ep3-4 恐怖のお仕置き、マリス様は甘くない

「負けたらお仕置き、そう言いましたよね私は……」


 クリッターと共にアントリューズのアジトへと戻ってきたあたしを出迎えたのは、そう言って穏やかに微笑むマリス様の姿だった。その笑顔はとても美しく見えたのだが、今の私にとっては恐怖の対象でしかない。


「せっかく私がディスペアースペースまで作り出し場を整えてあげたというのに、あんな無様な負け方をして……。これはお仕置きが必要ですね」


「す、すいませんすいません! で、でもあたしではまだ実力不足でして……」


「問答無用です」


「ひいぃっ!」


 怯えるあたしの腕をがっちり掴むと、そのままずるずると引きずっていく彼女。抵抗しようとしたが全く無駄であった。さすがは総帥、圧倒的な力の差を見せつけられた気がする。


 あたしは地下へと運ばれると、そこに置かれていたX字型のベッドのようなものの上に寝かされる。そして手足を拘束されてしまった。


「お、お願いします、許してください……!」


 懇願するも、聞き入れてくれる様子はないようだ。それどころかさらに笑みを深める始末である。怖い、怖すぎるよこの人……!!


「大丈夫ですよ、ちゃんと気持ち良くしてさしあげますから……」


 耳元で囁かれる言葉すら恐ろしいものに感じる。やばい、マジで殺されるかもしれないと思ったその時であった。


 部屋のドアが開く音が聞こえたかと思うと、そこから一人の少年が入ってくるのが見えた。


 年齢は10歳ぐらい、女の子と間違うほどの可愛らしい顔立ちをしており、さらさらとした緑髪は肩にかかるほどの長さだ。服装は白のブラウスに黒のズボンというシンプルなもので、どことなく中性的な印象を受ける少年だった。


「このお姉ちゃんが新人かぁ、浦城梨乃、マギーオ……なんだっけ?」


「マギーオプファーですよ、ヴェント」


 ヴェント……? それは確か四天王最後の一人の名前だ、唯一顔を見たことがない相手だったので記憶に残っていたのだ。まさかこんな年端も行かない少年だったとは……。


 彼は興味津々といった様子でこちらを見つめている。


「ところで、どーしてボクを呼び出したの?」


「それはですね、彼女にお仕置きをするためなのですよ」


 そう言うと、マリス様はにっこりと微笑んだ。それを聞いたヴェントくんは目を輝かせる。


「あはっ、お仕置き!? どの程度やっていいの? 千切るのはあり? 引きずり出すのは!?」


 物騒なことを言う彼に思わず背筋が寒くなるのを感じた。この子は危険だ……早く逃げないと……そう思うものの拘束されていて動けない。しかも手足に力を込めようとしても力が入らない、がっちりと固定されているようである。


「ほらほら、あなたが変なことを言うせいで彼女怯えてるじゃないですか。安心してください、梨乃ちゃん、あくまでちょーっと痛い目に遇うだけですからね〜」


 そう言って笑うマリス様の表情はどこか不気味さを感じさせるものだった。


「ちぇっ、つまんないの。まあいいや、ならこれを使うことにしよっと」


 唇を尖らせながら言うと、ヴェントくんはふところから黒い装置を取り出した。


 彼がその装置の横についていたスイッチを押すと、バチバチッと火花のようなものが散ったように見えた。


 あたしはそれの名前を知っている、スタンガン……強烈な電気で相手を気絶させる武器だ。


「それじゃ、覚悟はいい? 大丈夫、一瞬だから痛くないと思うよー」


 にこやかに笑いながら言う彼を見て、あたしはごくりと唾を飲み込んだ。


 嫌だ、あんなものでバチバチされたら絶対痛いに決まってるじゃん!!


「い、嫌っ、やめてっ、お願いっ!!」


 あたしは必死に叫ぶが、そんなもので止まるはずもなく、無情にもバチバチと音を立てているそれが近づいてくる。そして、次の瞬間には全身に激痛が走った。


「ぎゃああああああっ!!」


 あまりの痛みに絶叫を上げる。


「あははっ、いい声出すねえ、もっと聞かせてよー」


 ヴェントくんは楽しそうに言いながら、何度も何度も繰り返し電撃を浴びせてくる。その度に意識が飛びそうになるほどの痛みが全身を駆け巡った。


「ああっ、ひいっ、いだい、いだいよぉぉっ!!」


 涙を流しながら泣き叫ぶが、それでもなお続けられる拷問のような行為に心が折れかける。


「あぐっ、うあぁっ、ぐすっ、もう許してぇぇ!!」


「ふむ、まあこんなところでしょうか。わかりましたか、もう二度と私の期待を裏切らないようにしてくださいね?」


 マリス様の言葉でやっと解放された時には全身汗まみれになっており、ぐったりと脱力しきっていた。もはや抵抗する気力すら残っていない。


「はいぃ、ごめんなさいぃぃ……」


 泣きながら謝ることしかできなかった。


 もうやだぁぁ、帰りたいよぉ……こんなの耐えられないよぉぉ……。


 あたしはこの組織に参加してしまった事を死ぬほど後悔していた、それと同時に絶対に逃げられないということも悟ってしまう。


「ふふ、苦しいですか? 辛いですか? あなたがこのような目に遭うのは誰のせいでしょう? 私のせいですか? ヴェントのせいですか? それとも自分が悪いとでも思いますか? 違うでしょう? あなたが憎むべき相手はただ一人のはずです、あなたが欲しかったものを持ち、あなたの任務を邪魔したあの忌むべき存在です」


 そう言いながらマリス様はあたしの顎を掴み、無理やり上を向かせるとその瞳をじっと見つめてきた。


 彼女の紫の瞳に映っている自分の姿が見える、酷い顔をしていた、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになっている。まるで化け物のようだと思った。


 そんなあたしを見つめながらマリス様が口を開く。


「さあ、言ってごらんなさい、誰が憎いのですか?」


「あ、あたしが憎くてしょうがないのは……」


 そこで一度言葉を詰まらせる、そしてゆっくりとその名前を口にした。


「マジカルブリスです……」


 それを聞いた瞬間、マリス様の口元がにやりと歪むのがわかった。


「よく言えましたね、偉いですよ、ご褒美をあげましょう」


 そう言うと、彼女はあたしの頭を優しく撫でてくれた、その瞬間、何とも言えない幸福感に包まれる。


 ああ、気持ちいい……。


 もっとしてほしいと思った矢先、その手はすぐに離れてしまった。残念そうな表情を浮かべるあたしを見て、マリス様はくすりと笑うと、ねっとりとした口調で言う。


「燃やしなさい、憎しみの炎を、それがあなたの力になります。そして誓うのです、いつの日にかあの魔法少女を八つ裂きにしてやるのだと……」


 その言葉に心臓がドクンと大きく脈打ったような気がした。そうだ、あいつは許せない敵なんだ、倒すべき相手なのだ。


 でも……本当にいいの? あいつを倒すということはすなわち正義を裏切るということだよ? それに、もし勝てたとしてもその後はどうなるの? あたしは……あたしは……。


「ふふ、まあ時間はたっぷりとあります。マギーオプファーとしての活動を続けていくうちに答えが見つかるかもしれませんしね……では、今日のところはこれくらいにしておきましょうか、また明日会いましょうね、愛しき闇の落とし子よ……」


「ボクとも仲良くしてね、お姉ちゃん♡」


 あたしの拘束を外し二人が部屋から出ていくのを見送った後、あたしはヨロヨロと立ち上がり部屋を出て行く。


 家……家……家に帰らないと……明日も学校があるしお父さんもお母さんも心配するだろうし……。


「随分酷い目に遭ったみたいクリね。ま、今日はしっかり休んで、明日からの活動も頑張るクリ」


 あたしの横を飛ぶクソ妖精クリッターが話しかけてくる。正直今はこいつと話している余裕はないのだが、無視するわけにもいかないので適当に返事を返すことにした。


「うるさいわね、あんたに言われるまでもなくわかってるわよ」


 そう言って睨みつけてやると、奴はやれやれといった感じで肩を竦めてみせる。まったくムカつく奴である。


 チッ、あのままブリスたちに捕まってやられてくれりゃあよかったのにしれっと戻ってきやがって! ブリスたちも気が利ないのよ、まずこの諸悪の根源を始末すべきでしょ!?


 ともかくあたしは、家に戻るとすぐさま自分の部屋に入りベッドに倒れ込んだ。


「はぁ……疲れたぁ……」


 思わず溜息が出る、今日一日でいろいろなことがありすぎた、肉体的にも精神的にも疲労困憊だ。


「クリッター……いつまでいるの……もう、出てって……」


「はいはい、言われなくても帰るクリよ」


 そう言って彼は窓から出て行く、あたしはそれを見送るとそのまま眠りについた。

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