ダークライト

 1

 教室の机に突っ伏していると、何処からともなく"発光仮面"の噂話が始まったものだから、俺は密かに耳をそばだて、フヘフヘフヘヘとほくそ笑む。

「昨日の発光仮面凄かったな」

「脱線した列車を停めたやつだろ?アレで怪我人ゼロはヤバいよな」

「俺、あの時の動画撮ってたよ」

「マジ!見せて見せて」

「エーロエロエロw」

 最後の江口の笑い声はともかく、男女問わず、発光仮面を話題にしている状況がくすぐったくも心地よい。連日のパトロールの疲れが吹き飛ぶようだ。ぐぐぐ、と伸びをしてやると、背中がミシミシ軋む音を立てるのだが、フヘヘの笑いがそれを上書きする。フヘヘへへ。

 

 2

 相変わらず俺は童貞のままではあるが、しかし、発光仮面はなかなかの人気者で、ひとたび事件を解決すれば、シュバババッと廊下が呟きで溢れかえる程度には校内トレンド1位を独走中。「絶対イケメン」「宇宙人らしいよ」「それは素晴らしいです😂」など内容は玉石混合だが、人気では、話題の国宝級イケメン転校生・紫薔薇むらさきばらにだって負けちゃいない。

 なんて脳内噂話をしていたところ、当の紫薔薇がこちらへ向かってくるので、あれま思考盗聴されてる?と、アルミホイル(頭巻き用)をAmazon欲しいものリストに急いで放り込んでは、改めて彼の美貌に圧倒される。

 彫刻のように整った顔に、どこか憂いを帯びた知的な瞳。肩まで伸ばされた長髪は、風に吹かれて芸術的に靡く。

 うーん、とにかく次元が違うのだ。紫薔薇は光り輝いていた。男の俺でも眩しいくらいに。彼が通った場所には薔薇の香りが立ち込め、彼を一瞬でも見た女子の目は♡の形に早変わり。目が♡に変わったがために視力を失い、転けてしまう女子が当然続出するのだが、不思議なことに、皆一様に幸福な顔をしている。紫薔薇の声を聴いただけで、「耳が孕んだ」と産婦人科に駆け込む女子も急増しており、早くも教室は空席が目立つようになっていた。

 定期的に聞こえるのは、「あ〜〜ん♡遅刻遅刻〜〜♡」の声で、どうやら食パン咥えたJKが紫薔薇にドンガラガシャンと突進し、イケメン転校生とのラブコメ展開を必死で進めようとしているわけなのだが、その逞しさに拍手喝采してしまう。手遅れだろうとか、逆にイジメだろうとか思わないでもないのだが、それは野暮ってもの。いつだって行動する意思ってのが大事なのだ。


 その紫薔薇が、冴えない童貞オレの目の前にいる。月とスッポン、雲と泥、大根役者に巨根役者。真逆の存在を前に、あれま?なんで?と俺は動揺する。俺の動揺が伝染したのだろうか。本日第18号の「あ〜〜ん♡遅刻遅刻〜〜♡」女子ロケットは盛大に軌道を外し、勢いそのままヒュー、ズドンと机に着弾。辺り一面の机を薙ぎ倒す。巻き込まれた哀しき犠牲者は、いつの間にやら出現していた緑魔みどりまくんで、アーメンすぎるというほかない。

 そんな騒動の最中、俺の耳元で、紫薔薇がそっと一言呟いた。

「会いたかったよ。"発光仮面"」


 3

 分厚い雲がズズンと立ち塞がり、月明かりを背後に隠す夜更け過ぎ。俺は自分を対象として、"童貞夢イノセンツ"を発動。深夜パトロール状態と成る。この状態の俺は、瞬時に10回地面を蹴る高速移動を実現。赤い彗星と化して、車もバイクもスイスイヒョイヒョイ追い抜いていくのだ。発光仮面参上!デンデデ〜〜ン。

 の筈なのだが、どうにも今日は様子がおかしい。悲鳴を聞きつけ、「バンババン!発光仮面見参!!」と馳せ参じたときには、すでに事件は収束、解決済み。これで4件連続の大空振りなのであって、あれれ?この夜…なんか変…?さすが察しのいい俺は、紫薔薇が俺の正体を知っていたとこと何やら関係ある気になってくる。あの時はビックリしすぎて固まってしまったが、やはり問いただすべきだったやもしれぬなあ。そこまで考えたところで、俺の思考は本日5件目の悲鳴にキャーと遮られる。現場へ急ぐぞ。バンババン!


 4

「あらら、見つかっちゃった」

 現場に到着すると、俺の左耳を孕ませた馴染みある声が聞こえる。声の主は、案の定というか、紫薔薇左耳のパパであり、彼の足元では全身血まみれの髭男が気絶寸前で横たわっている。


「紫薔薇!?やり過ぎじゃないか。どうして、こんなことを」


「あれ?発光仮面がどうして僕の名前を知ってるのかな。詰めが甘いよ。鬼頭くん」


 紫薔薇は、俺の制止をさらりと受け流すと、その流れのままにクルリと回って、髭男の顔面へと深く蹴りを入れた。ドドグチャア!


「コイツが悪いんだよ。こんなナイフで女の子を襲おうとするからさ。当然の罰だよね」


 紫薔薇がヒョイヒョイと見せびらかしたナイフからは、確かに髭男の欲望と悪意がプ〜ンと臭い、俺も気分がうぅっと悪くなるが、だからといって、いきすぎた私刑を見過ごすことはできない。それはそれってやつなのだ。


「ヒーローは人助けするものだ。

 罰は司法に任せればいい」


「ハハハハハハハハ。

 甘いよ、甘すぎる。は神に選ばれたんだ。人類の上位存在、スタンディングマン勃起するものとしてね」


 紫薔薇の高笑いが夜空をつんざく。その目は深い失望を経て、敵意へと転じ、俺を容赦なく刺す。敵意の高まりと呼応するかのように、紫薔薇の股間が隆起し始めた。これはヤバい。

「AV。グラビア。保健体育。コンセント。パブロフの犬」と唱え、俺も即座に勃起再開覚悟完了。戦闘態勢へと移行する。紫薔薇の能力スタンディングは不明だが、俺が速度で負ける筈はなかった。

 向き合った互いの股間が激しく発光し、星々の微弱な光を容易に掻き消していく。俺の股間は烈火の如き赤へ。そして、紫薔薇の股間は、魔術的な妖しいへと変貌していた。

 戦闘開始。


 5

 直後、背後から紫薔薇の声がした。学校とはまるで違う、殺意の籠ったドス黒い声。孕んでいた左耳が恐怖で萎れていくのを感じる。接近に、できなかった。


「一緒に組めると思ったけど。君はもう要らない。僕だけで十分だ。

 僕の"時は淫乱れてディック"は無敵さ」


 紫薔薇のナイフが、俺の首を冷たく撫で、ツツーッと一筋、血が流れる。


「そうだな。君と真逆の信念を持つヒーロー。"ダークライト"とでも名乗らせてもらおうか」


 ナイフが落ちた。同時に身体を反転させるが、紫薔薇はすでに姿を消している。雲が月明かりを閉ざす、漆黒の闇の中、俺は誰もいない虚空を見つめ、医者の言葉を思い出す。


『他だと、青は"催眠系"、緑は"結界系"、黄は"感覚系"、そして特に希少な紫が〜〜』


『特に希少な紫が、"時間系"ですね』


 紫薔薇は、最強と謳われる、"時間系"能力者だった。


 6

 その日から、法で捌けない悪を罰するダークヒーロー・"ダークライト"が世間を席巻し、"発光仮面"は人々の話題から徐々に姿を消していった。

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