37・オークの組長

 縦穴鉱山内で大乱闘が始まった。我らが魔王軍精鋭部隊17匹+俺&キルルvs猪豚組の雄オーク90匹の対決である。


 数で圧倒されているはずの魔王軍だったが、戦ってみれば五分五分以上の健闘を見せていた。オークたちを個々の実力で押している。


 ホブゴブリンたちは炎を宿した魔法の武器で戦い、パワーやスピードでも遅れていない。


 昔はオーク1体に対してコボルトやゴブリンは5体でもやっととされていたが今は状況が逆転している。1対5が5対1と変わっていた。これもすべて俺の鮮血の力である。


 俺、偉大!


「ヒャッハー! 戦闘は楽しいでやんすね!!」


 上機嫌のゴブロンは影縛りのダガーでオークの動きを封じたのちにキックを巨漢にブチ込んで、次々とオークたちをKOしていく。


 ゴブロンのくせに案外と強かった。ゴブリンがオークに勝っているのだ。矮躯というハンデをものともしていない。


 他のゴブリンたちも同じ戦術でオークを倒して行く。どうやらゴブロン以外のゴブリン四匹が持っている武器にも影縛りの効果が宿っているようだった。その戦いを見て俺は思い出す。


「あ~、あの七三のゴブリンは、初めて森の中でゴブロンと出会ったときに逃げて行った五匹目のゴブリンだったか。それで武器がマジックアイテム化しているんだな」


『魔王様、知らないで連れてきたのですか?』


「いや、いつもゴブロンと仲良くしているから、他の四匹も連れてきたんだけどさ」


 角刈りの名前がゴブチィーで、アフロがゴブポン、モヒカンがゴブカン、七三がゴブツモだ。


 まあ、戦力になっているから問題無いだろう。結果往来である。


「さて、取り巻き同士の戦いよりも、幹部連中の戦いのほうが内容的に気になるな。さてさて、どうなってるかな」


 そう言いながら俺はキングとローランドの戦いっぷりを伺った。


 キングはアビゲイルと名乗るボスの独眼オークと戦っている。


 アビゲイルの装備は片手用のバトルアックスとカイトシールドである。こいつだけがオークの中でも装備が整っていた。流石はボスだ。リッチである。


 キングは頭以外の全身を隠す皮鎧を纏っているが、アビゲイルのほうは脂肪が熱い腹以外を隠す皮鎧を纏っていた。豚頭を皮のキャップで守っていやがる。


「はあっ!!」


「ブヒィ!!」


 二匹の魔物は武器と武器をぶつけ合い激しく競い合っていた。バトルアックスと光るシミターが烈しく火花を散らしている。両者ともに武器さばきが早い。


 だが、キングのほうが押している。


 アビゲイルのほうが苦虫を噛み殺すような表情で防戦に追い込まれていった。徐々に徐々にと後退して行く。


 後退りを始めたアビゲイルは装備したカイトシールドで防御に徹し始めた。


 片やローランドは巨漢のオークと戦っている。


 推定身長2メートルで推定体重250の巨漢オークは木の棍棒を片手でブルンブルンと軽々と振り回していた。凄いパワーである。


 その棍棒をローランドは蝶が舞うような美しいフットワークで回避していた。その足裁きには武術の影が鑑みれる。


 おそらくローランドが開封したメモリーは武術の何かだったのかも知れないな。そうじゃあなければホブゴブリンが体得しているような足捌きではない。明らかに武の色が見える。


「ブヒィ!!」


「はっ!!」


 棍棒の一振りを躱したローランドが如意棒で巨漢オークの顔面を叩いた。その一撃で巨漢オークの額が割れて、鮮血を散らしながら大きくよろめいた。


 そこにローランドが如意棒でラッシュを掛ける。


 顎、頬、右肩、鳩尾、脇腹、左膝に連続で如意棒を叩き込む。その棒の動きはまるで鞭のようにしなやかだった。ローランドが連打で圧倒している。


『あれ、魔王様。ローランドさんの武器が伸びてませんか?』


「あれは如意棒だな。変幻自在なんだよ」


『如意棒……?』


「変幻自在に伸びる棒だよ」


『変幻自在ですか、凄いですね』


 キルルは如意棒を知らないらしい。おそらく西遊記もドラ○ンボールとかも観たことないのだろう。こちらの世界には単行本も発売されていないと思うしね。


「よし、こちらサイドが押してるな」


 戦況は我らが魔王軍の圧倒的に有利だった。数の不利を個々の実力が凌駕している。


 しかも、魔王軍は刃物でオークを切りつけていない。武器で武器を弾くが、決定打は素手で殴っているのだ。俺が命じた殺さずの命令を守っているのだろう。


 そして、しばらくの乱闘の後に――。


「ブヒィ……」


 キングに力負けしたアビゲイルが片膝を付いた。巨漢のオークは既にローランドにKOされている。


 周りを見回せば多くのオークたちが手折れて気絶していた。立っている数は魔王軍のほうが圧倒的に多い。おそらく魔王軍は一人もダウンしていないだろう。


「もう、勝負は付いたな」


 俺が呟いた刹那である。独眼のアビゲイルたちが出てきた横穴から新手のオークが堂々たる歩みで一匹現れた。その登場に周囲の空気が変わる。緊張感が増したのだ。


 新手のオークはアビゲイルや巨漢オークよりも勇ましいオーラを纏っていた。


 褌一丁の姿は身長190センチぐらい。2メートルの巨漢オークより小さいが、アビゲイルよりは大きい。だが、他のオークたちと違って肥満体型ではなかった。うっすらと脂肪を蓄えた筋肉質だ。分厚い筋肉が脂肪を飾るように纏っているように伺える。


 その身体にも顔にもいくつもの傷が刻まれていた。それは真っ直ぐな切り傷だったり稲妻が走ったかのような荒々しい傷と様々である。


 そのオークから異常なまでの威圧感が放たれていた。アビゲイルや巨漢オークとは桁が違う。それは鬼の殺気であった。


「ブヒィ~……」


 その褌オークが辺りを見回した後に溜め息を吐き捨てた。


 引き締まった分厚い胸板。脂肪の薄い腹にはうっすらと腹筋の形が見て取れる。


 そして、腕が筋肉で太い。足が筋肉で太い。更には首も筋肉で太かった。更には身体中だけでなく、顔にも切り傷が複数刻まれている。まるでピカソの自画像だ。


 右の額から眉間を過ぎて左頬に一本。

 左こめかみから左目の横を過ぎて頬から顎先に一本。

 更に右の頬から豚鼻の上を過ぎて左頬に横一文字の傷が一本。

 体も古傷だらけだ。

 耳なし芳一のように傷が無い部分が無いぐらいである。

 それらの古傷が百戦錬磨の風貌を醸し出していた。


 そのオークが褌一丁で混戦の中を静かに進んでくる。口から流れ出る熱い吐息が闘志を孕んで白く見えた。


 そして、俺の前で止まった。唐突に叫ぶ。


「渇ぁああああツ!!!!!」


 乾いた声色に異様なまでの気迫が籠っていた。空気が烈しく揺れたあとに気合いで硬直してしまう。


「「「「「ッ!!??」」」」」


 その奇声に混戦の動きがピタリと止まる。敵味方関係なく褌オークを凝視していた。


 すると褌オークがボスだと思われていたアビゲイルに問うた。


「アビゲイル、この乱闘は何事だブヒ?」


 アビゲイルは股を割り頭を下げながら返した。その表情は硬く振るえている。畏まるというよりも恐怖に満ちていた。そのことから上下関係が悟れた。アビゲイルよりも褌オークのほうが上位の立場であろう。


「組長、魔王を名乗る客人の来訪ブヒ……」


 アビゲイルの声色に恐れが見て取れた。冷たい汗を流している。組長と呼ぶ男を恐れている様子だった。


 褌オークは冷たい眼差しで俺を凝視しながら言った。


「俺が猪豚組の組長、ルートリッヒだ」


「キェェエエエ!!!」


 唐突にローランドが組長ルートリッヒに攻め行った。如意棒を真っ直ぐ伸ばしてルートリッヒの喉を突く。


 しかし──。


「ななっ!!??」


 驚いたのは攻撃を仕掛けたローランドのほうである。


 ルートリッヒはローランドの突きを躱さなかった。喉で如意棒の先を受け止める。しかも直立不動のままにだ。それでありながら、平然とした眼差しでローランドを睨んでいた。


 喉を突かれているのに苦痛の表情を浮かべるどころかよろめきすらしていない。攻撃が効いていない。


「馬鹿な……。硬いダス!?」


 ローランドが言葉を漏らすとルートリッヒがガッシリと片手で如意棒を掴んだ。その握力でローランドの如意棒が固定される。引いても押しても動かない。外せない。握力だけで完全に固定されたのだ。


「ふぬっ」

 

 そして、ルードリッヒは力任せに如意棒を引き寄せる。すると両手で如意棒を握り締めていたローランドの体が片腕のパワーだけで引っ張られた。両腕が片手に力負けする。


「ななっ、なんダス!!」


 如意棒を引き寄せながら反対の腕を頭の高さまで振りかぶり拳を強く握り締めるルードリッヒ。その拳はまるで砲丸玉のようだった。細かい傷がいくつも刻まれた鉄球のように見える。


「ぅぉおおお!?」


 俺の鮮血で強化されているはずのローランドがルートリッヒの腕力に負けて引き寄せられた。それと同時に顔面をぶん殴られる。


 ドゴンっと音が轟いた。それはまるで特大サイズの和太鼓でも叩いたかのような重々しい響きだった。空気が揺れる。


「オラッ!!」


「ダスッ!!」

 

 鉄球のような拳がローランドのイケメンフェイスに痛々しくも減り込んでいた。


 振り切られる剛拳。後方に飛ぶホブゴブリン。


 ルートリッヒの鉄拳一振りで、ローランドの体が後方に飛んだ。鼻も潰れて前歯も折れて宙に舞う。


 ルードリッヒの力強い強打は常人のパンチ力を遥かに上回っていた。その破壊力は激突の一撃であった。引く力と押す拳の混合打である。殴る拳と引き寄せられた顔面が正面衝突したのだ。


「が、はぁ……」


 飛んで来たローランドが俺の頭上を超えて背後に落ちる。その姿は見るも無惨。俺はそれでもルートリッヒを睨みつけていた。ルートリッヒも俺から視線を外さない。


『ローランドさん!!??』


 ローランドを心配したキルルが掛け寄った。しかし、俺はルートリッヒを睨み付けながらキルルに問うた。


「キルル、ローランドは生きているか?」


『はい、生きてます!』


 するとキルルを押し退けたローランドが自ら答えた。身体を痙攣させながらも上半身を起こす。


「す、すみませんダ。ふ、不甲斐ないところをお見せしましたダス……」


 どうやらローランドは自力で立ち上がったようだ。顔面が陥没しかかっているが無事らしい。


 しかし、イケメンが鼻血で台無しだ。目元も紫色に腫れ上がっている。息も荒いし脚も震えていた。


 ローランドがそのような状況でも俺とルートリッヒは睨み合い続けていた。二人の眼光がぶつかり合って激しい火花をバチバチと音を鳴らしながら散らしている。意地でも視線を外さない。


 戦闘を中断したすべての者たちが俺らに注目していた。ボス同士の一騎打ちを見守っている。


 するとルートリッヒのほうから歩み出す。そして、渋声で語り始めた。


「魔王殿、黙って殴り合うかい?」


 静かな口調に籠もる漢らしい勇ましさ。


 唐突な提案だった。だが、シンプルで好ましい提案である。


「面白い、受けて立つぞ!」


 漢は黙って殴り合いだ。その辺は俺とルートリッヒの考えが合致している。


 感じ取れる。この傷だらけのオークから漢の匂いが感じられる。


「行くぜ!」


「上等!」


 両者が強く拳を握り締めた。


 ルートリッヒが俺の眼前で大きく踏み込む。


 俺は自然体でルートリッヒの拳を待ち受ける。


「ブヒィィイイイ!!!」


 大きな拳だった。固く握り締められた拳はボウリングの玉のようである。その拳骨を俺は自然体のままに顔面に食らう。避けない。躱さない。受け止める。


 ガンっと世界が揺れた。一瞬だけ視界が純白に染まる。その白い世界に眩い星が複数輝いた。


「オラっ!!!」


 俺を殴ったルートリッヒは力任せに拳骨を振り切った。その拳打で俺の体が後方に飛んで行く。


 今度はローランドの頭上を俺が超えて行った。そして遥か先の壁に激突して止まる。


 だが俺は倒れなかった。背中を壁にぶつけて跳ね返ると足から着地する。


 そして前に歩き出す。


 何もなかったかのような表情で親指で片鼻を吹くと、反対の鼻の穴から鮮血が地に散った。


『魔王様、大丈夫ですか!』


 呪縛の引力に引っ張られて俺の蕎麦に立つキルルが心配していた。その心配を余所に俺の潰れた鼻が元の形に戻って行く。


 歩む俺は微笑みながら言う。


「スゲェ~いいパンチを持ってるじゃあねえか。豚野郎!」


 ルートリッヒは倒れない俺を見て、少し感心している様子だった。口元が微笑んでいる。そのあとに、自分の拳を確認しながら言う。


「確かに俺の拳に、顔面が潰れた感触があったブヒ。間違いなく一撃で殺したはすだブヒ?」


 俺は前に歩き出すと真実を語る。


「今回の魔王様は、不死身だぜ!」


「不死身ブヒ?」


「更には最強で無敵だ!」


「最強で無敵ブヒ?」


「そうだ」


「馬鹿馬鹿しいブヒ」


「だが、それが魔王だ!」


「無敵、最強、無双の言葉は、このルートリッヒのためにある言葉だブヒ」


 うわ、なに、この自信は!?

 こいつの頭はド級の馬鹿か!?

 自信過剰なタイプなんだな。


「ならばブヒ──」


 言いながらルートリッヒが拳を振りかぶる。大きく振りかぶり過ぎて背中がこちらに向いていた。前を見ていない。これから撲る相手を見ていないのだ。身体を捻り過ぎである。それはまるでトルネード投法のように伺えた。


「大振りで来るか?」


「ブヒィィイイイ!!!」


 唐突に振り帰ったルートリッヒが、そのまま拳骨を振るう。全力を超えた全力だ。遠心力を生み出すために全身の筋肉を振るっているのだ。


「面白い!!」


 俺もルートリッヒの巨拳に魔拳を合わせた。すると俺の拳骨とルートリッヒの拳骨がぶつかり合う。


 拳と拳のぶつけ合いでは岩製のゴーレムにすら俺は勝っている。だからパンチ力には自信があった。


 しかし、激しい衝突音に続いてバギバギバキっと惨たらしい音が鳴る。続いてキルルが『キャッ!』っと悲鳴を上げていた。


 音の正体は俺の拳が砕ける音だった。拳が砕けるだけじゃあなかった。腕の骨が砕けてルートリッヒの拳に腕ごと押し込まれて潰された。拳の打ち合いで俺が押されているのだ。


「っ!?」


 次の瞬間には俺の拳が肩から直接生えているのが目に入った。

 否。腕が砕けて体内に押し込まれているのだ。


「がはっ!」


 唐突に俺は口から鮮血を吐いた。折れて押し込まれた腕の骨が肺や内臓に刺さったようである。そのまま前のめりに力無く倒れた。


「ふっ」


 仁王立ちのルートリッヒがダウンした俺を冷たい眼光で見下ろしている。


 そして、キングに告げた。


「貴様の主を連れて帰れブヒ。この辺で終わりにしてやるブヒ」


 キングは奥歯を噛み締めるだけで何も言い返さなかった。そのキングをルートリッヒは睨みつける。そこで俺が立ち上がった。


「ああ~、よっこいしょ」


「な、なに……!?」


 俺が立ち上がるとルートリッヒが驚きを露に出す。更にルートリッヒを驚かせたのは、俺の潰れた腕が再び元の長さに戻って行く光景だった。さぞかし奇怪だっただろう。


「自己再生、リジェネレーターブヒか?」


 俺は顎をしゃくらせながらふてぶてしく言い返す。


「そんな生易しい物じゃあねえよ。だってこっちとら、魔王様なんだからよ!!」


 再生して行く腕を回しながら俺は威嚇的に微笑んで見せた。


 漢と漢の勝負は始まったばかりだ。まだまだ続く。


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