25・美しき変貌
全裸の俺は倒れていた岩の柱に股を開きながら堂々とした態度で腰かけていた。その後ろにハートジャックやゴブロンたちが偉そうに腕を組んで立っている。
俺の前には降伏したばかりのゴブリンたちが土下座のような姿勢で頭を地面に付けていた。その中にアンドレアとホブゴブリンの双子も混ざっている。
俺の前を左右に往復しながらゴブロンが偉そうに述べる。
「皆の衆、頭を地面に擦り付けながら降伏するでやんす!」
ゴブロンの野郎、まぁ~偉そうに親衛隊気取りだよ。何様って感じなんだか。別にいいんだけれどね。
俺の前にはゴブリンシャーマンのアンドレアやホブゴブリンのカンドレアとチンドレアたちが両膝をついて頭を下げていた。
藁葺き屋根のテントから出てきた雌のゴブリンや子供たちも並んでいる。総勢50匹程度のゴブリンたちが俺の前に並んで畏まっていた。
俺はキルルに指示する。
「キルル、カップをここに」
『はい、魔王様!』
キルルはフワフワと浮きながら儀式のカップを俺の前に運んで来た。忠誠の儀式を司る聖杯である。
本当は、ただの墓城で拾った陶器のワインカップなんだけれどもね。
俺は血みどろのワインカップを受け取ると、今度はゴブロンに言った。
「ゴブロン、ダガーを貸してくれないか」
「はいでやんす、エリク様!」
俺はゴブロンからダガーを受け取ると自分の手首を切ってワインカップに鮮血を注ぐ。
その光景を見慣れたハートジャックは平然としていたが、初見のゴブリンたちはポカーンっと口を開けて見ていた。
まあ、唐突に手首を切って見せれば驚くわな。しかも大量出血するほどの傷の深さだ。心配にもなるよね。
だが、俺はゴブリンたちの思いを無視してカップに生き血を注ぎ続ける。
やがてカップが一杯になると同時に手首の傷口が塞がった。
毎回思うのだが、丁度良いタイミングで傷が塞がるものである。
「傷が治ったゴブ……」
ゴブリンシャーマンのアンドレアが驚いていた。そのアンドレアに俺は鮮血が注がれたカップを差し出す。
「さあ、飲め、アンドレア。これを飲めばパワーアップするぞ。強く、賢く、可愛くなれるぞ」
「わっちも可愛くなれるのでゴブか!?」
言いながら長髪に変貌したゴブロンをチラ見するアンドレア。
強く賢くよりも、可愛くが重要なのね。
「ああ、お前もゴブロンみたいなサラサラヘアーになれるはずだ」
たぶんね……。
「サラサラにゴブか……」
アンドレアは恐る恐る俺からカップを受け取った。そのカップの水面を凝視している。
「鮮血を舐める程度で良いからな。その一杯で全員分なんだから、一気に飲むなよ」
「わ、分かったでありんすゴブ……」
アンドレアは震える舌を伸ばして鮮血を舐めた。チョロリと赤い水面が揺れる。するとアンドレアが震え出す。
「う、うがぁぁあがあがあが!!!」
叫んだアンドレアがカップを地面に落とした。長い髪をグシャグシャに掻きむしっている。
カップから両手を離したことで鮮血がこぼれて地面に広がる。
『ああっ、魔王様の鮮血が!!』
「勿体無いでやんす!!」
鮮血を溢した光景を見てキルルやハートジャックたちが叫んでいた。そんな中でアンドレアの風貌が変わりだす。変身を始めた。
「うがががぁがぁが!!!」
しばらく叫び続けるアンドレア。その様子を双子のホブゴブリンが心配そうに見守っていた。
『魔王様、アンドレアさんのカラーが無色に変化しましたよ!』
キルルが報告するとアンドレアの震えが止まる。すると俯いたままのアンドレアの頭に綺麗な髪の毛が生え始めた。
赤い髪だった。その髪の毛は地面に付くぐらいの長さまで伸びる。
生え替わった髪の毛は、赤く、長く、少しウェーブの掛かった長髪だった。以前と違い艶々している。
そして、震えが止まったアンドレアが顔を上げた。その顔も小鬼から少女に変貌していた。しかも美少女である。まるで赤髪のマーメイドのようにキュートな美少女だった。
「「「可愛い!!」」」
俺の他にゴブロンや角刈りたちがアンドレアの変貌した顔を見て驚きの声を上げていた。
確かに可愛かった。アンドレアの顔は幼い美少女の顔に成っている。ロリ顔だ。
少しきつい感じの吊り目がキラキラしていた。それはふんわり系のキルルとは違った様子の美少女である。
「えっ……」
アンドレアも何が起きたのか分からないままに呆然としていた。ただただ周りの視線に戸惑っている。
『本当に可愛いですね……』
女の子のキルルから見ても変貌したアンドレアの風貌は可愛かった。美少女が美少女だと認めるぐらい可愛いのだ。
尖った鼻が縮まり、小鬼のような表情が可愛らしく変わっている。少し凛々しいロリロリした女の子である。肌は緑のままだが、間違いなく美少女だ。
すると呆け面のゴブロンがフラフラと前に歩み出た。そしてアンドレアの前に片膝を付いて告白した。
「アンドレアさん、あっしと結婚してください!!」
唐突な求婚だった。
「お断りしますわ!!」
しかし、即答で断られる。まあ、当然だろう。
「がーーーん!」
フラレたゴブロンが肩を落として項垂れた。ショックを受けている。
そもそもが、あんな告白が受け入れられると思えるこいつの頭が可笑しいのだ。変人の発想である。
そして、アンドレアの変貌を目の当たりにしたゴブリンたちが、地面に散らばった鮮血に群がるように飛び付いた。我先に地面に溢れた鮮血を舐め回す。
そして、次々とゴブリンたちが変身していった。
そんな光景を見ながらカンドレアとチンドレアが俺の側に歩み寄る。
ホブゴブリンの二匹は角ばった顔で俺に言った。
「「失礼しますホブ、魔王様」」
言いながら二匹は俺の手首に残った鮮血の雫を舐め回した。
キモい!!
「や、やめんか。醜いデブ鬼にペロペロされても嬉しくないぞ!!」
俺は思ったことをそのまま愚痴った。
「ああ、これが美少女だったら最高のシュチエーションなんだけどな~」
本当に残念である。美少女とチェンジしてもらいたい。
そう俺が思っていると、俺の眼前でホブゴブリンの双子が変身し始めた。
「「うがぁぁあがあがあが!!」」
叫ぶ二匹が両腕を抱え込むように屈み込んだ。すると太かった腹が縮み始めた。腕や脚からも脂肪がそげ落ちる。
二匹のホブゴブリンは瞬間的に細くスマートに変化して行った。
更にアンドレアと同じカラーの赤い髪が生えて首筋まで伸びる。
「か、体が軽いですわ……」
「わ、私たち、どうなったの……?」
二匹のホブゴブリンが顔を上げた。その顔はスマートで美しい。四角かった顎がシャープに尖っていた。美人モデルのような顔と体型に変化している。本当に美人にチェンジしたのだ。
二人は腰がくびれて引き締まっていた。ただ、少し筋肉が多いかな。ガチムチ系の美人モデルのようだった。ワンショルダーの服から覗く腹筋が綺麗に割れているのが分かる。胸のサイズも他のゴブリンより遥かに大きい。まさにホブゴブサイズの膨らみだった。
こんな美人がスポーツ雑誌の表紙を飾っているのを前世で見たことがあった。女子バレーの選手で居そうである。
まあ、とにかく美人だ。それだけカンドレアもチンドレアもイケていた。
アフロとモヒカンが顔を赤らめながら呟いた。
「俺らは、こっちが好みですわ……」
「んんだ、んんだ……」
ゴブリンってやつらは惚れっぽいな。
それより股間を押さえながら腰を引いたポーズで震えるな。なんとも下品である。
まあ、それだけアンドレアもカンドレアもチンドレアも美人に変化したのだけれどね。
カンドレアとチンドレアがアンドレアに駆け寄ってから宝満な胸とクビレた腰を突き出しながら述べた。
「見てくださいお姉さま、この胸を!」
「見てくださいお姉さま、このクビレを!」
「「私たち、こんなにプリティーに変化しました!」」
「そ、そう……。よ、よかったわね……」
双子に言い寄られるアンドレアはペチャンコで土管のような自分の未熟なプロポーションを見下ろしながら寂しそうに述べていた。
「お前ら三姉妹だったのかよ……」
俺の質問にアンドレア、カンドレア、チンドレアの三名が頷いた。
「はい、わっちらは三姉妹でありんす。そして今は美人三姉妹にクラスチェンジしたのでありんす!!」
「はいはい、そうですね……」
アンドレアの自信過剰っぷりは変わらないようだ。ロリ系でも美女だから納得はしたらしい。
そして、すべてのゴブリンたちが少年少女の風貌に変化して行った。変貌したゴブリンたちも感激の声を上げている。
「こ、これは凄いぞ!!」
「語尾のゴブが消えている!!」
「ああ、魔王様、感謝します!!」
「一生魔王様について参りますぞ!!」
「魔王様、バンザーイ!」
ゴブリンたちはそれぞれに感激と感謝の言葉を連ねていた。喜びのあまりに全裸で踊っている者も居る。
「よしよし、これでゴブリンたちも俺の配下だぜ!!」
『魔王様、また一つ目標に近付きましたね』
キルルが優しく微笑んだ。
そのキルルの笑顔を見て俺はフっと思った。
「なあ、キルル」
『なんですか、魔王様?』
「お前が俺の鮮血を飲んだらどうなるんだ?」
『えっ、僕が?』
キルルはキョトンと目を丸くさせる。
彼女も考えてすらいなかったのだろう。自分が鮮血を口にするなんてことを――。
『魔王様は、僕に鮮血を飲んでもらいたいのですか。僕に忠誠を誓わせたいのですか?』
「いや、忠誠とかはどうでも良いんだ。ただどうなるかって考えてさ」
『僕の忠誠を確認しなくっても、いつでもどこでも僕は魔王様と一緒ですから』
「それはお前が俺に取り憑いているからだろ。そもそもそんなことを訊いているわけじゃあないんだ」
『じゃあ、なんですか?』
キルルは首を傾げていた。俺が何を言いたいのか分かっていないようだ。
だから俺は言ってやる。
「もしもお前が俺の鮮血を飲んだら、どう変貌するのかなってさ」
『さあ、どう変貌するのでしょうかね?』
「もしかして、生き返るとかはないか?」
『えっ!?』
俺の言葉を聞いて、キルルがハッと表情を変えた。自分では想像していなかった考えだったからだろう。
『僕、生き返れるのですか!!』
「さあ、どうだろうな?」
分からないが試して見るだけの価値はありそうだ。全裸の俺はカップを拾うと再び手首を切った。そして、本日四杯目の鮮血をカップに溜める。
「さあ、飲んでみろよ、キルル。ぐぐっと一気にさ」
『は、はい……』
キルルは俺から差し出されたカップを受けとると震えながら口元に運んだ。そして、口の中に鮮血を一気に流し込んだ。
だが、しかし──
ドボドボと鮮血がキルルの体をすり抜け地面に落ちる。
『ど、どうやら飲めないようです……』
「ざ、残念だな……」
『物は持てるのですが、体の中に飲んだ物を溜め込むことは出来ないようですね……』
「マジで残念だわ~……」
『そ、そうですね……。幽霊って不便……』
マジで残念である。少しは期待していたのにさ。
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