38・ルートリッヒとの激戦
左半身が血塗れになった俺は上着を破くように脱ぎ捨てると平手でパチンっと胸を一つ叩いた。気合いを入れ直す。
それからふてぶてしく笑いながら視線だけでルードリッヒを威嚇した。
「さあ、続きを始めようか、組長さんよ!」
古傷だらけの豚面が怒りと闘志に歪む。獰猛かつ冷静な眼差しが俺を睨み付けていた。
「上等だブヒ!」
褌一丁のルートリッヒが両肩を怒らせ前に踏み出すと、短パン一丁の俺も首を左右に振りながら前進を開始する。両者が歩み出た。
堂々たる歩み。胸を張り、背筋を伸ばして、見栄を張る。互いに互いを押し潰さんと気迫を眼力に乗せて放っていた。
そして、首の関節をコキコキと鳴らした俺は口角を吊り上げながら豚野郎に言って放つ。
「一つギアを上げさせてもらうぜ。お前は少し強いから、ランクアップしないと戦いにならないようだ!」
俺の挑発にルードリッヒの表情が怒りで硬直する。こめかみに青筋が浮かび上がっていた。
「少しではない。かなり強いのだブヒ!」
恐れず迷わず怖気つかない両者が歩み寄る。堂々と向かい合う両者が互いの間合に踏み込んて行った。
そして、超接近。
眼前で足を止めた俺が豚顔を見上げるとルードリッヒが若僧の顔を見下ろしていた。ガンを飛ばし合う。
豚顔は怖い。視線が冷たいながらも気迫が半端でなかった。豚鼻から熱い蒸気が揺らぎ出ている。
「行くぞ!」
低い重低音ボイスと共に筋肉で太く鍛え上げられた剛腕がルードリッヒの頭の高さに振り上げられる。二の腕の力瘤が山のように盛り上がり握られた鉄拳から握力に溢れた闘気が流れ出ていた。
それはマグマ。熱い熱い闘志である。
刹那、長身のルートリッヒが打ち下ろしのパンチを打ち込んできた。拳圧に空気が揺らぐ。
俺は避けずにパンチを顔面で受け止めた。躱そうと試みれば躱せない速度ではなかったが、わざと顔面で受け止めたのだ。侠気を見せたのである。
「うらっ!」
ドガンッと激突音が轟いた。重低音が周囲の空気を揺らす。
だが、今度は俺もぶっ飛ばない。それどころかよろめかない。右足を後方に踏ん張り衝撃に耐えて見せる。
「耐えるブヒか!!」
ルードリッヒは薄笑いを浮かべながら驚いていた。否、喜んでいた。自分の剛拳を逃げずに受け止めてもらえたことに感激している。
俺は顔面でルートリッヒの拳骨を受け止めたまま言ってやる。
「チート能力で耐久力を上げてみた。これでお前のパンチを食らっても骨が砕けないぞ!」
「身体能力を書き換えたプヒか!?」
「そうだ。それが魔王の能力だ!」
そう、これも無勝無敗の能力である。
耐久力を向上させた。代わりに攻撃を避けないと書き換えた。一時的なステータス移動である。
耐久力を上げて、代わりに敏捷度を下げたとも言える行為だった。
一時的なのだが、こういうこともできるようだ。
「俺からも行くぜ!」
俺は片腕の廻し受けで眼前の剛腕を払いのけると前に飛び出す。ルードリッヒの股ぐらに踏み込み震脚で地面を揺らす。
そこからのパンチ攻撃。狙いは八つに割れている腹筋部分。
「せえゃ!!」
俺は拳銃から放たれた弾丸の如き迫力で拳を繰り出す。そして、ルートリッヒの懐に飛び込むと、拳を捻りながら中段正拳突きで腹筋が分厚そうな腹部に痛恨の一撃を打ち込んでやった。
バゴンッと派手な音が轟く。
まるで交通事故で軽トラが電柱に激突したときのような音であった。破壊音が生々しい。
「プヒっ!!」
俺の正拳突きを食らったルートリッヒが前のめりになって口をパクパクさせていた。
効いている。目を剥き、額には青筋が複数浮かび上がっていた。
正拳で打った腹部を見てみれば、捻れて飛び込んだパンチが腹筋と腹筋の割れ目に割り込むようにめり込んでいた。見るからにパンチの衝撃が内臓にまで届いている。たぶん今頃は吐きたくって仕方ないと思う。
「な、なんのブヒ……」
しかし、それでもルードリッヒは俺の体に太い腕を回してくる。頭の上から腕を回して俺の背後からズボンを掴む。
そして、力任せに吊り上げられた。
そのパワーはショベルカー。俺の体が軽々と持ち上げられる。
「うらぁブヒ!!!」
「お尻にズボンが食い込むぅぅうう!!」
そこからの遠投だった。力技にも程がある。
ルートリッヒは片腕一本で俺を遠くに向かって放り投げたのだ。相撲で言うところの上手投げである。
「うらっブヒ!!」
「おおおお!!」
おそらく10メートルは投げられていただろう。こんなに滞空時間が長い投技は初めてである。人間って空を飛べるんだなって自覚する。そんな俺に引っ張られてキルルも飛んでいた。
「うわ~、飛んでる~」
『僕まで飛んでる〜!』
投げられた俺は体を捻ると足から着地しようと試みた。だが、足元が地面に触れる刹那だった。ルートリッヒが走って追って来ていた。そして、撲られる。追撃であった。
「がはっ!!」
斜め下から斜め上に振り上げられたルートリッヒのスマッシュアッパーが着地寸前の俺をぶん殴る。
俺の顎先を捉えた拳が更に加速して振りきられた。その打撃に俺の視界が高速移動でブレていた。
「ぐはっ!!」
半裸の俺はグルグルと回転しながら空中を飛んだ。数回ほど回る。
自分的には何回ほど回ったか分からなかったが五回は回っていただろう。そして、頭から地面に落ちて行く。
「何糞!」
俺は回転しながら地面を拳で叩いて跳ね上がった。受け身に成功する。次の瞬間には両足で綺麗に着地を試みる。
しかし、着地に成功した俺にルートリッヒが肩を突き出し走り迫って来た。
「破極道ぉぉおおお!!!」
今度はタックルだった。巨漢の全体重を肩に乗せて突っ込んで来たのだ。
「ドンっと来いや!!」
半裸の俺は胸を張ってルートリッヒのタックルを体で受け止める。
凄い衝撃のタックルだった。ルードリッヒの巨漢を受け止めた瞬間に視界が激しく揺れた。それでも負けない。背筋に力を込める。踏ん張った右足にも力を込める。のけ反り堪える俺の筋肉が伸び切れそうになり悲鳴を上げていた。常人だったら肋骨が粉砕して背骨が折れていただろうタックルだった。トラックを超えたダンプカーで轢かれた衝撃だろう。
「うぬぬぬっ!!」
後方に脚を踏ん張り押される力に耐えていたが、豚の馬力に押されて踏み下ろした足を滑らせながら後退していく。
そのまま数メートル押されると、後ろ脚が後方の壁に当たって止まった。相撲であれば寄り出されたが、俺は体当たりを受けきった。
「組長のタックルを小さな子供の体で受け止めたブヒ!!」
独眼のアビゲイルが唖然と驚いていた。それだけ組長のパワーを信頼していたのだろう。
だが、パワーをパワーで受け止められたルードリッヒは諦めていなかった。攻撃の手を休めない。
「まだまだブヒっ!」
今度はルートリッヒに下手の回しを取るようにズボンを捕まれる。再び相撲の体勢だ。
「わっしょい!!」
そのまま持ち上げられた。頭よりも高く吊り上げられる。今度は櫓落としで投げられるようだ。
「まーたー、ズボンがお尻に食い込んでるるるる!!!」
「ブッヒーーー!!!」
そして、高角度から投げ落とされた。不自然な体勢で顔面から地面に叩きつけられる。
「ふにゃ!」
しかし、投技はそこで終わらなかった。また吊り上げられると再び地面に叩きつけられた。投技からの投技コンボである。
「くそっ!」
地面に叩きつけられた体に激痛が走った。肋が数本イカれて、右肩もイカれる。それでも再び釣り上げられる。三度目の投技が敢行された。
「またかっ!」
その時である。廻しの代わりとして掴まれでいた部分が破けて投技コンボから解放された。しかし、三度の投げに耐えていたズボンはボロボロだ。こうして本日も俺は全裸になる。
全裸の俺は地面を転がったのちに素早く立ち上がった。
「この野郎、 魔王様をボロ雑巾のように振り回してんじゃあねえぞ!!」
「まだ立てるブヒか!?」
俺は全裸のまま堂々とファイティングポーズを築いた。チンチロリンが風に靡く。
しかし、もう肩の骨折も直っている。グシャグシャに砕けた肋骨も完治していた。その俺にルートリッヒが走り迫り拳を振るう。
「うらっ!」
打ち下ろしのパンチだ。その拳骨に俺も拳骨を合わせる。
「そりゃ!」
ガンっと大きな拳骨と小さな拳骨がぶつかり合った。拳のサイズは違えど威力は五分五分。
刹那、ゴギッと音が鳴る。今度はルートリッヒのほうが拳を引いた。
「ぐがぁ……」
ルートリッヒの中指が折れている。更には手の甲から折れた骨が飛び出しでいた。
俺の拳骨のほうが勝ったのだ。
ルートリッヒは冷や汗を流しながら言う。
「おのれ、魔王が……ブヒ!」
全裸の俺は腰に手を当てながら言ってやった。
「安心しろ。直ぐに治るからよ」
全裸の俺が述べた通り直ぐにルートリッヒの指が回復する。折れて腫れていた中指が元の様子に戻ったのだ。
「な、なんだブヒ。痛みが消えたブヒ……」
「これが俺の能力だ。まあ、そんなことよりも続きを楽しもうぜ。行くぞ!!」
今度は俺から前にダッシュした。疾風と化してルードリッヒに飛び迫った。その前進にルートリッヒが拳を合わせた。俺の顔面をカウンターで打ち撲る。その拳を俺は強引に払いのけると更に前に踏み込む。再びルートリッヒの懐に入れた。そこからの反撃の乱打。
「せあっ!」
下段前蹴りで左膝を蹴る。
「とりゃ!」
右鍵拳で脇腹を打つ。
「おりゃ!!」
上段廻し蹴りで頭部を蹴り飛ばした。
「ぐがぁがぁがぁ!」
俺の鋭い三連打にルートリッヒの巨漢が揺れる。
どの打撃技も綺麗にヒットしていた。それでもルートリッヒはダウンしない。気合いで耐えていた。腰を落として両足に踏ん張りを入れている。
「糞ブヒィィ……」
そして、よろめくルートリッヒの眼前に俺は両足を揃えて跳ね上がる。敵の眼前でジャンプしたのだ。
「いっくぜぇぇええ!!」
俺は空中で両足を抱えるように体を丸めた。全身の筋肉を球のように圧縮して力を凝縮したのだ。
そこからの──。
「ドロップキックだ!!」
「ブヒっ!!」
俺は両足で飛び蹴りをルートリッヒの顔面に打ち込んでやった。
脚力に背筋の力を乗せた全身前例のドロップキックで顔面を蹴られたルートリッヒがダウンする。
ルートリッヒは背中から倒れてから一回転すると腹這いで止まる。全裸の俺も空中で一回転すると足から綺麗に着地した。
「どうだい、俺のドロップキックは!?」
「お、おのれ……ブヒ」
ルートリッヒは凄い表情で立ち上がって来た。豚面の額に怒りの血管が幾つも浮き上がっている。
顔だけでない。暑く暖まった全身にも血管が浮き上がって見える。まるで茹で蛸だ。
そのようなルートリッヒの眼光は、まるで親の仇でも睨むかのような眼差しであった。今にも噛み付いて来そうである。
その威嚇的な眼差しに答えるように俺も気合いを引き締める。睨みに睨みで返す。
そして、全裸の俺は股を割って深く腰を落とした。そこから両拳を握り締めながら頭の高さで構える。
顎を引き瞳を研ぎ澄ました。全裸の威嚇。俺も静かに闘志を露にする。
「な、なんだブヒっ……!?」
ルートリッヒの額から大粒の汗が流れ落ちる。
後日、ルートリッヒが述べていた。
この時に魔王エリクと重なって見えた闘志の光景を──。
それは、俺が別の生命体に見えたらしい。たぶんイメージが具現化して見えたのだろうさ。
そこに居たのは怪物を越えた怪物だったと言う。
身長3メートル、背中に巨大な蝙蝠の羽。鋭い瞳が四つ輝き、輪郭が獅子の形。額から角が三本生えていて、分厚い胸板に六つに割れた腹筋。太い腕は六本生えており、太い足と足の間に爬虫類の尻尾が生えていたらしいのだ。
幻覚だ。
俺への脅威が産み出した架空のイメージである。それは即ち、ルートリッヒが幼いころに想像した旧魔王デスドロフの姿であった。
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