ep2-2 闇のカリスマ! 総帥マリスと四天王
美幸と遭遇した地点からさらにしばらく歩いたあたしたちはやがて、巨大なビルの前に辿り着いた。その大きさに圧倒されていると、クリッターが手を広げて口を開いた。
「ここがアントリューズのアジトクリ、対外的には新興のIT企業ということになっているクリ」
そう言われて建物を見上げる。確かにぱっと見た感じではただのオフィスビルにしか見えない、これが悪の組織の本部だなんて誰が思うだろうか。
「組織の構成員以外の従業員なんかは社長も含めてみんなロボットクリよ」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
どうやらアントリューズはかなり本格的な悪の秘密結社らしい、技術力も凄まじいものがあるようだ。
あたしはなんだか胸が高鳴って来るのを感じた。
っていかんいかん、何を悪の組織に対してときめきをおぼえちゃってんだあたしは! 仕方ないから所属するだけであって染まる気はさらさらないんだからね!
「ほら、入るクリ」
「う、うん……」
促されて中に入ると、そこはいたって普通のビルのロビーって感じだった。
受付には女性がおり、他にも何人かの従業員らしき人たちが動き回っている。
あれらが、ロボット……信じられない……。
だけど、あたしの横をふよふよ浮いている見た目可愛い中身最悪の不可思議生物を見ても何も言わないし、あたしみたいな部外者が堂々と入って行っても何も言われなかったことから考えても本当なんだろうな……。
そう思いながらもあたしはさらにきょろきょろと辺りを見回してしまうのだった。すると突然後ろから声をかけられた。
「あら、新人さんかしら? ワタシはアクアっていうのよろしくね♪」
ビクッとしつつ振り返るとそこには金髪碧眼の女性が立っていた。
年齢は20代中盤から後半といったところだろうか、スタイル抜群の美女である。胸元が大きく開いた扇情的な格好をしていて、思わずドキッとしてしまうほどだった。
「あ、あの、あたしは……」
あたしが言い淀んでいる間に彼女はどんどん話を進めていった。
「貴女みたいな可愛い子が来てくれて嬉しいわぁ♪ これから仲良くしましょうねぇ♡」
そう言って抱きついてくる彼女にあたしは若干引きつった顔で「あはは」と笑うことしかできなかった。
「この女はアントリューズ四天王の一人クリ。見ての通り、そっちの趣味持ちだから気を付けるクリ」
すかさずクリッターが解説を入れてくれたおかげで助かった。危ないところだったわ……。
「ちょっとぉ、変な紹介しないでくれるぅ? この子が警戒しちゃうじゃないの!」
そう言って頬を膨らませる彼女だったが、すぐに笑顔に戻って言った。
「ところで、貴女、お名前は?」
「う、浦城梨乃……です、はい」
あたしが答えると彼女は満足そうに頷いて言った。
「梨乃ちゃんって言うのね! これから共に世界を素晴らしいものに作り替えていきましょうね♪」
彼女のテンションの高さについていけないと思いつつも、あたしも笑顔――作り笑いで返すことにした。
「ひゃうっ!?」
突如、お尻に何かが触れる感触があり思わず変な声が出てしまう。
恐る恐る視線をやると、アクアさんの手があたしのスカートの中に入れられていた。
「あはぁ♡ 可愛い声♡ やっぱりワタシの目に狂いはなかったわぁ♪」
そのまま彼女はあたしのお尻を撫で回しながら耳元で囁いてくる。ゾクッとする感覚に襲われながらも、あたしはなんとか平静を装って言葉を返すことにした。
「あ、あの……やめてください……」
しかし彼女は聞く耳を持たず今度は首筋に舌を這わせてきたではないか! 生暖かい感触に鳥肌が立ちそうになるがぐっと堪える。
「あらぁ、本当に可愛い反応してくれるのねぇ♡ 食べちゃいたいくらい♪」
そう言ってさらに強く抱きしめてくるアクアさんだったが突然クリッターに頭を叩かれてしまった。
「痛ったいわねぇ! もう何すんのよ!!」
叩かれた頭を押さえながら怒る彼女だったがクリッターは涼しい顔でこう答えた。
「こんなとこで時間消費してる場合じゃないクリ。他の四天王や、総帥にも挨拶しておく必要があるクリ」
「あ、ああ……そうね。それじゃ梨乃ちゃんまた後でねぇ♡」
渋々あたしから離れウインクするアクアさんに愛想笑いを返すと、クリッターがあたしを急かすように言ってきた。
「ほら! 早く来るクリ!」
「わかってるわよ、いちいち偉そうに命令しないで!」
怒鳴り返しつつあたしは朗らかな顔で手を振るアクアさんに見送られながらクリッターと共にその場を後にした。
そしてビルの奥、『関係者以外の使用を禁ずる』と書かれたエレベーターに乗って最上階へと移動する。
「うわぁ……すごい眺め……」
エレベーターを降りてすぐの窓から見える景色に思わず感嘆の声を漏らしてしまった。眼下に広がる街並みはとても美しく、まるで映画のワンシーンのようだったからだ。
そんなあたしの反応を面白がるようにクリッターは笑ったあとこう言った。
「この眺めが気に入ったクリ?」
「眺めは……ね」
ここが正義の組織のアジトだったら、あるいはただの一般企業のビルだったら、素直に感動できたかもしれない。
だけど悪の組織のアジトだと思うと素直には喜べなかった。
「素っ気ないクリね~。まあいいクリ、行くクリよ」
肩をすくめ歩き出すクリッターの後を追ってあたしは歩き出す。しばらく廊下を進んだところで大きな扉が見えてきた。
意を決して扉を開け中へと足を踏み入れるとそこは大広間になっていた。
部屋の中心には大きな円卓があるが、今は誰もおらず上にも何も乗っていない。おそらく普段幹部たちが集まって会議でもしているのだろうと思い、そのまま通り過ぎようとしたその時、不意に背後から声をかけられた。
「おい、なんでメスガキがこんな所にいるんだ?」
あまりの乱暴な言葉にビクッとしつつ振り返ると、そこには赤い髪を天に逆立てた一見パンクロッカーのような男が立っていた。
年齢は20代中盤ぐらいだろうか? さっきのアクアさんよりは少しだけ年下に見えた、まあどっちにしろ大人であることには変わりはないんだけど。
顔の作りは悪くないけど、全身を包み込むワイルド……を通り越した粗暴な雰囲気のせいで、とてもじゃないけどお近づきになりたいとは思えないタイプだ。
男はサングラス越しに鋭い視線を向けてきているのが分かった。その視線はまるで獲物を狙う肉食獣のようにギラギラとしており、背筋がぞくりとした。
(怖い……!)
本能的に恐怖を感じたあたしは反射的に後ずさりしてしまった。
「この子は浦城梨乃。僕たちの新しい仲間クリ」
あたしの心情を察したのか、クリッターが代わりに説明してくれた。
「仲間だぁ? クリッター、てめぇガキをだまくらかして連れてきたのかよ!?」
そう言って呆れたような表情を見せる彼に臆することなく、クリッターは言った。
「騙してなんかいないクリ! 僕はただ、梨乃が暗黒魔女マギーオプファーになれる素質があると見込んで誘ったんだクリ!」
「どーせ、ちゃんと説明せずに正義の魔法少女になれるとか言って契約させたんだろ? お前は本当にロクなことしねえな……」
呆れたように言う男に同調するようにあたしもうんうんと頷いた。
「まあいいや、お前もなっちまった以上は諦めて、俺たちと仲良く悪の道を進もうや。最初は嫌かもしれねぇが案外楽しいぜ?」
そう言ってニヤリと笑う男の表情にゾッとした。この人は本気で言ってるんだと直感的に理解したからだ。あたしが黙っていると、男は続けて言った。
「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺はエン、四天王の一人だ。よろしくな」
そう言って手を差し出してきたので、恐る恐る握り返した。その瞬間、ぎゅっと力を込められて思わず悲鳴を上げてしまった。
「ひゃうっ!? 痛いっ!」
「おっと、すまねえな。つい力が入っちまったよ」
「女は脆い生き物だ……、優しく扱わなければすぐに壊れてしまう……」
突如背後から声がしたのであたしはビクッとした。振り返るとそこにいたのは身長2メートル以上はある壮年の大男だった。
格闘家を思わせる筋骨隆々の身体つきをしており、スキンヘッドで顔には無数の傷跡があるという、威圧感たっぷりの姿である。
「ボーデン」
エンさんが大男に向かって声をかけると、彼は小さく頷いてみせた。どうやら彼も四天王のようだ。それにしてもなんて大きいんだろう……まるで巨人みたい……。
そんなことを思いながら見上げていると彼は口を開いた。
「ワシの名はボーデン、四天王の一人だ……よろしく頼む」
そう言うと彼は大きな手を差し出してきた。握手を求めているのだと気づいたあたしはおずおずと手を伸ばし、彼の手を握る。
エンさんと違い彼の手は優しかった。大きくてゴツゴツしているけど温かくて安心感を覚えた。
ああ、悪の四天王相手にこんなこと思ってるあたしってもうダメかもしれない……。
だんだんとここに馴染んできている自分に危機感を覚えつつ、あたしは、「ど、どうも浦城梨乃です」とぎこちなく挨拶をしたのだった。
「ところで、ヴェントはどこにいったクリ?」
クリッターが尋ねるとエンさんは答えた。
「奴はいないよ。名前の通り風みたいにフラフラとそこらを飛び回ってやがるからな」
「困ったものだクリ……」
どうやら最後の四天王のヴェントという人は不在のようだった。
「まあそのうち嫌でも顔合わせることになるから、その時に紹介することにするクリ。それより、今は総帥に挨拶に行くのが先クリ」
クリッターに促されてあたしたちは総帥の間へと向かったのだった。
階段を上りきるとそこには巨大な扉がそびえ立っていた。見るからに重厚そうな造りになっていて、とても頑丈そうであることが分かる。
(これ、どうやって開けるのかしら……?)
そんなことを考えているうちにクリッターが前に進み出て扉に触れたかと思うと、なんとひとりでに扉が開いたのである! これにはさすがに驚いたわ……魔法か何かを使ったんだろうけど、一体どういう仕組みになってるんだろう? 不思議に思っているとクリッターが扉のある部分を指し示した。
そこには、『ここに手を触れてください』と書かれていた。
……ただのよくある自動ドアかい!! 驚いて損した気分になったものの気を取り直して中に入ることにした。
中は暗闇が支配する空間だった。
まるで夜の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えるほど真っ暗闇に包まれている。
(ここ、本当にビルの中なの……?)
あたしが戸惑っていると、ぼうっと足元が薄い光に包まれ、前方に何かの文様を描き出す。
魔法陣……ファンタジー作品でよく見るそれの中心に喪服を思わせる黒いドレスを纏った人物が佇んでいた。この人こそがこの暗黒結社のトップにして世界征服を企む邪悪な存在、つまりボスというわけね。
演出は抜群だわ……あたしの全身は緊張のあまり震えてしまっていた。それは恐怖なのか興奮によるものなのか自分でも分からなかった。
それにしてもまさか総帥が女性――いや、少女だったなんて……。レースの付いたヴェールのようなものを目深に被ってはいるが、見える口元、体格などから察するに相当若い女性であることは間違いなさそうだ。
下手したらあたしと同年代……年下という可能性すらあり得る。見た目は、ね……。
「よく来ましたね、あなたがクリッターに騙され暗黒魔女マギーオプファーに任命された哀れな少女、浦城梨乃ちゃんですね?」
突然名前を呼ばれてドキッとしたけれど、平静を装って答えることにした。
「はい、そうです」
彼女の言葉を肯定するのは非常に情けない気分だったけど仕方ないわよね……だって事実なんだもの。
「いいですね、あなた。闇を感じます……世間への不満、悩み、怒り、悲しみ……それらをすべて包み込むような深い闇の力を……」
あたしを一通り観察し、口元を歪めながら静かな口調で、しかし熱っぽくに語る彼女に若干引きつつも黙って聞いていた。
しかし、闇だなんて、あたしにそんなのが本当にあるんだろうか? 疑問に思っていると彼女は続けた。
「ふふふ、あなたは自分をまだ知らないようですね? しかし私にはわかる。勉強、親、友達、社会、あなたは色々なものを我慢しながら生きてきたんでしょう? その抑圧された感情がやがてあなたの心を蝕んでいき、いつしかそれは憎しみへと変わっていった……そして遂に耐えきれなくなって、こうして闇に染まってしまったのですね?」
その言葉は衝撃となってあたしを貫く。確かに彼女の言う通りだったからだ。今までずっと我慢してきたことがたくさんあった。それを吐き出す場所もなくて、溜め込むことしかできなかった。それが積もり積もっていつの間にか自分でも気づかないうちにストレスが溜まっていたのかもしれないと思った。
言われてみれば納得できる点が多かった。まさか初対面の人物に見抜かれるなんて思わなかったけどね。
「……確かに……そうかも知れません……。あたしはやりたいことがあるのに、お父さんもお母さんも許してくれないし、先生も口うるさく言ってくるし、クラスメイトともうまく話せないし、いつも孤独感に苛まれていて……もううんざりなんです……!」
気づけばあたしは泣きながら胸の内に抱えていた想いを吐露していた。それを聞いて彼女が優しく抱きしめててくれるのを感じた。なんだか心が安らいでいくような気がした。
しばらくして落ち着いたところで、ようやく解放されたあたしは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなあたしを見てクスリと笑う声が聞こえた気がしたが気のせいだと思うことにする。
「辛かったですね、しかしもう我慢する必要はないのですよ、あなたは選ばれた。確かにクリッターはあなたを騙したかもしれないけど、あなたが本当に望んでいた世界へと導いてくれるはずです……」
その言葉を聞いてハッとする。そうだ、あたしはこんな日常を変えたかったんだ。だからクリッターの誘いに乗ったんじゃないか……!
正義の魔法少女になれば、みんなから尊敬されて、ちやほやされることができる! そう思ったから……。
この組織に協力すればそれと同等のものが手に入るというの……?
だけど、あたしはやっぱり悪の手先なんて……。
「正義とはなんでしょう? 悪とはなんでしょう? 私たちのやろうとしていることは悪ですか? 私たちはただ『幸せの国』を作りたいだけなのに? 正義と悪に大した違いなどありません。今は悪でも勝てば正義になる、望んだ姿に変えられるのです」
まるであたしの心の中を読んだように放たれるその言葉にドクンと心臓が脈打つような感覚を覚えた。そうだ、勝てばいいんだ……勝てば……。
「協力、してくれますね?」
そう言ってあたしの瞳を覗き込んで来る瞳の奥に吸い込まれそうになる錯覚を覚えた。
世界征服――そんな馬鹿馬鹿しい子供じみた夢物語、普通なら鼻で笑って終わりなはずなのに、彼女の目を見ているとなぜか本当にできるんじゃないかと思ってしまった。
そしてあたしは無意識のうちに首を縦に振っていたのだった……。
「よろしい、では改めて……。私は暗黒結社アントリューズの総帥マリス。これからよろしく頼みますよ、梨乃ちゃん、いいえ、暗黒魔女マギーオプファー……」
総帥はフードを取り去りながら、両手を広げる。暴かれたフードの中身は、雪のように真っ白い髪と紫の瞳を持つ美少女だった。
しかし、微笑む彼女には容姿を超えた圧倒的なカリスマ性と存在感があった。
まるで、女神のような神々しさすら感じる彼女に思わず見惚れてしまう……。
「クリクリクリ、やっぱり僕の見立て通り、梨乃は素質があったクリ!」
後ろで笑うクリッターの言葉も耳に入らないほど、あたしは目の前の人物に魅了されてしまっていたのだった――……。
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