから、あまりやり過ぎると授業についてけなくなっちゃいそうなのよね……。
「わかったわよ、行けばいいんでしょ行けば」
『急いでクリ! じゃないと怒りが……』
渋々応じるあたしにそう焦った口調で返すとクリッターは一方的に通話を終わらせた。
はう……とあたしはため息を吐くと、意識を集中し呪文を唱える。
何をするのかと言えば、もちろん変身である。
今のあたしは実は変身せずともイリュージョンくらいの簡単な魔法なら使えるのだが、変身してから使った方が楽だし、何よりアジトまで飛んで行きたかったのだ。
飛行の魔法は生身で使えるほど簡単なものではないしね。
「ダークエナジー・トランスフォーム!」
首から下げたペンダント状の変身アイテム、ダークトランサーがキラリと輝きあたしは黒い光に包まれる。
「あああんっ! あんっあふん♡」
おなじみの全身を締め付けるようなボディスーツ装着時の快感があたしの全身を貫き、思わず甘い声を上げてしまう。
いい加減慣れてこのエロスにまみれた変身シーンだけでもなんとかしたいのだけど、この快感はどうしても我慢できないのよね……。
「ああっ……やんっ♡」
そして光が収まった時、あたしの姿は暗黒魔女マギーオプファーへと変わっていたのだった!
「……ふう、誰もいない屋上とはいえ校内で変身することになるとは思わなかったわ……」
変身を終えたあたしは誰にともなく呟くと、腕を軽く振って再び呪文を唱える。
「イリュージョン! さあ出てきなさい、分身ちゃん」
目の前の空間に闇が収束していき、それはやがて人の形へと変貌していく。
それは浦城梨乃、つまり変身前のあたしの姿である。
「じゃあ後はお願いね」
「はい、オプファー様……」
ロボットのような口調で答える『梨乃』。この分身ちゃんは生み出した主であるあたしに対しては従順なロボットのようにふるまってくれるが、あたしを完全再現した振る舞いを可能としており、影武者であるとバレる心配は一切ない。
そのまま屋上の出入り口へと向かって行く分身の背中を見送りつつ、あたしは空中へと飛びあがる。
「さあ、行くわよ!」
気合を入れるとあたしはアジトへ向けて全速力で飛んで行ったのだった!
「待ってたわよん、梨乃ちゃん♪」
アントリューズのアジトビル、円卓の間までやってきたあたしを出迎えたのは、四天王の一人アクアさんだった。
変身はすでに解いているので梨乃ちゃん呼びなのだけど、笑顔でそう言ってくる彼女の瞳の奥はぜんっぜん笑っておらず、得も言われぬ恐怖を感じる。
「あ、あの……緊急事態って一体……」
その雰囲気に気圧されつつあたしは尋ねるが、彼女は答えずただ黙ってあたしを見つめてくるだけだ。
な、何よ……? なんで何も言わないのよ? そんな彼女の態度に不安を覚え始めた時だ、
「……梨乃ちゃん」
とアクアさんがようやく口を開いたのは。
しかしその表情は先ほどとは打って変わって無表情で何を思っているのか読み取れないし、口調もどこか淡々としているように聞こえるのが怖いんだけど!?
「貴女とんでもないことをしてくれたわね……あの魔法少女マジカルブリスの恥ずかしい姿を世間に晒すだなんて!」
「え? は、はい?」
彼女の言葉にあたしは混乱する。この人は何を言ってるの? あれは敵であるブリスを追い詰めるためにやったことなのだ、褒められこそすれ怒られるような事ではないはずだ。
「そ、それの何がいけないんですか? 現にあたしの作戦でブリスには多大なる精神的……」
「ワタシのモノになる予定の娘の柔肌が! おっぱいが! ××××が! 男とか言う汚らわしい生物の、しかも不特定多数の目に晒されたのよ!? ああいう可愛い娘はね、男の視線に晒されただけでその部分が穢され、触れられたりしたが最後、腐り落ちて死んでしまうのよ! わかる!?」
「え? あ、あの……」
アクアさんのあまりの勢いにあたしは言葉を失う。しかし彼女は止まらない、それどころかどんどんヒートアップして行く。
「ワタシはねぇ、一目見た時からあの娘が気に入ってたのよ! いつかワタシが倒して……屈服させて
「ひ、ひぃっ……」
あまりの迫力にあたしは思わず後ずさる。しかしすぐに壁に背中がぶつかりそれ以上下がれなくなってしまう。
「梨乃ちゃん、ワタシは貴女が大好きよ。女の子だもの、可愛いし、当たり前の話。だけど、やっていいことといけないことがあるのはわかるわよね?」
「あの、えと、その……」
アクアさんはあたしの前まで歩いて来ると、グイッと顔を近づけてきた。その顔には相変わらず何の表情も浮かんではいないがその目は怒りに満ちておりあたしは恐怖で体がすくみ何も言えなくなってしまう。
そんなあたしに構わず彼女は続ける。
「貴女がマリス様から直接命令を受けている以上、ワタシは貴女とブリスちゃんとの戦いに関してあまり口出しすることが出来ない。だけど、これだけは言っておくわ、もし今後同じようなことをしたら……貴女のこと殺しちゃうかも」
「あ、あひっ!」
アクアさんのその言葉にあたしは悲鳴を上げる。冗談を言っているようには見えない、本気であたしを殺すつもりだ!
「あ……あの……ごめんなさい……」
そんな彼女の迫力に押されつつあたしが謝ると彼女はニッコリと笑う。その笑みを見てあたしの恐怖心は少しだけ薄らいだのだが……。
「……わかればいいのよん♡」
言いながら、あたしの頬を優しく撫でつつ、さらに顔を寄せてくるアクアさんにさっきとはまた別の恐怖を感じ、思わず顔を逸らしてしまった。
「あんっ♡ もう、恥ずかしがり屋さんねぇ」
「え、ええと、アクアさん、あたしはそういうのはちょっと……」
「うふふ、わかってる、わかってるわ、梨乃ちゃん。まだ貴女は目覚めてないのね。だけど、覚えておいて? 真実の愛というものは女の子同士の間にしか存在しないのよ。男なんていう汚物との愛なんて、まやかしに過ぎないのよ」
「は、はあ……」
アクアさんはうっとりとした表情で言うけど……。うう、この人想像以上だ……。
しかし同性間の恋愛も男性嫌悪も好きにしてくれていいけど、あたしをそれに巻き込むのは勘弁して欲しいんですけど。
あたしはファーストキスはクリスマスの夜に大きなツリーの前で王子様みたいな超絶イケメンと、と決めているんだから。
人間として好きにはなっても恋愛対象にはならないのよ、アクアさんは。
まあ、あの形のいい唇に触れられたらどんな感触がするんだろうとかは思わなくもないけど……って違う違うこういう思考が良くないんだ、アクアさんを勘違いさせてしまっても悪いし、逆に失礼だ。
「まあじっくり待つわよ、貴女が目覚めるその日までね。それより話を戻すわね。今後はああいう作戦はやめて欲しいのよ。ブリスちゃんをエッチな目に遭わせるという事自体は構わないけど、それを行う時は男の目がない場所でやってちょうだい。もちろんその様子を録画して拡散なんてしたらダメよ? できるなら戦いについても男の汚らしい視線がない場所でやって欲しいけど、これはまあ、流石に無理がありそうね……努力はして欲しいけど」
「は、はあ……」
あたしは同じような返事しか返すことが出来ない。しかしそれでもあたしが理解したことは伝わったのか、アクアさんは微笑みあたしを解放してくれた。
あー、それにしても色んな意味で心臓止まるかと思った。ある意味この人がアントリューズで一番やばい人なんじゃなかろうか。
「と、ところでアクアさん」
「なにかしら?」
話しが途切れたのを見計らい、あたしは気になっていたことを聞いてみることにした。
「拡散されたマジカルブリスの動画やなんかを消してるのはアクアさんですか?」
「もちろんよ、アントリューズの全メンバー総動員でありとあらゆる方法を使いブリスちゃんの動画を痕跡すら残らないように消し去ってるわ」
「そ、そんなこと出来るんですか?」
一度ネットの海に放り出されたものを完全に消し去るなんて、いくらアントリューズの組織力でも無理があるのではないだろうか。
「ふふ、言ったでしょ、全メンバー総動員で、と」
「つまりアクアはこの私にすらマジカルブリスの痴態拡散の件の事態収拾の手伝いをさせている、という事ですよ」
ギクッとあたしは体をこわばらせる。なぜなら、そんな言葉と共に現れたのは、アントリューズ総帥……マリス様だったからだ。
「マリス様のお手を煩わせてしまって申し訳ありません。しかし、今回はマリス様のメモリーイレイザーでも使わない限りは、ブリスちゃんの痴態動画の拡散は止められそうになかったもので」
アクアさんが恭しくマリス様に頭を下げながら謝罪の言葉を口にすると、マリス様はそんな彼女の頭に軽く手を置き首を振る。
「構わないのですよアクア。あなたのその頑張りはアントリューズにとって必要不可欠なものですから」
「あ、ありがとうございます!」
そんな二人のやり取りをあたしは呆然と見ているしかない。
まさかあたしのしたことのおかげでこんなことにまでなってたなんて……。
「ご、ごめんなさいマリス様! あたしの作戦のせいで……」
あたしは床に手を突くと、頭を床に擦り付けマリス様に謝罪する。
「梨乃ちゃんが謝る必要はありませんよ。あなたはあなたでブリスを消し去るために必死で作戦を考え実行したのでしょう? その行為は責められるものではありません。ただ今回の事は不幸な行き違いがあっただけ、ただそれだけのこと」
「は、はい……」
マリス様の言葉にあたしは顔を上げる。なんて、なんてお優しいの!
あたしはますますマリス様に心酔していくのを感じるのだった。
「ところで、メモリーイレイザーって?」
ついつい気になったことに関しては質問したくなるのはあたしの悪い癖だ。
しかしマリス様は気にすることもなく、微笑を浮かべつつ説明をしてくれる。
「私の持つ能力の一つです、対象に働きかけ、その部分の記憶を消去することが出来るのです。今回やったのは人々の記憶からマジカルブリスの何かを見てそれについて話題にしたという部分を消し去るというものでした」
つまり、物理的に動画やなんかを消し去ったうえで、さらに人々の記憶を消すことで、ブリスの痴態は世間では『なかったこと』になるわけね。
おそらく覚えているのは当事者であるあたしたちやブリス本人のみ。
「な、なるほど……しかし凄いです、そんなことまで出来るなんて……」
「そうでもないですよ、制約も多いですし、『何かが起こった』という曖昧な記憶だけは残りますからね。例えばこれを我らの世界征服に役立てようと思っても、なかなか上手くは行かないのです」
「ワタシたちが素顔を見られ、正体がバレそうになったときなんかに使うのが主な用途だけど、そんな間抜けなことにはそうそうならないしねぇ」
最後にアクアさんが補足するようにそう言った。
「よくわかりました。教えてくださりありがとうございます」
頭を下げるあたしにマリス様は、
「今後もわからないことなどあれば何でも聞いてくださって構いませんよ」
と言ってくれた。
そして、そのままあたしとアクアさんの両方に視線を巡らすと、
「さて、それでは私はそろそろ自室に戻ります。今回の事で魔力を大量消費してしまいましたからね。この肉体には、少し負担が大きかったようです、実は今も少々眠いのですよ。では」
と言ってあたしたちに背を向け歩き出した。
この肉体……?
マリス様の発した言葉について疑問を持つより早く、アクアさんが、「待ってください」とマリス様を呼び止める。
「まだ何か?」
「マリス様、一つお願いがあります。ワタシに出撃許可を下さいませんか?」
「ブリスの対応に関しては梨乃ちゃん――マギーオプファーに一任しているはずですが?」
「わかっております。だから、戦いをするつもりはありません。ただ、そろそろブリスちゃんに挨拶の一つでもしておきたいと思って」
「なるほど、今後の事も考えてブリスに自分の存在を印象付けたいと、そう言うわけですね。しかし、惚れこんだものですね、ブリスの事をそんなに気に入るとは」
「ええ、あの娘は素晴らしいですわ。容姿もさることながらその精神性、正義の魔法少女としての誇りと気高さ、そして何より……あの肉体。ああ! 早くワタシの手で
「アクアさん……」
恍惚とした表情で語る彼女にあたしはドン引きするしかなかった。
マリス様の方にチラリと視線をやれば、彼女は呆れ果てたようにため息をついている。
「いいでしょう。ただし出撃にはオプファーを伴うことが条件です、あなた一人で行かせると……暴走しかねませんから」
「あんっ♡ マリス様の意地悪ぅ♡」
この人、暴走する気満々だったな!? クネクネと身を悶えさせるアクアさんを見ながら、あたしは心の中で突っ込む。
「では、梨乃ちゃん。アクアのこと頼みましたよ」
立場的にも年齢的にも、本来はアクアさんにあたしのことを頼むというのが正しいと思うんだけどなぁ……。
あのアクアさんの様子を目の当たりにした後では、マリス様もさすがに不安なのかもしれない。
「はい、わかりました」
あたしがしっかりと返事をすると、アクアさんは、
「それじゃ、早速行きましょうか」
などと、ウキウキした様子で言ってくる。
「え? 今からですか?」
あたしはこれから学校に戻り授業を受けようと思ってたのだけど、アクアさんにはこっちの予定など関係ないようだ。
「そうよ、善は急げっていうでしょ? それに早くブリスちゃんに教えてあげたいのよ、貴女の恥ずかしい動画はこのワタシが消してあげましたってね。もしかしたら恩人としてワタシのことを好きになっちゃたりして、うふふ♡」
「そ、そうですか……」
この人のブリスへの想いは本物なのだろう。しかし彼女はアクアさんのことは絶対好きになんてならないと思う。
趣味がどうのとかいう以前にアクアさんは間違いなくあたし以上の『悪』だからだ、流されて悪をやってるあたしとは違う本物……。
正義の魔法少女とは絶対に相容れない存在なのだから。
「さあ、行くわよ梨乃ちゃん」
アクアさんはそう言うとこちらの返事も聞かずに、意気揚々と部屋を後にしたのだった。
「ほんと……頼みましたよ……」
あたしに向けて言ってくるマリス様の言葉が、どこか切実なものに感じられたのは、果たして気のせいだろうか……。
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