35・男意気

 俺は森林の中を仲間である配下たちと疾走していた。


 コボルト、ゴブリン、ホブゴブリンで編成された17匹のモンスター部隊。俺とキルルを入れれば19名で森の中を走っている。


 先頭を走るコボルトのハートジャックが振り返らずに俺に話し掛けてきた。


「流石はエリク様の鮮血を取り込んだ面々ですね~。私の移動速度にも遅れる者は一匹も居ないとは凄いですよ〜」


 俺はハートジャックの短パンから生え出た尻尾のきわどい隙間に向かってふてぶてしく返してやった。


「当然だろ。俺のチート能力で書き換えられたステータスの持ち主たちだぞ。もう、そんじょそこらのモンスターと一緒にするな。その辺は、お前らだって誇っていいんだぞ」


 俺が周囲の仲間に言うと、皆が口元だけで微笑んだ。俺が言いたい事を理解しているようだが謙虚に振る舞っているのだろう。


 そして、代表してキングとローランドが感謝の言葉を述べる。


「エリク様、恐縮します!」


「進化に関してはエリク様に感謝以上の恩義を感じておりますダス!」


「そうだ、魔王たる俺に感謝しろ、尊敬しろ、髪の如く崇めよ。がっはっはっはっは!」


 可愛らしくキルルが俺の頭をポンっと叩いてから述べる。


『魔王様、調子に乗りすぎですよ。少しは皆さんを見習って謙虚に振る舞ってください。それも魔王様に必須な行いだと思います』


「魔王が謙虚でどうする。魔王は偉そうに振る舞ってこその魔王だぞ。傲慢こそ魔王の特権だ!」


『はいはい、分かりました。もう魔王様に何を言っても駄目ですね……』


 呆れ返るキルルがヤレヤレと首を振っていた。我が儘な俺に意見することを諦めている。


 俺たちは墓城を出て、もう一時間は森の中を走っていた。だが、誰一匹として止まらない。休まないで走り続けている。


 俺もそうなのだが、誰一匹として息が上がっていない。アスレチックのような高低差が激しい足場の悪い森の中をスイスイと難なく走っている。


 走っていないのはキルルだけであった。

 僕っ娘幽霊だけが俺の背中にしがみ付きながら移動している。


 そんなこんなしていると先頭を走るハートジャックが言う。


「このペースならば、あと三時間ほどで縦穴鉱山に到着できるんじゃあありませんかね~」


「あれ、アンドレアの話だと、一日ぐらいの道のりだって言ってなかったっけ?」


「それは我々が鮮血の儀式を受ける前の話でしょうね~。今は止まらず休まず、更には前より速く走れるのですよ~。当然ながら、移動の時間も短縮されますね~」


「なるほどね」


 それだけステータスアップしているってことかな。


 要するに素人が走る箱根駅伝と一流ランナーたちが走る箱根駅伝とではタイムが違ってくるのは当然だろう。今の俺たちだと、そのぐらいの差があるってことだ。


 そして、俺は走りながら溜め息を吐いた。


「ところでキルル。お前は何故に俺にしがみついている?」


 幽霊のキルルは俺の背後から首に両腕を回して背中に抱きついていた。まるで走るのが億劫だと言いたげである。


『だって僕には、こんなスピードで移動する体力はありませんですもの」


 キルルは墓城を出てから俺にしがみつきながら移動していた。幽霊なので重みは無いが、少しウザったい。


 それに、俺の背中に抱きついているのだが、感触が無いのだ。

 俺の背中にキルルが胸を押し付けているのだが、その感触が微塵も感じられない。それがガッカリである。


 俺の首に両腕を回しているキルルが甘えるように耳元で囁く。


『魔王様に、しがみついていたら駄目ですか?』


 甘い甘い囁きだった。初な俺の心を擽る乙女ボイスである。


「いや、駄目じゃあないけれどさ……」


『じゃあ、OKですね♡』


「う、うん……。仕方無いな、キルルは……」


 ああ……、これが生身の女の子だったら、どれだけ嬉しいことだろうか……。


 とりあえず、町作りが落ち着いたら、キルルを生き返らせる方法でも探してみるか。


 ここは剣と魔法のファンタジー異世界なのだから、なんらかの方法があるかも知れない。リザレクションの魔法だってあるらしいしな。


 俺は生身のキルルとムフフフな感じでジャレ合いたいのだ。


 そんなことを考えながら俺らは縦穴鉱山に向かって走り続ける。


 やがて数時間が過ぎるとハートジャックが唐突に立ち止まった。ここまで移動していて立ち止まるのは初めてである。


「どうした、ハートジャック?」


「エリク様、あと100メートルぐらいで縦穴鉱山です~」


「ほほう、到着したか」


 俺たち19名は森の中でしゃがみ込むと輪になって作戦会議を始めた。持ってきた革の水筒で水を回し飲みする。流石に喉ぐらいは渇くのだ。水は温かったが無いよりはマシだった。


 そして、喉が乾かない幽霊のキルルが俺に問う。


『魔王様、それではどのような作戦でいきますか?』


 俺は革袋で水を一口飲むと即答する。


「簡単だ。俺が正面から殴り込む。お前らは縦穴鉱山を囲んでオークを一匹たりとも逃がすな」


 回って来た水筒を受け取ったキングが飲む前に言った。


「我々が包囲で、エリク様が一人で殴り込むのですか?」


「いや、キングは俺に同行しろ。約束だからな。今回は活躍してもらうぞ」


「あ、ありがたき幸せ!!」


「あと、ローランドもかな」


「オラも良いダスか!?」


「ああ。おそらくこのメンバーでキングに続く戦闘力を有しているのはローランドだろう。だからキングと組んで互いを守り抜け」


「「ははっ!!」」


 キングとローランドが揃って頭を下げた。


「あっしは包囲班でやんすか?」


「ああ、ゴブロンたちはホブゴブリンと一緒に包囲係な」


「詰まんないでやんすね……」


「そう言うな。もしも逃げるオークが居たら足止めしろ。絶対に逃がすなよ」


「オークは逃げませんでやんすよ。アイツらは、そう言うモンスターでやんすから」


「そうなのか?」


 俺が問うとキルルもキングも頷いた。


「あいつらは、死ぬまで戦う単細胞ダス」


「そうなんすよね〜。そこが面倒臭い連中でやんすから」


「ならば、最初は取り囲んで様子見していろ。もしも俺らの話し合いが破談したら、お前らも縦穴鉱山に殴り込め。オークすべてをぶっ倒せ。ただし殺すなよ」


「分かったでやんす!」


 ローランドたちホブゴブリンも頷いていた。しかしキングが心配そうに意見する。


「ですが、オークたちがエリク様の申し出に賛同するでしょうか?」


「その辺は、魂で訴えるよ。仲間に加われってな」


「では、いつ始めますダ?」


 俺はローランドの胸板を拳で叩きながら言った。


「直ぐだ。これから直ぐ動く!!」


 俺が立ち上がると皆が揃って立ち上がる。


 皆が凛々しく瞳の奥を燃やしていた。やる気満々である。臆する者は一人も居ない。皆が皆、戦士の闘志を放っていた。


「では、包囲班は縦穴鉱山を囲むように配置に付け!」


「「「はっ!」」」


 畏まりながら返答する15匹の兵士たち。今回は脇役だが、それでも表情は凛々しく各々が主役のような面構えだった。


「しばらくしたら、俺とキング、それにローランドが縦穴鉱山に入っていくから様子を伺ってやがれ。あとは各々の判断に任せる!」


「「「はいっ!!」」」


 戦士たちが勇ましく答えていたが、キルルだけが心配そうに言葉を溢していた。


『なんだか大雑把な作戦ですね……。今後は作戦参謀のカラーを持った何者かが必要じゃないでしょうか……』


「五月蝿い。男はこのぐらいで良いんだよ」


『魔王様は本当に安直ですね……』


 俺たち滾る男衆はキルルの心配を余所に作戦を開始した。各自がポジションに移動する。


 やがて俺とキング、それにローランドが並んで縦穴鉱山の入り口に向かって歩き出した。堂々と歩む。その背中には漢が燃えていた。


「行くぜ、キング、ローランド!」


「はい、エリク様!」


「はいダス!」


 なんだか、ワクワクするな~。

 これから戦闘が始まると思うのだが、俺ってこんなに戦うのが好きだったっけな?

 前世だと殴り合いの喧嘩すら経験が無かったのにさ。


 まあ、とにかく、楽しく愉快に頑張って行こう。それが一番大切だろうさ。




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