第18話  関西人とオムライス

 娘、レ〇ナの不登校を母親は心配した。レ〇ナに何度事情を聞いても、レ〇ナの話は納得できるものではなかった。母親は娘のことが理解出来ず、泣いた。母親は、レ〇ナを心配していて、何も出来ない自分をもどかしく感じたのだ。


 母親は仕事で家を出た。もう、今日は学校に行かなくてもいい。レ〇ナはようやく安堵して1階に降りた。そこに、見知らぬ男が立っていた。一瞬、レ〇ナは驚きのあまり声が出なかった。


「やあ、おはよう、レ〇ナさん!」


 男は白いジャケットにデニムパンツ、インナーは白いタンクトップだった。ネックレスが服装にアクセントをつけている。眼鏡が印象的だ。その不審な男の方から話しかけてきた。ようやく、レ〇ナは言葉を発することが出来た。


「あなた誰ですか? 警察を呼びますよ!」

「僕は崔梨遙。あ、これはペンネームやけど。小説家志望のサラリーマンや」


 崔はレ〇ナに名刺を渡した。


「あ、本名が書いてある。その若さで課長さんですか?」

「小さい会社やからね。それから、本名ではなく崔って呼んでや」

「で、その課長さんが何の用ですか?」

「今日は、課長としてここにいるんとちゃうねん」

「どういうことですか?」

「僕は、レ〇ナさんの大ファンとしてここにいるねん!」

「15歳の素人の私の大ファンですか? ストーカーですか? 変質者ですか? すみません、お帰りください」

「ちゃうねん、ちゃうねん、僕は10年後の未来から来たんや」

「意味がわかりません。あなた、危ない人ですか?」

「ちゃうねん、タイムスリップやねん。僕は42歳や。タイムスリップして32歳の身体になってるんや」

「未来から来た証拠はありますか?」

「証拠はこれや!」


 崔はカバンから大量のCDやDVDを取りだした。


「これ! 私のCDじゃないですか?」

「そう! レ〇ナさんは人気歌手になるんや。今から5年も経てば立派な歌手になってるんやで」

「これは……信じられないけど嬉しいですね」

「って、なんで泣くの?」

「嬉しくて……今ツライけど、報われる日が来ることがわかって嬉しくて……」

「そうそう、だからまずは元気を出して、自信を持ってや」

「今朝、お母さんを泣かせてしまったの」

「なんで泣いたん?」

「なんで学校に行けないのか聞かれて、上手く言葉に出来なくて、伝えられなくて。でも、泣かせたいわけじゃなかった」

「ああ、それは勘違いやで。上手く喋るのと上手く伝えるのは似てるけど違うで」

「どういうことですか?」

「いくら上手に話せても伝わらないこともあるし、上手く話せなくても伝わることもあるやろ?」

「うん、確かに……」

「伝えるっていうのは、大人になっても難しいんや。その難しいことに、早くから取り組み始めたのは悪いことではないと思うで。多分、レ〇ナさんは他の子よりも早くいろんな問題に出くわしてるんやと思う」

「そうでしょうか? じゃあ、私は母とどう接したらいいですか?」

「親子愛も恋愛も似てるけど、愛する人を相手に“どう伝えたらいいかわからない”時は抱き締めたらいい」

「抱き締めるんですか?」

「こんな風に」


 崔はソッとレ〇ナを抱き締めた。


「何するんですか? 変態ですか? 痴漢ですか? 警察を呼びますよ!」

「僕に抱き締められて、よこしまな気持ちが伝わってくる?」

「いえ、伝わってはこないです」

「それは、僕がレ〇ナさんのことをファンとして大切に思ってるからや。性欲で抱き締めてるわけとちゃうからな」


 崔は、レ〇ナから離れた。


「今度は、お母さんに抱きついてみたら?」

「そうですね、それもいいかもしれませんね」

「テーブルにオムライスが置いてあるで」

「今、食欲が無くて」

「食べなアカンよ。食べないと捨てられるで。オムライス君も食べてほしいと思うで」

「でも、ずっと食欲が無くて」

「じゃあ、オムライスの気持ちになってあげたら?」

「……一口食べます」

「そうそう、一口食べたら、結構、食べられると思うで」

「あ、本当だ。一口食べたらもう少し食べられそうです」

「良かった。捨てられたオムライスを見たら、それはそれで落ち込むと思うから」

「ごちそうさまでした」

「ちょうど良かった。時間が来た。僕は戻らないといけない」

「元の世界ですか?」

「うん、十年後。ほな、お邪魔しました」

「いつか、また会えますか?」

「うん、いつかね」


 崔は微笑みながら光の粒となって消えた。



 十年後の世界、病院で1人の男が息を引き取った。

 通称:崔梨遙。死因:肺がん。享年42歳。







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