36・オークの縦穴鉱山

 オークの住まい、縦穴鉱山。


 森に囲まれた直径50メートル弱の円形の大穴で、擂り鉢状のホールは深さも50メートル弱はある。


 その擂り鉢状の穴は大蛇がとぐろを巻くように一本道が下に延びていた。


 その壁にいくつもの横穴の鉱道がぽっかりと口を開けている。その横穴をオークたちは住処に使っているようだ。


 縦穴鉱山の上から俺たち三名+キルルが下りだすと、見張りをしていたオークが俺たちに気付いた。


 見張りのオークは二匹。

 デブい体にピンク色の豚の頭。身長は180センチぐらいで肥満体だ。粗末な服を纏って、手に持った槍を地についている。


 二匹のオークは俺たちに気付いていながらも騒ぎ出さなかった。冷めているが強気な視線で俺たちを睨み付けている。その眼光は鋭い。


 この冷たい視線を俺は知っていた。前世の世界で見たことがある。ヤクザだ。


 街頭で見かけた柄の悪い身なりのヤクザに似ている。しかもそれは幹部クラスのヤクザだろう。チンピラとは異なっている。その道で生きて来た凄みに満ちているのだ。


 俺たち三名が螺旋の坂道を下って二匹のオークたちの前に立つと、豚オークが冷静な口調で俺に問いかけてきた。


「どちら様でございますかブヒ?」


  敬語である。冷静な口調だったが、声色に明らかな威嚇が含まれていた。

 それと、どうやらオークの語尾はブヒのようだ。


 俺の横からキングが前に出る。そして、俺の代わりに名乗りを上げた。


「こちらにおらせられる御方は、この魔地域を束ねられる魔王エリク様だ!」


「「ブヒ?」」


 二匹のオークは一度顔を見合わせる。そして互いに首を傾げ合った。すると右のオークがキングを無視して俺に問いかけて来る。


「それで、魔王殿がここになにようブヒ?」


 キングは自分が無視されていることを知りながらも俺の代わりに答える。


「ここのボスに会いたい」


 二匹のオークは再び顔を見合わせたあとに一つ頷いた。すると左のオークが踵を返して下に進み出す。その背後に俺らが続ごうとすると、残ったオークが槍で俺らの前を阻んだ。


「ここで少々お待ちをブヒ」


 俺たちは素直に静止を受け入れる。

 そして、足を止めた俺にキルルが小声で耳打ちで話し掛けて来た。


『魔王様、オークって、思った以上に礼儀正しいですね……。でも、なんか怖いけど……』


「これは強者に従う配下の態度だな。おそらく上下の関係が伝統的に厳しい社会なんだろうさ」


『な、なるほど……』


 しばらくすると、先程のオークが帰ってくる。


「魔王殿、組の若頭アビゲイル様がお会いになられるそうブヒ。こちらにどうぞブヒ」


 そう言うとオークは俺らを縦穴鉱山の底に導くように歩き出す。俺たち四名は黙ってオークの後ろに続く。


 螺旋の坂道を下る俺たちを横穴の数々から覗き見るオークたちの姿が覗えた。その中には雌のオークや子供のオークも複数見られる。しかし、女子供ですら鋭い眼光でこちらを見ていた。眉間に力が籠り、なんだか怖い。


 その眼光から察するに、サラブレッドの極道に伺えた。産まれついてのヤクザの血が流れているかのような種族である。


 そのような複数の視線に俺たちの緊張感も高まって行く。


 俺たちが縦穴鉱山の底に到着するころには、複数の横穴から姿を現した雄のオークが強面を覗かせていた。


 各自が様々な武器を手にしている。石斧、木の棍棒、木の槍、木のハンマー。なんとも野蛮な見てくれの武器ばかりである。


 それらの武器で武装しているオークたちが否応なしにも俺たちに数多くの殺気をぶつけて来ていた。転生前の俺ならば、その気迫だけで逃げ出しでいただろう。


 すると殺気に敏感なキルルが怯えて俺の片腕にしがみついてくる。


『こ、怖いです……、魔王様……』


 ああ、可愛いよ~。それになんか頼られている感じが堪らんな。よし、ここは少し格好付けよう。


「恐れるな、キルル。魔王の俺が一緒なんだぜ。安心しろ」


 俺は爽やかな微笑みから覗かせる八重歯をキラリっと光らせた。


 決まったな!


 イケメンは昔っから八重歯を光らせるものだ。しかし、俺に八重歯って生えてたっけな?


『は、はい……』


 怯えるキルルが俺の腕を強く抱き締める。小さな胸元が俺の二の腕を挟もうと努力していた。


 うぉぉおおおおお!!

 た、堪りませんな!!!


 そんなこんなあって──。


 我々が縦穴鉱山の最下層に到達すると案内していたオークが言う。


「こちらで少々お待ちくださいブヒ」


 そう言うと一匹のオークが横穴の一つに入って行った。


 その大きな背中を見送った後に俺たちは四方八方から降り注ぐオークたちの視線に晒される。冷たくも威嚇的な視線が弓矢のようだ。その視線から自分たちが敵のホームに立っていることが再認識された。


『ま、魔王様……』


「焦るなキルル。あんなの屁でもねえよ。それに幽霊がビビるとか可笑しいだろ?」


『幽霊だって怖いものは怖いんですよ!』


「ですよね〜」


 俺だって強がって見せているが、本当は少し怖いのだ。まるでヤクザの組事務所に連れ込まれた一般人の気分だよ。今にもチビリそうである。


 しかし、今の俺は最強無敵の魔王なのだ、何もビビる必要はない。


 ない、はずなのだが……。


 マジで小便をチビりそうだぞ!!

 キルルや配下の皆が見ていなければ、さっさと逃げ出していただろう。


 そんな感じで俺が緊張していると、先程のオークが帰ってきた。オークは、横穴から出ると道を開けて頭を下げた。

 そのオークの前を大柄のオークが横穴から歩み出る。


「デカ……」


 それが初見の感想だった。


 それは身長2メートルは有るだろう巨漢。体重も250キロは超えていそうだ。超ド級のオークだった。小錦のように丸くて大きいのだ。


『お、大きい……』


 震えるキルルが俺の背中に潜むように隠れる。

 キングもローランドも唖然としていた。そのぐらいの規格外のサイズだった。


 その巨漢オークが更に脇に退く。

 すると、その背後から独眼のオークが姿を現した。


 身長は170センチ程度だが、アイパッチで片目を隠した特徴的なオークだった。


 門番たちよりも少し体格が小さいが、この独眼オークのほうが装備が充実している。


 腰には鋼のバトルアックスを下げ、背中に鋼のカイトシールドを背負っている。全身はレザーアーマーで覆っているが、タプタプな腹の贅肉だけが、はみ出るかのように装備の隙間から覗かせていた。


 しかし、顔は極上な強面。独眼アイパッチの真下に刀傷で十字が刻まれている。残りの一つ目の奥に、数多くの修羅場を潜り抜けてきただろう凄みを感じ取れた。


 察するに、この独眼のオークが、巨漢のオークよりも格上だろう。

 こいつがボスだ。こいつのほうが強い。気配だけで分かる。それだけ独眼の凄みが格違いだった。


 大股を開いて腰を落とした独眼のオークが礼儀正しく頭を下げながら名乗る。


「私が若頭を勤める、オークのアビゲイルってもんだブヒ。魔王殿、お見知りおきを──」


 まさにヤクザの挨拶だった。初見の相手にも礼儀を正している。

 だが、俺だって負けてはいられない。

 俺は偉そうに胸の前で両腕を組ながら言ってやった。


「俺が魔王エリク様だ!!」


 どや~~~!!!

 これが魔王流の挨拶である。


 すると頭を下げたままの独眼オークのアビゲイルが問うてきた。


「それで、何用ブヒ、魔王殿?」


 俺を魔王と呼ぶアビゲイルの口調は敬語だったが、敬意の色は微塵も見えなかった。むしろ威嚇の凄みが感じられる。そこから俺に屈服する気がないのが悟れた。


 それでも俺は、ここに来た目的を素直に述べる。


「お前らオークたちを魔王軍に徴兵する。女子供も魔王国の民として支配する。そして、この縦穴鉱山も我らが貰うぞ!」


「はぁ……?」


 アビゲイルが声を漏らしてから頭を上げた。その眼光は冷たく鋭い。まるで研ぎたてのナイフのようだった。


「魔王殿、何か勘違いなされていませんブヒか?」


「勘違い?」


「我々猪豚組は、かつては魔王に使えていた魔物の末裔ブヒ」


「あら、そうだったの。それじゃあ話が早いな。また支えてくれれば良いだけだ」


「しかし、それはかつての話ブヒ。魔王デスドロフ亡きあとは、我々は自由の身ブヒ。もう誰の下にもつかないブヒ!」


 言葉の後半は荒々しくなっていた。憤怒が見て取れる。


 そして、アビゲイルが台詞を語り終ると縦穴鉱山の横穴から武器を持ったオークの戦士たちがブヒブヒと姿を現す。ハートジャックの調査通り90匹は居るだろう大群の雄たちであった。


「やっと本性を現しやがったな!」


『あわわわ!!』


 キングとローランドが俺に背を向けて後方を警戒した。


「魔王様、背後はおまかせください!」


 犬面を引き締めてキングが光るシミターを鞘から抜くと、ローランドは耳に掛けていた木の枝を抓むように取り出した。


 その木の枝が長く伸びる。そして、1メートル半ぐらいの長棒に変わる。


「まるで孫悟空の如意棒だな」


 これが変幻自在の意味らしい。完全にマジックアイテム化している。


 オークボスのアビゲイルが顎をしゃくらせながら荒々しく述べた。


「何が魔王ブヒ。たった三匹で我らが猪豚組に殴り込みをしかけようとは、舐めたことブヒなっ!!」


「猪豚組って、本当にヤクザ事務所かよ……」


 しかし、広角を吊り上げたキングが反論した。


「我々とて馬鹿ではないぞ、見よッ!」


 キングが片手を高く上げた。それを合図にゴブロンやホブゴブリンたちが縦穴鉱山を囲むように姿を現す。


「ブヒヒヒヒッ!!」


 だが、それを見てアビゲイルが高笑いを上げる。


「やはり馬鹿だブヒ。数が少な過ぎだろう。こっちの戦士は90匹居るブヒ。そっちは20匹居るか居ないかではないかブヒ!!」


 ローランドが両手でしっかりと如意棒を構えると言う。


「我々は魔王軍ダス。20匹も居ればオークの100匹や200匹を制圧するのは容易いことダス!」


 いや、20匹も居ないけどね!


 だが、ローランドの言葉を聞いて独眼の額に稲妻のような青筋が走る。侮辱と捉えたようだ。


「我々猪豚組も舐められたものよのぉ。ならば、試してみるブヒか!?」


 キングとローランドが声を揃えて答えた。


「「上等、掛かってまえれ!!」」


「野郎ども、こいつらをぶっ殺してしまえブヒ!!」


「「「「ブヒーー!!!!」」」」


 オークたちが武器を翳して擂り鉢状の坂道を滑るように下り出す。それを見てキングが叫んだ。


「全員突撃!!」


「「「「おおーー!!!」」」」


 こちらの仲間たちも擂り鉢状の坂道を下り出した。その手にある武器が炎で燃え上がる。


「ひっはーーー!」


 縦穴鉱山のあちらこちらで戦闘が始まる。


 俺は首を左右に振ってコキコキと鳴らしながら言った。


「よ~~し、試合開始だぜぇ!!」


 魔王軍vs縦穴鉱山の猪豚組。

 戦闘の開始だ。


 人数的には釣り合ってはいないが、戦力的には魔王軍のほうが高いだろう。それだけ鮮血の進化は偉大なのだ。





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