33・実験の結果と密偵の帰還

 会議の後にハートジャックが偵察に出てから三日が過ぎた。今日にはオークの縦穴鉱山から帰ってくるころだろう。

 俺的には何やら楽しげな情報をゲットしてきてくれることを祈るばかりである。


「あ~、食った食った~」


『魔王様、朝から食べ過ぎじゃありませんか?』


 俺は朝飯で膨れた腹をポンポンと叩くと奥歯を爪楊枝でシーシーした。奥歯に引っ掛かったスジ肉を取ろうと懸命に頑張る。


 今日は朝食から豪華だった。良く分からない植物のサラダとマッシュポテトの盛り合わせに、熊肉のステーキだったのだ。

 熊肉は昨日の昼間にキングたち狩り班が森で狩って来た獲物である。


 この森にはたくさんの肉食獣が住んでいる。熊よりも大きな魔物も少なくない。だから狩りの獲物には不自由しないだろう。最悪でも肉さえ食ってれば飢えないことだろうさ。


 腹が膨れた俺は叩きながら心配するキルルの言葉に陽気に答えた。


「そうかな~。俺、食い過ぎなのか?」


『そんなに食べてばかりいると、太っちゃいますよ』


 キルルが可愛らしくお腹をポンポンと叩いていた。まるで自分がご飯をたらふく食ったかのようである。


「キルルはデブが嫌いか?」


『太っちょは嫌いではありませんが、太ってて戦えますか?』


 俺は僅かな腹の肉を摘んで引っ張った。腹筋に残った皮が少しだけ伸びる。


「持久力は減りそうだな。ならば太らない努力は欠かさないでおこう」


『それが良いと思いますよ。魔王様がデブでは威厳が損なわれますからね』


 俺はクィンさんが作った朝食を食べ終わると、村の中をキルルと二人で話ながら散歩していた。


 村の中ではコボルトやゴブリンたちが朝から仕事に励んでいる。家の増築や路上の整備がメインの仕事のようだった。


 木を伐採して木材を確保して家の骨組みを建てる。そこに手作りの煉瓦や河原から運んで来た石を積んで壁を築いていく。まだ屋根は藁葺だ。バナナの葉っぱのような大きな物を使っている家もある。


 鍛冶屋のダイアが言ってだが、後々は瓦の屋根に替えて行くらしい。まだ今は瓦作りまでは手が回らないらしく人手の追加を要求していた。その辺の人員補給はオークを仲間にできたらの話だろう。それまでは人手不足は否めない。


 それでも少しは村の人工も増えた。

 村の近辺で少数で部落のような暮らしを行っていたゴブリンやコボルトたちがパラパラと合流して来たのだ。来る者は拒まない俺はそいつらにも鮮血を分け与えて仲間にしてやった。


 今は村に130匹程度のモンスターたちが暮らしている。30匹程度増えたのだ。


 でも、そのほとんどがコボルトとゴブリンたちである。ホブゴブリンは大木槌姉妹に、ローランドとやって来た連中で計12匹しか居ない。


 戦力として大きく期待できるのは、やはりホブゴブリンたちだろう。何せ体格もパワーも異なる。大きいは正義なのだ。


 それと昨日の話だが、猫耳モンスターが一匹仲間に加わったのだ。そいつに鮮血を分け与えたら美少女に変貌したからビックリしたぜ。


「エリク様~、おはようニャ~!」


 噂の猫耳娘が俺の前に現れた。


 黒髪のショートボブで頭に猫耳を生やした若い娘だ。体型はスレンダーで寂しいぐらいの貧乳である。細身の体には熊皮で作った上着とミニのタイトスカートを穿いていた。瞳はグリグリした猫目でお尻にはネコネコした尻尾が生えている。

 なんにしろ動きがエロイ。猫特有の腰をくねらせながら歩いてくるのだ。


 俺の鮮血を受けるまではもっと化け猫っぽい猫だったが、今はキュートな獣人猫キャラに変化している。猫又から猫娘に進化したのかも知れない。


 なんでもヘルキャットって言う名前の知的モンスターらしく、普段は群れを作らず単体で森の中を徘徊しているらしい。森の自由人らしいのだ。


「よう、ペルシャ。村には慣れたか?」


「まだ、慣れないニャ~」


 ペルシャの語尾を聞いたキルルが質問した。


『ペルシャさん、語尾のニャ~が取れてませんね?』


 そうである。普通は鮮血を分け与えられる前に語尾が付いていたモンスターは、俺の支配を受け入れて進化すると語尾が消えるものなのだがこいつは語尾が残ったままだった。


 ペルシャはショートボブの髪先を指先でクリクリしながら答える。


「これは、わざとだニャ~」


『わざとですか?』


「ペルシャはヘルキャットだから、ヘルキャットとしてのアイデンティティーを失いたくないニャ~。だからわざと語尾を残しているニャ~」


 ペルシャは猫娘らしく大きな瞳を細めながら言っていた。


 まあ、猫には猫なりのポリシーが有るのだろう。俺的には可愛らしいから構わない。


 しかし、なんだか安いコスプレ喫茶に行ったような気分である。こいつにはフリフリのメイド服が似合いそうだ。


『語尾はわざとですか、そうだったのですね』


「そうですニャ〜、わざとですニャ〜」


 まあ、キャラ付けだろう。好きにしたらいいさ。


「ところでペルシャ。住む場所は決まったのか?」


「はいニャ~。それはキングさんに小屋を一つ頂いたニャ~」


「それじゃあ仕事はどうなっている?」


「仕事は建築家だニャ~」


「『建築家?」』


 するとキルルがペルシャの職業カラーを確認した。オッドアイでマジマジと見る。


『あら、本当にペルシャさんのカラーは建築家ですね』


「建築家って、大工か?」


「大工の上位職業だニャ~」


「上位職業?」


「建てる家のデザインを図面に起こして大工さんたちに指示を出して作業を進めるのが役目だニャ~」


「よく分からんが、現場監督みたいなもんか?」


「まあ、大体は正解だニャ~」


『何か大変な役柄ですね』


「そうでもないニャ~。それに、建築家のメモリーが開封されて、自分の変化が嬉しいニャ~。ただただ、森を彷徨いながらネズミを狩っているだけのモンスターから文化を先導する建築家に成れて嬉しいのだニャ~」


「そんなものなのか〜?」


「そうですニャ〜。芸術は爆発だニャー!」


 ペルシャは心から喜んでいそうな微笑みを浮かべている。それは太陽のように明るい。

 なかなか可愛いじゃあねえか。

 これだけ猫耳ニャーニャーキャラだと得点は高いぞ。


「まあ、楽しそうだから、歓迎すべきだな」


 ペルシャは村の中を見回しながら言う。


「それに、この村を町に変えるための建築配置を考えるとワクワクするニャ~。攻防一体でありながら暮らしやすい町に発展させる。それに自分が関われるって思うと、楽しくてなりませんニャ~!」


「あ~、この村が町にクラスチェンジするかどうかはペルシャに掛かっているのか」


「私的には、もっと高い場所に狭い部屋の家を建てたいのですが、何故か皆さんに却下されましたにゃ~」


「それは猫族を優先し過ぎだからだろ……」


『高くて狭いところが好きって言うのは猫のままなのですね』


「まあ、見ていてくださいニャ~、エリク様。私が鉄壁の町を設計して見せますニャ~。この墓城をかつての魔王城のように立派に変えてみせますニャー!」


 たぶん防壁も築くつもりなのだろうさ。

 どうやって作るのかは知らんが、それは俺も期待しちゃうよね。防壁って男の子のロマンが詰まっているもの。


「立派な町を築くから、期待していてくださいニャ~、エリク様!」


「でも、資材不足はどうする。大具道具すら足りていない有り様だぞ?」


「それは徐々に解決して行くしかないニャ〜。でも、作業用道具は一度揃ってしまえばしばらくは問題なくなるニァ〜。だから物資不足は時間が解決してくれるニャア〜」


「呑気な考え方だな。まあ、それでも期待してるぞ、ペルシャ」


『僕も期待してますよ、ペルシャさん』


「はいニャー。頑張るニャア〜」


 あっ、それよりも俺には用事があったんだ。こんなところで油を売っていられない。


「ところで、ペルシャ。アンドレアを見なかったか?」


 ペルシャは村の先を指差しながら言った。


「ああ、あのチビッ子ロリロリゴブリンですね。さっき、広場のほうで見たニャ~」


 こいつ、表現が悪いな。チビっ子ロリロリゴブリンって卑下しすぎしゃねえか。アンドレアと中が悪いのかな?


「そうか、サンキュー。よし、キルル、行くぞ」


『はいです、魔王様』


 俺はペルシャと別れて広場を目指した。すると広場でアンドレアを見掛ける。


 そのアンドレアの周りに数匹の子供たちが列を成して囲むように座っていた。子供はゴブリンだけでなく、コボルトの子供も混ざっている。なんだか賑やかでありながら楽しげでもあった。


「あいつ、何しているんだ?」


『さあ~?』


 俺とキルルが離れた場所で立ち止まるとアンドレアの様子を伺った。そのアンドレアが子供たちの前で何やら魔法を説明しながら披露している。


『もしかして、精霊魔法を教えているのではないでしょうか?』


「ああ、なるほどね」


 俺はキルルに納得する。

 現在この村で魔法が使えるのは魔法使いのアンドレアだけだ。おそらくアンドレアは講師として子供たちに魔法を教えて魔法使いを増やそうとしているのだろう。


 感心しながら俺はアンドレアのほうに歩み寄った。するとアンドレアが子供たちに掛ける言葉が聞こえてきた。


「よいか、コツは精霊にたいしての感謝の心でありんす。精霊魔法の心得は、そこから始まるのでありんすよ」


「「「はい、先生!」」」


「では、各自で帰ったら練習を欠かさないようにするでありんす。予習復習は大切でありんすよ」


「「「はい、先生!」」」


「では、解散でありんす!」


「「「はい、先生!」」」


 それを最後に子供たちが走って去っていく。途中で殆どの子供が俺を見つけると立ち止まって礼儀正しく頭を下げて行った。


 この子たちも鮮血の儀式を受けた子供たちなのだ。その辺の礼儀は心得ているようだな。感心である。


「よう、アンドレア。子供に精霊魔法を教えていたのか?」


「これはこれはエリク様」


 アンドレアは赤い長髪を揺らしながら頭を深々と下げる。そして、頭を上げると何をしていたか説明を始めた。


「村の子供たちの中から精霊魔法の素質がありそうな子だけを集めて精霊魔法を教え始めましたのでありんす。シャーマンが増えれば魔法戦力が増えると思いまして」


「精霊魔術師の戦力強化か……。お前、俺以上に魔王軍のことを考えているんだな」


「いえ、これもキング殿の真似事でありんす。キング殿は暇を見付けては若者や子供にまで剣術を特訓しているでありんすからね」


「へぇ、あいつ、そんなことをやっているのか?」


「知らなかったのでありんすか?」


「し、知らなかった……」


 俺は口を尖らせながら視線を外す。アンドレアやキルルと目を合わせられない。


 するとキルルが報告する。


『魔王様、先日キングさんが武道指導の許可を取りに来ましたよ……』


「えっ、そうだったっけ……」


 どうやら俺が忘れていただけのようだ。

 まあ、細かいことは配下に任せるのが俺の主義だ。一々些細なことまで俺一人でやってもいられないからな。


「ところでエリク様。何かわっちに用でありんすか?」


「そうだよ、そうだよ。アンドレアに霊安室の武器をまた鑑定してもらいたくってさ」


「あの鮮血を垂らしたマジックアイテムでありんすね」


「そうそう。あれから三日が過ぎたから、変化が出てないかなって思ってさ」


「それではこれから向かうでありんす」


「助かるよ、アンドレア」


 それから俺たち三名が霊安室に戻るとアンドレアが早速アイテムの鑑定をしてくれた。

 だが、アンドレアの答えは俺の期待から大きく外れる。残念ながら予想を反していた。


「エリク様、どの武器も魔力は感じますが、強化は進んでいませんでありんす」


「えっ、どういうこと?」


 一列目の武器には一日一回、鮮血を垂らした。

 二列目の武器には一日三回だ。

 三列目の武器には、一日一回、ダブダブと大量の鮮血を掛けたのに……。


 変化を知るための実験だったのに、変化が無いってなんだよ、それ。この三日間は無駄だったのか。


「どれもマジックアイテムでありんすが、強化能力が追加されていませんでありんす」


『ただ、魔力が籠っているだけの武器ってことですか?』


「はい、そうでありんす」


 更にアンドレアは石棺の上のアイテムを指差しながら言った。


「あと、こっちの物は魔力すら感じませぬ。ただのガラクタでありんすね」


 砂の山、雑草の束、木の枝、小石である。

 これらはマジックアイテムにすら進化していないようだ。なんでも残念な結果となる。


 しかし――。


「あら、この木の棒だけは、微量の魔力が感じられるでありんす」


「でも、ただの小枝だしな」


 木の枝の長さは10センチ程度である。しかも片手で折れる細さだ。こんなの武器にも使えないだろう。せいぜい割り箸にしか使えない。


 アンドレアが話を聖杯に変えた。


「しかし、聖杯だけが強い魔力を感じるでありんすね」


 陶器のワインカップ。これだけは俺が見ても変化がわかった。


 陶器の周りの装飾が更に細かく変化して、今では見栄えが美しい象牙のカップのように芸術的な外観に変貌していた。もうただの陶器のワインカップではない。まさにここまで来ると聖杯と呼んでも良いだろう美しさだ。


 更にアンドレアが言う。


「更に聖杯のヒーリング効果が上がっているでありんす。たぶんエリク様の鮮血と交われば、グレーターヒールを越えたアルティメットヒールの効果まで達するのではないでしょうか?」


「アルティメットヒールってなんだ?」


 呆けた俺はキルルに問う。


『手足が切断されても、新しい部位が生えてくるってレベルの回復魔法ですよ。回復魔法の最高峰と言ってもいいレベルです』


「それって、死者まで蘇生しちゃうのか?」


『リザレクションとは別ですね。ヒール系魔法では死者までは蘇生できませんよ。それは復活系の魔法ですね』


「そうなのか~」


 俺は聖杯を手に取ると、まじまじと観察した。それは一流の芸術家が装飾したと言っても疑われないほどの一品と化している。嘗ては俺のチンチロリンカバーとして拾われた安物のワインカップとは思えない。


「まあ、これはこれで凄いマジックアイテムだって言うのは間違いないんだな」


『そうなりますね』


「でも、なんでキングのシミターやゴブロンのダガーは特殊能力を得られたのに、ここの武器は特殊能力が授からなかったんだ?」


「『さあ~?」』


 キルルもアンドレアも首を傾げていた。

 何か条件が違ったのだろうか?


 俺が腕を組んで悩んでいると廊下からゴブロンが駆け込んで来る。


「エリク様、報告でやんす!」


「なんだ、ゴブロン。死にたいのか?」


「何故っ!?」


 俺は怯えるゴブロンの頭に空手チョップを落として脳天を割ってやった。即死したゴブロンが足元に崩れる。


『ま、魔王様……。何故にいきなり殺すのですか……?』


「いやね、つい癖で」


「酷いでありんす……」


 その時、頭の割れが塞がったゴブロンが立ち上がる。


「癖とかであっしを容易く殺さないでくださいでやんす!」


「すまんすまん。それで報告ってなんだ?」


 ゴブロンは一息付いてから報告を始めた。


「偵察に出ていたハートジャックさんが帰ってまいりやんした」


 ビシッと敬礼しながら報告するゴブロン。もう殺された恨みは忘れたらしい。


「おお、ついに帰還したか~」


 約束通りの三日後だっだ。

 俺は帰って来たばかりのハートジャックを霊安室に呼び寄せると報告を受ける。


「ただいま〜。エリク様〜、今帰りましたよ〜」


 陽気に手を振るハートジャックは可愛くドヤっていた。褒められるのを前提に浮かれている。


「よしよしよし。ハートジャック、おかえり〜」


 俺はハートジャックのフカフカの頭をワシャワシャとムツゴロウさんのように撫で回してやった。ハートジャックは犬面の口から舌を垂れ出しながら満面の笑みで浮かれていた。


「では、報告を聞こうか」


「は〜い」


 帰還したハートジャックは羊皮紙の図面に縦穴鉱山を細かく書き起こしていた。それを石棺の上に広げる。


 オークの数、坑道数、長さ、部屋の数、どこに何匹オークが住んでいるか、見張りの交代スパン。ハートジャックは様々な情報を調べ上げていた。


「こ、こいつ、マジで凄い密偵に進化してないか……」


『そ、そうですね……。僕もビックリですよ……』


「そ、そうでありんすね……」


「ビックリでやんす……」


 ここに居るすべての者が驚きながらもハートジャックを褒め称えていた。


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