episode4【募る憎しみ、あたしはあの子を許さない……】
ep4-1 憎しみに揺さぶられる友情……
朝、目覚まし時計の音で目を覚ます、時刻は朝の6時、いつも通りの時間だ。
ベッドから起き上がると洗面所へ行き顔を洗う、その後制服に着替えて朝食を取りながら、ぼんやりとテレビで朝のニュースなんぞを眺めていたあたしだったが、突如ブホッと吹き出してしまう。
なんと、あたしとマジカルブリスの戦いのことがニュースとして流れてきたのだ!
いやまあね、あれだけ派手にやったんだからそりゃ報道もされるわよね……。
これ、本当に大丈夫なんでしょうね? もしマギーオプファーの正体バレたらあたしマジで人生終わるんだけど!? 背筋がゾッとするのを感じた。
しかし、改めて映像でマギーオプファーとしての自分を見ると、実に情けない姿である、ブリスやピティーが変態と言いたくなるのも当然だ、しかも弱い!
その時である、映像の中のブリスがニヤッと口元を歪めるのが見えた。その視線の先にいるのはもちろん昨夜のあたしだ。
ベキッ! その瞬間、あたしの手の中で食事に使っていた箸がへし折れる、それを見た母親が心配そうに声をかけてきた。
「梨乃どうしたの? 何かあった?」
「あ、ごめん。なんか、力入れ過ぎちゃった。お母さん、この箸古くなってたんじゃないの?」
平静を装いつつそう答える、お母さんはそれで納得してくれたようで席を立つと新しい箸を持ってきてくれた。
『続いてのニュースです、先月から行方不明となっている女子中学生白井ユキさんの行方は……』
テレビでは次のニュースが流れているが、あたしの中では昨日の光景がフラッシュバックしていた。
「マジカルブリス、許さない……」
ポツリと呟くと後は淡々と食事を済ませるのだった。
体が痛い気がする……。
しっかり寝て回復したはずなのに……。
ニュースなんぞ見てしまったせいか、ぶり返してきてしまったマリス様からの“お仕置き”の痛みに苛まれる中、あたしは通学路を歩いていた。
頭の中で渦巻くのはこの痛みの元凶、あの魔法少女への怒りである。
あいつが憎い……あたしが欲しかったものを手に入れているあいつが……!!
不公平だ、不公平だ、不公平だ不公平だ不公平だ不公平だ不公平だ不公平だ不公平だ!!
あたしが味わった苦しみと同じだけのものをあいつに味わわせてやりたい! 屈辱と苦痛と絶望を与えてあげたい……!
ネガティブこの上ないことを考えながら、歩いていると突然後ろから肩を叩かれた。
慌てて思考を切り替え振り返るとそこにいたのは美幸だった。
って、当たり前か、朝からあたしに接触してくる奇特な子なんて他にいないし…。
「おっはよー、梨乃ちゃん!」
「あ、おはよう……」
元気よく挨拶してくるのはいつもの事なのだけど、あたしはどこか力なく答える。
あたしと彼女の共通の趣味は魔法少女アニメなので、彼女と顔を合わせると、必然的にその話をすることが多くなるのだけど、今のあたしはたとえアニメのことでも魔法少女の話なんてする気にはなれない、むしろ嫌悪感すら抱いているくらいだ。
そんなことを考えていると自然と表情が険しくなるのを感じたのだろう、彼女が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど……」
「ううん、何でもないよ、ちょっと疲れてるだけだから気にしないで」
笑顔で取り繕いながら答える、すると彼女はほっとした表情を浮かべた後で言った。
「そっか、それならいいんだぁ、あんまり無理しないでね、何かあったら相談に乗るから」
その言葉を聞いた瞬間、心が温かくなっていくのを感じた、やはり持つべきものは友だなと思った瞬間であった。
「ところで、梨乃ちゃんは聞いた? 昨日のマジカルブリスの大活躍の話!」
ピシッとあたしの心に亀裂が入った気がした、その名前を聞くだけで心臓が締め付けられるような感覚が襲ってくる、吐き気すら催すほどの不快感に襲われるが何とか平静を装って返事をすることができた。
「え? ああ、うん、知ってるけど」
「やっぱり! ビックリだよね~。本物の魔法少女がこの町に現れるなんて、まるでアニメみたいだもん!」
「そ、そうだねぇ……」
「それにしても彼女と戦った悪の女幹部のマギーオプファーとかって魔女、変態みたいなカッコしてるしおまけに弱い! まさにわた……じゃなくてマジカルブリスの噛ませ犬って感じだったね~」
それを聞いて胸がむかむかとしてくるのがわかる、思わず怒鳴りつけたくなる衝動に駆られたがぐっと堪えた。
魔法少女アニメのファンである彼女は当然マジカルブリス支持者であり、マギーオプファーは憎むべき敵なのだ、その気持ちはよく分かるし理解もできる、ちょっと前のあたしだったら絶対に同じことを言っていただろう。しかし、そのマギーオプファーは他ならぬあたしなのだ、しかもマジカルブリスのせいでマリス様からひどい目に遭わされたというのに……許せるはずがないではないか。
「うんうん、わかるわかる、確かにそんな感じだったね~」
心の中とは裏腹に愛想笑いを浮かべながら相槌を打つあたしに気づかず、美幸はさらに話を続ける。
「ま、あんな奴が敵なんだったら、それこそアニメみたいに簡単にやっつけられるんじゃない?」
「あはは、そうかもね」
適当に話を合わせつつ、あたしは学校へと急ぐ。
今日ほどとっとと学校へ行きたいと思ったことはなかった……。
学校ではいつものように美幸とは他人の振りをしているのでよかった。
美幸が魔法少女アニメ趣味を秘密にしているのも幸いした。
ブリスが現実に現れたリアル魔法少女であるとはいえ彼女に対してあまり興奮した様子を見せれば趣味がバレる恐れがあるわけで、美幸は学校ではブリスの話題に関してはあくまで冷静を装っていた。
しかし、帰り際美幸がこっそりスマホへと送ってきたメッセージに書かれていた文字を見た瞬間、あたしは憂鬱な気分になった。
『今日は帰りに『アミーガ』に行かない?』
『アミーガ』というのはあたしと美幸の行きつけの喫茶店であり、放課後は学校を出てからそこで落ち合うというのがあたしたちの日課だった。
登下校ルートから外れた場所にある上にそのシックで落ち着いた雰囲気から女子中学生のたまり場になることは滅多にない。
つまり女子校であるうちの生徒と遭遇する可能性が極めて低いあたしたちにとっては秘密の隠れ家のような場所なのだ。
さらにそこのマスターである
『いいね、行こう』
正直今日はあまり行きたくない気分だったが、断ればその理由を聞かれるのは明らかだったので、渋々了承する旨の返信をしておいた。
そして、『アミーガ』で落ち合い、そこでおしゃべりをして過ごす。
本来ならば楽しい時間であるはずだったが、あたしの心は晴れなかった。なぜなら、美幸の言葉はあたしの心を深く抉っていたからだ。
今日の彼女の口から出てくるのはマジカルブリスの話題ばかり……そして必然的に繰り返されるマギーオプファーの醜態への嘲笑。
学校で話せなかった鬱憤を晴らすかのように彼女はまくし立てる。
あたしはただ作り笑いをしながら聞き流すしかなかった。
親友がそうとは知らず自分のもう一つの姿を馬鹿にし、貶しまくる……これほど苦痛なことはない。
どうしてあたしがこんな思いしなきゃならないの……!? これも全部マジカルブリスのせいだ……。憎い、憎くてたまらない!! 怒りに身を任せて叫びだしそうになるのを必死に堪える。
砂糖とミルクをたっぷり入れたはずのコーヒーなのにちっとも甘く感じないのはなぜだろう、そんなことを考えていた時だった。
「どうしたの? さっきから黙り込んでるけど、何かあったの?」
心配そうに顔を覗き込んでくる美幸に対してなんでもないと答えると、残っていたコーヒーを一気に飲み干して席を立った。
会計を済ませ店を出ると、美幸が申し訳なさそうに言ってきた。
「ごめん、もしかして何か気に障ることしちゃったかな……?」
不安そうな表情を浮かべる彼女に慌てて首を振ると、笑顔を作ってみせた。
「ううん、そんなことない、よ……」
「うそ! わたしにはわかるよ、梨乃ちゃんが何かに悩んでるってことがさ!」
「えっ!?」
驚いて彼女の顔を見ると真剣な眼差しでこちらを見つめていた。その視線に耐えられず目を逸らすと、小さくため息をついた後で彼女は言った。
「あのね、わたしじゃ頼りないかもしれないけどさ、何でも話してよ、友達でしょ?」
その言葉に涙が出そうになる、美幸……なんていい子なんだろう……。あたしは本当にいい友達と出会えたものだと心の底から思った。
しかし、だからこそ言えない、言えるわけがない……。だが何かを言わなければ、美幸は納得しない……。
「あ、う……そ、そう……実はそうなんだ……この間塾でやった小テストの結果が悪くってさ……それでお母さんに叱られちゃったんだ……」
苦し紛れの言い訳だが、これはこれで実際のあたしの悩みの一つ。
あたしがアントリューズ入りを決めた理由の一つが、この件で受けてたストレス解消のための八つ当たりだったというのも事実だ。
――そのせいで、逆にストレス増えてるわけだけど……。
ああ、またマジカルブリスへの怒りが……あの子さえすんなりやられてくれればこんなことにはならなかったのに……。
ともかく美幸は学生としては違和感のないあたしの“悩みの理由”をあっさり信じてくれたらしい、安心したような表情を浮かべている。
「なーんだ、そんなことか……よかった、わたしすっごく心配しちゃったよぉ~」
そんなこと……ね……。流石……クラス1位の優等生様ですこと……。
あたしが
勉強の悩みなんてあんたにとっちゃ、そんなことで片付けられるようなちっぽけなものなのでしょうね……。
一瞬、ほんの一瞬だけあたしの中にマジカルブリスに対する怒りとはまた違う何かどす黒いものが湧き上がってきたような気がしたけど、次に美幸が発した言葉でそれはあっさりと霧散する。
「だけどごめんね、わたし無神経だったよ。わたしたちも受験生、本当だったら魔法少女とか騒いでる場合じゃなかったんだよね」
そう言って頭を下げる美幸を見て、あたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
なぜ美幸が謝る必要があるのよ……悪いのはあたしなのに……優しすぎるのよ、この子は……。
ほんの一瞬とはいえこの子に妙な感情を抱いてしまった自分を恥じ、同時に反省した。
「謝らなくていいって! あたしが勝手にいじけてるだけだから! ただ……これからはほんの少しだけ、魔法少女関連の話題は、アニメも現実も含めて控えてもらえると、嬉しいかな……なんて……あ、ほ、ほら、あたしも魔法少女大好きだからさぁ、話題に出されるとついついそっちに気が行ってしまって勉強どころじゃなくなっちゃうからさ!」
何とか取り繕おうと必死になるあたしに、美幸は笑顔で頷いてくれた。
「そうだよね、受験もあるし、今は大事な時期だもんね、わかった、もう言わないようにするよ!」
「ありがとう、助かるわ」
ホッ……よかった、これで今後は今日みたいなストレスフルな状態は避けられそう……。
これ以上美幸の口からマジカルブリスの話聞かされてたら、美幸の事嫌いになりかねないからね……。
親友……唯一の友達を失ったらあたしもう生きていけないもん……。
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