episode1【変身! 夢の魔法少女!?】
ep1-1 夢の出会いは悪夢の始まり
あたし――<
現在15歳の中学三年生、腰まで伸ばした黒髪に切れ長の黒い瞳、身長も同年代の女子の平均より少し高めで、スタイルもなかなかだと思う。
まあ、自分で言うのもなんだけど、なかなの美少女と言っていいだろう。
そんなあたしだけど、クラスの中では結構浮いた存在で所謂陰キャ側に属しており、友達と呼べる相手もあまりいない。
――まあ、だからどうだって話ではあるんだけどね、別にいじめられてるわけじゃないし。友達なんて正直あの子一人で十分だし……。
そんな事よりも、ここ最近のあたしには重大な悩み事がある。
中学三年生――先に述べたこのあたしのプロフィールで大体の想像はつくだろう、すなわち勉強……高校受験についてである。
あたしは成績そのものは可もなく不可もなくと言ったところなのだけど、それはあくまでも通常の学生生活を送るうえでの話であって、志望する高校のレベルを考えると、とてもじゃないけれどこのままでは合格するのは難しいというのが担任教師の意見だ。
これが自分の意志でどうしても行きたい学校とかだったなら、やる気だって出ただろう、しかし実際は親に行けと言われた学校だ。
正直言って、あたしはこの進路選択が本当に正しいのかどうか疑問だったし、そもそも自分の人生なんだから自分で決めたいと思っていた。
だがしかし……親に逆らう勇気のないあたしは結局流されるまま、担任教師の言うままにその高校を目指す事になってしまったのだ。
そんなわけであたしはここ最近、通いたくもない塾に通わされ、勉強漬けの日々を送っているというわけだ。
今日も今日とて、学校から帰宅して、すぐに制服のまま塾へ向かう為に駅前を早足で歩いていると、不意にどこからか声が聞こえてきた。
「たす……けて……」
か細い声が耳に入る。
辺りを見渡すも、声の主らしき人物は見当たらない。
気のせいだろうか、そう思った矢先、また声が聞こえた。
「助けて……僕を……あの力から救って……解放して……そうじゃないと……」
今度ははっきりと聞こえた。
声のした方を見ると、ビルの隙間に細い道があり、その奥の方から声が聞こえてくるようだった。
この道を進んだ先に何があるのか気になったあたしは、恐る恐るその狭い道に足を踏み入れた。
しばらく進むと、少し開けた場所に出た。そこには、今にも消え入りそうな弱々しい光を放ちながら宙に浮く小さな球体があった。
それはまるで、星屑のようだった。
あまりの幻想的な光景に思わず見とれていると、突然その光の球が話しかけてきた。
「お願いクリ。どうか僕を助けて欲しいクリ」
突然の事に驚きつつも、冷静になって問いかける。
「あなたは誰?」
すると、その光は一際輝き、もふもふした灰色の毛皮に包まれた、ガーネットのような深い
ネズミやイタチをもっと丸っこくしたようなその姿はとても可愛らしく、愛くるしい見た目をしていた。
「僕は<クリッター>クリ。宇宙からやって来た妖精なんだクリ」
そう言われてもにわかには信じられなかった。だが、目の前で起きている事は現実であり、信じるしかなかった。
とりあえず話を進めてみる事にした。
「それで、どうしてあたしを呼んだの? それに、助けてってどういう事?」
そう尋ねると、彼(?)はこう言った。
「実は、僕は今とても困った事になっているんだクリ。ある存在によって命を狙われているんだクリ」
そう言って俯く彼の目には涙が浮かんでいた。
どうやらかなり深刻な状況らしい。
「ある存在って何? どんな奴なの?」
あたしがそう聞くと、彼はゆっくりと語り始めた。
「恐ろしい破壊者だクリ。強大な魔力を操り、僕たちの目指す『幸せの国』の完成を阻もうとしているんだクリ」
話を聞く限りだと、そいつはとんでもない悪党のようだ。
そんな事を考えていると、彼がこんな事を言い出した。
「そこでキミに頼みがあるんだクリ。僕に力を貸して欲しいクリ!」
「分かったわ! 協力してあげる!」
あたしに出来る事があるなら何でもしたいと思っていたので、迷う事なく快諾する。
それにこのシチュエーションってあれみたいじゃない、魔法少女アニメの第一話とかでよくあるやつでしょ? そう考えると何だかワクワクしてきた!
何を隠そうあたしは――中三にもなってちょっと恥ずかしいけど――魔法少女アニメが大好きなのだ!
つい小一時間ほど前も下校途中で寄り道した行きつけの喫茶店で、親友とプチピュア(魔法少女アニメの名前だ)談議に花を咲かせてきたところだ。
まあ、そんな話は置いといて、ともかくあたしの返答に、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうクリ! キミは優しい人だクリ! 実に純粋で……クリクリクリ」
語尾のせいか口調のせいか、なんだか馬鹿にされているような気がしないでもないけれど、まあいいわ。
「でもさあ、あたしただの女子中学生よ? そんなあたしに一体何が出来るって言うの?」
素朴な疑問をぶつけてみると、彼は自信満々といった様子で答えた。
「大丈夫クリ! キミの中にはとてつもないエネルギーが秘められているんだクリ! 僕と契約をしその力を引き出せばきっと戦えるはずだクリ!」
おおっ、凄い! まさに魔法少女アニメ! あたしって実はすごい存在だったのかも!? 俄然やる気が出てきたぞ!!
「じゃあ早速契約しましょう!」
あたしがそう言うと、彼は嬉しそうに頷いた。
その瞬間、あたしの頬にピシッと亀裂が入り、そこから血が垂れてきた。
「痛っ……何?」
もしかしてクリッターが引っ掻いた? 呆然とした表情であたしが見ると、彼はペロリと舌を出した。
「いきなりごめんクリ。だけど、契約には血が必要クリ、我慢して欲しいクリ」
ああ、なるほどね……そういう事か。
せめて一言言ってからやって欲しいと思うが、そこまで深い傷ではないしまあいいかと考えあたしは頷いた。
すると、クリッターはどこからともなく、何かを取り出しあたしの目の前に置く。
それは小さな宝石のような物だった。大きさはビー玉くらいで、色は赤黒く輝いている。
「これに、キミの血を掛けてよーく擦り込み、飲み込むクリ」
言われるままにやってみることにする。頬から流れる血を指で掬い取り、その宝石に塗りつけた。
そして、それを口の中に入れる。瞬間、強烈な吐き気に襲われる。
「うえっ、なにこれ……」
気持ち悪い。だめ、マジで吐きそう……!
「えっ……これは、まさか、
クリッターがなんか言ってるけど、あたしはもう気持ち悪くて気持ち悪くてダメだった。
「うっぷ、ほ、ほんとには、く……」
「が、頑張るクリ! それを飲み込まないとキミはキミが望む力を得られないクリ! 頑張ってくれクリ!!」
望む力……? あたしは……あたしは……魔法少女になるんだ!!
そうすれば、そうすれば、この停滞した日常から抜け出せるかもしれないから……!!
「あ、あああっ、ああああ!!」
必死に耐えながら、なんとか飲み込むことに成功する。
すると、すぐに吐き気は収まり、元の状態に戻った……そう、元の。
「おめでとークリ! これで契約完了クリ!!」
「……何も変わってない気がするんだけど……?」
拍手などしながら無邪気に喜ぶクリッターを半眼で睨みつけながらあたしは言う。
あれだけ苦しい思いをしてやっと飲み込んだというのに、特に変わった様子はないのだ。
もしかして騙されたのだろうか? そんな事を思っていると、彼は自信たっぷりに言った。
「変わってるクリ。これでキミは変身することが出来て、魔法を使う事が出来るんだクリ」
「えっ、変身!? 魔法!? それって魔法少女って事!?」
思わぬ言葉に興奮してしまう。
まさか本当に魔法少女だったとは……! まかり間違って怪物にでもされたらどうしようかと思っていたけれど、杞憂だったようだ。
「ま、ある意味そうクリね。もっとも、キミが望むような姿だとは保証できないクリけど……」
クリッターがそんな事を言ってくるけど、あたしはまったく気にしない。
せいぜい、コスチュームのデザインがちょっとだけ趣味と合わないかもしれないってとこでしょ? そんなのいくらでも我慢できるわよ! だって魔法少女だもん! 正義のために悪と戦うんだよ? 最高じゃん!
「ところで、どうやって変身すればいいの?」
わくわくしながら尋ねると、彼はこう答えた。
「変身にはこれを使うクリ~」
そう言うとクリッターはどこからともなく、小さな宝石の付いたペンダントを取り出した。
「これは?」
「変身アイテム、『ダークトランサー』というクリ! これを使うことでキミが飲み込んださっきの宝玉と共鳴し、キミの中に眠る力を引き出してくれるクリ!」
「おお、ますますもって魔法少女っぽいわね!」
「それを身に付け、心の中で強く願うんだクリ」
(よし……!)
あたしは言われたとおりに手渡されたペンダントを首から掛けると目を瞑り、頭の中でイメージを膨らませる。
(変身! 変身! 変身!!)
すると、突然身体が熱くなり始め、それと同時に全身に力が漲ってくるような感覚に襲われた。
(きた!)
そう思った瞬間、クリッターが叫ぶ。
「そして腕を掲げて変身呪文を叫ぶんだクリ! 『ダークエナジー・トランスフォーム』と!!」
それを聞いて、あたしも慌ててそれに続くように腕を振りかざし叫んだ。
「ダークエナジー・トランスフォーム!!」
すると、ペンダントがキラリと輝きそこから真っ黒い光(としか形容できないもの)があたしを包み込むようにして現れ、徐々に身体を覆っていく。その中で服は全て消え去り、生まれたままの姿になる。そしてその上から黒いボディスーツのようなものが装着されていく。
隙間なく身体にぴったりとフィットしていく様はなんとも不思議な感覚だった。
「あ、ふぅん……」
思わず変な声が出てしまう。今まで経験したことのない感覚に戸惑いながらも、同時に快感のようなものを感じていた。
「んあああんっ♡」
刺激はさらに強くなる。胸を、お尻を、股間を、全身を余すことなく愛撫されているかのようだ。
しかもそれだけじゃなく、あたしの身体自体がまるで全身性感帯になったかのように、あらゆる刺激を快感として感じ取ってしまうのだ。
「あ、あああっ♡ んくぅっ♡」
(やばっ……これヤバいかも……!)
あたしは必死に耐えようとするが、快感はどんどん増していく一方だ。
「こんなっ……あんっ♡ 魔法少女の……変身シーンなんて、ああっ、き、聞いたこと、な……ああんっ♡」
とぎれとぎれに言葉を紡ぎながら、あたしはなんとか耐える。これに耐えられてこその変身、これを乗り越えてこその夢の魔法少女、そう自分を鼓舞する。
――耐える対象が痛みとかじゃなくて、快楽なのはどうかと思うけど。
「はぁ……んっ♡ あふぅっ……♡」
やがて快感は収まり始め、ようやく変身が完了したようだ。完了したのはいいけど……。
「な、な、な、なにこれーーーー!?」
たまたま近くにあった反射の強いガラスに映ったモノを見て、あたしは大絶叫を上げた。
そこにはふざけた衣装に身を包んだ怪しい女が立っている。
――などと他人ごとのように言ってみるが、その怪しい女は間違いなくあたしだ!
基本的なデザインは黒いエナメル素材で出来たビキニといった感じなのだが、その面積はあまりに小さくあたし自慢のおっぱいは半分以上も露出してしまっている。
下半身も紐かと思うくらいに細く頼りないもので、少しでも激しく動けば大事なところが見えてしまいそうだ。
そんな露出度の高い衣装のくせに手首から二の腕にかけてはごつごつとした手甲のようなもので保護されており、脛にも似たようなプロテクターが付いている。
そして、頭部からはびょんびょんと二本の触角のようなものが突き出しており、背中にはマントが装着されているのだが、これがまた昆虫の翅のような形と質感をしており、気持ちが悪い。
こ、これは……どこからどう見ても……。
「何よ! これは! こんなの完全に悪役のコスチュームじゃないの! 全体的になんか虫っぽいし!! これのどこが正義の魔法少女なのよ!」
まるで昆虫モチーフの悪の女幹部みたいな姿へと変貌してしまった自分に戸惑いながらあたしはクリッターを怒鳴りつける。
まさか、これがクリッター流魔法少女のコスチュームなのだろうか? あまりにも悪役然としすぎてるし、何よりも恥ずかしすぎる!
とても人前に出られる格好ではない! というか、ちょっと寒いし! 夏も近く気温も高いのにこれじゃ冬なんか一切活動できないじゃない!
“ちょっと”趣味に合わない程度なら我慢できるとは言ったが、これはどう考えてもその範囲を逸脱しすぎている、魔法少女だったとしても詐欺もいい所だ。
とりあえず両手で体を抱きしめるようにしながら肌を隠すあたしにクリッターはクククと笑いながら言った。
「魔法少女? 正義? 何を言ってるクリ? 僕はそんな事一言も言った覚えはないクリよ? 何を勘違いしてたんだクリ?」
は、はぁ? なによそれは! 最後の望み、コスチュームがイカれてるだけの魔法少女ですらなかっただなんて!
「そ、そんな……酷すぎる……!」
あまりのショックに膝から崩れ落ちそうになる。
確かにちゃんと聞いてなかったかもしれないけど、普通分かるでしょ!? あんな言い方したら誰だって魔法少女だと思うじゃない!
しかし、あたしのショックはこれで終わらなかった、いやここからが本番だったのだ、何しろクリッターがこんなことを言ってきたのだから。
「それに、悪『役』じゃないクリ。キミは今日から、僕たち<暗黒結社アントリューズ>の一員、<暗黒魔女マギーオプファー>として、混沌に満ちた僕たちの『幸せの国』建国を邪魔する、<魔法少女マジカルブリス>を抹殺するために戦うんだクリーーー!」
その衝撃的な発言に、一瞬頭が真っ白になった。
「ちょ、ちょっと待って! どういう事よそれ!? 全然意味が分からないんですけど!」
動揺を隠しきれないまま問い詰めると、彼は面倒くさそうにしながらも説明を始めた。
「まあ、簡単に言うと、キミは僕に騙されたクリ。可愛い可愛い妖精さんに出会って、正義の魔法少女として悪と戦おうなんて思っちゃったんでしょ? でも残念でしたー! キミがなったのは本当は世界を征服するための尖兵、魔法少女の敵対者、暗黒魔女マギーオプファーだったのです! という訳で、これからは僕の部下になってもらうからよろしくクリ〜」
そう言ってケラケラと笑う彼に、あたしは怒りを抑えきれずにいた。
「ふざけんじゃないわよ! なんであたしがあんたの手下になって悪の暗黒魔女とやらをやらなきゃいけないのよ!」
そう怒鳴り散らすと、彼はやれやれといった感じで首を振った。
「残念だけど、僕と契約した以上もう後戻りはできないクリ。さっき飲んだでしょ、ダークネスストーン。僕たちに逆らおうとすれば、あれがキミの体内で暴れまわり激しい苦痛に苛まれ最後は死に至ることになるんだクリ」
それを聞いて背筋が凍った。
「ひいっ……!」
恐怖のあまり腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。
そんなあたしを見て、彼は満足そうに微笑んだ。
「ふふっ、どうやら分かってくれたみたいクリね。それじゃあ早速命令を下すことにするクリ」
そう言われて、あたしはビクッと身体を震わせる。
「な、なによ……?」
「キミの名前を教えて欲しいクリ。これから長い付き合いになってくるわけだし、名前くらい知っておきたいクリ」
「う、浦城梨乃よ。……あたしは、あんたなんかの下僕にはならないんだからっ!!」
精一杯の抵抗を試みるが、彼は意に介さない様子で言った。
「まあ、別に下僕になる必要はないクリ、とりあえず協力してくれればそれでいいクリ」
その言葉を聞き、少しほっとする。しかし、結局のところ、あたしがこいつに逆らえないという事実は変えられない。
「それじゃあ梨乃、改めてよろしくクリクリ~」
楽しげに笑うクリッターとは対照的にあたしはこれからのことを考え
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