魔法少女クリミナル
影野龍太郎
prologue
とある街の片隅で
日曜朝8時半、休日早朝というこの時間帯から働いているものは限られているだろう。
とある衛星都市の片隅、小さな喫茶店のマスターである<
開店時間は9時半であるが、コーヒーの仕込みなどのためにこの時間から出勤している。
店のドアには準備中の札がかけられているため、客は入ってこない。
カウンターの中で食器類を磨きながら、藤香はテレビに映る『プチピュア』という変身ヒロインアニメシリーズの最新作をぼんやりと眺めていた。
「あれから3年か……何もかもが変わっちまったねぇ……」
呟き棚の片隅、隠れるように置かれた写真にチラッと視線をやった。
そこには二人の少女が写っている、一人は弾けるような笑顔を浮かべ、もう一人は少しだけ恥ずかしそうに。
彼女は今どうしているのだろう、と藤香は思う。
その時だ、ドルルルルというバイクのエンジン音が外から聞こえてきた。
見ると、一台のバイクが店の前に停車し、そこから一人の人物が降り立ったところだった。
その人物は黒いエナメルのジャケットを羽織り、黒いジーンズに編み上げブーツといった格好をしていた。
頭部はフルフェイスのヘルメットで覆われているために顔をうかがい知ることはできないが、体格などからまだ年若い少女だとわかる。
カランカランカラン! 来客を告げるベルが鳴り響き、少女の来店を知らせた。
「まだ開店時間じゃないんだけどねぇ」
扉にかけられた札が見えないのかとばかりに面倒くさそうに言う藤香に少女は悪びれる様子もなく答える。
「悪いね、おばちゃん。人がいる時間帯だと都合が悪くてさ」
ややハスキーな声であった。
その声を聞き藤香はまさかと目を見開く。果たして少女がヘルメットを外すとそこには見覚えのある顔があった。
「アンタ……!!?」
それはかつてこの店をよく訪れていた常連客の少女――まさに今さっき藤香が想いを馳せた人物だったのだ。
頭髪は短くボサボサ、全体的には黒なのだが前髪一筋にだけ血のような赤いメッシュが入っているのが特徴的だった。
だがそれよりも目を引くのは頬に刻まれたまるで獰猛な獣にでも引っかかれたような3本の傷痕だ。
顔の作り自体は美少女然とした彼女だがその傷と野獣のようなギラギラとした瞳のせいもあり、まるで狂犬か何かを連想させるような風貌だった。
先ほど思い浮かべた幸せだった頃――3年前とはまるで違うが、1年前に最後に少女がここを訪れた時とはほとんど変わらぬその顔に、藤香は安堵を憶えつつ胸の内に僅かな怒りを覚えていた。
何故この1年連絡のひとつもよこさなかったのか? 自分が心配をしているとは考えもしなかったのだろうか……?
「い、今まで一体どこに行ってたんだよ! アタシがどれほど心配したと思ってるんだい!!」
溢れ出す感情の渦に思わずカウンターから身を乗り出し、詰め寄る藤香であったが、少女は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「はは、おばちゃんには心配かけてすまないね。この1年色々と忙しくてさ……各地を渡り歩いてヤツラの基地を潰して回っていたんだよ、この国だけじゃなくて外国まで行ったりしてね、ヤツラ活動範囲広いから」
「なんだって……?」
予想外の返答に藤香は言葉を失う。
「大変だったよ、ヤツラときたら潰しても潰しても出てきて、まるでモグラたたきだよ。だけど、おかげで大分戦力を削ることができたよ」
そう言ってカラカラと笑う少女だったが、不意に笑みを消し真剣な表情で藤香を見つめた。
「……それで、今日はお別れを言いに来たんだ」
「え?」
「そろそろね、あたしもヤバイんだよ……『アレ』のせいで肉体的にも精神的にもガタが来ててね……」
「そんなっ……!」
藤香は思わず絶句した。
「だから、そろそろケリをつけないとなって思ってね。これから本部に乗り込むってわけ。まあ、ハッキリ言って勝てる可能性は5%未満。仮に勝ってもあたしは死ぬだろうね。だから、お別れ」
淡々と語る少女の言葉に藤香は何も言えなくなる。
彼女の言葉通りならば、もはや自分にできることなど何もないのだから。
「何を悲しそうな顔をしてんの? 前からわかってたことでしょ、こうなるのはさ。それに、いいんだよ、これはあたしの罪の代償だから。それよりさ、最後にコーヒー飲ませてよ、いつもの砂糖とミルクたっぷりのヤツ」
「ア、アンタ……まだ、ブラック飲めないのかい?」
「ニヒ、こんなとこだけ昔のまんまでね」
思わず間の抜けた返答をしてしまった藤香の言葉を受けて照れ臭そうに笑う少女の顔を見て、瞳から涙がこぼれそうになる。だが、それをぐっとこらえると、藤香は店の奥へと向かいコーヒーの準備を始めた。
ほどなくして、湯気を立てたコーヒーカップを手に藤香が再び現れる。
「はい、お待ちどうさま」
「ありがと、いただきます」
そう言うと、少女はコーヒーを一口すすり、満足そうに頷いた。
「うん、相変わらず美味いね」
「当然だよ、誰が淹れてると思ってんだい!」
誇らしげに胸を張る藤香を見て、少女はクスリと微笑む。
そこからしばし、店内には少女がコーヒーを啜る音と、付けっぱなしのテレビに映るアニメの音声だけが流れていた。
少女は懐かしそうな、愛おしそうな目でアニメを見つめていた。
藤香は……何も言葉を発することが出来なかった、ただ頭の中で様々な思いを巡らすだけだ。
(もう、この子とは二度と会えないかもしれない)
そんな思いがぐるぐると頭の中を駆け巡り、今にも叫びだしたくなる衝動に駆られてしまう。
「さて、それじゃ行くよ。おばちゃん、元気でね」
ふいに少女が言った。カップはいつの間にか空になっている。
アニメは、エンディングを迎えていた。別れには全く似つかわしくない能天気なダンスミュージックだ。
少女はカウンターに代金分の小銭を置くと、あっさり立ち上がり店を出て行こうとする。
藤香はいてもたってもいられずに慌ててカウンターを出ると少女の背中に向かって呼び止めた。
「ま、待ちなよ!!」
「ん? なんだい?」
「必ず帰って……来なよ……また、コーヒー飲みに……待ってるから、さぁ……」
涙をこらえ、途切れ途切れになりながら言葉を絞り出す藤香に向かって、少女は優しく微笑んだ。
「はは、そう言われちゃ、帰ってこないわけにはいかないかな……ま、なんとか生き延びてみるよ」
少女はクルリと振り返ると、親指を立ててみせた。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、行っておいで……いつでも帰って来るんだよ!!」
藤香は大きく手を振ると、笑顔で少女を見送った。
しかし、少女の乗ったバイクが見えなくなったころには、その笑顔は消え去り大粒の涙が溢れ出していたのだった……。
気づいていたのだ、おそらく約束が果たされることはないと。
これが、少女との今生の別れになるであろうということを……。
時刻は9時を回り、付けたままのテレビから流れる次の番組の音声と女性のすすり泣く声だけが、その場に響いていた……。
**********
「やれやれ、決心鈍っちゃうよ……あたしこんなに臆病だったかな?」
藤香の店を後にした少女は、バイクを走らせながら先ほどの自分の決断を振り返る。
藤香の店に立ち寄ったのは、別れの挨拶をするためであった。
しかし、藤香から必ず帰って来いと告げられた瞬間、彼女は迷ってしまったのである。
このまま戦いに身を投じれば、まず生きて帰ることは不可能だろう。
どうせ近いうちに死ぬ身だというのに、残り少ない時間だけでも人間として過ごしてみたいという誘惑に駆られてしまったのだ。
(やっぱりダメだな、あたしは)
自嘲気味に笑うと、アクセルを開ける手に力を込める。
そんな迷いを抱いたまま戦えるほど甘い相手ではないからだ。
「まあいいさ、誰かの想いを受けて戦うなんてヒーロー――いや、魔法少女みたいでカッコいいじゃないか」
そう皮肉気に呟くと、さらにスピードを上げる。
「ヒューッ! こりゃまた、ずいぶんな大所帯でお出迎えだね」
しばらくして、前方に現れた無数の人影を確認して、バイクを停車させると少女は思わず口笛を鳴らす。
「さて、変な欲も湧いてきちゃったし、なんとか生き延びられるようやってみようかな……」
少女はバイクから降りると、ヘルメットを脱ぎ捨てファイティングポーズを取る。
「あんたらは最低最悪の存在だけど、一つだけ感謝してることがあるんだ。それはこんなあたしに生きる意味を与えてくれたこと……。あんたらへの復讐のために生きてきた、そんな青春もまあアリだったとは思えるよ。そして、これがあたしの青春の終着点……!」
身体の奥底から湧き上がるすべてを力と変え彼女は走る。
「さあ、死にたい奴からかかってこい!! あたしが全部ぶっ殺してやる!!!」
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