ここから先はコンクリート

燃え尽きた地図

第1話

「ここから先は?」


ウサギは聞きました。


「ここから先には何があるの?」


昔々、とある町の入り口に二つの道がありました。


一方はコンクリートでできた道です。コンクリートの道は広くて平坦で、速く目的地に辿り着けるため、多くの動物たちが使います。しかし、この道には厳しいルールがあり、遅れた者や躓いた者には容赦なく罰が与えられます。速さと効率が何よりも重視され、常に先を争う競争が繰り広げられていました。


もう一方はじゃり道です。じゃり道では、コンクリートの道のように競争は求められません。しかし、どんな方向に進み、どこへつくのか、誰にもわかりません。広大な砂漠の中を、ただ進みます。


ウサギはコンクリートの道を選びました。


「僕はコンクリートの道にするよ、ラクダくん。僕はこの道の先にいるたくさんの動物を追い抜かして、やがて僕は一位になるのさ。」


ラクダはじゃり道を選びました。


「僕はじゃり道にしようと思うよ、ウサギくん。僕はコンクリートの道では罰則を受けてしまう。ほら、速度が決まっているだろう?だから僕はじゃり道のほうが合っていると思うんだ。」


ウサギは言いました。


「もし、また会うことができたらこのたんぽぽを渡してよ。」


ウサギはたんぽぽをラクダに渡しました。


「それじゃぁ、僕がウサギくんとまた会えたら、すみれを渡してよ。」


ラクダはすみれをウサギに渡しました。


お互いに花を交換して、ウサギとラクダは、それぞれ歩き始めました。


ウサギはグングンとスピードを上げて行きました。周りの草原は目まぐるしく変化し、今まで変わることのなかった、遠くに見える木々や山々も動き出しました。その変化にウサギはドキドキしながら、どんどんスピードを上げて行きました。


ラクダは早速困っていました。さっきまでかろうじて見えていた道すじが、ついに見えなくなってしまったのです。砂漠に薄く根を張った草がまばらみ見えても、それ以外は何も見えません。困ったラクダは砂丘に登り考えた挙句、ゆっくりと歩きました。どこまで続くかもわからないけれど、どこか真っ直ぐ歩いていれば辿り着けるんじゃないかと、歩き始めました。


ウサギは途中、シマウマが道端に座り込み、泣いているところを見かけました。すぐに止まることができないウサギは、無視してその先を行きます。初めは加速していたウサギも、だんだんそのスピードを維持するのが精一杯になってきました。息もすこしずつ切れてきたころ、また次は、奥に見えるチーターが座り込みながら大声で言ってきました。


「そこのウサギ! 俺を助けてくれ、頼む!"あいつ"がくる...!」


ウサギは咄嗟に目を逸らしました。今彼を助けたら、今までスピードを上げて効率よくやってきたことが、全て無駄になるじゃないか、ウサギはそう思い、その場を通り過ぎようとしました。


チーターは、助けてもらえないと気づいたらば、震えながら"あいつ"に顔を上げました。その表情は単に恐怖だけというわけではなさそうな、どこか安心しているような...


大きな山々は、連なり、大きな壁として遠くに聳え立っていました。コンクリートの道は、その山々の隙間に吸い込まれるように続いていました。いくら走っても走っても、目の前にある山々に近づくことはありません。ただ周りの草原が変化するだけでした。コンクリートの道は、気つけばところどころに枝葉のようにヒビが入り始めていました。それに気付いた時から、だんだんと座り込む動物が増えてきたのがわかりました。ウサギは走りにくてしょうがなかったのです。ぶつかりそうになったり、涙目の動物がこちらをジーっと眺めてきたり。ウサギはドキドキしながら、この道を走り続けました。


ラクダはゆっくり、しかし確実に、砂漠の中を歩き続けました。サボテンがポツポツと見え、その先を抜けると三日月型に窪んだところに青く澄んだ水たまりがありました。


「おぉ...」


ラクダは、陽炎で視界が揺れて、あの水は幻覚なんじゃないかと思いながら、ゆっくり降りて水たまりに向かいました。


ラクダは、水たまりの水を飲みながら、揺れる波紋をぼんやり眺めていました。


「ウサギはどうしているのかな」


ラクダはふと、そんなことを口にしました。ラクダは思い出しました。ウサギと歩き始めた頃、あいつはどんどんスピードを上げていって、すぐに見えなくなってしまって。そんなあいつを見て、「あいつはすごいなぁ」と、ぼんやりと眺めることしかできなかったことを。


そんなことを考えながら、そのまま一晩過ごしました。


早朝、まだ日が登っていない頃、涼しさが残るまでにラクダは起きて、歩き始めました。


正面に見える丘に砂埃が吹きました。丘の淵はぼやけるだけでなく、たくさんの砂が立ち込めて曖昧になって行きました。しかし、はっきりと見えたものがありました。砂でもなんでもない、動物が倒れていました。近づいてみると、それはあのウサギでした。


「ここで何しているの?」


ラクダは聞きました。


「ここでなんで倒れているの?」


ラクダに水を渡され、少し飲んだ後、ゆっくりと目を開けて、ウサギは答えました。


「僕はやってしまった、あのコンクリートの道で。しくじったんだ。初めはとても楽しかったさ、見える景色がどんどん変化して、ドキドキしてた。だけど、追い抜かす動物たちは皆、走ってなかった。止まってた。あの道路のルールが厳しいことは知ってた。だから僕は、精一杯に走った。でも、一度躓くとあの道はダメみたいだ。僕と同じ、キツネのやつが、赤ちゃんみたいに体を縮こませて横倒れていて、僕はそれに躓いた。すぐに”あいつ”が来るってわかった。僕はここで終わってしまうのか。僕は咄嗟にキツネの首を掴んだ。そのとき、今まで無視してきた動物たちの目が、キツネの目と重なって見えて、キツネを強く突き放して下を向いた。眺めたくなかった。まるで...いや、自分ごとに思えて。それでもまた走ろうって前を向いたんだ。そしたら、倒れ込んだキツネの姿と今まで無視してきた動物の後ろ姿が重なって見えて、どうせもうだめなんだったら、このキツネを引きずってでもコンクリートの道から外れてしまおうと思った。そうすれば、”あいつ”から罰を受けることもないし、辛い思いをしなくて済むって。思い切ってコンクリートの道を出た瞬間、今まで見えていた草原は一気に砂漠へと変化した。すぐに荒れた砂漠があたり一面に広がった。もう戻れないことはとっくにわかってた。でも、これでいい。これでいいんだって必死に歩いた。でも、そうじゃなかった。あのキツネは、怒ったんだ。なぜ僕をこっちに出すんだって、この安全じゃない道に出すんだって。彼はうるさく喚いた挙句、その場でばったり死んだ。もうあのコンクリートの道も見えない。戻れない。すぐにそのキツネの死体は砂に埋もれてしまって、僕もひどく疲弊していてしばらく歩いたのち倒れた。そして、君に今、こうして助けられた。ラクダくん、よくこんなところで生きられるね。」


ウサギの目には、涙と共に砂がたくさん溜まっていました。しかしウサギは瞬きすることなく、話し続けました。


「僕は、呼吸をするだけでも喉が焼けるように痛い。目ももう見えない。耳も、砂が溜まってほとんど聞こえない。ここに、いるだけでも精一杯さ。」


しだいにウサギの目に涙はなくなり、大きく砂埃がウサギに立ち込めました。


ラクダは、ウサギからもらった花をウサギのいた場所に置いて、また歩き始めました。



「ここから先は?」


小さなウサギは聞きました。


「ここから先には何があるの?」


ラクダは答えました。


「コンクリートさ。」


そのコンクリートの道の途中には、広がる草原にたんぽぽとすみれの花畑が広がっていました。








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