二、

 翌日はそれほど暑苦しくなく、心地良い気候だった。

 仙千代に一応町に出ることを伝えると、「いいんじゃないか?」と勧められた。


『金山城下には商家がいっぱいある。売り飛ばされないよう、くれぐれも気をつけろよ』


 なんか物騒なアドバイスももらったが、気にしないことにしたかった。

 金山城下には、「金山湊」と呼ばれる大きな船着場がある。そこから船を出し、荷物などを流しているらしい。特に城主の森勝蔵長可は、塩に目をつけたようだ。塩の売買に特許を与えることで、塩を名産品にしようとしたのである。

「お塩は大切よ。戦場には、大名から足軽、雑兵に至るまで持って行くんだから」

「たしかに。それに、塩気が効いているものは美味しいもんね」

「お前食ってばっかりだなぁ!」

 紅葉がからかうと、初音は袖で口元を抑えた。

「いいことだわ。明晴はまだ子どもなんだもの。いっぱい食べて、大きくなって」

 初音に対して淡い想いを抱く明晴と違い、初音は明晴を弟のようにしか思っていなかった。

 少しは背が伸びた気がするが、明晴が伸びた分だけ初音も伸びた。背丈は縮まることを知らない。

 特に初音は、血筋の縁もあってか、他の娘達よりも背が高い。

「人混みではぐれないように手を繋ぐ?」

 初音の提案を明晴は拒んだ。

 初音に触れたい気はあるけれど、子ども扱いされるのは本意ではないのだった。


「それにしても、すごい人だな」


 紅葉が言った。

「祭りでもないのに……」

「恐らく……あのことかも」

 初音いわく、金山湊の近くにある商家が理由らしい。


 金山湊の豪商──松野屋。

 南蛮に通じる品々からその辺に落ちている石ころまで、何にでも精通している大店らしい。


「なんか特売でもやってるのか? 珍しい品があるとか」

「それもあるそうだけど……一番は、松野家の『藤の姫』ではないかしら」

「藤の姫? 商家なのに、姫なの?」

「松野屋の一人娘は、大層な美貌の持ち主らしいわよ。『藤の姫』は、毎月三日には、習いごとに出かけるらしいの。その姿を垣間見ようと、皆がこぞって出歩くそうだから」

「ふーん」

 明晴は興味なさげにしながらも、少しだけ納得がいった。同時に、「面白くない」とも。


(俺が売れるために、どれだけ必死だったか……!!)


 美しい娘というだけで、客を惹き付けられるその「藤の姫」とやらが妬ましくさえある。

「俺、行かない 」

「どうして?」

 初音は不思議そうに聞いた。

「以前、金山に来た侍女から聞いたけど、本当にお綺麗な姫らしいわよ」

「姫じゃないよ、庶民だろ」

「姫って言葉には、可愛らしいって意味もあるわ」

「初音の方が美人だし!」

「あら、ありがとう」

 駄々をこねる明晴に、初音は少々手を焼いた。

 だが、結局は初音が「松野屋の品を見てみたい」という希望には逆らえず、それに従うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る