28・変化する物

「うひょ~、ホブゴブリンが派手にやられてますね~。それでエリク様、こいつらどうしやす?」


 村の前で死屍累々の如く倒れているゴブリンやホブゴブリンたちを見回しながらゴブロンが訊いてきた。まるで自分が倒したかのように倒れているホブゴブリンを足蹴にしている。なんとも無礼な奴である。


 だが、来訪者を壊滅させたのは双子姉妹である。ホブゴブリンたちの全員がカンドレアとチンドレアの大木槌でボコられて締められたのだ。倒れているホブゴブリンたちは顔がパンパンに腫れていた。無惨である。


 周囲を見回しながら俺は当然の回答をゴブロンに述べる。


「もちろんこいつらにも俺の鮮血を飲ませて忠誠を誓わせるよ。どんどん魔王軍を増強したいからな。魔物は全部ウェルカムだぜ」


 それから俺はダウンしているゴブリンとホブゴブリンたちに向かって大声を張った。


「おい、お前たち。この中にリーダーが居るだろう。そいつは誰だ!?」


 俺が声を張ると大の字で倒れていた一匹のホブゴブリンがフラフラと腕だけを上げた。腕は上げられるが体は起こせないようだ。相当こっぴどくカンドレアとチンドレアにボコられたようだった。


「ぅぅ……」


「お前がリーダーだな」


 俺は倒れているホブゴブリンの側に歩み寄るとホブゴブ野郎のボコボコの顔を上から覗き込んだ。右瞼に古傷が窺える表情が泣きそうに歪んでいる。

 プロレスラーのような強面な顔なのに実に情けない野郎だった。潰れた鼻からダラダラと鼻血が流れ出ている。


「オレが魔王のエリクだ。よろしくな」


 倒れているホブゴブリンが消え去りそうな震えた声で言う。


「お、俺がリーダーのローランドだホブ……」


 俺はローランドと名乗るホブゴブリンの頭を爪先で突っつきながら返す。


「俺の配下に負けたくせに、態度が大きいな。ちょっと生意気だぞ」


「す、すみませんだホブ……」


 ローランドは直ぐに畏まった。

 ホブゴブリンであってもゴブリンだ。強い物に靡く習性は同じなのだろう。


「よし、まあ手っ取り早く話を進めるぞ。お前ら全員俺の配下に加われ。男たちだけでなく、村に居る女子供もな」


「へぇ……?」


 ローランドはすっとぼけた声を漏らした。

 俺は再びローランドの頭を爪先で突っつきながら繰り返した。


「俺の魔王軍に入れって命令してるんだよ。言うことを聞かんと殺すよりも酷い事をしてやるぞ」


「酷い事って、どんな事でやんす?」


「お前の顔面に腰掛けてやる!」


 言うなり俺は穿いていたズボンを脱ぎ捨てると下半身半裸の姿で倒れているローランドの顔面に腰を下ろした。お尻の軟らかい肉が強面に密着して呼吸すらも妨げる。

 ホブゴブリンの顔面と俺の尻肉がジャストフィットしていた。


「い、息が、出来ない……ホブ……。ゲブ、ゲブ……、ホブホブ!」


「どうだ、苦しかろう。だから仲間になるって言わないと窒息死させるぞ」


 まあ、俺がこいつを殺しても、直ぐに生き返るんだけどね。


「息が〜、息が出来ないホブ〜!!」


 そして、脅しに屈したローランドは諦めたように返答する。


「成るホブ、仲間に成りますホブ。だから顔の上から退いてくださいホブ!」


「よし、観念したか」


 俺が顔面から退くとローランドは必死に呼吸を整えた。そして、一段落付くと


「そ、それで我々全員の命が助かるのならば従いますホブ……」


「よし、決まりだな!」


 俺はキルルのほうを向くと手を伸ばしながら言った。いつもの物を要求する。


「キルル、カップはあるか?」


『はい、持ってきてますよ』


 キルルが俺に陶器のワインカップを差し出した。

 下半身半裸の俺はそのカップを受け取ると、カップの違いに気が付いた。

 キルルに問う。


「キルル、このカップはさっき食事の時に使ってた新しいカップだろ。前の古いカップでいいんだよ。新しいカップを汚す必要はないだろうさ」


 俺だって食事用の水飲みカップと鮮血を分け与えるカップぐらい別けて使いたい。何も同じカップを使わなくったっていいだろう。


 だが、キルルは小首を傾げながら俺に言う。


『魔王様、何をおっしゃっているのですか?』


「うぬ?」


 下半身半裸の俺は首を傾げた。

 キルルも不思議そうに小首を傾げている。そして、言った。


『そのカップは前々から使っている墓城で以前拾ったカップですよ』


「えっ、マジ?」


 俺は今一度手の中のカップを凝視する。


「ええ、でも……」


 俺の手の中にあるカップは以前使っていた陶器のワインカップと同じ形なのだが、少し装飾が施された別物に見えるのだ。

 似ているカップだが若干違うカップなのは間違いない。明らかに装飾が違う。


「キルル、このカップは本当に今まで使っていたカップなのか?」


 キルルは当たり前のような口調で答える。


『はい、魔王様が転生された初日に墓城で拾って、チンチロリンを隠すのに使っていたカップですよ。そのカップで今まで魔物たちに鮮血を分け与えて、食事の際にはお水をのんでいたのです』


「間違いないか?」


『はい、間違いありませんよ。そもそもこの墓城に在る唯一のカップですから。他の物はありませんよ』


「ええ……」


『それがどうかなされましたか?』


 戸惑う俺はキルルにカップを見せながら言う。


「でも、このカップには装飾なんて何もなかっただろう。なのに今は僅かな装飾で飾られているぞ?」


『えぇ、そうですか?』


 キルルがカップに顔を近付けてマジマジと凝視した。記憶の中のカップと現在のカップを見比べている。


『確かに言われてみれば、少し装飾が追加されてますね』


「だろ~。これってどう言うことだ?」


『さあ~。 ならば、股間に被せてサイズ感を確認してみてはどうでしょうか?』


 下半身半裸の俺はキルルに言われるままに生チ◯コにカップを被せた。スポンっとカップが股間に嵌まる。


「この感覚は、間違いなく以前のカップと同じだ!」


『そうなんですか』


「だが、こんな装飾は無かったはずだぞ。それは間違いない」


『そう言われて見ればそうですよね?』


 俺とキルルが不思議そうに首を傾げているとゴブロンが声を掛けてきた。


「エリク様、何をしてるんすか~。早くこいつらに鮮血を与えて忠義の儀式を済ませましょうでやんす」


「ああ、そうだな……」


 まあ、カップの件は後回しだ。今はローランドたちに鮮血を分け与えることを優先させよう。


 それから変化したカップを片手に持った俺はゴブロンに言う。


「ゴブロン、ダガーを貸してくれ」


「はいでやんす」


 ゴブロンは腰の鞘からダガーを引き抜くと俺に愛刀の刃先を向けた。刃が俺の方を向いている。


「馬鹿野郎、他者に刃物を渡す際には刃先を向けるなよ。危ないだろ!」


「あっ、すんませんでやんす」


 ヘマしたと分かったゴブロンはダガーを逆さまに持ち返ると持ち手のほうを俺に差し出した。

 それから俺はゴブロンからダガーを受け取ると、いつものように手首を切ろうとした。

 そこで気付く。


「あれ、ゴブロン。ダガーを新丁したのか?」


 ゴブロンから借りたダガーは前に借りたダガーより、少し派手な装飾が施されていた。ちょっぴりリッチなダガーに替わっている。


 俺の何気ない質問にゴブロンが答える。


「いえ、前々から使っている愛用のダガーでやんすよ」


「えっ、そうか?」


「いや、前に見たダガーと違うだろう。前のダガーはもっと安っぽかっただろう。このように装飾なんてなかったぞ」


「いやだな~、前のダガーと同じ物でやんすよ~。エリク様、血を抜き過ぎてボケちゃいましたか?」


「いや、絶対に別物だ……」


 可笑しい……。何かが可笑しいぞ。

 カップにしろダガーにしろ別物になっている。

 僅かな変化だがダガーもカップも違う物になっているように鑑みれた。


 下半身半裸の俺は左右の手にあるカップとダガーをマジマジと凝視しながら考え込んむ。


『魔王様、どうかしましたか?』


「そうか、閃いたぞ!」


 このカップとダガーの共通点に俺は気が付いた。

 それは、この二つは俺の鮮血を浴びているアイテムなのだ。


 カップは今まで四度ばかり俺の鮮血を分け与えるのに使っている。

 ゴブロンのダガーは、俺の手首を切るのに二度ほど使っているのだ。それに二度ばかり俺の体に突き刺さってもいる。

 要するに、この二つのアイテムは、俺の鮮血を以前に四回ずつ浴びているアイテムなのだ。


「もしかして、俺の鮮血って、モンスターを進化させるだけでなく、アイテムも強化しちゃうのかな?」


 だとすると、このカップとダガーに鮮血を注ぎ続けるとどうなるのであろうか?

 マジックアイテムにでも変化しちゃうのかな?


 そんな感じで俺が考え込んでいると、森の中から狩りに出ていたキングとハートジャックが帰ってきた。他にも数匹のコボルトたちを連れている。パーティーを組んで食事の獲物を森の中で狩ってきたところなのだろう。


 下半身半裸の俺らを見つけたハートジャックがはしゃぐように手を振っていた。その肩には大きな鹿を背負っている。キングは3メートルほどの大熊を背負っていた。他のコボルトたちも兎や蛇を抱えながら歩いている。

 どうやら大漁だったようだな。


 俺の側に歩み寄ったキングが倒れている来訪者連中を見回しながら言った。


「エリク様、これは何かあったのですか?」


 下半身半裸の俺は周りの死屍累々を見回しながら返答する。


「いや、客がカンドレアとチンドレアにボコられただけなんだがな」


 そう俺が言うと双子美女姉妹がペコリと頭を下げた。


 キングは微笑みながら言う。


「何やら楽しかったようですね」


「キング、それよりもだ。お前のシミターを見せてくれないか?」


「はい?」


 首を傾げたキングは肩に背負っていた大熊を地面に降ろすと腰の鞘から光るシミターを引き抜いた。その光るシミターは明らかに前より強く輝いている。それに装飾も増えていた。このマジックアイテムである光るシミターも、以前の戦いで俺の鮮血を浴びている刀である。俺の胸を貫き、俺の頭を割っているのだ。


「キング、そのシミター、間違いなく以前より強化されてるよな?」


 確認する俺に対してキングは眼前に光るシミターを立てながら愛刀を凝視する。


「はい、そうですね。前より輝いています。光が強くなっていますね」


「いつからだ?」


「魔王様から鮮血を頂いた少しあとぐらいからですかね。私のパワーアップと同時に強化された感じでしょうか」


 やはりだ。俺の鮮血には、アイテムを強化する効果もあるようだ。間違いないだろう。


 ならば、いろいろなアイテムを強化してみようかな。

 まずは実験からだ。

 これはこれで何か楽しそうである。

 マジックアイテムの製作なんてドキドキするよね!


 俺が胸を踊らせながらワクワクしていると、俺の足元で小さな声が聞こえてきた。


「す、すまぬホブ……。ヒールをかけてくれ……。死ぬホブ……」


 ああ、ローランドを忘れていたわ。チャッチャと鮮血を分け与えるか――。


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