三、

 人混みに飲まれないように、明晴と初音は手を繋いでいた。──間に紅葉をぶら下げながら。


「おい、明晴。人を人形のように持ち歩くな」

「だ、だって……」

「素直に初音と手を繋げ!」

「やだよ、恥ずかしい!」

 初音は「明晴は照れ屋なのね。年頃だものね。姉と歩いてると思われるのは恥ずかしいんだわ」と笑いながら人混みをかき分けている。

「なんだって、初音は『藤の姫』なんか見たがるのさ」

「だって、綺麗な子らしいし……気になるじゃない? 天女のごとき美貌らしいわ」

「自分の顔見なよ」

「でも、商人の娘なら……明晴が見染められてしまうかもしれないわね」

「ないよ! 商売敵さ!」

 初音が関心を持っていることも面白くない。

 しばらくして、金山湊付近でも、一番大きな屋敷に辿り向いた。信長が暮らす岐阜城の西の館には及ばずとも、明晴と初音の家の三つ分はある気がする。


 鈴が鳴るような甘い匂いがした。


 明晴と初音が匂いの方角を見る──すると、艶やかな小袖を被った娘が歩いてくるところだった。

「わあ……」

 初音が息を漏らす。

 小袖を被った少女は、ちらと人混みを見やった。そして、ゆったりとした仕草で、立派な馬に近寄る。

 馬引は、娘に手を貸すと、馬に乗せてやった。


「藤の姫が、金山に嫁入りするのは本当なんだかねえ」


 誰ともなしに、声が聞こえる。

 立派な馬かと思いきや、当然だ。城主の持ち物なら納得が行く。


「でも、藤の姫はまだ十一だろう? 側妻に上げたところで、子が産めるわけでもないのに……」

「光源氏と若紫みたいにしたいのかねぇ……」

「嘉之助は業突く張りだからなぁ……」

「殿さまには、まだ御子がおられんから、その前に自分の娘を差し出して、商人司に成り上がりたいんだろ」

「まだ、殿さまは十七。初陣も済ませておられぬのに」

「うちの殿さまは、岐阜の御曹司とも近しい。媚びを売っておこうって算段さ」

「まあ、あんなに美しい娘だ。幼くとも、成人したらすぐにでもお手つきになるさ」


 ……まるで人形みたいだ。


 美しいと持て囃されるばかりで、中身を語るものは一人もいない。


 好き勝手に言うばかり。

 みんな、身勝手だ。

 好き勝手に──他人を弄ぶ。


 胃の中から、酸っぱいものがこみあげてくる。次の瞬間、紅葉が飛び降りた。


「紅葉?」


 初音が振り返ると同時に、旋風が辺り一面に吹く。思わず目を瞑った初音が瞼を再び持ち上げると、そこにいつもの愛らしい小虎はいなかった。


 いたのは、白銀の散切り頭に、金色の瞳を持つ青年である。


「……白虎、さま?」


 初音が訝しげに言うと、青年は苦笑した。

「紅葉でいい。明晴がくれたこの名を、俺は気に入っているからな」

 十二天将、四神がひとり、風将・白虎。

 紅葉の人型の姿である。

 紅葉は明晴を腕に抱きかかえていた。

「明晴!」

 初音は膝を突いた。

 明晴はぐったりと青ざめており、眉間には深い皺が刻まれている。

「悪いが、町探索は中止だ。宿所に戻るぞ」

 紅葉は明晴を一旦初音に預けた。その体の軽さに、初音はぞっとした。


 もともと小柄で華奢だとは思っていた。しかし、抱き上げた体は、鳥の羽かと思うほどに軽い。

(明晴──あなた、一体何があったの……)

 紅葉が明晴を運びやすいように変化する間──初音はずっと、明晴の背中を摩り続けていた。

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