episode3【対決、魔法少女!】

ep3-1 出撃、暗黒魔女の初仕事!!

「さて、それではマギーオプファー、さっそく出撃してくれないでしょうか?」


「え……?」


 いきなりそう告げられあたしは戸惑ってしまう。出撃とはどういうことだろう?


「あら? クリちゃんから聞かされていませんか? あなたの使命は私たちの『幸せの国』建国の邪魔をする魔法少女マジカルブリスを倒すことだと」


「それは、聞きましたけど……」


 あたしはマジカルブリスという子を全く知らない。見たこともないしもちろんどこに住んでいるのかも分からないのだ。


 いきなり出撃とか言われても、どこに何をしに行くのかすらわからないわけで……正直不安しかなかった。


「ああ、僕がしっかりと説明をしておかなかったクリ。梨乃には僕たちの戦闘兵器『オドモンスター』を率いて街でとりあえずなんか悪いことをして欲しいクリ。そうすれば正義の味方のマジカルブリスが邪魔しにやってくるだろうからそいつを倒して欲しいんだクリ」


 あたしの様子を見かねてかそう説明してくるクリッターをあたしは鋭く睨みつける。


「そんな話聞いてないわよ! あんたあたしをどれだけ騙せば気が済むわけ!?」


 つい怒鳴ってしまったけど無理もないと思う。だってこんなの詐欺もいいところだもの!


 マジカルブリスの事はともかくとして、街での悪い事ってなによ!? そんなのやったことないしやりたくもないわよ!!


「まあまあ落ち着いてほしいクリ」


 宥めようとするクリッターになおも食ってかかろうとすると、マリス様が手を挙げて制してくれたのでなんとか思いとどまることができた。


「ごめんなさいね、クリちゃんは少しばかり言葉足らずなのですよ」


 申し訳なさそうに頭を下げるマリス様に対して慌てて首を横に振る。


「いえ、こちらこそすみません、取り乱してしまって……」


 それから深呼吸をして気持ちを落ち着かせるとおずおずと言葉を紡ぐ、これだけはどうしても言っておかなければならない事なのだけど……。


「あの、悪いことって……あたしは確かにアントリューズに参加すると決めましたし、マジカルブリスと戦って倒すのも了承しましたけど、あ、あまり酷いこととかはしたくないっていうか、なんていうか……」


 あたしが言い淀んでいるとマリス様はニッコリと笑って答えてくれた。


「大丈夫ですよ、何も極悪犯罪者みたいなことをする必要はありません。せいぜい街の不良レベルの『悪い事』をすればいいだけです。それにいざとなれば助けをよこしてあげますよ」


 それを聞いて少し安心した。それならなんとかなるかもしれない……それに、正直ちょっとだけ不良チックな事をしてみたかったりもするし……。


 そんな事を思い始めた矢先だった。


「ただし、もし負けたりしたらその時はお仕置きが待っていますからね?」


 その言葉に背筋が凍りつく思いがした。恐る恐る尋ねてみることにする。


「えっと……それってどういう……?」


 すると彼女は笑顔のままこう答えたのだった。


「それはその時のお楽しみです、それに負けることを考えてたら勝てる勝負にも勝てなくなりますよ?」


 そう言われてしまっては何も言えない。とにかくやってみるしかないようだ。覚悟を決めて頷くしかなかった。


「わ、わかりました、それじゃ出撃します……」


 こうしてあたしは悪の組織の一員としての初めての任務に挑むことになった……。



「うう、街に出てきたのはいいけど、やっぱり不安だなぁ。ねえクリッター、やっぱりやらなきゃダメ?」


 あたしが不安そうに尋ねるとクリッターは呆れた様子で言ってきた。


「何を今更言ってるクリか……。大丈夫、自信を持つクリ! 梨乃はやればできる子だクリ!!」


 そんな励ましの言葉を受けても全然嬉しくないんですけど……。


「ほら、モタモタせずに行くんだクリ! まず変身して!」


「はぁい……」


 渋々返事をしてからあたしは精神集中をする。


 ちなみに、変身アイテムであるペンダント――ダークトランサーはあの日から肌身離さず身に着けている。これないと変身できないらしいし、もしなくしたりしたらこの邪妖精にどんな嫌味を言われるかわからないからね。


 おっと今は集中……イメージイメージ、変身変身っと……。


「ダークエナジー・トランスフォーム!」


 腕を振り上げ叫ぶと同時にダークトランサーがキラリと輝き、身体が黒い光に包まれていくのを感じた。


 しかし今にして思えば、ダークトランサーだのダークエナジーだの、明らかに闇の匂いプンプンじゃない、正義の魔法少女じゃないって気づけよ、あたし……。闇=悪とは限らないとはいえ、ねぇ……。


「んっ……あんんっ、あああんっ♡」


 そんなあたしの思考を遮るのは体を締め付けてくる感覚……ボディスーツが装着されていってるのだけど、この変身ヤバイって……。


「あふぅ、んんっ♡」


 全身を締め付けるような感覚と、胸や股間といった敏感な部分を刺激されるような快感に襲われて変な声が出てしまう。


「ああぁんっ!♡」


 お尻をキュッと持ち上げられるような感触と共に一際大きな喘ぎ声が出てしまった……恥ずかしいよぉ……。


 そんなとてもじゃないけど、朝からは流せないような変身シーンを経て、ようやく変身完了。


 光が収まった時、そこに立っていたのは凄まじく露出度の高いコスチュームに身を包んだ、悪の女幹部然とした姿になった自分だった。


 何度変身してみても最低の姿だ。悪の組織の一員でもいいけど、せめて姿くらいはもうちょっと可愛い感じにしてほしかったよ、アニメでたまに出てくる敵側の魔法少女みたいなさぁ……。


 唯一の救いがあるとすれば、あたしはスタイルはかなりいい方だということくらいだろう。


 着こなしと言う意味ではあたしは確かにこのコスチュームを着こなせていると思う……だけど、だからと言ってこの姿を晒すことに抵抗が無くなるわけじゃない。


 まあ贅沢は言ってられないか。今は与えられた役目を果たすことだけ考えよう。


 そう意気込んだ途端……。


「ぶえっくしょいっ!」


 大きなクシャミがあたしの口から飛び出した。


 5月の中旬とはいえ陽が落ちてくるこの時間帯はさすがに冷える……こんなコスチュームじゃ尚更だよねぇ……。


「何をオヤジみたいなクシャミをしてるクリ……」


 身震いしつつ腕を擦り合わせるあたしにクリッターが呆れ顔で言ってくるも、あたしはムッとしつつ反論する。


「だって寒いんだもん! 上着とか用意してよ、こんなんじゃ満足に活動もできやしないわ」


 そう訴えかけるとクリッターはやれやれと肩をすくめる。


「そんなものは必要ないクリ。寒いなら魔法で温めればいいんだクリ。忘れたクリか? キミは暗黒魔女クリ、その程度お手の物クリ」


「えっ? そんなことできんの!?」


「当たり前クリ」


「そ、そうなんだ……」


 ふざけた姿と肩書を与えられてしまったけど、引き換えに割と凄い能力を与えられたみたい……。


 そんな事を思うあたしだったけど、大事なことに気が付いた。


 魔法って、どうやって使うんだろう? というか魔法に限らず、あたしはどうやってマギーオプファーとしての能力を使えばいいんだろうか……。


 変身したはいいが、あたしは本当に何にもわかってない自分に愕然としてしまったのだった。


「あの、クリッター。能力の使い方教えてくんない?」


 困ったときには聞いてみるに限る。こいつが素直に答えてくれる保証はないけど、一応あたしのお目付け役みたいな存在だし、こいつとしてもあたしが使える戦力である方が助かるはずだよね?


 案の定クリッターは素直に教えてくれた、その答えは驚くほどシンプルだ。


「基本的には願えばいいクリ。頭の中でイメージして、それを現実に反映させるだけだクリ」


「願う……?」


「百聞は一見に如かずクリ、まずはお望みの防寒能力を発揮してみるクリ」


 言われるままに目を閉じて心の中で念じてみた。するとあたしの身体を暖かな風が包み込むような感覚を覚えたのだ。


 驚いて目を開けると、さっきまで感じていた寒さが全く気にならなくなっていることに驚く。


 試しに腕をさすったりしてみたが、鳥肌ひとつ立たないどころかむしろポカポカしていて気持ちいいくらいだ。


 これが『魔法の力』ってやつなんだろうか……?


「すごい……! これだったらどんな寒冷地に行っても平気かも……!」


 感激のあまり思わず声が出てしまう。これならなんとかやっていけそう、かなぁ……。


 などと思ったのも束の間、頭部から突き出た触角が視界に入った瞬間、この姿への変身を解除したいという衝動に駆られるのだった。


「ところでさぁ、少し気になってたんだけど、あたしのこの姿なんかの虫をモチーフにしてるわよね? 何の虫? まさかとは思うけど、『G』でないわよね……!?」


「そこまで僕も無慈悲じゃないクリ。ただGほど嫌われてはいないけど、モチーフにしたのはクリ、暗黒魔女にはふさわしいモチーフクリよ、クーリクリクリクリクリ!!」


 そう言ってクリッターは楽しそうに笑うのだった。くっそ、そんな害虫の化身だなんて、屈辱の上塗りだ。


「さあさ、いい加減無駄話はやめて、そろそろ始めようクリ、まずは戦闘兵器『オドモンスター』を呼び出すクリ。ダークスティック! と叫びながら片手を振ってみるクリ」


「はいはい、わかりました、わかりましたよ。ダークスティック!」


 少しヤケクソ気味に叫びながら手を振ると、次の瞬間、手の中に妙な紋様の描かれた長さ10センチ程度の黒い棒のようなものが出現する。


 おおっ、本当に出た……! まるで魔法少女のステッキみたいだ。


 見た目は完全に悪の女幹部かつ害虫モチーフなんて言われたけど、なんだかんだ言って、マーギオプファーって、あたしが望んでる魔法少女的要素もあるんじゃないの!?


 ちょっとテンション上がってきたぞぉ!


「それは伸縮自在で様々なことに使えるクリ。それを使い、発射したオドエネルギーを動物に浴びせ怪物化させたものがオドモンスターだクリ」


 な、なるほどね。しかし、そんなことしたら怪物化させられた動物が可哀想な気がするんだけどなぁ……。


 クリッターの言葉で、あたしは改めて自分は悪の存在なんだと認識してしまい、冷や水をぶっかけられたような気分になる。


 我ながら何という浮き沈みの激しさか、しかし仕方ないのだ。


 正義の魔法少女への憧れと悪の暗黒魔女になってしまったという現実があたしを揺さぶり続けているのだから。


「さあ、早くやるクリ」


 急かしてくるクリッターにムッとするものの文句を言えるはずもなく、あたしは仕方なく行動に移ることにした。しかし、動物なんてどこにも……。


 思った瞬間あたしの目の前を一匹のネズミが横切るのが見えた。


 ま、あれでいいか。野良ネズミなら別に怪物にしても良心痛まないし。そう思ってその小さな身体に狙いを定めて魔法をかける。


「オドエネルギー照射! 覚醒せよ! オドモンスター!!」


 その瞬間、ネズミの身体が眩いばかりの輝きに包まれたかと思うとその姿を変えていく。そして数秒後には体長3メートルくらいの巨大ネズミへと変貌を遂げていた。


(うわわっ!?)


 驚いて思わず後ずさってしまう。まさかこんなに大きくなるなんて思わなかったんだもん……!


「ヂュヂュー!!」


 巨大ネズミは一言吠えると、その場から走り去ってしまった。


 あたしが呆然としていると、どこかから、「ぎゃーっ!」だの「うっそー!?」だのといった叫び声が聞こえてきた。


 あややや、ど、どうしよう、暴れてるよあの巨大ネズミちゃん、これあたしのせいなのかな……?


「いいクリ、いいクリ。さあマギーオプファー、高所に上り宣言するクリ! アントリューズの新幹部、マギーオプファーの誕生を!!」


 もうこうなったら仕方ない、覚悟を決めよう! あたしはキョロキョロと周囲を見回し一番高そうなビルを見つけると、入り口に向けて駆け出す……


「待つクリ、まさか内部を通って行くつもりクリ?」


「え? そうだけど?」


「そんな面倒なことをしないで、ここから一気に屋上まで飛び上がるクリ!」


「えぇぇっ!? そんなことできるの!?」


「もちろんだクリ、さあ行くクリ!!」


 クリッターに言われるままにあたしはググッと膝に力を込める。そして一気に跳躍した!


「うひゃあっ!?」


 まるで弾丸のように飛び上がるあたしの身体、あっという間に屋上まで到達してしまったのだ。すごい……本当に飛んでしまったよあたし……!


「ふふ、ある害虫をモチーフにしてるって言ったクリ。ジャンプ力は特に凄いクリよ、もちろん背中のその翅みたいなマントで空も飛べるクリ」


 クリッターが得意げに言う。ううむ、魔法だけじゃなく身体能力もここまで凄いとは……。ホント、能力だけは素晴らしいのね。


 気に入らない部分は多々あれど、その点に関してだけは素直に認めざるを得なかった。


 あたしは屋上から街を見下ろして一つ大きくため息を吐く。


 ここまで来たら毒食わば皿まで、ね。


「お、おーっほっほっほっ、あたしは暗黒結社アントリューズの暗黒魔女マギーオプファー!! さ、さあ、人間どもよあたしたちにひれ伏しなさいっ!!」


「なんだありゃ!?」


「ち、痴女よ!!」


「悪の組織の魔女だ!! あいつがあの巨大ネズミを放ったんだ!!」


「逃げろぉおおっ!!」


「きゃあああっ!?」


「ママぁあああん!!」


 あたしが高笑いと共にポーズを決めて叫んだ途端、辺りにいた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。


 あー、情けない情けない。あたしってば完全に悪の女幹部に成りきっちゃってるよ……。


 しかし、痴女はないわよね、痴女は……いや、この格好見れば確かに痴女にしか見えないんだけどさ……。


「なかなかやるクリ。キミは才能あるクリね。見事に決まってたクリよ」


「そ、そうかな……?」


 こんな事でも褒められると嬉しくなってしまうのがあたしの悲しいさがだ。


 それになんというか、こうやっていると小学校時代クラスで女王様やってた記憶が蘇ってきて、気分が高揚してくる。


「さあさあ、あのネズミオドモンスターをしっかり制御し、悪行を重ねるんだクリ! 暴れて暴れて、正義の魔法少女を引きずり出すクリ!」


 そうこうしているうちにクリッターが捲し立ててくる。ん~、街の不良レベルの悪事でいいって事前に言われてたはずなんだけどなぁ、あまり酷いことはしたくないと予め言っておいたはずなんだけどなぁ……でもまあ、やるしかないか。


 状況に流されまくってる自分に僅かな不安を覚えつつ、あたしは巨大ネズミに向け指示を出すべく片手を振り上げる――その時だ。


「やめなさい!」


 と朗々たる声が響き渡ったのだ。あたしがそちらに視線を向けると、こちらをキッと睨みつける少女の姿が!

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