第19話  オムライスの気持ち

 その男は、突然、1人で自宅にいたレ〇ナの前に現れた。まさに、湧いて出たとしか思えない。レ〇ナの前にスーッと現れたのだ。


「やあ、はじめまして、レ〇ナさん。僕は崔です。よろしく」

「すみません、あなた、どうやって現れたんですか? 痴漢ですか? 強盗ですか? 警察を呼びますよ」

「今の僕の現れ方を見たやろ? 突然現れたやろ? こいつは只者じゃないと思ったやろ?」

「確かに。現れる瞬間を見ました。不思議でした。あ、もしかして幽霊さんですか?」

「正解!」

「……なんか、幽霊って思ったほど怖くないんですね」

「そやろ? 怖いと思うから怖いねん、怖いと思わなかったら怖くないねん」

「幽霊も、関西弁を使うんですね?」

「ツッコムのそこー?」

「で、あなたは何者なんですか?」

「君の大ファンや!」

「15歳の普通の女の子のファンってどういうことですか? 変質者ですか? ロリコンですか? 警察を呼びますよ」

「ちゃうねん、僕は10年後の未来から来たんや。10年後、レ〇ナさんは人気歌手になってるんやで」

「私、歌手になれるんですか?」

「なれる! 5年後にはデビューや! 今回は、レ〇ナさんが15歳の時にピンチやったと聞いてやって来たんや」

「確かに、不登校だし、お母さんを泣かせてしまうし、今、ピンチなんですけど」

「そうか! ほな、それら全てはそれでOKや!」

「え?」

「不登校になったのには理由があるんやろ? ほな、しゃあないやんか。お母さんを泣かせてしまったら、今度笑顔にしてあげたらええねん。今の自分を責めたらアカン。今の自分を許したらええねん!」

「それでいいんですか?」

「ええよ、あ! 世の中には2種類の人間がいるねん。“行動する人”と“行動しない人”や。レ〇ナさんは“行動する人”なんや、レ〇ナさんは夢に生きたらええねん。今の苦しみは、歌手になった時に必ず活かされる。無駄やない」

「ありがとうございます」

「っていうか、ご飯食べたら?」

「あ、一階に降ります」


「お、オムライスやんか」

「うーん、食欲が無いです」

「でも、せっかく作ってくれたんやから、食べた方がええで」

「うーん、後で」


 翌朝。レ〇ナが1人になってから、崔はまた現れた。


「なんで泣いてるんや?」

「オムライス、食べなかったらゴミ箱に捨てられてました。せっかく作ってくれたのに、申し訳なくて」

「お母さんの気持ち、ちゃんと考えられてるやんか。あと、オムライスの気持ちになったら?」

「オムライスの気持ち?」

「食べられずに捨てられる気持ち」

「あ、そうですね」

「ほな、今日から作ってもらったものは食べようね。でも、謝るべき時に謝って、感謝したときに“ありがとう”と言えたら、心は健康やねんで」

「はい、そうします。でも、オムライスはもう捨てられちゃった」

「ほな、僕は今度はオムライスに生まれ変わるわ。美味しく食べてや」

「オムライスに生まれ変わるんですか? なんかおもしろいですね」

「あ、これ、受け取ってくれるかな?」

「何ですか?」

「レ〇ナさんのことを僕が書いた小説や、それと、レ〇ナさんを想って書いた歌詞」

「これ、どうすればいいんですか?」

「レ〇ナさんに読んでもらえたら、それだけで嬉しい」

「わかりました、読みますね」

「要するに、その作品は僕からのラブレター、いや、ファンレターや」

「捨てずに持っておきます」

「ほな、僕はもう逝かなアカンから、これで」

「もう消えちゃうんですか?」

「うん、ほなまた。オムライスを見たら思いだしてや」

「ありがとう……」


 崔の作品、印刷した小説と歌詞、読み終わるとレ〇ナは原稿をギュッと抱き締めた。



 それから、レ〇ナはオムライスを食べる度に崔を思い出す。それは、嫌な思い出ではなかった。







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