26・メモリーの開封
進化の鮮血で変貌したゴブリンたちがワイワイと楽しそうに騒ぐ中で、俺の鮮血を飲むことが出来なかったキルルが訊いてきた。
『魔王様、これでコボルトさんたちとゴブリンさんたちを仲間に出来ましたが、これからどうするのですか?』
「そうだな~」
全裸の俺は両腕を胸の前で組んで考え込んだ。上を向いて空を眺める。
「んん〜……」
そもそもあまりプランは考えていなかったのだ。ノープランの俺は少し悩んでしまう。
「とりあえず、プラン的には魔王軍の増強を続ける予定だ。魔地域を回って、もっともっと魔物を仲間に入れるぞ。それで兵士を増やす。当面はそんな感じかな」
『じゃあ、王国作りはどうしますか?』
そうである。支援なき軍隊は直ぐに崩壊するだろう。バックアップする国民も必要だ。
国民を増やし、家を建てて、食事を用意して、衣服も準備しなければならないだろう。衣食住は大切だ。
それに武器や防具も揃えなくては成らない。兵士の数だけ揃えても武器が粗末では戦力が低下してしまう。
魔王軍が棍棒やら石斧ばかりでウホウホやっているような蛮族集団では様にならないからな。どうせなら格好良く「魔王軍が攻めてきたぞ!!」とか言われたい。
それよりも、まずは土台作りからのほうが大切かな。武具の準備は生活が安定してからでも問題なかろう。まずは衣食住からだな。
「そうだな、まずは国より町作りからかな~。こいつらの住み家を向上させないとならないだろう」
全裸の俺が言うと近くに立っていたアンドレアが藁葺き屋根のテントを指差しながら言った。
「わっちらの家ならありんすよ?」
藁葺き屋根のテントはかなり粗末な作りをしている。柱は枯れ木などを蔦のロープで縛り付け、壁は藁の束で風を防いでいる程度だ。おそらく雨が降ったのならば雨漏りが酷いと思われる。これでは原始人の住処と同等だ。
「いや、もっと立派な家を建てるんだよ。新しい家を建てるんだ。そこで暮らしを向上させる」
「はあ、わっちらはこの家でもよいのでありんすが……」
アンドレアが言ってる間に全裸の俺はテントの中を覗き込んだ。そして、逃げるように跳ね飛んだ。
「臭っ!!」
テントの中からは悪臭が漂ってきていた。
腐った肉の臭いやら、汚物の混ざった臭いだった。鼻が曲がってモゲそうである。獣とかの臭いではない、ゴミ捨て場の臭いだ。
「えっ、臭いでやんすか? そんなに臭いでやんすか~?」
俺に続いてゴブロンがテントの中を覗き込んだ。途端……。
「臭っ!!!」
すると同じ発言を繰り返したゴブロンがテントから跳ね退いた。ロン毛を振り乱しながらもがいてやがる。
「あっしらは、こんなに臭いところに今まで住んでいたでやんすか!?」
「またまたゴブロンは大袈裟でありんすね」
今度はアンドレアがテントを覗き込んだ。
「臭っ! マジで臭いでありんす!!」
やはりアンドレアもテントから逃げ出した。こんなはずではと表情を震わせている。
「そ、そう言えば……」
アンドレアは呆然としながら思い出す。
「以前はテントの中で大も小も済ませていましたでありんす……」
『それが原因ですね……』
「お前らにはトイレに行って用を済ませるって風習がなかったのか……」
狸のような溜め糞がゴブリンの習性なのだろう。トイレを指定するのは良いことだが、それが寝泊まりしている家の中ってのは頂けないだろう。
眉を潜めながらアンドレアが言う。
「すみません、エリク様……。わっちらゴブリンには、溜め糞が基本でありんす……」
「マジか……」
とりあえずと俺はゴブリンたちに提案した。
「なあ、アンドレア。まずは引っ越しから始めないか?」
「そ、それが良いかもでありんす。まずは、引っ越して臭くないところに住みましょうぞ……」
するとコボルトのハートジャックが言った。
「じゃあ、私たちコボルトの洞窟に移住しますか~?」
俺はハートジャックの肩に手を沿えながら言った。
「あの洞窟もかなり臭いから」
「本当ですか~!!」
「マジだ」
俺の言葉が信じられないハートジャックはキルルに確認を取った。
「本当ですか~、キルルさ~ん!?」
『すみません。僕は幽霊だから臭いとか分からなくて……』
皆が声を揃える。
「「「幸せだな~……」」」
こんな時だけ臭いが分からない幽霊が羨ましく感じられた。それだけの悪臭なのだ。
「まあ、とにかくだ。まずは、コボルトの洞窟に戻って、それから皆を連れて墓城に移動するぞ」
俺の提案に山の崖肌に見える墓城を指差しながらアンドレアが言う。
「あの廃墟に向かうのでありんすか?」
「そうだ」
アンドレアが不満を述べる。
「あそこでは雨風すら凌げぬでありんす。だからわっちらは住み家に選ばなかったのでありんすよ」
「なら、修理しろ」
今度はゴブロンが不満を述べる。
「えっ、城を修復しろって言うのでやんすか!?」
「まあ、それは将来的でかまわない。まずは墓城の下に町を作ろう。そこで皆で暮らすんだよ」
「「「はいっ!!」」」
ゴブリンたちは素直に敬礼した。ウ◯コ臭いテントを破棄する覚悟は簡単に出来たのだろう。
「じゃあ、アンドレア。引っ越しの準備ができたら墓城に向かってくれ。俺はハートジャックとコボルトの洞窟に戻ってキングたちに引っ越しを指示してくるからさ」
「キングって、誰でありんすか?」
『コボルトさんたちのリーダーです』
「なるほどでありんす」
「とりあえずしばらくは、コボルトはキングに族長を任せて、ゴブリンたちはアンドレアに族長をまかせるから両族ともに喧嘩はせずに仲良くやってくれ」
「畏まりましたでありんす」
とりあえず話に納得したアンドレアが俺に返す。
「とにかく、引っ越しの件は了解したでありんす、エリク様。直ぐに荷物を纏めるでありんす」
「任せたぜ、アンドレア」
こうして俺たちは一度コボルトの洞窟に戻ったあとに、キングたちと一緒に墓城の麓に引っ越した。
コボルトたちも墓城の下に町を作ることを承諾してくれたのだ。
そして俺は、引っ越し最中のキングと話ながら森を進んでいた。
キング曰く──。
「エリク様、あれから我々に変化がありましてね」
「変化?」
ハートジャックが狩人に目覚めたように、他のコボルトたちも鮮血の効果が進んだのだろう。何かのクラスに目覚めたようだ。
「キング、何が変わったんだ?」
「仲間のコボルトたちの頭に技法が浮かび上がってきたのです」
「技法が浮かび上がってきた?」
「はい」
「なんだそりゃあ?」
「ある者の脳裏に煉瓦の作り方が思い浮かんだり、ある物には鍛冶屋仕事の技法が浮かび上がったりと、様々なのですが……」
「そりゃあ、メモリーの開封だな」
「メモリーの開封?」
キングが犬顔の首を傾げていた。
「鮮血の能力だ。俺は言っただろ。身体能力の向上、外観の変化、更に知力の向上ってよ」
「は、はい……」
「知力の向上。それがメモリーの開封だ。今まで知らなかった技術が記憶として芽生える。それが鮮血のチート能力だよ」
「す、凄い力ですな。パワーアップだけでなく、未知のメモリーまでプレゼントされるのですか!」
「そんな感じだ」
流石は御都合主義的なチート能力だ。いろいろと便利に書き換えてしまうのだろう。
面倒臭がりな俺には有り難い機能である。
「なあ、キルル。オッドアイでコボルトたちを見回してみろ。色がついてるヤツらが居るだろう?」
『はい、魔王様』
俺に言われた通りキルルが森の中を進むコボルトたちを見回した。
そして、驚く。
「魔王様、コボルトさんたちのオーラに色がついてます。大工のカラー、鍛冶屋のカラー、農夫のカラーと様々いますよ!!」
「ほほう、どんどんとメモリーが芽生えているようだな。余は満足であるぞ」
俺が自分のチート能力に満足しているとキングがワクワクした表情で言った。
「こ、これなら人間並みの文明を築き上げるのは時間の問題ですな!!」
「そうだろう、そうだろう。とにかく俺は、魔物を次のステップに導く魔王なのだ。がっはっはっはっはっ~。凄いだろう! 凄いだろうさ!!」
俺の高笑いが、森の中にこだまする。
荷物を背負ったコボルトたちが何事かと俺を見ていた。
するとキングが感激の眼差しで俺を褒め称える。
「す、素晴らしいです、エリク様!!」
「崇めろ、キング!!」
「崇めます、エリク様!!」
「尊敬しろ、キング!!」
「尊敬します、魔王エリク様!!」
「がっはっはっはっはっ!!」
キルルが俺たちを見ながら優しく微笑みながら呟いた。
『様々なメモリーが芽生えても、中身は子供のままなんですね。もう、本当に魔王様は可愛らしい』
こうして俺とキルル、それにコボルトとゴブリンたちの共同生活が墓城の麓で始まった。ここから魔王国が築かれるのである。
そして、墓城の麓に到着するとキングがキルルに質問していた。
「キルル様、私のカラーは何色ですか? どのような職業ですか?」
『キングさんは戦士のカラーですね』
「戦士のカラー……。それだけ?」
『はい』
「今までと変わらないのかな……」
キングは少しガッカリしていた。尻尾を垂らして、肩まで下げている。
しょぼくれたハスキー犬も可愛く見えた。
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