15・魔王軍編成宣言
大森林内の洞窟前でコボルトたちは愕然とした表情で静まり返っていた。複数匹のコボルトたちが持っていた武器を下げて立ち尽くしている。
俺と戦っていたコボルトのリーダーであるキングも戦意を失っていた。落ちている愛用の光るシミターすら拾わない。
力少なく肩を落とすコボルトたちは自分たちの敗北を認めたようだった。降伏している。
そして、降伏したキングが小さな言葉で俺に確認した。
「あなた様は、本当に魔王軍を編成するのですかワン……」
俺は先程そう述べた。事実のマジである。
俺は胸の前で腕を組ながら偉そうに返した。
「そうだ。俺は魔王軍を編成して、勇者をぶっ殺す!」
何せ勇者を殺さないと世界が崩壊するからな。
勇者一人の犠牲で世界が救えるのなら、俺はそれでも世界を救うほうを選択するだろう。
魔王軍と人間たちが戦うはめになっても、世界が絶滅するよりはましだ。
人間たちを取るか、魔物たちを取るか……。究極の選択だが、俺は少しでも世界が生き残るための選択肢を取る。
でも、人間と戦争を始めるのは少し気が引けるな。出来れば別の作があればいいのだが……。
理想はどちらも救うである。
そうなると、何か打開策を講じなければならないだろう。
俺の背後に控えていたキルルが言った。
『魔王様は自分の力で勇者を討伐できないから、魔王軍を作り出して勇者討伐を叶えるつもりなのですね』
実にキルルは物わかりが良い幽霊だな。援護射撃的な発言が的確だ。
無勝無敗の能力が俺自らの勇者討伐を妨げているから仕方ないのだ。他力を率いて勇者を討伐するしかない。
「そうなる。だからコボルトたちよ、俺の配下に加われ、今日からお前らは魔王軍だ!」
「「「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいだワン!!」」」
慌てるコボルトたちが声を揃えて発言した。どうやら納得してはくれないようだな。
そしてキングがコボルトを代表して意見する。
「ま、魔王様、ちょっと待ってくださいだワン!!」
「なんだ、キング?」
「我々はしがないコボルトの集団だワン。数だって戦える男衆は20匹程度だワン。洞窟の中には戦いの足手まといになる女子供や年寄りが30匹ぐらい居ますワン。それに我々は、兵隊としての訓練すら受けたことがないワン。そんな者たちが魔王軍だなんて無理だワン!!」
も~、ワンワンと言い訳ばかりを並べやがるな。ウザったい。
だが、キングの意見も一理ある。
俺は顎をしゃくらせながら威嚇的に怒鳴った。
「黙れ、コボルトどもが!!」
「「「キャン!!!」」」
俺の怒鳴り声に怯えたコボルトたちが弱々しく身を縮めた。両耳が平たく伏せているし、尻尾も丸まり股間の間に挟み込んでいた。
「俺が作るのは軍隊だけじゃあねえ。国を作るんだ!!」
「ほ、本気ですかワン!?」
『国を……作るのですか!?』
コボルトだけじゃあなくキルルも驚きの言葉を漏らしていた。
俺は説明を続ける。
「そもそも軍隊を作り出しても支援がなければ戦えんだろう。軍は国を守る矛と盾だ。それらは国の援助がなければ成り立たない。物資や食事が必須だ。だから俺はお前らコボルトの男衆だけじゃあなく、老若男女すべてを受け入れて養ってやる。お前ら男衆が軍隊と言う矛と盾で、洞窟に隠れている老若男女たちが王国の民となり軍を支援するのだ!」
そう、これは国作りだ。魔王の国作りなのだ。
無勝無敗の魔王の俺が勇者を殺すには、魔物の軍隊が必要になる。それだけの戦力が必須になるだろう。
俺は部下として勇者を討伐出来るだけの兵士たちを持たなければならないのだ。それは、国作りに匹敵するだろう。
俺の傲慢を見ながら、なで肩に力を揺るめたキングが呟いた。
「魔王様は、王国を作るつもりでありますかワン……?」
俺の口角が吊り上がる。その微笑みが答えであった。その笑みが俺の自信を知らしめる。
「魔王様、ほ、本気ですかワン……」
キングはやっと理解してくれたようだった。
「そうだ。コボルトだけじゃない、この辺に住む知的な魔物はすべて配下に納めてまずは町を作る。魔物の町だ!」
「魔物の町……ですかワン……」
俺の理想にキルルが呆れた口調で呟いた。
『壮大ですね……』
皆がじとぉ~~っと俺を見ている。皆の視線で理解できた。
こいつら俺を信用してないな。無理だと思ってやがる。
ならばと俺は強気で言い切った。
「町は時間を掛けて都市に育て、更に時間を費やし都市をやがては王都にまで引き上げる。村から始まり国まで成長させるんだよ」
「それは確かに魔物の王国だワン……。ですが……」
俺の壮大な計画を聞いたキングが俯いた。そのキングの耳が力無く伏せている。
「でも、王国だなんて無理だワン……」
また不満かよ。あー、イライラするな!
「何故だ!?」
「我々コボルトは寿命が短い短命種。国を作れるほど数を増やせませんワン……」
「そこは他の種族も巻き込んで国を作るからもんだいないだろ。この世界にはコボルトの他にゴブリンとかオークとかも居るんだろ」
「確かに魔物にはいろいろな種族が存在するワン。しかし、その種族が一つに纏まった経験はないワン。我々はゴブリンとすら仲良くなんて出来ないワン……。今まで何人かの魔王が誕生したけれど、どれもこれも単一種族の魔王だったワン……」
「一種族しか統一出来てないのか?」
俺はキルルに訊いてみた。
「本当か、キルル?」
この世界の知識に明るいキルルが答える。
「本当だと思います。今まで魔王軍は魔族を率いても魔物のすべてを率いたことはないはずです。そもそもすべての魔物が一つの国を、いいえ、軍隊すら組むのは不可能だと思いますよ……。それにコボルトとゴブリンが吊るんでいるところすら見たことがありません」
種族の違い、言語の違い、習性の違いが壁なのかな?
どうやらRPGのキャラ編成のように簡単にはいかないようだ。
「なるほどね」
この世界の住人が言うのだから間違いないのだろう。
だが、俺は違うのだ。勇者を倒すために歴史を変える。理も変える。その力が俺にはある。あるはずだ。だから、そこまでやるつもりだ。
そして俺は奥の手を語る。
「ならば俺のもう一つのチート能力を披露しないとならないか」
元々今披露するつもりだったんだけどね。こうなったら宣言してから使ってやるよ。
『もう一つの能力ですか?』
「俺には魔王の能力として、無勝無敗の能力のほかに、もう一つ能力があるのだ!」
一つ、身体能力の向上。
一つ、無勝無敗の能力。
そして、三つ目だ。
俺は自信ありげに言ってやった。
キルルもキングも何事かと目を丸くしている。
『もう一つのチート能力ってなんですか──?』
「クゥンン~??」
コボルトたちが不思議そうな表情で俺を見ていた。キルルも疑問を抱いて首を傾げている。
「なあ、キルル。墓城から持ってきたカップをこっちによこせ」
俺はキルルが抱えていた陶器のワインカップを指差した。
『これですか?』
ここに来るまでの道中で俺の股間を隠していた陶器のワインカップだ。
フワフワと飛びながら近付いて来たキルルが陶器のワインカップを俺に差し出した。
全裸の俺は陶器のワインカップをキルルから受け取ると、反対側の手首に口を当てる。
そして、前歯でガリっと手首を噛み切った。頸動脈が切れてプシュっと大量の鮮血が飛び出る。
ちょっとだけ痛かった。
『魔王様っ!?』
キルルが心配するなかで俺の手首からドクドクと鮮血が流れ落ちて行った。その鮮血を俺は陶器のワインカップに受け止める。
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