32・ありがたき水源

 俺はキルルと並んで町の道端に積まれた丸太の上に腰掛けながら大工仕事に性を出しているゴブリンやコボルトたちの姿を眺めていた。


 大工のスペードが鉢巻き姿で精を出している。それに仕事に励む連中は一端の職人風の空気感を出していた。職人のメモリーが開封された連中なのだろう。


 そして、彼らが使っている大工道具は穴が開いてしまった鉄鍋や古くなって使われなくなった防具を溶かして作り出した数少ない大具道具であった。

 まだまだそれらの大工道具は少なく作業するには不便を掛けているようだった。早く鉄を手に入れないと非効率っぽい。


 そう思いながら作業員たちの仕事を眺めている俺たちの側にはかったるそうにだらけているゴブロンと角刈りが座っていた。ゴブロンが小指で鼻糞をほじってやがる。


 周りを眺める俺は隣に腰かけるキルルに言った。


「皆真面目に働いているな……」


『そうですね』


 キルルは明るい笑みで俺に問いかける。


『魔王様も働きたいのですか?』


 俺は頬杖を膝に付きながら答えた。


「まさか、俺が大工仕事をしたいと思うのか?」


『したくはないのですか?』


「無理だ。俺は学校の工作すら出来ずに怠けていた男だぞ。大工仕事なんて絶対に不可能だ」


『言っている意味が分かりませんが、とにかく無理なのですね』


「それに、この手の仕事は下々に任せているから魔王の俺が口出しするような事じゃあないんだよ」


『なるほどです。身分を弁えろってことですね』


「まあ、そう言うことだな……」


 キルルにそう返した後に俺は近くでだらけているゴブロンと角刈りを凝視した。だらける二名は日差しが暑いのか手を団扇代わりにして顔を扇いでいる。


「なあ、ゴブロンに角刈り」


「なんでやんすか、エリク様?」


「お前らはここで何をしているのだ?」


 ゴブロンがダラダラした態度で答える。


「決まってるじゃあありやせんか」


「なんだ?」


「護衛でやんす」


「『護衛?」』


 俺とキルルが二人並んで首を傾げた。不審な眼差しでゴブロンを凝視する。


「そうでやんすよ、エリク様。我々は魔王様の親衛隊なのですから、当然ながらの護衛中でやんす」


「そのだらけた態度が護衛の態度か?」


「だらけてようが、だらけていまいが、護衛は護衛でやんす」


『僕には護衛を言い訳に仕事をサボっているようにしか見えませんが?』


 キルルが可愛い顔で的確なことを指摘した。流石は秘書だな、鋭いぞ。


「そ、そんなことはないでやんすよ、キルル殿! これは立派な護衛の仕事でやんす!!」


 慌てるところを見るからに図星だったようだ。流石はゴブリン、ずる賢い。進化しても小鬼は小鬼なのね。


「まあ、いいさ。だらけているところを皆に見られているんだ。そのうち皆にやっかまれても知らんからな」


 ギグっとゴブロンと角刈りが硬直した。少し怯えながら周りを気に仕始める。


『魔王様も民が見ているのですから少しはシャキッとしてくださいね』


 ギクッ!!


 続いて俺が硬直した。


「そんなことよりも……」


 俺は話を反らすために自分の脇の下をクンカクンカしてみた。脇の下がほのかに臭うのだ。臭い。


「なあ、キルル。俺、臭くないか?」


『すみません、魔王様。僕は臭いが分からなくて……』


「あ~~、そうだったな……」


 俺はもう一度自分の脇の下を嗅いでみた。

 確実に酸っぱい臭いが漂ってくる。着ている服も汗臭い。


「なあ、ゴブロンに角刈り、お前らも嗅いでみるか?」


「結構でやんす……」


 ゴブロンが露骨に嫌な表情で拒否していたが、角刈りのほうが平然と話に乗って来た


「じゃあ、俺は少しだけ」


 そう言い角刈りが俺の脇の下に鼻を近付ける。クンカクンカと臭いを嗅いだ。


「あ~、確実に臭いますね~。酸っぱいですよ」


「そう言えば転生してから一週間ぐらい過ぎたが、一度も風呂に入ってないな……」


『魔王様は、お風呂に入りたいのですか?』


 角刈りが言う。


「エリク様、この辺にお風呂なんて高級な施設はありませんよ……」


「風呂は贅沢品か?」


「贅沢ですね。私はお風呂になんて浸かる贅沢をしたことがありませんよ。お風呂と言う存在だけは知ってますがね。」


 角刈りの言葉にゴブロンもコクリコクリと頷いていた。

 まあ、魔物であるゴブリンが風呂に入るとは思えない。


「じゃあお前らは風呂をどうしているのだ?」


「体をお湯に浸けたタオルで吹くとか、川に水浴びに行くぐらいですよ」


「水浴びか~、俺も水浴びでもするか~」


「じゃあ、どうでやんす。これから水浴びにでも行きやんすか?」


「水浴びってどこでやるんだ?」


「川でやんすよ」


「川って近いのか?」


「ここから150メートルぐらいでやんす」


「じゃあ、行ってみるか。ゴブロン、角刈り、俺を水浴び場まで案内しろ」


「「はっ!」」


 護衛を気取る二名のゴブリンは元気良く敬礼すると森のほうへと俺を案内する。そして、森の中を150メートルほど進むと滝が見える川に到着した。その周辺にはマイナスイオンが充満している。空気が清々しいのだ。


『なかなかの滝ですね』


「そうだな」


 岩場に聳える滝の高さは15メートルほどの高さだった。滝壺に子供たちが水浴びをしながらワイワイと遊んでいる。川の大きさは小川程度であった。大きくもないが深いところは足が届きそうにない深さだ。


「ここが水浴びの滝でやんす」


「なんか思ったより立派な滝だな。自然豊かで清々しいぞ。マイナスイオンに溢れていそうだな」


『何を言ってるかよく分かりませんが、そうですね、魔王様』


 川下のほうを見れば女性たちが選択に励んでいる。そこから生活の中心がここにあるのだと感じ取れた。


「洗濯もここでやっているのか?」


「洗濯だけでなく、村の水はすべてここから汲んできて使っていますよ。飲み水もここで汲んでます」


「生活用水すべてがこの川からの使用なのね」


「そうでやんす」


「うぬぬ?」


 なんか滝上から声が聞こえたような気がする。


 俺が滝の上を見上げると角刈りが言う。


「滝の上流は、女性用の水浴び場です。あと飲み水は上流から汲んでくるので、飲み水用の水汲みは女性たちの仕事となっています」


 角刈りの話を聞いて俺の眼の色が変わる。形も厭らしく歪んでいた。それは煩悩の形である。


「要するに、上は楽園なのだな!」


 俺の情熱的な声色を感じ取ったゴブロンが拳を強く握り締めながら言った。


「その通りでやんす!!」


 だが、ゴブロンが悲しそうに上流を見上げながら述べる。


「ですが、上は男子禁制のエリア……。男は何人たりとも近付けないでやんす……」


 その時であった。我々四名の背後をアンドレア、カンドレア、チンドレアの三名が話ながら坂道を登って行くのであった。


「カンドレア、チンドレア、今日も力仕事をご苦労でありんす。おぬしらのお陰でだいぶ作業がはかどったでありんすよ」


「御姉様、力仕事なら我々妹にお任せください」


「御姉様の分まで我ら妹が頑張りますわ」


「本当に助かるでありんす。それじゃあ一日の閉めに水浴びでもしてからご飯にするでありんすか」


「「はい、御姉様」」


 俺、ゴブロン、角刈りが三姉妹の後ろ姿を黙ったまま静かに見送った。双子姉妹のプリケツもセクシーだったが、アンドレアのロリロリしい後ろ姿もプリティーだった。


「「「…………」」」


『ど、どうしました、魔王様……?』


 我々三名の静けさに違和感を強く感じ取ったキルルが不穏な言葉を掛けていたが俺はキルルを無視してゴブリンたちに言う。


「ゴブロン、角刈り、聞いたか、今の?」


「へい、聞きやした……」


 真面目な表情で角刈りが言う。


「それで、魔王様はどうなされるつもりですか?」


 俺は真剣な眼差しで答えた。


「決まってるだろ。行動あるのみだ!」


「「流石は魔王様!」」


 その言葉でゴブリンたちは俺の気持ちを察してくれた。三人の気持ちが揃う。


「そこでだ、何か名案はないか?」


「古典的ですが、草木の陰から覗き込むのが得策だと思います!」


「よし、名案だ! その作戦で行動するぞ!!」


「「はっ!!」」


 ゴブロンと角刈りが凛々しく敬礼したときである。キルルがフワフワと空に飛び上がると滝の上流に向かって大声を放った。


『アンドレアさ~ん、カンドレアさ~ん、チンドレアさ~ん。覗きですよ~。魔王様とスケベゴブリン二匹が覗きに行きますよ〜』


「「「はっ、裏切り者が居る!!」」」


 俺たち三名が驚愕に固まる。

 するとキルルの呼び掛けにカンドレアとチンドレアが滝の上流から頭を出した。そして、我々を見下ろす角度から大木槌を投擲してきたのだ。投げられた大木槌が俺の足元に着弾してドゴンっと跳ねる。


「危ねぇ!!!」


「「ひぃぃいいいい!!!」」


 俺たち三名は走って森のなかに逃げ込んだ。そして、自分たちの安全を確保するとゴブロンが俯きながら近くの木を拳で叩いて悔やむ。


「ち、畜生でやんす……」


 俺は微笑むキルルを見ながら愚痴った。


「まさか、こんな間近に密告者が存在するとは……。おちおちと覗きすらできないのかよ……」


 ただただキルルはニコニコと微笑んでいるだけである。覗きという卑劣で下劣な行為を犯そうとしていた男子たちを微笑みながら見下していた。


 この幽霊少女が怨めしい……。

 もしも俺が幽霊だったら、その能力を全開まで活かして覗きに励んでいただろうにさ。


 俺は肩を脱力しながら諦めた。


「仕方ない、覗きは諦めよう……」


「そ、そうでやんすね……」


「しょうがないから、滝の水だけでも飲んで行くか……」


「そ、そうですね……」


「女性たちの味がするかも知れやせんからね……」


 なかなか分かってるな、こいつら。

 こいつらはもしかしたら変態なのか?

 ならば護衛として認めてやろう。適任だ。


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