ep1-2 文句ある? これがあたし浦城梨乃よ!
魔法少女詐欺に遭い暗黒結社の一員にされてから一夜が明けた翌朝、あたしは重い足取りで学校への道を歩いていた。
あの出来事はただの悪夢だったと思いたいが、あたしの胸で鈍く輝くペンダント――変身アイテムの『ダークトランサー』がそれを許してはくれない。
あの後、クリッターは色々準備があるとかで姿を消してしまった。
なので一応は昨日までと何も変わらない日常を送れてはいるのだが、その胸中は決して穏やかなものではなかった。
「はぁ……」
思わずため息が出る。これから一体どうなるのだろうか? そんなことを考えているあたしの耳に、「梨乃ちゃーん」という聞きなれた声が聞こえてきた。
振り返るとトレードマークであるピンク色のリストバンドを身に着けた左腕をぶんぶんと振りながら駆け寄ってくる少女の姿があった。
明るい茶系統のふわっとした肩にかかるくらいの長さの髪にくりくりした大きな瞳が特徴の可愛らしいその子の名は<
あたしと同じ学校に通う中学三年の15歳でクラスメイト、そしてクラスで唯一のあたしの友達――親友でもあった。
美幸はクラスの中ではムードメーカー的な存在であり、いつもみんなの中心にいる人気者でもある。おまけにクラスで1位を取るくらいに成績優秀でスポーツも得意と、まさに完璧超人と言っても過言ではない人物だ。
そんな子と基本ぼっち系女子のあたしがどうして友達なのかと言えば、共通する趣味を持っているからだ、『魔法少女(アニメ)オタク』という他人には言えない共通の趣味を……。
「ああ、美幸、おはよ」
片手を上げて応じるあたしに、美幸は速度を緩め横へと並ぶと、「おはよう」と笑顔で返してきた。
「なんか、ちょっと元気がないみたいに見えるけど、なんかあった?」
どちらともなく歩き出した直後、美幸がそんなことを聞いてきた。
「いや……特には……」
あたしは言葉を濁すことしかできない。まさか暗黒魔女とかにされて悪の組織の一員になったなんて言えるわけがないからだ。
「そう……でも、なんか暗い顔してるよ?」
心配そうに顔を覗き込んでくる美幸に、あたしは小さく笑うと、
「あたしが朝に暗い顔をしてるのなんていつもの事でしょ?」
と、自虐的に言ってみた。
実際あたしは朝はいつも憂鬱な気分で学校に向かう。その理由は単純で学校が好きではないからだ。
つまんない授業につまんないクラスメイトにつまんない教師……そんなものに囲まれて一日を過ごすなんて、あたしにとっては苦痛でしかない。
それは昨日のクリッターとの一件がなくても同じことだ、案の定美幸はあたしが沈んでいる真の理由には気づかないまま、「まあ、そうだね……」と苦笑いを浮かべた。
(いつもだったら美幸と話しているときはこの憂鬱な気持ちを忘れていられるのだけど……)
あたしの日常は変わってしまった、これからはぼっち学生浦城梨乃と悪の組織の幹部マギーオプファーとしての二重生活を送らなければならないのだ。
ともかく美幸だけにはあたしが暗黒魔女なんぞになったことは絶対に気づかれてはならない。困惑、怒り、悲しみ、美幸がどんな反応をするかはわからないが、決してプラスの感情にはならないことだけは確かだろう。
「ま、ともかく今日も一日頑張りましょ」
あたしは軽い口調でそう言うと、真正面に顔を向けた。
道の先ではあたしたちの学校がそびえ立っている。学校まであと少し、親友との時間の終わりが近づいていた……。
「じゃあ美幸、いつものように学校ではあんたとあたしは何の関係もないただのクラスメイトだから、そこんとこよろしく」
「うん……」
あたしの言葉に、美幸はどこか寂しげに答えた。
「ほら、そんな顔しないの。これはあたしとあんた両方のためなんだからさ」
あたしはポンポンと美幸の背中を軽くたたきつつ言う。
陰キャぼっちの浦城梨乃とクラスのアイドル福原美幸の付き合いがもしも他人に知られたら双方にとって絶対に不利益な結果になることは明白だ。
そんなわけであたしと美幸は学校では無関係の他人を装うという約束を交わしているのだが、美幸はどうもこの約束をあまり快く思っていないようだ。
まあ、気持ちはわかるし、あたしも出来ればこんなことはしたくないのだが、美幸を取り巻く連中の事を考えると、ねぇ……。
ただでさえ疎まれてるのに、アイドル福原美幸様にたかる害虫として『駆除』の対象にでもされたらたまったもんじゃない。
「梨乃ちゃん……やっぱりわたしたち……」
美幸が何か言おうとしたその時、キーンコーンカーンコーンとチャイムの音が鳴り響いた。どうやらいつの間にか学校の近くまで来ていたらしい。
「……行こっか」
あたしはそう言って歩き出すのだった。
女子校……この言葉に幻想を抱いている男性はおそらく多いだろう。
男っ気のない空間で女の子同士がキャッキャウフフしている、そんな楽園のような場所であると……。
なるほど、確かに外部から見ればそれは事実なのかもしれない。
しかし、その内部に入ってみれば現実は違うことがすぐに分かるだろう。
少なくともこの
女の悪い所をギュッと凝縮したような、陰湿でドロドロした場所なのだ。
厳しいカースト制度、マウントの取り合い、特有の陰湿ないじめなど……。
まあ、一言で言えば最悪だ。
カースト上位に入れれば確かに楽しいかもしれないが、下位に落ちれば地獄でしかないだろう。
そして、お察しの通りあたしはそのカースト下位に転落してしまった哀れなぼっち女子である。
そうなってしまった理由はいくつかあるのだが、元をたどれば共学だった小学校時代に遡ると思われる。
その当時あたしはその優れた容姿と年齢に似合わぬスタイルを武器にクラスの男子を従え女王様気取りになっていた。
当然そんな振る舞いをしていれば女子からは疎まれるのだが、当時のあたしはそんなことなど一切気にしなかった。
むしろ女子から疎まれれば疎まれるほど自分が特別な存在になった気がして、さらに男子を侍らせるようになった。
「おーっほっほっほっほっ! あたしはクラスのヒロイン、クラスの主役、クラスの支配者! モブ女子どもがいくら束になってかかってこようと、あたしの前じゃ無力なのよ!」
若気の至りというか、我ながらとんでもない勘違いをしていたものだわ、当時のあたしは……。
しかし、そんな日々は小学校卒業と共に終わりを告げることになる、あたしの入学先が、女子校だったからだ……。
女子に嫌われようが問題ない、だってあたしにはあたしを崇め奉って守ってくれる男子がいっぱいいるから。
そんな風に思っていたあたしは、女子校という環境に適応できるはずもなかった……。
男子という味方の一切存在しない敵国のど真ん中に放り込まれてしまった女王様は、見事に孤立した。
その上
そこからは早かった……あっという間に最下層に落ちてしまったあたしはクラスの中で空気のような存在になってしまったのだ。
おまけに自分の立場を自覚し始めてからは、カッコつけて『別にこんな奴らと仲良くなんかしたくない』『あたしは好きで一人でいるだけだし』などと強がった態度を取っていたもんだからさらに孤立を加速させてしまい、今となっては誰一人あたしに話しかけてくる人はいない。
とまあ、これがあたしが陰キャぼっちになった経緯だ。
……こうして書き出してみると半分以上は自業自得な気もするけどそれはそれ、である。
ともかく、そんなあたしの心の安定剤替わりとなってくれたのが、魔法少女アニメだった。
元々純粋無垢な幼児だったころから魔法少女アニメが好きで、小学校の頃も(公言こそしなかったものの)魔法少女アニメのグッズを密かに集めていた。
そして、中学校に上がり
アニメを見て、好きなキャラクターに思いを馳せる……それだけがあたしの生きがいだった。
そんなある日の事である、美幸と出会ったのは。
忘れもしない約1年前の8月25日、夏休みも終わりに近づきまたあの地獄のような学校での日々が再開されるのかという憂鬱な気持ちを抱えながらやって来たアニメショップ、大好きな魔法少女アニメ『プチピュア』のグッズを手に取るべく伸ばしたあたしの手が同じく手を伸ばした誰かの手とぶつかった。
その手の主こそが、美幸だったのである。
カーストトップのクラスのアイドルと最下層のぼっち女子、決して重ならなかったはずの二つの人生が、この時交差した。
「浦城……梨乃さんだよね? 同じクラスの」
驚愕のあまり硬直するあたしに、美幸は「ごめんなさい」と一言謝った後におずおずとそう話しかけてきた。
「え……あ……」
突然の出来事にあたしは言葉を発することも出来ずただただ立ち尽くしていた。
二つの衝撃があたしを襲っていた。一つはクラスのアイドルとこんな場所で遭遇したというもの、もう一つはそのアイドルがあたしの名前(しかもフルネーム!)を覚えていたという事だ。
「もしかして、浦城さんもプチピュアファン、だったりする?」
「……」
問いかけられ、あたしは言葉に詰まる、まさかこんな形でクラスのアイドルと言葉を交わすことになるなんて夢にも思っていなかったし、魔法少女アニメ好きなのを他人に知られたら馬鹿にされるに違いないとずっと思っていたからだ。
適当に誤魔化してやろうかと思ったが、こんな場所でグッズに手を伸ばしておいて言い訳など通じるはずもない。
と、ここであたしはハッとする、今目の前にいるクラスのアイドルはあたしと同じようにプチピュアグッズに手を伸ばしていたのだ、そして浦城さん『も』という言葉……。
「もしかして……福原さんも……?」
恐る恐る問いかけ返すと美幸はにっこりと笑って言った。
「うん、わたしも大好きだよ! プチピュア!」
その後あたしたちは、アニメショップで魔法少女アニメの話で大いに盛り上がった。
美幸はあたしに匹敵……いや、それ以上の魔法少女アニメオタクで、グッズやら何やらを山ほど所有しており、魔法少女になりたいという夢を持っていることまで教えてくれた。
そして、それに呼応するようにあたしも自分の趣味を曝け出していった。
いつしか互いのプライベートの話もするようになっていき、その中であたしは美幸という少女の内面を知ることになった。
一見明るくて誰にでも優しいクラスのアイドルといったイメージの強い彼女だが、その実人知れず悩みを抱えていたらしい。
とある事が原因で誰に対してもいい顔をするようになってしまったが、逆にそのせいで本当に信頼出来る友達が出来ず、孤独を感じていたというのだ。
「おかしいね、今まで誰にもこんなことを話したことなんてなかったのに、ほとんど初めて話す浦城さんには何故か話しちゃった」
そう言って美幸は寂しそうに笑った。
「ごめんね、迷惑だよね……。浦城さんは一人が好きだって話なのに……。さっきの話は忘れて……。今日は楽しかった、それじゃ……」
あたしが黙っていると、美幸はそう言ってその場を立ち去ろうとする。
「待ってよ」
あたしは思わずその手を取ってしまった。
「浦城さん……?」
美幸は驚いた様子であたしを見るが、あたしの方でも自分の行動に驚きを隠せないでいた。
(なんで……こんなことしてるんだろ……)
自分でもどうして引き留めたのか分からなかったけど、このまま帰すわけにはいかないという謎の使命感があったのだ。
美幸は困惑の表情を浮かべていたが、あたしは彼女に気づかれないよう大きく深呼吸をすると、意を決して言った。
「別に迷惑なんかじゃないわ。だからね、今後も悩みとかあるなら話してくれていいよ、たぶんろくな役には立てないだろうけど黙って話を聞いてあげるくらいはできるからさ」
あたしの言葉に美幸の瞳が大きく見開かれていく。
「それだけじゃなくてさ、また魔法少女アニメの話とかもしようよ、せっかく巡り合えた同じ趣味を持つ仲間なんだしさ」
「うん!」
あたしの提案に、美幸は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、改めて……よろしくね、福原さん――ううん、美幸!」
「……うん、梨乃ちゃん!!」
差し出した手に重ねられた美幸の手の温かさは今でもこの手にしっかりと残っている。
とまあこんな感じで美幸と親友になったわけだけど、陰キャぼっちのあたしが美幸と親しくなるという事の意味を考えた時、そこから生まれる様々な面倒事を想像しないわけがなかった。
そんなわけであたしは美幸に学校では友達であることを隠し他人の振りをしよう、と提案した。
美幸は散々ごねていたが、その分クラスメイトたちからの目を気にする必要のない放課後や休日なんかは嫌になるくらい付き合ってあげるからと約束して何とか納得してもらった。
そして、中三へと進級した今でもその関係は続いているというわけである。
この状態が決していいものでないのはわかっている。
しかし、あたしにはどうしても美幸との関係を他人に公言する勇気はなかった。
あたしは美幸のことが嫌いなわけではない、むしろその逆だ。しかしだからこそ彼女のことを『親友』と公言して回ることなどできるはずがなかった。
チラッと、あたしは美幸の席へと視線をやった。
彼女はいつものように友人たちに囲まれ、談笑している。
しかしあたしは知っている、あの子たちと美幸の関係は決して友人なんかではないことを。
カーストトップの人気者とそれに群がる取り巻き、ただそれだけの関係だ。
美幸はああやって『みんなの人気者』を演じているが、その実誰も信用していないし信頼もしていない。
その証拠に彼女はあたし以外の誰にも自分の趣味を打ち明けたことがないのだ……まあそれはあたしも同じだけど、あたしのそれと美幸のそれでは意味合いが違う。
ではそんな美幸から信頼されてない彼女たちが可哀想なのかというとそんなこともなく、彼女たちは彼女たちで美幸にすり寄っているのは『人気者の美幸の友人』という地位がもたらすメリットが目当てで、美幸本人に対しては『カーストトップの女子』としてしか見てないのだからお互い様だろう。
そして、そのカーストトップの美幸があたしと親しくしていると彼女たちが知ったらどうなるか、それは火を見るより明らかだ。
だからあたしは美幸と学校では他人の振りをすることを提案したし、彼女も渋々ながらそれを了承した……のだが、やはり心の底では寂しいのか時折寂しそうな表情を浮かべていることがある。
(ごめんね……だけど、頭のいいあんたにはわかるわよね? これがベスト、あたしとあんたの選んだこの生きづらい場所における処世術なんだってことが)
あたしは心の中で美幸にそう語りかけると窓の外へと視線を移した。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる……憂鬱だ、学校も美幸との友情関係も。
いっそこの世界ごと何もかもがぶっ壊れてしまえばいいのに……。
そんなことを考えてしまうあたしだから、暗黒魔女なんかにされ、さらなる悩みの種を抱える羽目になってしまったのか。
ともかく、そんな『日常』を送りつつ、あたしはクリッターが再び現れるのを待つのであった。
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