27・墓城での暮らし

 俺たちが墓城に住み着いてから七日が過ぎた。要するに俺が異世界に転生して来てから一週間が過ぎたことになる。


 俺とキルルは墓城の霊安室に寝泊りして、コボルトとゴブリンたちは墓城の麓に村を築いて暮らし始めたのだ。


 まだ、家の建築は始まったばかりである。村と言っても、まだ木の枝で組まれた程度のボロい家しか建てられていない。藁葺の壁には隙間だらけで風がピューピュー入ってくるボロい家ばかりだ。ゴブリンの村に建てられていた藁葺き屋根のテントとほとんど変わらない代物である。


 何故に住まいが向上していないか、それは根本的な理由が問題だった。

 それは道具だ。家を建てるのに道具がないのである。


 木を切るのに斧や鋸が必要だ。板を作るのにだって鉋が必要である。なのにそれらの道具が無いのである。故にいくら家の建て方が解っていても事が進まないのであった。家の素材から作れないのだ。


 それに現在は煉瓦の試作品を作っているところであった。日干し煉瓦である。

 日干し煉瓦とは、粘土と砂と藁を混ぜた物を型取り、二日から三日程度太陽光だけで干した物である。

 簡単に製造出来るだけの代物だけあって現代社会では古くから建築などに使われていた素材であった。

 今現在のところ手の空いている者たちで大量に作っている。


 コボルトが住んでいた洞窟から粘土を採取して、その眼前の広場を使って干しているのだ。

 おそらく一ヶ月も作り続ければ、煉瓦の数も建築に使える程には集まることだろう。


 あとはヤシの木の葉っぱで編まれた背負籠で河原から手頃な石を運んで来て壁などの素材に使っている。現在のところ、このような原始的な素材しか集められないのだ。


 それに墓城の修復もまだである。

 ただ霊安室に繋がる通路の土砂だけは取り除かれた程度であった。それは人力と人海戦術で攻略したのである。

 数って正義だよね。


 とりあえずまずは道具を手に入れなければ成らない。大工道具一式、それがいくつか必要になるだろう。

 だが、この魔地域には人里が無いらしい。要するに大工道具を手に入れる場所が無いのだ。こんなときこそ近所にホームセンターがあったら最高だったのに、まったく残念である。


 だからまずは簡単な家を建ててから、道具作りからのスタートである。自分たちで道具からすべてを作らないと成らないのだ。


 でも、コボルトやゴブリンたちの中には職人スキルに目覚めた者たちも少なくないので、立派な家が建築されるのも時間の問題だろう。

 墓城だってそのうちに修復させたいのである。

 鍛冶屋だって居るのだ。道具ぐらい直ぐに揃えられるだろう。たぶん――。


 まあ、俺の願いは差程遠くもなく叶うだろうさ。


 そして、全裸で外を出歩いていた俺は何かを作っているゴブリンの後ろに立つ。背後から作業を覗き込みながらゴブリンに訊いてみた。


「何を作っているんだ?」


「斧です。拾って来た石を削って石斧を作ってます」


 俺が質問したゴブリンは砥石のような平たい岩で石を鋭利に磨いていた。鉄の斧を作っているのではない、石の斧を作っているらしい。なんとも原始的だ……。


「まずは、そんなところからスタートなのかよ……。鉄の加工すら出来ないのね……」


「何せ木を切る斧すら足りてないありさまですから……」


『まずは即席の道具を拵えて、次に釜や炉を作らないと道具すら用意出来ないのですね……』


「なるほど……」


 これではまだまだ時間は掛かるのだろう。国作りの道のりは遠そうだ……。


 翌日、全裸の俺とキルルが墓城の霊安室で朝からまったりしていると、通路のほうから焼き魚の良い匂いが漂ってくる。

 おそらく通路の外でキングの奥さんであるクィンが朝食を調理しているのだろう。


 コボルト奥さんのクィンは調理師のメモリーに目覚めた犬面女性であった。最近俺の食事を作ってくれているのは彼女である。


 何せ俺は調理が昔っから苦手であった。カップラーメンすら上手く作れない。とにかく料理関係になると非常に不器用である。


 そのクィンがエプロン姿で大きな葉っぱの皿に盛られた焼き魚を運んできた。霊安室に旨そうな匂いが充満する。


「エリク様、朝食が出来ました」


「おう、サンキュー」


 クィンはコボルトながら良くできた奥さんキャラである。顔は犬だが人妻っぽさが溢れる大人びた色気を醸し出しているのだ。

 顔にも毛が生えているから分からないが、きっと目の下には泣き黒子があることだろう。泣き黒子は人妻や未亡人には必須オプションだからな。


 昔ジュンイチさんが述べた通りで、不倫が文化ならば、彼女が理想的な不倫の候補だろうさ。そんな感じでクィンはエロいコボルト人妻なのである。


 まさか俺が犬面の亜種に欲情するとは夢にも思わなかった。それだけクィンはマニアックにエロエロな腰付をしているのだ。


 人妻、侮れん!!


 とにかくだ、俺はクィンに感謝を述べた。


「いつも飯を作ってくれて助かるよ。何せ俺の秘書は調理が下手くそでな~。だからマジで助かるよ!」


 全裸の俺は冷めた眼差しでキルルをチラ見した。そのキルルは俺とは視線を合わせようとしない。そっぽを向いて口笛を吹いている。


「いえいえ、どういたしまして」


 コボルトのクィンさんは焼き魚が盛り付けられた葉っぱをテーブル代わりの石棺の上に置く。そして微笑む。


「おお、旨そうな焼き魚だな!」


 成長中のオタマジャクシのように四本の足が生えた川魚の焼き物。流石は異世界の魚だけはある。足が生えている。


「昨日、盛りの中でバジルが取れましたので、岩塩と一緒に味付けしました。どうぞお召し上がりくださいませ」


 続いてクィンさんは新しい陶器のワインカップに水を注いで俺の前に置く。

 以前のより少し装飾が細かくなっているワインカップだった。

 どこからか別のカップを拾って来た物だろうか?


「新しいカップを見つけたんだな」


「えぇ……?」


 何故かクィンが不思議そうな眼差しで首を傾げた。

 その光景を後ろから見ていたキルルが不貞腐れた口調で愚痴って俯いた。寂しそうに瞳を潤ませている。


『どうせ僕は料理が下手ですよ……、ぐすん』


 俺は振り返ると冷たい目線でキルルを見ながらなじってやる。


「いや、あれは下手とか上手いとかの次元じゃあないぞ。まるで猛毒を作っているかのような料理だったぞ……」


『そこまで卑下しますか、魔王様!?』


 それは、墓城に皆が引っ越してきた次の日の話である。俺が腹が減ったと言ったらキルルが料理を作ってくれたのだ。

 だが、出来上がってきた料理を見て俺は幻滅した。食う前から幻滅したのだ。


 何かを焼いただけの料理だったのだが、素材が丸焦げで、元の形が何であるかも選別できないほどの料理だった。

 しかも、たまに動くのだ……。料理がヒクヒクとたまに動くのだ。


 しかし、もしかしたら見てくれが悪いだけで食べたら旨いのかもと思った俺は、その消し炭状態の何かを勇気を持って口に運んだのである。


 チャレンジ精神は大切だからな。


 だが、それが、間違いだった。


 少し動いているのに気付いたときに止めておくべきだった……。


 そして、俺はキルルが作った自称料理を食べてから気絶した。

 無勝無敗の能力で不死身のはずの俺が気絶したのだ。そこから三時間ほど記憶を失う。


 こうしてキルルが調理を行うことは魔王国憲法で初めて決められた法律として、堅く禁止事項となって記録されたのである。


 全裸の俺は眼前のバジル味の焼き魚を食べながらクィンを褒め称えた。


「クィン、これからも俺の食を支えてくれよ。お前が魔王の専属コックだ!」


「はい、エリク様。ありがたきお言葉です」


 静かに頭を下げるクィンとは異なりキルルは頰を膨らませて不貞腐れていた。まるで子供のようで可愛らしい。


『僕だって練習すれば、上手に料理ぐらい作れるのに……。ぶぅー』


「いや、練習も禁止な。台所に立つことすら許さないぞ」


 全裸の俺が不貞腐れるキルルの様子を愛でながら食事を取っていると、慌てた形相でロン毛のゴブロンが霊安室に走り込んできた。何か慌てている。


「エリク様、エリク様! 大変でやんす!!」


「どうした、ゴブロン。そんなに慌てると、早く剥げるぞ」


「えっ、マジっすか! どうしよう!!」


 ゴブロンは自慢のロン毛ごと頭を抱えながら、本気で剥げを心配していた。冗談なのにさ。


『そんなことよりも、どうしましたか、ゴブロンさん?』


 キルルが秘書らしく話を元の方向に戻してくれる。


「それがですね、キルルさん。下の広場に西のゴブリン族が現れて魔王を出せと暴れているんすよ!!」


「おい、ゴラァ、まてやゴブロン。キルルにじゃなく、魔王の俺に報告しろや!」


「あっ、そうでやんした。なんだかキルルさんのほうがフレンドリーでエリク様より馴染みやすいので、ついついエリク様を無視してキルルさんに報告しちゃいやしたよ!」


「おまえ、俺が嫌いだろ!」


「エリク様とキルルさんを比べれば、やっぱりキルルさんのほうが好きでやんすね~」


「貴様、素直だな~、正直者だな~……」


「そうでやんすか? エリク様、褒めすぎですよ~」


「殺す!!!!」


 問答無用で俺はゴブロンの顔面をぶん殴って部屋の隅まで飛ばしてやった。顔面が砕けたゴブロンがゴロンゴロンと転がってから壁に激突して止まる。

 おそらく死んだだろう。

 ざまぁ~である!


 それからキルルに指示を出す。


「キルル、下に向かうぞ。ついてまえれ!」


『はい、魔王様』


 しかし、俺が霊安室を出て行こうとするとキルルが止める。


『それよりも魔王様、まずは服を着てください!』


「あっ、寝起きで全裸だったぜ。キルルもクィンも何も言わないから全裸なのを忘れてたよ」


『いつも言ってもなかなか服を着てくれないじゃあありませんか……』


 俺はキルルからボロい服を受け取るとそそくさと着込んだ。まだ服もろくな物がないのである。

 だから俺は全裸を選んでいるのだが、その辺は女の子のキルルには理解してもらえない事情なのであった。

 女心って難しいよね。


 まあ、とにかく俺らは下を目指した。訪問者のゴブリンたちを拝みに行く。


 服を着た俺の後ろにはキルルのほかに生き返ったゴブロンがついてきていた。

 着衣済みの俺は階段を下りながらゴブロンに状況の詳細を問う。


「来訪したゴブリンの数は何匹だ?」


「30匹程度ですが、10匹ほどホブゴブリンが混ざっていやす!」


「へぇ~、ホブゴブリンが10匹も居るのかよ。それはラッキーだな。全員仲間に欲しいところだぜ」


 我々の軍勢に居るホブゴブリンはカンドレアとチンドレアの姉妹だけである。なのでホブゴブリンが欲しかったのだ。何せやっぱりホブゴブリンは鮮血で進化後も強いからである。


 今現在のところ仲間で一回り頭が抜けて強いのはコボルトリーダーのキングと双子のホブゴブリンでカンドレア&チンドレア姉妹である。やはり体格が大きいものほど強いのである。


 そして、魔法攻撃が使えるのはアンドレアだけだ。彼女だけが精霊魔法と回復魔法を使えるらしいのだ。

 キルル曰く、アンドレアは精霊使いとのこと、シャーマンって奴なのだろう。


 どうやらこの世界では魔法戦力は貴重らしい。魔法使いってだけでレアなのだ。


 階段を下る俺の後ろについて来ていたゴブロンが報告を続ける。


「リーダーはローランドって名乗るホブゴブリンでやんす。最近この辺でブイブイ言わせていたホブゴブリン連中でやんすよ」


「リーダーもホブゴブリンなのか――。そいつらが、なんでいきなりやって来たんだ?」


「おそらくエリク様の噂を聞き付けたのではないでやんすかね?」


「もう俺って、そんなに噂なの?」


「悪い噂が広がるのは早いでやんすからね!」


「なんでやねん!」


『魔物も人間も、一緒なんですね。悪い噂ほど早く広まるものですよ』


「悪い噂なんかい!」


『何せ魔王様の噂ですからね』


「そうそう、変態魔王様の噂でやんすからね」


「誰が変態だ。失礼な奴だな。それよりもゴブロン、報告を続けろ……」


 一息ついてからゴブロンが報告を再開する。


「今は村の前でカンドレアさんとチンドレアさんが足止めしていやす。あの双子姉妹なら突破されることはないでやんすでしょう」


「だろうな」


 何せガチムチ美女双子姉妹だもの。

 長女のアンドレアはゴブリンなのにロリロリしていて可愛らしいし、妹たちで双子のカンドレアもチンドレアもモデルのような背の高い美女なのだ。

 あれで肌の色が緑じゃあなければ百点満点なんだけれどもね。


 何より三姉妹は可愛く美しく強い。だから他のゴブリンたちと異なり特別扱いしている。食事の際も唐揚げを一つ多くあげているのだ。


「とにかく、急ぐか」


『はい、魔王様!』


「へいでやんす!」


 古びた衣類を身を纏う俺たち三名が墓城から下の村に降りると、村の前で大木槌を背負って立っているカンドレアとアンドレアの後ろ姿が見えてきた。

 真っ赤な赤い短髪と凛々しいお尻が美しい。ペロペロしたくなるほどのヒップである。


 そして、俺らが姉妹に近付くと、前方に広がる殺伐とした光景に唖然としてしまう。


「『「うわぁ〜……」』」


 姉妹の前には強引に来訪してきたと思われるゴブリンとホブゴブリンの一団が死屍累々のように倒れていたのだ。しかも全滅している。


「「「「ぅぅ……」」」」


 倒れている来訪者たちが呻いている。

 ゴブリンたちとホブゴブリンたちの顔がボコボコに腫れ上がっていた。相当しばかれたのだろう。


『来客が壊滅してますね……』


「あー……、全部やっつけちゃったのね……」


「そ、そうでやんすね……」


 俺たちが呆然としていると、真面目な表情のガチムチ双子姉妹が振り返った。その顔は人仕事終えて清々しそうである。

 そして、俺を見つけると大木槌を肩に背負ったカンドレアが凛々しく報告してきた。


「エリク様、無粋な連中が訪ねて参りましたので、軽く礼儀を教えて起きました」


 続いて大木槌を杖のように地面についているチンドレアが言う。


「安心してください。殺してはいません。軽く締めただけです」


「そ、そうか……」


 この姉妹にはおふざけの色が微塵も見えなかった。マジの中の大マジで言ってるのだろう。

 こいつらは、根が真面目なのだろうさ。

 それがある意味で怖い……。



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